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第一章 妖怪達と民泊を始めました

1.ホテルマン、移住を決意する

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東福とうふくお前いい加減にしたらどうだ? わがままだぞ」

「すみません」

 俺はホテルの支配人に頭を下げる。

 最近はこれが俺の仕事にもなってきた。

「支配人、さすがにそれは言い過ぎですよー」

「いや、俺はこいつの保護者みたいなもんだからな。なぁ?」

「はい、助かっています」

 大人になるまで養護施設で過ごし、仕事がなかった俺に支配人は仕事を与えてくれた。

 ホテルマンとして立派に働けているのは、支配人のおかげでもある。

 それに社員寮にも入寮でき、お金がなかった俺は死なずに済んだ。

「じゃあ、俺は休憩しているからあとはよろしくな」

 そう言って従業員の女性とともに立ち去った。

 ああ、またホテルの一室をラブホテルのように使うのだろうか。

 この間も声がうるさいと泊まっているお客様からクレームが来たばかりだ。

 まだ夜なら我慢できると思うが、支配人が来ているのは昼間だった。

 昼間にそんな声が聞こえてきたら、お客様も不快に思うだろう。

 それにいつも呼ばれる従業員の女性も働いていないことになる。

「既婚者のどこが良いのかね?」

「さぁ、俺にはわからないですね」

幸治こうじくんはちゃんとした人をみつけるんだよ」

「はい。少し休憩をいただきますね」

 パンを片手にホテルの裏へ向かった。

「相変わらず景色は良いよな」

 俺が勤めているダイヤモンドホテルはお客様がたくさん訪れて、常に満室になるほどのホテルだ。

 外の景色も綺麗で料理が美味しい。

 それになぜか泊まると幸運が訪れるという変わったホテルと言われている。

 そのため、支配人は何をしてもお客様が来ると思っているのだろう。

 たくさんの人が頑張って働いているのをあいつは知っているのだろうか。

 俺はホテルの裏にある木の下に座ってパンの袋を開ける。

「君も食べるか?」

 俺はお地蔵さんの目の前にパンを手でちぎって置く。

 いつも木の下にあるお地蔵さんに話しかけながら、休憩するのが日課だ。

「はぁー、聞いてくれよ。また理不尽な理由で怒られたんだぞ? そもそも二十連勤がキツイって言って何が悪いんだ?」

 この寒い時期は病気で休む人が多くなる。

 俺は近くの社員寮に住んでいるため、何かあるたびに呼ばれるのだ。

 それも日勤してからそのまま夜勤という、わけのわからない長時間労働もある。

 そんな状況で支配人は何もせずに、ボーッとしてお気に入りの女性従業員が出社したら動き出す。

 本当に使えない下半身バカな男だ。

 そもそも息子だからってあいつに継がせる社長の考えがわからない。

 きっと使えないあの男は、客が来る幸運なホテルを任せておけば良いと思ったのだろうか。

「さぁ、そろそろ戻らないと怒られるからな」

 食べ終わったパンの包み紙をポケットに入れ、立ち上がる。

 お供えしたパンは鳥達が食べるからそのままでも大丈夫だろう。

「あっ……夜に雨が降るって言っていたな」

 俺はハンカチを取り出して、お地蔵さんの頭にかける。

「これで濡れなくて済むね。また来るよ!」

 傍から見たら変なやつに見えるだろう。

 だが、俺にとってこの時間は唯一気楽に過ごせる癒しの時間だ。

 俺は再び仕事に戻ることにした。

「幸治くん今良いかな?」

「どうかしましたか?」

 休憩から戻ると、すぐにパートで働くスタッフに声をかけられた。

「またお客様から声がうるさいとご指摘をもらって……」

 どうやら俺が休憩している間に、支配人達の遊ぶ声が大きかったようだ。

「あー、またですか……」

「おいおい、別に俺のホテルだから何をやっても良いだろ」

 声が聞こえたと思ったら、後ろには服が乱れた支配人と従業員の女性がいた。

 せめてちゃんと着替えてから戻って来いと言いたい。

 こっちはしっかり働いているんだからな。

 スタッフに仕事に戻るように伝えて、支配人の相手をする。

「お客様から声が大きいとご指摘があり――」

「はぁん!? そんな客すぐに帰らせろ!」

 手を払うよう動かす支配人。

 この人が何を言っているのか俺にはわからなかった。

 いや、俺だけではないだろう。

 帰るのは仕事をしていない目の前の男だ。

 お客様はこのホテルが良くて泊まりに来た人だ。

 そんな人達を優先しないって何を考えているのだろうか。

「俺は邪魔されてイライラしてるんだよ」

 支配人は近くにあった椅子を強く蹴った。

 感情のコントロールを物にしかぶつけられないのだろう。

「支配人奥に行きましょうか」

 これが日常茶飯事でお客様の目につかないように、俺達は周囲に隠しながら営業を続ける。

「俺がその客を蹴っても良いよな? 俺のホテルを蹴ったんだぜ?」

「へっ……?」

