遊羅々々うらら

H.sark-9

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011話 籠の迷い子

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会好はしばらくそのまま、茫然としていた。何が起きたのか分からない。しかし火奴羅の風が遠くなってやがて消えた時、強い不安に身が凍る。
「火奴羅…!」
小さな声で叫ぶ。すると急に目の前が開けた。強い風に髪が揺れる。見下ろせば、広大な大地が流れていた。
「なんだ、お前。生きていたのか。」
見上げると、金色に光る丸い何か。目を凝らすと、横に入った切れ込みの奥、暗がりにうすら一つの大きな目が見える。あたりを見渡すと、そこは何者かの手の中。火奴羅より体も手のひらも大きくて、何やらしわだらけの、一繋ぎの衣服が手の指先まで覆っていた。
「まあいい。大人しくしていろ。」
低い声だった。
(あ、修羅…。)
会好は何も言わず、手の中を抜け出そうとした。しかしすぐさま、襟後ろを掴まれて動けない。
「同じことを言わせるな。」
小さな声でも、お腹に響く。
(怖い…。私また泣くのかな。)
しかし不思議と涙は出ないまま、嫌な胸の鼓動と共に、会好は風の中を進む。

ささらな風、晴れやかな森は見渡せば、何かのさえずりの爽やかが遠く聴こえる。長い。はてなく長い。火奴羅のいない世界は余りに広かった。平然たる景色の様が、切なげに、無言の佇みを見せつけた。
幾らか経つと、遠く、霧の向こうに、少しくすんだ赤の何かがあるのが見えた。もう少し近づくと、その全貌が見て取れる。
(大きな建物…。家、なのかな。)
巨大な建物を、円を描いて囲って幾つかの家が立っている。
やがてそれは目の前に。辺りに怖い顔の、仁王立ちした出で立ちの者が大勢いる。
(あれも修羅なのかな。)
皆こちらを見て、はっきりとは聞こえない声で何やら話している。謎の者は、会好を抱えたまま、何も言わずにその中を進んだ。そして真ん中の、大きな建物の前へ。
(わあ、大きい。)
謎の男の身三つ分程の高さの、巨大な木製の扉と、頑丈そうな壁。目つきの悪い、見たことのない生き物の顔を模した意匠の、牙が鋭い口の中で青い炎が不気味に燃えている。熱い気がその口を陽炎で小刻みに揺らすので、歪に笑う恰好となり見る者を威圧していた。
謎の男は、片手で重たそうな扉を押し除け、中に入った。

