上 下
5 / 75
第一章 妖怪達と民泊を始めました

5.その後のホテル ※従業員視点

しおりを挟む
「ねえねえ、また悪評のレビュー書かれたの知ってる?」

「そりゃー、これだけお客様がいなければ気づくでしょう」

 私達はホテルの受付カウンターの椅子に座りながらお客様が来ないか待っていた。

 正確にいえば予約も入っていないから、来ることもないんだけどね。

「はぁー、東福くんって本当に座敷わらしみたいな子だったわね」

「彼がいたからどうにかなっていたようなものだもんね」

 ホテルマンとして働いていた東福幸治がいなくなってから、ダイヤモンドホテルはただの石っころホテルに変わった。

「静かになって本当に何かが出てきそうなぐらいに不気味よね」

 いや、ホテルよりは廃墟に近いだろうか。

 毎日笑顔で賑やかだったホテルが懐かしく感じる。

 まず初めに異変に気づいたのは彼が辞めた次の日からだった。

 支配人はいつも通りあの給料泥棒の女狐と楽しい時間を過ごした後、お客様が苦情を言いにきた。

 いつもなら彼が必死に頭を下げて宥めていたものの、今は私達が対応するしかなかった。

 ただ、彼が謝っていた時はすんなり落ち着いていたお客様も私達では手に負えなかった。

 それに嫌気がさして次の日には従業員は辞めていくし、支配人は苦情を言ったお客様を強制的に追い出したりと地獄絵図だった。

 今まで何も起きなかったのが、不思議に思うほどだ。

「もうこのホテルも終わりだね」

「まぁ、終わりなのは支配人とあの女狐だけどね」

 幸い私達従業員は元々ここのホテルで働いた経験もあり、別のホテルへすぐに転職できることが決まった。

 どこのホテルも募集をしているか電話をかけたら、快く引き受けてくれた。

 何でも辞めてから数日の間に東福くんから退職の電話と、何かあった時に従業員をお願いしますと連絡があったらしい。

 ホテルや旅館同士の連携も彼が一人で行っていたからね。

 よっぽど東福くんの方が経営者に向いている。

 そんな彼が居たからこそ、私達がここのホテルに居続けることができたと言っても過言ではないからね。

 だから次の職場に行くまでは、こうやって椅子に座って、ボーッと待っているだけだ。

「おい、どういうことだ!」

 静かな館内に大きな声が響く。

 まるで館内アナウンスのようだ。

「どうもこうもない! 仕事場で浮気して日本中に広まった男なんていらないわよ!」

――バチン!

 支配人は奥さんに頬をビンタされていた。

「金のないあんたなんて必要ないわ!」

「お前がデブでブスにならなければ、俺も浮気なんてしなかった!」

 ドラマみたいな光景を間近で見るとは思いもしなかったが、暇な私達にとってはニヤニヤが止まらない。

「本当に支配人ってバカよね」

「気づかなかった奥さんも相当裕福な生活をしていたからね」

 支配人にとって一番最悪なことは、その時に泊まっていた他のお客様達も含めてレビューに女狐とのことが書かれていたことだ。

 もちろんすぐに消そうとしても、一度書いたことはすぐに広まっていく。

 気づいた時には支配人の奥さんの耳にも入っていた。

 すぐに奥さんは従業員の私達に尋ねてきた。

 従業員の私達は流石に嘘もつけないから、ちゃんと隅から隅までお伝えはしたよ?

 だって、私達はもう辞める人だから関係ないしね。

 これで少しは東福くんに恩返しができたのだろうか。

 これから慰謝料を払いながら、何もなくなったホテルとともに生活していくのだろう。

 幸い支配人の父親は生きているから、どうにかホテルを建て直せるといいけどね。

 大好きな給料泥棒の女狐と頑張って。

「おい、待てよ!」

「触らないで! 不潔! 気持ち悪いわ!」

 世の中に出回った情報はもう消せない。

 ああ、世の中の情報って大事だよね。

 そういえば、東福くんは今どこにいるのだろうか。

 お礼を言う前にいなくなったし、彼はスマホもうまく使えないからな……。

 本当に現代の子だったのかしら。

 座敷わらしと言われた方が納得するわね。

「さぁ、私達もやることがないから帰りましょうか」

「いつのまにか定時になっていたわね」

 長年勤めた職場を退職をする時は、もう少し感動するものだと思っていた。

 花束や色紙をもらったりとかを一度は想像するでしょう。

 でも、現実は夫婦喧嘩を目の前で見せられて去ることになるとはね。

「あっ……これって東福くんが大事にしていたお地蔵さんだね」

 ホテルの入り口には山のように集められたゴミがあった。

 ほとんどが謎の事故に巻き込まれた送迎車ばかりだ。

 その中に割れたお地蔵さんの姿があった。

 そういえば、彼は休憩時間に毎日手を合わせていたっけ。

「長いことお世話になりました」

 私はお地蔵さんに長いお辞儀をして、長年勤めていたホテルを後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺若葉
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

ダンジョンブレイクお爺ちゃんズ★

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
人類がリアルから撤退して40年。 リアルを生きてきた第一世代は定年を迎えてVR世代との共存の道を歩んでいた。 笹井裕次郎(62)も、退職を皮切りに末娘の世話になりながら暮らすお爺ちゃん。 そんな裕次郎が、腐れ縁の寺井欽治(64)と共に向かったパターゴルフ場で、奇妙な縦穴──ダンジョンを発見する。 ダンジョンクリアと同時に世界に響き渡る天からの声。 そこで世界はダンジョンに適応するための肉体を与えられたことを知るのだった。 今までVR世界にこもっていた第二世代以降の若者達は、リアルに資源開拓に、新たに舵を取るのであった。 そんな若者の見えないところで暗躍する第一世代の姿があった。 【破壊? 開拓? 未知との遭遇。従えるは神獣、そして得物は鈍色に輝くゴルフクラブ!? お騒がせお爺ちゃん笹井裕次郎の冒険譚第二部、開幕!】

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

鉱石令嬢~没落した悪役令嬢が炭鉱で一山当てるまでのお話~

甘味亭太丸
ファンタジー
石マニアをこじらせて鉱業系の会社に勤めていたアラサー研究員の末野いすずはふと気が付くと、暇つぶしでやっていたアプリ乙女ゲームの悪役令嬢マヘリアになっていた。しかも目覚めたタイミングは婚約解消。最悪なタイミングでの目覚め、もはや御家の没落は回避できない。このままでは破滅まっしぐら。何とか逃げ出したいすずがたどり着いたのは最底辺の墓場と揶揄される炭鉱。 彼女は前世の知識を元に、何より生き抜くために鉱山を掘り進め、鉄を作るのである。 これは生き残る為に山を掘る悪役令嬢の物語。

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

処理中です...