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第二章 地下の畑はダンジョンです

63.ホテルマン、誘拐犯になる

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 突然の出来事に頭が真っ白になることなんてそうないだろう。

 ホテルマンとして働いている時すら、その場で対応しないといけないため、すぐに頭を切り替えることができた。

 よほどこの状況に頭が追いついていない。

「早く娘を返しなさい!」

 家の中に入ってこようとする奥さんを喫茶店の店主は止める。

「ご迷惑をおかけしてすみません」

「何を言っているのよ! ここに紗羅がいるのはわかっているのよ!」

「サラですか?」

 サラってあの河童のサラのことだろうか。

 ひょっとしてサラに会いたくてここまで来たのだろうか。

「どうしたの?」

 奥でご飯を食べていたシルも声にかけつけてやってきた。

「紗羅はいないかしら? ねぇ、紗羅!」

「サラちゃんならいるよ?」

「へっ……?」

 シルの言葉に奥さんは表情を変えた。

 俺を睨むとそのまま家の中に入っていく。

 店主もそれを見て追いかける。

「紗羅どこにいるのー! 紗羅!」

 俺達も追いかけると奥さんは居間の前で立ち止まっていた。

「やっぱり誘拐犯じゃないの! うちの子を連れて帰ります!」

「まずは落ち着こう」

「やっと娘に会えたのよ……。なんでそんなに冷静でいられるのよ!」

 店主は奥さんを止めるように、強く抱き寄せていた。

「どうしましたか?」

 どうしようもない状況に、矢吹と牛島さんもすぐに駆け寄ってくれた。

「牛島さん、あなたは娘がここにいるのを知ってて手伝ってくれたのね! あなたも犯罪者よ!」

 牛島さんが犯罪者ってどういうことだ?

 俺らのスーパーマンがそんなことをするはずがないし、あまりにも理不尽なことを言うなら俺も黙ってはいられない。

「娘って……」

「そこにいる子が私の娘なのよ!」

 奥さんはイノシシのカツを食べているサラを指さしていた。

 だが、サラは特に気にすることもなく知らんぷりだ。

「お前、誘拐したのか?」

「なわけないだろ!」

 矢吹まで疑ってきたが、ここはちゃんと否定しておかないといけない。

「幸治くんが誘拐することはないと思います」

「何言ってるのよ!」

「だって紗羅ちゃんがいなくなったのは3年前ですよね? それなら今頃10歳を超えてます」

「そうだ……。もし、紗羅が生きていたらあんなに小さくはないはずだ」

「嘘よ……。あそこに紗羅がいるのよ……。帰ってきてよおおおお」

 奥さんはその場で座り込み、泣き崩れている。

 あまりのうるささにケトも嫌気がさしたのだろう。

 ジーッと見つめていると、あの言葉が聞こえてきた。

「呪うよ?」

 いやいや、呪ったらダメだろ!

 止めようと思ったがすでに遅かった。

 奥さんは急に静かになり、そのまま眠るように倒れていく。

 店主が支えてくれたから、怪我をせずに済んだようだ。

 ケトの呪いにも優しい使い方があったことに俺は驚いた。

 だが、妖術を使った影響か尻尾の先から段々と白くなっている。

 何事もなかったかのように、ケトはイノシシのカツを食べていた。

 こんな状況なのにそっちを優先させるほどの料理って……恐るべし牛島さんの料理だな。

「ご迷惑おかけしてすみませんでした」

「いえ、奥さんは大丈夫ですか?」

「精神が不安定になることはよくあるので……」

「部屋は余っているので、よかったら泊まっていってください。娘さんも来てますよね?」

 車で待っていたのか、遅いと感じた娘さんも家の中に入ってきていた。

 さすがに泣き崩れる母親を見て、そんな状況で帰すわけにはいけないからね。

「ありがとうございます」

 店主はどこか疲れたような顔で頭を下げていた。

 俺は部屋の案内をしている間に、娘さんの相手をするようにシルにお願いした。

「ご迷惑をおかけしてすみません」

「大丈夫ですよ」

 店主は奥さんとは違って冷静なようだ。

 いつも彼女を支えていたのだろう。

 ベッドに寝かせて、俺と店主もすぐに一階に降りていくと、再び大きな声が聞こえてきた。

「お姉ちゃんがいなくなるからいけないんだ!」

 どうやら一階でも喧嘩をしているようだ。

 今度は娘さんがサラを姉と勘違いしているのだろうか。

「私は……」

「もうお姉ちゃんに振り回されるのうんざり! 私はいつも後回しで、いないお姉ちゃんばかり心配して――」

「おい、紗奈!」

「お姉ちゃんなんてずっと前から大っ嫌い!」

 娘さんは走って家から出て行ってしまった。

 こんな時間に外に出たら、周囲は暗いため迷子になる可能性がある。

「俺が行ってくる!」
「私も付いて行きます」

 すぐに矢吹とエルが追いかけていく。

 娘さんの言うことに心当たりがあるのか、店主もその場で座り込み、ただ茫然としていた。

 元から何かのきっかけで崩れる一歩手前で踏ん張っていたのだろう。

「よかったらお茶を淹れるので、椅子に座りましょうか?」

 そんな店主に声をかける。

「牛島さんが淹れるお茶はリラックスして美味しいですよ」

「ん? 俺が作るのか?」

 突然、名前を呼ばれた牛島さんは驚いていた。

 もちろん牛島さん以外に誰がいるのだろう。

 俺がジーッと見つめていると、ため息を吐きながら牛島さんはキッチンでお茶を淹れ始めた。

 牛島さんの淹れるお茶は本当に美味しいからな。

 きっと店主も一口飲むと落ち着くだろう。

 いや、ここは店主より俺が落ち着きたいからお茶が飲みたい。

 急にドラマみたいな展開が目の前で起きたら、誰だって冷静ではいられないからな。
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