上 下
46 / 75
第二章 地下の畑はダンジョンです

46.ホテルマン、我が家の妖怪が怖い

しおりを挟む
 人は事故が起きる瞬間、時が長く感じることがある。

 まるで今がその時なんだろうか。

 命の危険を感じたのか、目の前に突きつけられた拳がゆっくりと近づいているように感じる。

「浮気相手を呪ったぞ!」

「ふくは私達のものですからね!」

 ケトとエルはさっきから何を話しているのだろうか。

 俺はあいつらが来たことで助かった。

 ケトの呪いの影響か、謎のチンパンジーはその場で動けず、俺にめがけて拳を放った状態で止まっている。

『キイイィィィ!』

 やつは何かに怯えているのか、その場で震えていた。

 俺はすぐに広間から逃げるように、真っ暗な洞窟の方へ走った。

 声からしてシル達はすぐそこまで来ていたのに気づいている。

「みんなたす……」

 真っ暗闇の洞窟に入る手前で、俺は足を止めた。

 暗闇の中から包丁を持ったシルが現れたのだ。

 いつもの明るい表情はなく、まるで何かが乗り移ったような顔をしている。

 まるでホラー映画の世界に入った気になってしまう。

「シル……?」

「ふく、おなかへった」

 どうやらお腹が減って笑顔がなかっただけのようだ。

「シル、とりあえず包丁は危ないからな?」

「そうだね」

 シルはポケットに入れると、俺のところまで駆け寄ってきた。

 確かに近づいただけで、お腹が空いているのがわかるぐらいお腹がなっていた。

 野菜を収穫していたのも、お昼ご飯を作ろうとしていた時だったもんね。

「ご飯の準備をせずにどこに行ってたの? まさか本当に浮気か?」

「これはゲスってやつですね」

「二人ともやっぱり少し違うと思うよ?」

 その後ろにはケトやエル、サラが一緒に歩いていた。

 ここに来るまで特に怪我をした様子もなく、みんな楽しそうに笑っていた。

 普通なら妖怪に会った方がゾッとするだろう。

 だが、今の俺にとっては家族のような存在だからか、顔を見たらホッとした。

「俺は浮気していないからな? そもそもケトは浮気について調べた方がいいぞ?」

「エル、調べられる?」

「あっ、パソコンをお家に忘れてきちゃいました」

 エルとケトは浮気について気になっているようだ。

 そういえば、最近過去に放送されていた昔の昼ドラを釘付けになって見ていたな。

 ただ、今はそれどころではないだろう。

 震えていた謎のチンパンジーは少しずつ動けるようになっていた。

「おい、みんなで逃げるぞ!」

「なんで?」

 俺はシルの手を握るが首を傾げて俺の顔を見ていた。

「また呪えばいいしね」

「それなら凍らせた方が早く倒せますよ」

「サラなら水で窒息させることもできるよ」

 他の妖怪達も逃げる様子は全くなかった。

 我が家の妖怪達は肝が据わっているというのか、少しも動揺していない。

 それに発言がどれも物騒だ。

 まるであいつのことを知っているかのような……。

「あいつは友達なのか?」

「てき!」
「「「敵!」」」

 どうやら妖怪ではないらしい。

『キイイィィィ!』

 叫び声のような鳴き声が聞こえると、謎のチンパンジーは俺達に向かって走ってきた。

 どうやらケトの呪いが解けたようだ。

 呪いも時間経過で変化する仕組みなんだろうか。

「みんなは俺の後ろに――」

 俺はみんなを守ろうと咄嗟に前へ出るが、それよりも妖怪達の動きの方が速かった。

「オイラとあいつらを一緒にしないでよ! ふくも呪うよ? メンタルブレイク……」

『キィヤアアアアアアア!』

 謎のチンパンジーはその場で止まると何かに怯えるように叫びだす。

 自分の毛を掴み取り、急にむしり取っていた。

 明らかに普通のやつがする行動ではないのだろう。

 ケトを見るといつものように、俺をジーッと見ていた。

 ケトが再び呪ったのだろうか。

 毛の色が少しずつ薄くなっていくが、ケトに呪われないようにしないとな。

