最悪 ー 絶望・恐怖短篇集

MAGI

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理不尽な攻撃

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 桑名セイジは、軍役に就いていた。
 この西暦2200年、多国籍軍事企業の傭兵と言う事もあり、様々な小規模紛争の戦場へ赴いていたが、今回は様相が違った。
 場所は伝えられていなかったが、何やら巨大な機械だらけの地下空洞で、兵器実験を行う予定のところ、テロリストに占拠されたというものだった。

 そこに十数名で赴き、その何かを監視するような場所であろう金網つきのテラスのような場所で、現地の兵隊より説明を受けていた。
 やはり多国籍企業なだけあり、同行していた兵士たちも様々な人種がいた。
 その中でよくつるんでいたのは、白人のウォーレンと中国人のシェン。
 黒人のボリーは別の階層に向かった為別行動になっていた。
 説明がおおよそ終わりかけの時に、ウォーレンは溜め息をついた。

「こんな場所で一体何するんだよ、一体」

 ウォーレンの文句ももっともだった。
 説明の内容がどうもいつもと何か違っていた。
 ここにテロリストが大量に潜伏していて、施設内を光学迷彩で潜んでいるから、対光学迷彩の兵装でテロリストを殲滅せよ、というただそれだけの内容だったが、こんな広すぎる場所で隠密行動をとっているテロリストを殲滅しろとか、無茶にも程がある。
 しかもこの機械だらけの地下空洞、イヤな噂で聞いた事がある。

 人間ではなく、怪物が飼われている、と。

 目に見えない小柄のぬいぐるみのような化け物から、文字通り巨大な化け物まで。おおよそ動物図鑑では知る事が出来ない代物のさながらテーマパーク、という噂で、ここの赴任だけは行きたくないとは全員思っていたが、会社命令の為逆らえない。セイジも同じ理由だった。

「まあ、ここは日本のどこかなのは間違いないから、終わったら東京で一杯引っ掛けようぜ。
 いい店かなりあるからな。久しぶりに飲み明かすぞ」

 セイジがウォーレンの毒づきを諫める様に飲みの提案をしたちょうどその時、テラス側で何かが起きたようだ。
 外にいる案内役の兵士がガスマスクをつけていた。
 外にいた企業兵士の仲間が何人か、喚いている。
 テラスを遮るガラスは防音防弾しようなのか、テラス側の声は全く何も聞こえない。異様な光景に、中にいたセイジ達は何事かと顔を顰めた。
 すると、ガスマスクの兵士が拡声器のようなものを使って室内のスピーカーを通して、中のセイジ達に話しかけた。

「頑張りたまえ」

 ただそれだけ、その一言だった。
 すると、テラス側の仲間の一人が恐怖で何か叫んでいる姿を見せた。

 テラスの外側、開けた空間に何かがいるらしい。
 遠目で見て空間は白んでおり、空間の内部は暗くないものの構造は掴みにくかったが、テラスデッキの下にそれはいるようだった。
 空間の下はどこまで続いているのかわからないが、おおよそ周囲からの目算でも軽く数百メートルはあると踏んでも良いだろう。そんな高い場所に何が。
 飛ぶものでもいるのか?
 すると、恐怖で叫んでいた兵士二人が、突然何かに撃ち抜かれたように、突然倒れた。室内に一斉に緊張が走る。ガスマスクの兵士は、何が起こっているのかわかっているようで微動だにしない。
 ただこの状況を見つめている。

「どういうつもりだ!」

 セイジは思わず叫んだ。
 しかし、ガスマスクの兵士は何も答えない。
 自分も本来なら危険な状況なのに、何故こんなにも落ち着いていられるのだろうか。

 すると今度は、室内の奥の通用口の方から叫び声が聞こえて来た。
 狭い通用口で、人ひとりが並んでやっと通れる狭い通路で、そこに烈を成して企業兵士が並んでいたが、その最後尾が何かに襲われているようだ。
 声だけしか聞こえないが、阿鼻叫喚の悲痛な叫びだけが木霊した。音から察するに、刃物でやられているようだ。奥の兵士は銃で応戦していて銃声は聞こえるが、どうも銃は効いていないらしい。

 室内は恐慌状態に陥った。

 テラス側に残された兵士たちも、入れてくれとガラスを叩きながら懇願している。
 テラス側の出入り口も閉じられてしまって、全く逃げる事が出来ないようだ。室内の別の方向にも兵士たちが展開して配置していたが、そこの方でも、通用口と同じような怪現象が起きているようだ。
 一体何なのだろうかここは。

「ウォーレン!シェン!脱出しよう!」

 このような状況になれば、任務遂行どころではない。
 しかも何人もやられているようである為、セイジはとにかく少人数で迅速に動いて脱出する方が良いと判断し、二人に声をかけた。

「こんなとこでわけわからず死んでたまるかよ!」

 ウォーレンは機銃のセーフティーロックを外した。
 シェンはしなるような柔らかい剣を抜き、小銃を片手に構えている。

 通用口が恐慌状態となっていて、狭いここを通って脱出するにはいささか博打が過ぎる為、開けた方を選択した。
 ここで、テラスの怪が一瞬、姿を現した。

 いや、姿の一部だった。
 余りにも巨大過ぎて、テラスから見える展望角度だけでは全身を全く掴み切れない。
 目測でも軽く300m近くはあろう無骨な体表がテラスの視界をただ塞いでいた。
 テラスに残された兵士はその体表が見えた瞬間、何かに撃ち抜かれて死んだ。
 外にいる全員が死んだ。
 ガスマスクの兵士だけ、そのままただ立っていた。
 おそらく、外の兵士を殺したのはこの巨体だ。
 フェイズドアレイレーダーと同じ機関があるのか?
 動けば狙われる。