(うっ…。)
扉が開くと共に、気味の悪い風が溢れ出てくる。
(何か、いる…。)
中には何体かの修羅がいた。皆物騒な武器を持っている。奥の方に、今朝見たような毛だらけの大きな生き物がいて、異様な重圧感を放っていた。
「夜雨!帰ったな。」
(やみざめ…っていうんだ。)
青い服を着て、布を結んで目を隠す、大柄な男が話しかける。
「ああ。こいつが収穫だ。」
会好は背中をつままれて差し出された。場の視線が彼女に集中する。
「なんでぇ。こんなもんか。」
(目隠ししてても見えるんだ。)
「よく分からんが、確かに火奴羅の懐から出てきたモンだ。」
「そうか。こいつ、どうする?」
目隠しの男が振り返る。
「私、いいもん持ってるよ。ちょっと待ってな。」
答えたのは、手足の長い女。奥の扉へ消えてゆく。がたがたと物音がしてしばらく経つと、女は小さな籠を持って現れた。
「これに入れておけば良い。」
「そうだな。頼む。」
夜雨は会好を女に手渡した。
(ここから逃げないと…!)
しかし会好は恐怖に身がすくんだまま、何もできずに籠に閉じ込められた。
「悪く思うなよ…。お嬢。」
不適な笑みを浮かべる女。帽子の装飾で片目が隠れているのがやけに不気味だった。
「不安だ。連れの為に命張るなど、奴らしく無い。」
うつろな目つきの男の声は、腕に付けた刃の研ぎ音に霞む。
「ああ、確かにあいつは単独行動だ。期待できるかわからねえな。」
目隠しの男が手をひらつかせると、手足の長い女は籠を近くの棚に乗せた。
「まぁ、いいじゃない。来なくても…」
「いや、来るよ。」
遮ったのは、大きくて鋭い目をした、小柄な女。頭から垂らした白い布が、体を覆うほど大きい。
(あ、足が無い。私と同じ。)
「なんでぇ、春沙。」
「火奴羅は仲間思いだ。」
足の無い少女は真っ直ぐな瞳で言った。
「お前、あいつの肩もってんの?」
目隠しの男は少し呆れ気味。
「ふん。つっかかるなよ。」 
足の無い少女は目を逸らす。目隠しの男は腕を組んでみせた。
「分かってんのか?奴は敵なんだぜ。」
(え、敵…。)
「そうだ。奴を殺すのが、我々の使命…」
(…殺す!)
会好は籠の中で後ずさった。聴き馴染みの無い言葉。それでも何故か知っている言葉。
(火奴羅が殺される…!)
「違ーーーーう!!」
目隠しの男が叫んだ。
(あ、違うんだ…。)
会好は小さく息をついた。
「何度も言ってっけどヨォ!ちげぇだろ!奴を手下にするんだろ!」
手足の長い女が頬に手を当てた。
「うっさいわねぇ。でも戦うのは確かなのよ。春沙、大丈夫なの。」
(え、戦うって…。)
「おめぇに言ってんじゃねー。」
「私はただ奴の弱点を言っただけ。言われれば殺しでもしてやるよ。」
足の無い少女は伏し目になって、抑揚なくつらつらと述べる。
(やっぱり、火奴羅が危ない…!)
「ちっ、何ゆえあの様な体たらくなど…。」
夜雨は吐き捨てるように言った。
「お前はいつも乗り気じゃねぇなあ。あの我楽々大先生様を一番お慕い申し上げ奉っとるのによぉ。」
わりと嫌みな声も、会好の不安を消したりしない。
(火奴羅、来ちゃダメ…!)
「煩い。例え我楽々様の指令でも、これだけは納得ゆかんのだ。」
(でも火奴羅が来ないと私…!私一体どうしたらいいの…。)

会好はくらくらする頭を押さえて、座り込んだ。
(はあ、取り敢えずここにいれば、痛い思いすることはなさそうね。)
落ち着いて辺りを見渡してみた。
すこし薄暗い部屋。真ん中に大きな机があり、その周りを椅子が囲っている。扉と向かって反対側には、広く、豪勢な階段が上に伸びていた。
(うわあ。あの絨毯、綺麗。ほしいなあ。)
階段の上に敷かれた長絨毯は青く綺麗で、端に施された金色の毛束の装飾も美しい。
そして階段の上を見上げると、木でできた大きな扉があった。
(あの奥に部屋があるのかな。きっと大きいんだろうな。)
伸びた階段の下あたりにも、扉がいくつかあった。階段の奥でよく見えないが、手足の長い女が先程あそこから出入りしていたのを、会好は知っていた。
(あそこにも、部屋。まだ怖いのがいるのかな。)

(それで、あれがやみざめ。)
会好を連れてきた謎の男、夜雨。その仮面は刃のような装飾が左右そして上にあり、特に上部のものは後ろに突き出すような形で立派であった。肩幅は広く、体も大きく見える。深い赤の衣服は大きすぎるようでやはりしわだらけであり、首元も手の指先も覆ってしまって露出がない。上下で分かれておらず、下半身の部分は破れたような見た目で、足がなく、微かに浮いている。そしてその背中には、その夜雨の背丈程にもなる、長い刃。会好の知る包丁とは違って両の側に刃があり、片方は真っ直ぐ、片方は鋸のように稲妻型になっている。
(私を連れてきたのは、あんなのだったんだ…。)
「とにかく、戦いは近い。全員準備を始めろ。」
(あれにも名前があって、ちゃんと言葉を話すのに…。どうしてあんなに怖いんだろう。)

