Ultimate Heart

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第1章 デレガナド会戦編

第1話 開戦

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 人員輸送トラックが揺れる中、少年、と言うわりにはかなり大人びて見える男は、目を覚ました。
 叫びはしなかったが、気分はすこぶる最悪のようだ。
 サングラスをかけていて一目からでの表情はまるでわからないが、チっと舌打ちをしたのでやっと苛立っているのがわかる。
 黒いジャケットを羽織り、下は黒のスラックスとシンプルな装いだが、全身が真っ黒、と言った印象である。
 髪も漆黒と呼ぶに相応しい、若者らしい艶のある髪。
 程よい褐色の肌で、千年前にいた東洋の民族の特徴そのままである。
 だが、特に目を惹くのは、サングラスでは到底隠し切れない程の、左目を縦に裂くように走る傷跡だ。
 刃物で斬りつけられたような生々しい、大きな傷跡である。
 若々しいが、誰も彼が18歳の年端もいかない若者とは思わないだろう。

 不意に、輸送トラックが停止し、トラックの後部ダンパーが大きく揺れた。
 その合図と共に、同じく後部ダンパーに腰掛けていた何人かは、一斉に降りる準備を始めた。
 同席していたのは、お世辞にも可愛らしいとかかっこいいとか、煌びやかな言葉は全てに合わない殺伐とした連中。
 ホームレス然として汚らしくボロキレを纏ったような男もいれば、如何にも半グレと言ったスチームパンクな風貌の青年、妙に露出度が高く如何にも男を誘っているような娼婦然とした女と、様々だが、とてもだが仲良くなれそうにない空気を纏った者達ばかりだ。
 その中でも、傷痕の彼は空気が一人だけ違い、このような殺伐とした空気の中睡眠をとると言う度胸を披露していた。
 道中で懐をまさぐった別のチンピラのような男に対して、無言で腕を捻り上げて数秒で制圧した為、誰も声をかけたり近づいたりしない。

 一人一人降りて行き、後部ダンパーから降りてすぐのところで、すぐに検問が掛けられていた。
 案の定、降りた何人かは道中のどこで調達したのか、違法ドラッグや流通禁止の小型武器など、手荷物の中に隠し持っていたようで、検問兵士の背後にいた待機兵士によってすぐに連行されていった。
 そして傷痕の彼の番になった。すると、

「フェイト・ガンザーラ准尉でありますか!?」

 検問の兵士が大声を上げた。フェイト・ガンザーラと呼ばれた傷痕の彼は静かに答える。

「俺はもう退役した身だ。畏まるなよ」

 ただそれだけ答えて、検問を速やかに抜けた。
 フェイト・ガンザーラは、僅かな手荷物と、自身の愛用武装である銃身に中型剣を取り付けた奇抜な武器を背中に背負い、検問所を離れた。




 フェイト・ガンザーラ。歳は18歳。
 東亜連邦の陸軍所属、若干17歳にして特務部隊専属の准尉に昇進した、東亜連邦軍発足以来の天才肌と言われた。
 もともと、かつてフェイトは何ら普通な、どこにでもいる男の子だった。
 だが、父ヴェルナーの死の理由が、軍へ駆り立てる要因にもなっていた。
 かつて大好きだった、粗暴だがとても優しかった父。
 その死がフェイトに暗い影を落とし、更に戦友の死も重なっていた。
 1年前、同じ特務部隊に所属していた、同じく天才肌と呼ばれたベレア・リュージュアが、正体不明の寄生体に身体を乗っ取られ、軍の判断でそのまま殺害された。
 この二つの出来事は、フェイトから笑顔を根こそぎ奪うのには事足りた。





 東亜連邦 西州 デレガナド村

 村、と呼ぶには過分に物々しい雰囲気があった。
 周囲を高さ10mはあろうかと言う鉄製の灰褐色の壁が築かれ、村全体を囲っている。
 加えて防壁の上部、村側にはブレーチングの犬走が設置され、壁に沿って全てに張り巡らしており、誰がどう見ても戦闘態勢なのは目にも明らかだった。
 周辺には全高4mはあろうかという人型の機動兵器が数機、外側を哨戒している。
 村、ではなく要塞さながらである。
 しかし、肝心の村は、しっかり村らしさを保っている。
 どれも無個性で小規模な建物ばかりだが、物が雑多に置かれ、村にしては人の多さが目につく。
 その村を背にして、防壁の犬走でひとり、タバコを吸った、やさぐれた風貌の男が村の外、遠くを睨み付けている。