「サラは猿じゃないよ? ディープシープリズン……」

 サラの声とともに、深海のような真っ暗な水が毛がなくなったやつの全身を包み込む。

『キッ……』

 全く動けないのかその場でもがき苦しむこともできずに静かに溺れていく。

 呼吸は次第に苦しくなり、まるで絶望の中で命がゆっくりと奪われていくようだ。

「あんな野蛮なやつが友達だと思われたくないわよね? ゼロ・フロスト……」

 一瞬にして謎のチンパンジーを包んでいた真っ暗な水は一瞬にして凍った。

 さっきから小声で何かを言っているのが、全く聞こえない。

「ふくははんせいだよ?」

「へっ?」

 シルはポケットからたくさんの包丁を取り出すと、そのまま宙に浮いていた。

 パッと10本近く包丁があるだろう。

 あまりにも不気味な光景に息を呑む。

 シルはそのまま手を振り下ろすと、謎のチンパンジーに向かって包丁が飛んでいく。

 無数に突き刺さる包丁に凍っていた体にヒビが入っていく。

――パリン!

 音を立てて割れると同時に粉々になっていく。

 一体何が起きているのだろうか。

 金属パイプを折り曲げていた謎のチンパンジーが一瞬にして、粉々になって消えてしまった。

 我が家にいる妖怪達の方が明らかに不気味で恐ろしい。

 俺は再びやつらが妖怪なんだと再認識した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺若葉
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

ダンジョンブレイクお爺ちゃんズ★

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
人類がリアルから撤退して40年。 リアルを生きてきた第一世代は定年を迎えてVR世代との共存の道を歩んでいた。 笹井裕次郎(62)も、退職を皮切りに末娘の世話になりながら暮らすお爺ちゃん。 そんな裕次郎が、腐れ縁の寺井欽治(64)と共に向かったパターゴルフ場で、奇妙な縦穴──ダンジョンを発見する。 ダンジョンクリアと同時に世界に響き渡る天からの声。 そこで世界はダンジョンに適応するための肉体を与えられたことを知るのだった。 今までVR世界にこもっていた第二世代以降の若者達は、リアルに資源開拓に、新たに舵を取るのであった。 そんな若者の見えないところで暗躍する第一世代の姿があった。 【破壊? 開拓? 未知との遭遇。従えるは神獣、そして得物は鈍色に輝くゴルフクラブ!? お騒がせお爺ちゃん笹井裕次郎の冒険譚第二部、開幕!】

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

異世界で勇者をすることとなったが、僕だけ何も与えられなかった

晴樹
ファンタジー
南結城は高校の入学初日に、クラスメイトと共に突然異世界に召喚される。 異世界では自分たちの事を勇者と呼んだ。 勇者としてクラスの仲間たちと共にチームを組んで生活することになるのだが、クラスの連中は元の世界ではあり得なかった、魔法や超能力を使用できる特殊な力を持っていた。 しかし、結城の体は何の変化もなく…一人なにも与えられていなかった。 結城は普通の人間のまま、元の界帰るために奮起し、生きていく。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

最弱ユニークギフト所持者の僕が最強のダンジョン探索者になるまでのお話

亘善
ファンタジー
【点滴穿石】という四字熟語ユニークギフト持ちの龍泉麟瞳は、Aランクダンジョンの攻略を失敗した後にパーティを追放されてしまう。地元の岡山に戻った麟瞳は新たに【幸運】のスキルを得て、家族や周りの人達に支えられながら少しずつ成長していく。夢はSランク探索者になること。これは、夢を叶えるために日々努力を続ける龍泉麟瞳のお話である。

処理中です...