会好は次に、目隠しの男を見た。
(あの目を隠してるのにも、名前があるのかな。)
会好の目の前を、あの足の無い少女が通る。
(あれは、えーっと、はずな…。)
親しみやすい体格の彼女が、再び姿を表したとき、会好は心を打つ不安を感じた。
(あ、あれは…。)
彼女は鋭く、大きな槍を持っていた。しかも片手で一本、計二本。
(なにあれ…。木に穴を開けるみたいに、火奴羅を…。)
会好は俯いて手を頭に当てた。呼吸が乱れる。
春沙はその前で槍を構え、一突き。
「へえ、その気になったのかい。」
目隠しの男が鎖を持って立ち上がった。
「もとよりそのつもり。分かってるでしょ?」
(くらがり。やっぱりちゃんと名前があるのに…。)
「そうか。ま、頑張ってくんな。」
暗狩はそう言って鎖を思い切り引き上げた。巨大な銀色の塊が突然宙を舞う。
(うわっ!)
会好は驚いて目を隠した。恐る恐る見ると、鎖の先端に、巨大な斧。
(やっぱりここにいる修羅は、みんな危ないんだ…!)

会好は籠の奥で丸くなった。恐ろしい武器は嫌な想像をかき立てる。火奴羅の丸くて瑞々しい顔が、どうにかこうにか。
「ところで千百、美酉等はどうした。」
手足の長い女は、空を鋭く蹴りながら答える。
「ああ。もうじき戻る。」
(わあ、あれで蹴られたら痛いよ…。)
「御染。お前もそろそろ支度しなよ。」
手足の長い女、即ち千百は奥に座る男に向かった。無言で刃を研いでいた、うつろな目の男。男は満足げに刃をかざすと、ちり紙をひとつ放った。ゆらゆらと落ちゆく紙を前に、男は素早く立ち上がって腕を横に振る。音なくして、紙は綺麗に二つに。そしてその先の、木でできた丈夫そうな椅子も、見事に両断された。
「支度か?もう済んでいる。」
口元に笑みが溢れる。
(ああ、あんなのに切られたら、火奴羅…。)
「ああーっ!あたしの椅子!はぁ…。後で直しておけよ。」
ため息混じりの千百。
「…承知。」

(あれがやみざめ、あれがはずな、そしてちもも、えー、くらがり、ごぜん。全部で五体。あ、でも奥にいる大きいのを合わせると、六体…。)
会好は大きく息を吸って、目を閉じた。
(でも、火奴羅は強いんだよね。)
数十匹の、殺意に満ちた修羅を倒した火奴羅。巨大な怪物と渡り合った火奴羅。
(そう。きっと火奴羅は勝てる…。)
そう考えて、会好は目を見開いた。 
(あ…。火奴羅、本当に来てくれるのかな…。)
彗星の如く心を打つ。会好は胸を押さえた。
(嫌…。火奴羅は…!)