 どうやらお客様がうるさくて扉を何度か蹴っていったらしい。

 それで急いで出てきたから服も乱れているのか。

 それにしても考えがその辺のチンピラかよ。

「さすがにお客様のご迷惑になることは遠慮して――」

「はぁん!? なぜお前に指図されないといけないんだよ!」

 聞く耳を持たない支配人は俺の服を掴んできた。

 本当にバカ過ぎて笑えてくる。

 まだ俺よりも年下なら笑って過ごせるだろう。

 それなのに支配人は俺よりも10歳以上も年上だからな。

 支配人を止められなさそうな俺は後ろにいた女性従業員を見た。

「きゃ、今東福さんが私の下着姿を見てきたわ」

「お前は俺の女に色目を使うのか! セクハラ男はクビだ!」

 俺はそのまま床に投げ捨てられた。

 なぜ俺がこんな目に遭わないといけないのだろうか。

 寝不足で知らない間に眠って、夢でも見ているのだろうか。

 いや、違う。

 これは夢ではない。

 支配人と女性は俺を見下したように見ていた。

 そもそも俺はセクハラとパワハラをされた被害者じゃないか。

 セクハラに関しては、ちゃんとお前らが服を着てこれば問題はなかった。

 こんなところで働くなんて時間の無駄だろう。

 今まで必死に働いて貯金もあるから住む家と仕事はどうにかなる。

「俺の方からこんなクソみたいなホテルやめてやるよ!」

 俺はホテルの名前が入った上着を叩きつけて社員寮に帰ることにした。

 外は物静かに雨が降っている。

 本当に今日は雨が降る天気予報だったんだな。

 お地蔵さんは濡れなくてよかった。

 どこかイライラした気持ちが洗い流されているような気がした。


 社員寮に戻った俺は早速荷物をまとめた。

 手続き関係は直接社長に伝えれば問題はないだろう。

 問題なのは――。

「明日からどこに住めば良いんだよ!」

 仕事を辞めることになった俺は社員寮を出なければいけない。

 突然、家を借りますって言って貸してくれるところはないだろう。

 しばらくはどこかのホテル暮らしになりそうだ。

 今後のことを考えるとなるべく節約のために、仕事と家を早く見つけないといけない。

 そう思いながらスマホで家を探していると、ある広告が目に入った。

――〝県からの補助付きで家賃三万、五年住めば持ち家になります〟

「ははは!」

 あまりにも詐欺のような広告につい笑ってしまう。

 ただ、もしこれが本当ならすごいお得な物件なんだろう。

 他の県にも条件は異なるが、同様に移住者に対する補助金や住宅および土地を譲渡することが書かれていた。

 ただ、条件がものすごく田舎ということだけだ。

 もし嫌であればすぐに引っ越せば良い。

 今は家なし、仕事なしだ。

 そんなことを考えている時間もない。

 それに自給自足の生活をすれば田舎の良さもわかるかもしれない。

 まずは疲れ切った心と体を休めたいというのもあった。

 俺は急いで連絡をすると、早速スケジュールを決めて家を見に行くことになった。


 数日後、目的地でもある家に車を走らせる。

 周囲には街がある様子はなく、本当に田舎なんだと実感させられる。

「こんなところに小屋があるのか」

 連絡先が書いてあった住所に着くと、小さな小屋がポツンと存在していた。

「ははは、こんな田舎までよく来たね」

 ヒゲが長く映画に出てくる魔法使いのような見た目をしたおじいさんが出てきた。

 中に案内されると、移住に対して色々と話を聞かれた。

 なぜ移住したいのか?

 こんな田舎で過ごせるのか?

 家族は大丈夫なのか?

「なんて不運なやつなんじゃ! お前さんに幸福が訪れることをわしは願う!」

 俺は今まであったことを素直に伝えると号泣して、すぐに移住の承諾が下りた。

 どうやら家を貸してくれるらしい。

 バシバシとずっと俺の肩を叩いているが、慰めているんだろうな。

「ふぅ、やっと手放せたわい」

「おいおい……」

 これはただの面倒ごとを押し付けられただけなんだろうか。

 おじいさんはやっと家を手放せたと喜んでいた。

 いや、俺は補助のおかけで無料で借りられる賃貸・・アパートで住む気持ちだぞ?

 ただ、おじいさんの安心した顔を見て何も言えなかった。

 おじいさんも一人で管理していたが、そろそろ隠居生活がしたくなったらしい。

 そもそもこの環境が隠居生活のような気もするが、家を管理しないといけないのが負担だったのだろう。

 説明を聞いても広告は全く同じ内容だった。

 本当にこんなことがあるのだろうか。

「ほほほ、やっとわしもあの世にいけそうだな」

 おじいさんは嬉しそうに物騒なことを言って俺を見送ってくれた。

 俺は鍵を預かって家がある住所まで向かった。

 ただ、この時は家に着いてからさらに驚くことになるとは思いもしなかった。


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【あとがき】

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