「あー・・・、たくホントにあいつ戻ってくんのかよ」

 やさぐれた男、ジークはタバコの根本まで吸いきり、吸い殻を捨ててはまた新しく一本吸い始めた。

「ん、なんだ、電話か?」

 そう言い男は耳につけた小さな無線イヤホンのような機械に指を触れ、話しかけた。

「なんだ、まだ着いてないのか?うん・・・、ん・・・、は。お前マジで言ってるのかよ」

 男はタバコを途中ですり潰して消し、足元に置いていた機銃を取り上げた。

「どれぐらいで着く!?」

 男は通話でそう問うと、今度は直接声が聞こえた。

「ここから目測23km先、オーク一個師団が接近している。
 規模はおおよそ3万。保有兵器は械人50機、自律機動兵器を格納している地上輸送機も確認した。
 駐在軍と村の自警団にジークが連絡しろ。ヤツらが宣戦布告なしに攻めて来たとな」

 声をかけたのは、フェイト・ガンザーラだった。

「ったくよ!俺はお前の叔父なんだからよ!もうちょっと丁寧に話せねえのか!?
 それと俺を呼び捨てにするな!!」

 双眼鏡に目をあて、叔父と呼ばれた男、ジークは噛み付いた。
 よく見ると、フェイトとジークはやはり親族あってか、容姿が似通っている。
 ジークはフェイトの容姿をやさぐれた30代後半にしたような見た目だった。

「軍で年齢は無視で階級のみで全てを決められていたんだ。今更怒るなよ」

 甥のフェイトは不愛想に返答した。
 これにジークはまた舌打ちするも、イアーテルの電源を切りベストに張り付けた無線機を強引に引き剥がして怒声を飛ばす。

「テメえら!!オークの大軍が攻めて来たぞ!!
 全力で防衛にあたれ!!!」

 怒声が響き渡ると、防壁周辺が一気に緊張に包まれた。
 凄まじく足音の怒号が防壁全体を伝い、村にいた、武装した住人達が一斉に戦闘準備を始めた。
 大半は村の住人だが、中には軍属も紛れている。東亜連邦の正規軍人の姿も少しばかりあった。
 どこからか雇われた傭兵もいるようだが、全員一様に、同じ貌をしていた。

 緊張
 恐怖
 絶望
 憤怒

 負の感情の顔の博覧会とも言える様相だった。
 村の居住区の方では、避難が進み始めている。
 遠巻きに叫びのような喧噪も聞こえてきている。
 そしてフェイトも戦闘準備を終わらせた。
 背負っていた、銃とも剣とも見分けがつかない複合武器をサッと振り上げた。

「そんな奇妙な武器使ってんのか?それで戦えるのか??え?」

 すれ違いざまに、通りすがりの下品そうに笑う傭兵がフェイトに話しかけて来た。
 おそらく彼も、やはり恐怖を感じていたのだろうか、自分の緊張を解す為にフェイトをだしにしたと言ったところだろうか。
 だが、フェイトはお構いなしに侮蔑するように言い放った。

「テメエの持ってるガラクタ銃より、腰に差してるコンバットナイフの方が絶対役に立つぞ」

 それだけ言い残して男の元を離れた。
 フェイトに何を感じたのか、顔明確に恐怖を浮かばせて立ち尽くしていた。




「メインシステム正常、バイタル流動及び流体パルスシステム共に正常稼働。
 メインエンジン点火、スラスター姿勢制御システムアラート300!!?
 誰だこんなテキトーな整備しやがったのは!?
 エラー制御プロトコル強制起動、ハンドマニピュレータ、稼働率80%。
 たくメンテナンスぐらいしっかりしろよな。
 兵装確認、ビームベレッタ2基、銃身温度正常、Eパック装填数30。
 こんなので戦えるわけねえだろ・・・。
 ヒートナイフ2基、保持熱量正常。
 格闘戦でしろってのかよ。
 メインカメラ正常、視界良好。メインカメラ可動域、異常無し。
 DMS-111、伊邪那岐改、動かすぜ!!」