「おいこら、舞音!起きろ!」
千百が奥で扉を蹴り飛ばす。
(わあぁーっ!!)
扉の奥で叫び声が。がららっと騒がしい音がして、扉が思い切り開く。
「何よお!まだお昼なのよ!」
「そう!もう昼なのだ!」
出てきたのは、髪の長い女。胸に鎧を当てている。
「ヤミが帰った。戦いは近い。」
御染は藤色の着物を羽織った。
「ふーん、そう。起きなさい、澄!」
女は奥の怪物の上に思いきり飛び乗った。金色の瞳が光る。
「グッ…。グルオォォーーン!」
棚が震える。髪を梳かす御染の手元が狂い、月型の櫛がこぼれた。
「ああーーっ!!!」
そのまま暗狩の足元に落ちる。
「あー、いたそー。」
頬に手を当て、気力無く答える千百。
「はは。大袈裟だな、暗狩。」
愉快そうに笑う御染。暗狩は何も言わず、足元の月櫛を素早く放った。
腕についた刀をかざして払った御染が、にたりと笑う。
「来るか?」
暗狩の顔はみるみる赤く、恐ろしい形相に。
「やったァろじゃねェかァ!!」
暗狩は手元の斧を思い切り投げつけた。ひらりとかわして斬りかかる御染。胸元から小さい刀を取り出して、ぎりりと受け止める暗狩。
「うわあ。」
斧は春沙を掠めて机に切り込んだ。春沙は飛び上がって、二本の槍を軽々と回して遊ぶと、びしぃと構えて鋭く微笑む。
「やったあねー!」
春沙は一気に斬り込んだ。あっははは、と高く笑う千百。
「せあーっ!」
手刀を構えた千百が飛びかかる。後ろから一発二発、蹴りと殴りを御染に見舞うと、机の上、小さな碗を手に取り、素早く放った。軽い音が響き、舞音が頭を押さえる。
「いったあ!痛かったっと!」
背中の刃を取り出して、大胆に斬りかかる舞音。
「かえったぞ。」
薄暗い部屋に光が差す。正面の扉が開いた先に、また二体の修羅。
「…なんだ、またやっとるんか。」
髪が長く背の低い男が目を細めた。大きな翼が豪奢な衣服のように、下に垂れて振り乱れる。
「私らもやりましょか。」
少しよれた帽子をかぶった、背の高い女がささやいた。背から両端に刃のついた長い棒を、指先で回し構えて月の刃斬り。淡い空色の光が、刃となって斬り入った。
「あいな!」
男は翼を開き、複雑に細長いものを手先につまんで前に掲げた。きいんと軽い音を共に、青緑色の光が線を描く。
一時、風が止まった。七体の修羅の血走った瞳と、二体の修羅の冷徹な瞳が互いに交差する。
そして張り詰めた糸が切れるように、突如風が暴発した。修羅の残虐な宴は、まだ終わらない。

砂埃舞う斬打叫乱。奇声と怒声と、木屑が飛び交う。大部屋は黒岩と重く、朱鋼と熱く、繚乱の風が吹き荒れる。その全てが会好の胸を打つ。巨大に乱れ立つ岩肌のような威圧で、厳しく彼女の胸を乱し続けた。
(どうすればいいの…。)
会好は体を折って、小さな窓の奥の空を虚に見上げた。
(どれくらい待ったんだろう。火奴羅は…、やっぱり来ないのかな。)
思い出される、火奴羅の声。
(そういえば私、まだ火奴羅に会って長くない。)
徐々にかすれてゆく気がする。
(きっともう私のことなんか忘れて、どこかに消えて行っちゃうの。)
そして溶けるように消えたような、そんな気がした。

「何事だ!騒々しい。」
低めの女性の声。瞬時に風が、音が止んだ。張り詰めた凪が辺りを支配する。
「は。十我輪翔団、全員揃っております。」
唯一喧嘩に興じていなかった夜雨が、剣を納めて跪く。そして他八名がその後ろに控えた。素早い動きで、至極的確だった。
「作戦の程は。」
階段の上から聞こえる。
「第一段階は完了。第二段階については準備を進めております。」
「そうか。」
奥からの光が彼女を一瞬影にした。そして露わになったその姿。それは火奴羅程の小柄な少女の体格で、しかし大きく、落ち着いた紫色の身纏いと、くすみのない金色の縁の装飾、そして真っ直ぐ透き通る力強い声が、言い難い威厳を放っていた。
「ほう、あれが戦果だな。」
彼女は足があるものの、宙に浮きながら階段の下の会好を見下ろした。そして背に羽織った外套をくゆらすと、身軽に飛んで会好の目の前に降り立った。
「な…。」
彼女の顔が近づく。
「小娘ではないか。」
「は。しかし確かに、火奴羅の懐から出たものであります。」
彼女は豊かな前髪を横に払って、不敵な笑みを浮かべた。
「貴様。貴様は火奴羅のなんなのだ。」

