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第四話 姉妹達
しおりを挟むサクラとクエルは、ジンを自分が目覚めた施設へ運び込んだ。
応急処置はしたもののまだ万全とは言えず、クエルからの提案でサクラのいた施設が一番修復に適した場所として、そこへ戻った。
実際、ジンの体の破損個所は夥しく、いくらクエルが即席で修復したとは言えよく起動すらしたものだ、とサクラは驚いた。
クエル自身も今まで、ここまで耐久性の高い機械を見た事がなかったらしく、ジンの修復時には自身に施設のサーバーから何かしらのケーブルを直接繋ぎ、サーバーに残されたデータを解析しながら、と言う程の人間には到底無理な芸当まで見せた。
ただ、クエルが修復に苦戦したのはこれだけではなかった。ジンの体のところどころに有機体、つまるところ人間の体細胞組織の一部が使われていた事である。
サクラのように完全に無から作られたアンドロイドとは異なり、ジンの場合は現在の体になる前の素体があった事になる。
人間としての生命活動維持に必要な部位、つまり臓器は全て、頭部以外全て機械に変換されている為、活動維持には水素系の僅かな液体で充分であったようだが、表面はサクラのナノスキンと違い素体の時の皮膚細胞をそのまま転用しており、ところどころが腐食して維持自体が不可能になっていた。
「表面組織以外、内部の修復はこれで問題はない。だが、このまま維持するには表面組織を全て取り除く必要がある。そうなると表面組織で保護していたお前の大脳が剥き出しになって、お前の活動維持が不可能になる。どうする?」
クエルは修復作業の大半を終わらせ、ジンに問う。
「せっかく助けてもらったのに悪いんだが、もうこのまま終わらせてくれ。どうせならあのまま死んでいたかった」
ジンが気の抜けた答えを出す。
「随分永く生き過ぎちまったしな。もうこの世界に、俺の知ってる全てはない。もういいんだ」
ジンをここへ運び込む最中、稼働していたジンは140年振りの世界を目の当たりにし、移動している道中にサクラたちに一言も言葉を発していなかった。
「長い時とは、お前はいつ製造されたのだ?」
クエルの問いに、ジンはゆっくりと、話し出した。
俺自身、サイボーグとしての俺が生まれたのは今から五千年程前になる。
その時はクローンとして生まれた為、生まれながらにして他者の目的の為に生かされ続けた。
他にも俺と同じクローンはかなりいたが、全員、元の素体が同じだから、生まれた時から共通の記憶を持っている。
その記憶の主であり俺のオリジナルは西暦1923年、今から6098年前に生まれた人間、仁加山正。
その仁加山正ですらも30歳の時に人間ではなくなった、否、人間をやめさせられた。
仁加山正その者は、人ではなくなって永きの刻を経て、西暦3078年にこの星で起きた大変事を迎え、その時に現れた人間達ならこの後の世界を信じても良いと思い、俺は死んだ。
だが、やはりどの時代にも利己的な者はいるもので、俺の体の秘密を知りたいが為に、俺の細胞を何らかの手段で手に入れてクローンを作り上げ、そして最終的に俺が残った。
生命の滅んだこの星で、人にも機械にもなりきれない、この俺だけが残った。
ジンはただただ、無気力ながら独白していた。サクラとクエルは遮る事なく、黙って聞いていた。ところが、
「へっ、何てツラしてやがる。機械に同情されるとか初めてだぞ」
ジンは嘲笑しサクラに問い掛ける。サクラは何故自分に問い掛けて来たのか理解出来なかった。が、
「え・・・、これ、何・・・?」
サクラは自分の顔に何か濡れたものが伝うのを感じた。伝った先を指で辿ると、どうやら目から溢れていたようだ。
「俺は今まで戦いの場にしか身を置いてこなかったから、周りに誰も同情する者なんていなかった。だから、お前みたいな反応されると俺はどうしていいのかわからん」
ジンは吐き捨てるように言った。吐き捨ての対象はどうやらサクラではなく、自分自身に対してのようだが。
「いや、何で私も、こうなってるのかわからない。だけど・・・」
サクラは声を震わせた。どうにも自身の中にある、情報処理機構の中では処理しきれない、何かが自身を混乱させている。
「今まで、ありがとう。これからは、あなたの好きなように、生きて」
