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第二章 地下の畑はダンジョンです

38.クマ男、復讐する ※矢吹視点

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 親友と別れてから俺はそのまま旭岳に向かった。

 あいつはあれが最後の別れになるとは思っていないだろうな。

 ただ、俺はこれで後悔せずに済む。

「本当にダンジョンに向かうつもりですか?」

「そんなに奥まで行かないから大丈夫だ」

「ダンジョンの難易度が上がっている中、一人は危険です」

 それは俺も理解している。

 Sランク探索者に助けてもらって俺はここにいるからな。

 ミノタウロスの強さは俺が一番知っている。

「それにミノタウロスの上位種はまだ討伐されていません」

 Sランク探索者はミノタウロスを見逃してしまったらしい。

 何でも大事な理由ができて、引き返したと聞いている。

 その結果、ダンジョン旭岳はBランクからAランクに上がった。

 そんな中に一人で行くのは、探索者ギルドの職員が自殺行為と思ってもおかしくはないだろう。

 それでも俺にはやらないといけないことがあるからな。

「男にはやらないといけないことがあるのよ」

 突然、思っていたことが声に漏れてしまったのだろうか。

 いや、今の声は隣から聞こえていた。

 さっきまでいなかったのに、ドレスを着た女性が立っていた。

 これがSランク探索者の実力なんだろう。

「わかりました。絶対に低階層までしか行かないと約束してくださいね」

 旭岳は奥に行けば行くほどミノタウロスが出てくる。

 それまでは俺一人でもどうにかなるだろう。

「ああ」

 ここでも俺は嘘をついちゃうことになるな……。

 あいつの顔がチラついて胸が締め付けられる。

 ただ、俺はあの牛野郎に一撃もお見舞いできていないからな。

 俺は準備を整えて、ダンジョン旭岳に向かうことにした。

「もちろん一緒に向かうんですよね?」

「ギュフフフ、もちろんよ! イケメンとミノタウロスとの人外プレイって最高じゃないの」

「はぁー、やっぱりあなたは只者じゃないですね」

「伊達に腐ってないわよ」


 ♢


 ダンジョンの中に入っていくと、前までと肌で感じる魔力の桁が違うことをすぐに感じた。

 ひんやりとしていたダンジョン内が、ガラスが刺さるような凍てつくような魔力に包まれている。

「低階層なのにミノスレットが出てくるのか」

 ミノスレットはミノタウロスを人間サイズにした魔物だ。

 全体的にミノタウロスの劣化版だと思った方が良い。

 ただ、ミノタウロスと違うのはスピードが速いということだ。

「お前の相手をしている暇はないんだよ!」

 俺は盾でミノスレットの攻撃を受け止めると、そのまま壁に押し付ける。

『グハァ!?』

 すぐにミノスレットはドロップ品に変わった。

 どこか前よりも盾で押しつぶす力が、強くなっているような気がする。

 探索者の魔力は精神面に左右されやすいって言うからな。

 魔石を回収すると、どんどんダンジョンを進んでいく。


「やっぱり今日は調子が良いな」

 手を握って感触を確かめる。

 土地で単体のミノタウロスと戦ってみたが、前はパーティー4人で戦っていたのに、今は1人でどうにかなるほどだ。

 俺が強くなったのか、それともダンジョンが変化したのかはわからない。

 だが、少しはあいつらの復讐ができる気がした。

『グアアアアアアアアア!』

「ははは、やっとでてきたな。アステリオス!」

 ミノタウロスの上位種はアステリオスと呼ばれるようになった。

 そもそもミノタウロス自体強めの魔物だが、そいつらより強いという意味合いでつけたのだろう。

 俺の存在に気づいたのか、勢いよく走ってきた。

「闘牛かよ!」

 まるで闘牛のように近づいてくるアステリオスは斧を大きく振りかぶり、そのまま薙ぎ払う。

 斧って脳天を狙って上から振り下ろすものじゃないのか。

 咄嗟にしゃがみ込んだが、どうにか間に合ったようだ。

 だが、アステリオスはニヤリと笑っていた。

 すぐに危険を感じた俺は盾を構える。

 その瞬間、電気が走るような衝撃が腕に走った。

 さっきの攻撃はフェイントで、本命は大きく膨れ上がった脚での一撃だった。

 盾で弾き返すとアステリオスは驚いた顔とともにその場で倒れていた。

「チャンス!」

 俺はすぐに合図をする。

 だが、反応はなかった。

 振り返るとそこには誰もいない。

 慣れた体は自然と仲間に合図を送ってしまう。

 アステリオスとの戦いで、俺は一人で戦っていたのを忘れていた。

『グアアアアアアアアア!』

 魔物との戦いは、その少しの時間が命取りになってしまう。

 そのまま突撃するアステリオスに俺は飛ばされる。

 剣心がいたら、あいつにダメージを与えていただろう。

 由真がいたら、痺れさせて動きを止められていただろう。

 由奈がいたら、防御壁で痛い思いをしなかっただろう。

 宙を舞いながら改めて一人なんだと思い知らされる。

「グハァ!?」

 肺の中から空気が押し出される。

 脇腹の痛みから肋骨はいくつか折れているだろう。

 脚も反対に折れ曲がっている。

 息をするだけでもギリギリの状態だ。

 あいつと再び戦うまで、少しだけ強くなったと過信していた。

 いや、こんな俺が一撃でもあいつらの復讐ができると思っていたのがそもそもバカだった。

 俺のスキルでも傷の修復が間に合わない。

 アステリオスはニヤニヤと笑いながら近づいてくる。

 弱者を追い詰めて楽しんでいるのだろう。

 俺は昔から変わらないな。

 親に散々暴力を振るわれ、養護施設でも仲間はずれにされていた。

 学校にいけば愛されない惨めな子と罵られるのは当たり前。

 教師からは指導という名の暴力も裏では振るわれていた。

 どれもこれも、俺がスキルによる超人な体を手に入れたからだ。

「こんな時こそ役に立ちやがれ!」

 俺は動かない脚を必死に叩く。

――コロッ!

 小さく響く音がまるで福音に聞こえた。

「ははは、こんな時までお前は助けてくれるのか」

 それは幸治からもらった変わった石だった。

 俺にはそれが魔石に見えた。

 魔石には魔力が込められており、探索者はその魔力を吸い出すことができる。

「力を貸してくれ!」

 俺は魔石から魔力を吸い取る。

――スキル【由奈の心】を手に入れた

 謎の声が俺の脳内に聞こえてきた。
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