(え…。)
会好は手を口にやって俯く。
(私は…。)
「分からない。」
そして伏し目がちに横を向く会好の瞳が、何故だか、潤った。
「分からないよ!そんなの!」
濡れた目線をきりと向ける。
「え?あ、いや…。」
少し戸惑い焦る女。
「やはり駄目ではないか。」
御染が呟く。会好はきゅっと俯いて、肩を上げた。目を閉じた睫が光る。
「こら!黙っておれ。」
彼女は声を張り上げた。外套を勢いよくなびかせて振り返り、また階段に沿って飛んでゆく。
「まだ決まったわけではない。黙って待てば良いのだ。」
そしてちらりと会好を見る。すこし苦しそうな表情。
「承知っ!!」
控えていた九体の修羅達は一斉に叫んだ。

会好の心の中、御染の声が離れない。
(連れの為に命張るなど…。)
会好は目を閉じて指先で睫を撫でた。光の雫が舞う。そしてゆっくり目を開けると、そのまま涙が溢れた。彼女は声を出さず、静かに泣いた。
涙で霞んだ世界は、心なしか薄暗く、夢のようにぼんやりとしている。窓から淡く差す光も煩わしく、空に黒い帳が降りて、紫がかった闇が世界を染めて、果てなく暗い穴に落ちてしまいたいと、そのようにさえ思った。…暗い穴の中で、声が響く。
(…!)
涙が止まった。火奴羅の声。
(守らせてね…)
消えた声が、かすれた声が、爆発するように叫んだ。
(…あなたを!)
会好は目を大きくした。首を上げて、扉を見る。一気に風が突き抜けてゆく。全身がたなびくように、何かに包まれるように、会好は風を感じた。
帳は払われた。現れた空は、寒桜色。
(火奴羅…!)

扉が弾けた。轟音が鳴り響く。会好の心象が胸から溶け出して現象に広がった。寒桜色の光が全てを包む。
「な…!」
誰かが声を出す間もなく、黒い、小さな影が現れた。そしてその一部が分かれて布となり、会好の籠にひらりと迫る。
(わあっ!)
そして籠は包まれた。ほのかに暖かい。懐かしい香り。
すぐさま打撃音が鳴り響いた。数え切れないほどの、轟音、衝撃、暴風。黒い布の奥から、微かに光が漏れて激しく点滅する。先の喧騒と比べられない程の力が、世界を激しく通ってゆく。
それから少し経って、突如全てが収まった。静かな中で、低い声が響く。
「貴様…!不意打ちとは卑怯な…。」
苦しそうな夜雨の声。
「堂々と来て欲しかったのかい。お前も謙虚になったものだな。」
落ち着いた声。
「何だと…!」
会好は目を閉じて感じた。先程の不気味な風が消えて、強く、透き通った風に満ち満ちた世界。
「さて…。返して頂こう。」
突然床が浮かび上がった。懐かしい鼓動が目の前で聴こえる。
「我楽々!」
これまでになく力強い、火奴羅の声。
「…何だ。」
外套を羽織った、あの女の声。
「お前に殺されはしないと前に置いた上で、敢えて云っておく。」
会好の頭上で声が響いた。
「私は死んでも貴様には仕えん。」

黒い布の先、ぱあっと淡く光が差す。会好が布を手繰り寄せようとすると、するりと登って天に舞い上がった。
(わあ、眩しい…。)
目を凝らすと、一面に広がる、夕の空。橙色に染まる雲は切れ切れ、隙の先には青い空。そして遥か遠く地平線に、熟れた果実のように鮮やかな、赤い色の太陽。そして振り返ると、白い襦袢を纏った、見慣れた顔がある。
「怪我、ないか。」
「うん。」
「そう…。」
そう云って微笑む火奴羅の髪が、夕焼けに揺れて藤色を呈した。
黒い上着を纏ったら、火奴羅は光った指先をかざし、すっと刃のように、会好の籠を払った。空に舞う籠の切れ端が、ぱあっと光の泡と共に花咲いて消える。落ちゆく欠片の後、残った会好は広々と宙返り。そして目を強く閉じて火奴羅の胸に寄った。
「…遅くなって、ごめん。」
火奴羅も目を閉じた。大きな夕陽の中で影になる。きらきらと泡の闘気と涙が飾った、燃える情景の中で、回り踊りながら会好と火奴羅は目を閉じた。
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