たどたどしくも、サクラが発した言葉が意外だったのか、ジンは目を剥いた。
「・・・哀れみでもなく、偽善でもなく、まさかの感謝?俺は今まで戦いに身を置いてきた。要はたくさんの殺しをしてきた。六千年もそんな事をしていたヤツが、恨まれるどころか感謝だと、ふざけないでくれ」
ジンは気丈に反論するが、やはり初めて言われたであろう言葉に動揺を隠せずにいた。
「でも、あなたも、本当は普通に生きて、普通に死にたかったはず。もう今は邪魔する人なんていないよ?もう、好きにしていいんじゃない?」
たどたどしくもサクラは言葉を続ける。
「そうしたかったあなたは、理不尽な運命を受け入れて、永い刻を生きて、どういう形であっても、この世界を守る為に戦った。充分、だよ」
サクラの最後の一言に、ジンは慟哭した。
余りにも慟哭が続いた為、クエルはこっそりとジンに無音のショックガンのようなものを食らわせ、気絶させた。
これにサクラはクエルを咎めたが、このままただこうされても修復するタイミングを逃すだけだ、と一蹴した。
「完全には無理だが、行動出来るようにするレベルまで直す為の方法はある。これはお前が了承すれば、の話になる」
クエルは淡々とサクラに提案する。
「お前のナノスキンの一部をこの男に移殖する。表面組織を全て剝がす事になるが、剥がした直後にナノスキンを頭部に張り合わせれば、後は自動的に全身を覆う。そうなると、サクラは二時間行動できなるが、どうだ?」
クエルの提案を聞いたサクラは、無言で頷いた。
サクラとジンは互いに、それぞれ台に載せられ、クエルの“移植手術”が始まった。
サクラの目立たない部分として、背中から臀部上部にかけての四方を切り取られ、即座にジンの頭部に張り合わされた。
ジンの頭部周辺は、雑菌や粉塵などが紛れ込まないように、微弱で半透明のバリアフィールドが貼られれている為、中の様子が見えない。
うつ伏せに寝転がったサクラは、ただジンを助ける為と思い、何も言葉を発さなかった。
察する、という感情まではないだろうが、クエルは全くサクラに話しかけなかった。
ただ、サクラに話しかけられていないから、という空気ではないようだった。
クエルの言った当初の予定通り、サクラは台の上からうつ伏せのまま動けなかった。背中あたりで何かがうごめいている感覚があった。
ナノスキンが自動修復している最中なのだろう。ジンは全身に半透明のバリアフィールドに包まれたまま静かに寝そべっている。
まだ修復中であろう。クエルは過剰動作でオーバーフローを起こしたとして、強制的にスリープモードに入り、サクラが寝そべっている台の下で転がっていた。
スリープモードに入る直前に、サクラが動ける三十分前には再起動する、とだけ伝えいていた。
しかし、静かな部屋である。すると、部屋の自動ドアが突然開いた。足音が二人分、聞こえて来た。その内の一人分が、サクラに向かって真っすぐ迷いなく向かってくる。サクラは当然まだ動ける状態でない為、その足音の主を確認する事が出来ない。しかし、
「何なの、面白い事してるわねえ」
サクラの視界に女が入って来た。真っ赤なロングヘアー、切れ長の目じりに黄色い瞳。
サクラの如何にも平均的な女性然とした体型とは対照的に、腰回りの細さが際立つぐらい、胸部と臀部が強調されたグラマラスな体型。
きつそうな印象を与える女だった。それを助長させるかのように、衣装は黒いレザー調の際どい姿である。
「あなたは・・・、私と、同じ?」
サクラの問いかけに、女は口元を意地悪く笑みで歪ませた。
「Tactics Underfront Battle Android Killcall Ignition、DBA-02C。コードーネームはツバキ。察しの通り、あたいとアンタは同じアンドロイドだよ」
ツバキが答えた。同時に、サクラの視界にもうひとり、ツバキとは対照的な地味な姿をした女が入って来た。
ツバキとは対照的に、碧いショートボブの半開きの目、サクラより色白だった。華奢そうな体型も相まって、どうにも暗そうな印象である。
「ああ、後ろにいるこのコはActive Zone Android Mindcontrol International、DBA-01E。コードネームはアザミよ」
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