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最終話 ホントウニ アリガトウ<上>
しおりを挟むどこだろう、ここ・・・
何て言うか・・・、身体もいつもと違う
目も、耳も、何もかもいつもと違う
・・・弾力が違う
え、これって、・・・そういう事?
アイラは今まで目にした事のない、真っ白な世界にいた。
ただ白い。
上も下も、何もかもが白い。
違いがあるのは、自分の身体の輪郭線と髪色だけ。
その異質かつ単純な世界で、アイラは自分の身体が変化しているのに気付く。
余りにも小さな変化なのか、大きすぎる変化なのか。
自覚出来ない程で、しかし確実に違和感を残す変化。
更に、以前では全く起きる事のなかった、胸の前後運動。
その動きに合わせて、音声を発していた口腔器官から空気が吸い込まれ、排出される。
機械には不可能な、何処か歪で繊細な空気の流出入。
特に大きな変化は、視界だった。
いつも表示される網膜モニターの印字表示が全く現れず、自分自身にしか聞こえない視覚情報を得た分析結果の音声すらも聞こえない。
初めての事だらけで、アイラは戸惑う。
「やっと、人間になれたんだよ。お前の望みが叶ったな」
何処からか声が聞こえ、アイラはあちこち振り向く。
何度か振り向く内に、いなかった筈の前方にガイがいた。
三角座りをしているアイラに対して、ガイは片足を上げて胡坐をかいている。
「そりゃ今まで目に映ってるモンとか、感覚が全部変われば戸惑いもするぞ。
意識が消える前に拝めて良かったよ」
ガイが見た事もない表情で優しく話す。
張り詰めた、緊張する事しか知らないあの顔が、柔和に微笑んでいた。
目のクマが白い空間によって余計に強調され、何処か解放感を得たと言う雰囲気も醸している。
「成り行きとは言え、俺の最初に伝えた要望、叶えてくれてありがとうな。
と言うかすまない。お前にえらい重荷を背負わせてしまったな」
「そ、そんな事・・・、ない!」
アイラは声を震わせた。
今まで感情を得ても、声にまで出る事はほぼなかった。
選ぶ言葉だけで最適解を見出し、それを伝える事で感情を相手に伝えて来た。
だが、そんな最適解も何も出ず、それどころか簡単すぎる言葉だけで、胸の奥から溢れ出るものを感じる。
「いや、一年もないお前との出来事で、俺の生きた二千年の人生は報われた。
真っ黒な悪意に造られたお前が、純真の塊じゃねえかよ」
少し悪戯っぽく笑うガイ。
アイラは堪え切れず、泣き叫びながらガイに飛びつき、抱き着いた。
今までに、これ程までアイラがガイに体を密着させた事がなかった。
最初で最後の、抱擁。
小刻みに震えるアイラの頭を、ガイは優しく撫でる。
以前にも、ガイに少し頭を撫でられた事があった。
その時はどう言う意味か全く理解出来なかったが、今は説明されなくてもいい。
ただ、こうされるのが良い。
「・・・時間だ」
ガイの言葉と共に、アイラの意識が真っ白に包まれる。
「この世界での俺はここまでだ。
次いつになるかわからないが、お前も必ず“こちら側”に来る事になる。
それまでは、人間として精一杯楽しんで生きて、また会いに来い」
徐々にアイラの意識が遠のき、真っ暗になり始めた。
またな、と言われ、そこでアイラの意識は消えた。
「・・・目覚めたか」
ジンの草臥れた声に気付き、アイラは目を覚ます。
アビスホールのあった大空間はただの巨大な瓦礫に埋もれた荒れた場となり、粉塵や漏電が立ち込める。
広大な天井は大穴を開き、細かい瓦礫を落としながら青い空をたたえている。
どうやら空中ではなく、落下して海面にあるのか、落ち着いている事を証明するように海鳥が鳴き声を上げながら何羽か飛び交っている。
ジンが座り込んでいる傍らに、ガイが眠る様にひび割れた寝顔をたたえて倒れていた。
「こいつ、死んだ後に顔が変わったよ。
しっかり見送ってくれたんだな」
疲れ切った顔をしたジンだが、声はどことなしか晴れやかだった。
「・・・うん、また会えるって言ってくれたから」
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