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第一章 はじまりの町

14.NPC、鬼ごっこをする

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 大きな蛇との距離はおよそ30m。さっき門付近にいるバビットのところまで走った時は一瞬だった。

 俺は足に力を入れて急加速する。

 次の職業体験へ効率的に移動するために、手に入れた高速移動だ。

 AGIとSTRにポイントを振ったことで、できるようになった。

 一気に魔物の真下に移動すると、俺を見失ったのかキョロキョロとしていた。

 あれ……?

 俺のことが見えていないのか。

 とりあえずお腹を軽く叩いてみた。

『キシャアアアアア!』

 どうやらびっくりして怒っているようだ。

 たしかに急に目の前に現れたら、誰でもびっくりするだろう。ただ、それがいけなかった。

 俺が速く動いて見失うと、標的がバビット達がいる商店街に向いてしまう。

 人を甚振るのは好きなのに、頭はあまり良くないようだ。

 むしろ頭が良くないから、甚振るのかもしれない。

「おーい、こっちだ!」

 とりあえず、俺の存在感を目立たせながら魔物の周囲を回る。

 時折、自分の作った剣で体に切り付けてみるが、中々うまくはいかないようだ。

 さすが職業体験をしている見習い武器職人が作った剣って感じだろう。

 あまり鋭利ではないし、俺の体格の大きさから目立った傷にはならなかった。

「ヴァイト……魔物とオーガごっこでもしてるのか?」

 いつの間にか俺は魔物に追いかけられていた。

 だって、そうしないとバビットのところに向かっていくからな。

 幸いなことに、蛇の魔物はあまり目が良いわけではないようだ。

 視界も狭くて、何で俺を認識しているのかはわからないが、後ろから付いてくる。

「おい、どこに行くんだ!?」

「夜の営業までには戻ってきます!」

 俺はそのまま門の外に出ると、魔物も付いてきた。

 門の外に出たらいけないとは言われたが、これは仕方ないだろう。

 俺は魔物を遠ざけるように、なるべく追いつけるギリギリのところで走っていく。

「ははは、久しぶりに鬼ごっこをしているみたいで楽しいな」

 命懸けの鬼ごっこは意外にも楽しかった。

「うぉ!?」

 途中で茂みの中から、尖った突起物が俺に向かって飛んできた。

 どうやら俺が解体師に教えてもらっていた時に見たことがあるウサギのようだ。

 見た目がかわいいからあまり解体する気にはならなかったが、いざ動いている姿を見ると全く可愛くはなかった。

 あの尖った角で確実に俺を刺すように飛び込んでくる。

 それに一体で行動するのではなく、群れで行動しているのか数体で襲ってきた。

 足が速い俺には普通に避けられる速度のため、全く脅威にはならなかった。

 気づいた頃にはウサギと蛇が後ろで争っていた。

 隠れて眺めていると、強さは蛇のほうが圧倒的に強い。

 それでも剣で傷をつけられなかったが、ウサギの角は体に刺さったようだ。

『キシャアアアアア!』

 全てのウサギを倒すと、蛇はウサギを呑み込んで森の中へ行ってしまった。

 ひょっとしたら、俺を追いかけていたことを忘れたのだろうか。

 蛇は脳筋ってことを覚えておこう。

 今の時間なら夜の営業に間に合うと思った俺は急いで町に帰ることにした。


 町に着くと冒険者達がバタバタとしていた。

 冒険者がいなかったのは、町の外の依頼を受けていたのだろう。

 それに門番は蛇にやられていたのか倒れていた。

 思ったよりも蛇の攻撃って強いようだ。

 俺の足が運良く速かったから、何事もなく済んだ。

 AGIって思ったよりも便利なステータスのような気がした。

「おい、ヴァイトを見てないか?」

「あいつに何かあったのか?」

「町を襲った魔物の囮になって、町の外に逃げていったんだ!」

 バビットはジェイドやエリックと話をしていた。

 俺はそんな三人の後ろに立っていたが、全く気づく様子もなかった。

 あっ、地味に斥候の職業体験効果が出ている気がする。

「今から俺達が探してくる」

「バビットは早く教会で治療を受けてくるんだ」

 うん……?

 今教会って言ったか?

 教会って朝にエリックが言っていたやつだろうか。

 あまり情報がもらえなかったから、どこにあるかわからないが、どうやら病院みたいなところなんだろう。

 これは新しい職場体験ができそうな気がした。

「あのー、俺も教会に行っても良いですか?」

「ああ、怪我をしているなら一緒に――」

「ヴァイト!?」

 やっと俺のことに気づいたようだ。

 しばらく話を聞いていたが、本当に気づいてなかったようだ。

「お前は……」

 バビットがその場でしゃがみ込むと、強く俺を抱きしめてきた。

 首元にはバビットの涙が落ちてきていた。

「バビットさん?」

「心配かけるなよ! 無事に帰って来れなかったらどうするつもりだったんだ! あいつはここでも滅多に現れない強い魔物なんだぞ」

 あの蛇は思ったよりも強い魔物だった。

 ひょっとしたら、俺の足が遅かったら即死していたのかもしれない。

「迷惑をかけてすみません。でも、バビットさんが無事でよかったです」

 俺はバビットの背中に手を回す。

 肩から出血もしているし、痛みもあるのだろう。ただ、みんなが無事でよかったと俺は思った。

「とりあえずヴァイトが戻って来れたならよかったな」

「それで魔物はどうしたんですか?」

「あー、追いかけられていたけど、大量の角の生えたウサギにも遭遇して、みんなで戦っていたので逃げてきました」

 俺の言葉を聞いて、三人は呆然としていた。

 後から聞いた話だが、俺と鬼ごっこをしていた蛇の魔物はCランク相当の魔物らしい。

 この町の周辺には、最低ランクのFやEランク相当の魔物が多い。

 あのウサギも集団で遭遇するとDランクに相当すると言われていた。

「それならしばらくは周囲を警戒しておいたほうが良さそうだな。ヴァイト良くやった!」

「冒険者の師として誇りだ!」

 ジェイドとエリックは俺の頭を撫でた。

 この人達は俺に対して甘いからな。

 それでも褒められたことが嬉しかった。

「じゃあ、バビットさんを教会に連れて行きましょうか!」

「えっ……まさか聞いていたのか?」

「はい! そこで治療ができるんですよね!」

 ジェイドとエリックはお互いの顔を見合わせていた。

「ひょっとして教会で何かやるつもりじゃないか?」

 バビットもどこか心配したような顔で俺の顔を見てくる。

 別に俺は悪いことをするつもりはないからな。

「せっかく教会があるなら職業体験を――」

「あー、またヴァイトが取られちまうー!」

「師匠被りは懲り懲りだ……」

 ジェイドとエリックは頭を抱えていた。

「ヴァイト……社畜はほどほどにな」

 血を流しているバビットの方が、俺を心配している。

 周囲から見たら変わった光景だろう。

 それにまだまだ隙間時間はたくさんある。

 バイトニストである俺はまだまだ働けるからな。

 隙間時間があるのはまだ社畜とは言わない。

 俺はバビットを支えるように、住宅街の方にある教会に向かった。
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