 悪態をつきつつ、ジークは両手それぞれに添えた操作レバーを強引に引き上げた。
 械人。誰がこう、うまいネーミングをしたのだろうか。
 4m前後の人の形をとった機械の塊が複数機動く。
 どれもどす黒い、物々しい様相だが、ジークの駆る伊邪那岐改は淡いグレーという色合いで、ひと際目につく。

「これメンテナンスしたジャンク屋に言っとけ!次こんな適当なメンテナンスしたらぶっ殺すってな!!」

 無線越しに怒鳴り上げたジークは、械人のアクセルを踏んで巨体を走らせた。




 それぞれ戦闘配置に全員着き、防壁沿いに物々しい機動兵器と戦闘要員が並んだ。
 ざっと数えて歩兵要員でも五千人がやっと。機動兵器でも械人は新品から骨董品まで様々な物が並び倒して30機。
 兵力差でも不利なのは明らかだった。

「ジークのおっさん。本当にこれだけなのか」

 ジークの駆る伊邪那岐改の肩に、フェイトが生身で飛び乗って来た。

「おっさん言うんじゃねーよ!!
 てかテメェ、歩兵陣の方に行けよ!邪魔になるだろうが!!」

 ジークが怒鳴り返すが、フェイトはどこ吹く風で無視して続ける。

「俺の戦闘術だと歩兵要員を巻き込んで同士討ちを起こすからな。
 それなら頑丈な機械兵の中に紛れ込んだ方が効率が良い。
 それと、これだけの戦力だと呑み込まれるだけだぞ」

 フェイトは淡々と戦況分析をジークに伝える。
 しかしジークは不敵に笑う。

「ケっ、相変わらず可愛げのない甥だな。
 それにこんな状況で歩兵の心配とは流石に軍始まって以来の天才だけはあるわな!
 まあ心配するな。根性論言う柄じゃねえが、士気は相当高いぞ」

 ジークに促され、フェイトはもう一度全体を見渡した。今度は戦う仲間達の顔をだった。
 先程まで、それぞれ負の感情を丸出しにしていた、怯えた男達は、覚悟を決めたのか誰もが精悍さを漂わせる漢の顔になっていた。

「この時代、戦場に放り出されて逃げ出すようなヤツはいないのは、お前も百も承知だろう?」

 ジークの言葉に、フェイトは特に反応はせず、一瞥も暮れずに伊邪那岐改の肩から飛び降りた。
 透けてもいない真っ黒なサングラス越しでは、表情がまるで見えない。

「はっ、相変わらずだなあのヤロー。まだ引きずってやがるのか」

 ジークは気を取り直して、敵軍が現れるであろう荒地の谷間にメインカメラを合わせ、サーモグラフィーで識別を始めた。
 やはり、それらは現れた。

 オーク。

 千年前の世界なら、とにかく凶暴で暴力的な種族、と言ったイメージは強かっただろう。
 だがこの時代のオークはそんな過去の話は一切通用しなかった。
 統率の取れた独特の言語を遣い、剣などの原始的な武器のみならず人間が作り上げた重火器やハイテク兵器までも使いこなす。
 架空の物語は、この時代では本当の意味で稚拙な扱いになっていた。
 誰が、オークがバトルジャケットと防弾ヘルメットを身に纏って、統率の取れた行動を取って銃を発砲する事を想像しただろうか。
 こんな事があり、この時代の人間達は、どの時代の人間よりも平均以上に士気が高い。
 オークがたった一人で人間の居住地に現れると、住民が自己処理するような時代。
 それだけに、大軍が来るとなると覚悟のレベルもとても違っていた。

 だが、ジークがサーモグラフィーを通して見た光景に、絶望を感じた。

「あいつら、機神まで持って来やがった!」

 “交代”発生前に、人間がシビリズド・シンギュラリティに到達する第一歩となった発明兵器、機神がオークによって戦線に投入された。
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