 だが、室内にいる兵士には全く反応しない。
 おそらく、この張り巡らされた巨大なガラスはこの無音の攻撃を防ぐ為のものだったのか。

 気を取られている内に、通用口の怪も露になった。
 通用口にいた兵士はどうやら、全滅したようだ。
 通用口から室内に、血濡れの刃を持った小さい何かがいた。
 持った、というより、腕が刃そのものだった。
 おおよそ1mぐらいの体格であろうか、かなり小ぶりである。
 しかし体表はかなりごつく、パッと見た印象は虫と誰もが答えるだろう。
 その虫のような何かは、二足歩行で、二つの鎌で切り裂き、二つの腕で何か血濡れのものを口に運んでいる。
 兵士の肉を喰らっていた。





 唯一逃げられるであろう室内の開けた方向に、セイジ達生き残った兵士たちは移動を開始した。
 この時点で20名ほど。
 当初は333人態勢で赴任したのに、いきなり300人以上も殺されてしまった。
 通用口は兵士たちの肉塊が溢れんばかりに通路を塞ぎ、元来た通路を通っての撤退は困難だった。

 唯一退避可能な場所へ撤退を試みるが、虫のような何かが執拗にセイジ達を襲ってくる。
 どうやら虫のようなものは一体だけではなかったようだ。
 一体が現れてから軒並み大量に至る所から現れた。
 まるでゴキブリさながらのような行動パターンに、兵士たちは恐怖と嫌悪感が混ざった複雑な表情で銃で応戦しているが、虫たちは銃撃をとにかく交わし、銃弾の無駄な消費を強いられていた。

 唯一有効打を打てていたのはシェンだけだった。
 手持ちのしなりのある剣で撫でる様に虫たちをばっさばっさと斬り落としている。
 そこそこの剣の使い手と聞いてはいたが、そこそこなんてレベルではない。

 セイジ達は非常階段にまで何とか辿り着いた。
 ブレーチングと鉄骨のみの無骨な構造だが、ある程度開けた為展開力を広げる事が出来るようになったので、セイジ達は少しほっとしたが、階下からボリーが一人だけで、大急ぎで階段を駆け上って来た。

「ちょっとアイツらなんだよ!一緒に来た仲間皆やられたよ!」

 ボリーは大きく息を荒くしていた。
 武器は全て失ってしまったのか、驚く事に拳だけで階下から生存したようである。
 両手の拳に装着したナックルカバーが紫色の体液のようなべっとりとした液体がかなり付着しており、豪快に生き残ったようである。

「俺達もわからん!
 任務なんてやってられない、全員生きて退職届叩きつけてやるぞ!」

 セイジは怒っていた。
 事前に聞かされた内容に、怪生物の話は当然なかった。
 テロリストが相手ならどれだけ良かった事か。
 いつも以上の高額報酬を提示されていたので特段怪しんだりはしていたが、一方的に甚振られて殺されるなら話は別だった。

 総勢21名、階段を駆け上るが、ここで虫たちは本領発揮となったのか、階段の折れ曲がった空間を苦とも思わず、飛翔して兵士たちを追撃した。最後尾からどんどんと仲間がやられていく。
 兵士たちは仲間がやられているのを見過ごし、脱出に集中した。
 一人やられて助けに行った者は、即座に別の虫の餌食になった。

 非常階段の最上階に着いた。
 おそらく地上直通であろう。
 小さな曇りガラスが異様に明るく感じられる。
 当然ながら施錠されており、セイジは迷いなく発砲、非常口の扉を破壊した。
 これに大半の仲間が外へなだれ込んだ。ところが、

「俺、ここで食い止める。こいつら外に出してはいけない」

 シェンが殿を申し出た。

「いや、外の奴らの兵装使ったらこいつらは一網打尽だ、わざわざそんな事する必要ない!」

 セイジは一括して止めるが、シェンのみならず、他にも4人、殿を申し出た。

「こんなやつが外に出たりしたら後々面倒だろ、俺の腕、信用しろ」

 シェンはにこやかに返した。セイジは口を真一文字に結び、無言で敬礼して外へ飛び出した。



 シェンに言われ、外へ出たセイジは破壊した扉の隣に置いてあったドラム缶を引きずり、扉の前を塞ぐように置いた。

「セイジ!何してるんだよ!シェンが中にいるだろ!」

 ウォーレンは怒声を浴びせた。

「シェンの申し出だ!俺が出たらここを塞げと!
 中のヤツを全部駆除するからってよぉ!!」

 セイジも負けじと怒鳴り、ドラム缶を蹴り上げた。

「もう塞いでも意味ないよ。外の連中も全滅してる」

 ウォーレンの報告に、セイジは固まった。これではシェンはただ無駄死にしただけではないか。

「ここの施設、何かを監視してたようで、ソイツが暴れ出してこんな事になったようだ。とにかく逃げよう」

 ウォーレンに諭され、セイジは駆けだした。



 数十分程前にいた施設前の広場は、戦場さながらに荒廃していた。
 あちこちで他の兵士たちが虫と戦っている。
 戦車やアーマードスーツの大半は無残に壊され、中には真っ二つになった自走砲や溶解した機銃が見受けられる。
 どんなやつを相手にしたらこんな事になるのか。少なくとも虫の仕業ではない。
 すると、

「セイジ!ヤツが出て来たぞ!あのデカブツだ!」

 ボリーの怒号が響き渡った。
 相変わらず、拳だけで豪快に虫を殴り殺している。
 すると、ボリーと周囲に群がっていた虫が、巨大な塊に薙ぎ倒されて呑み込まれた。

「ボリー!!!」

 セイジの叫び声が木霊した。
 そして、その塊がようやく全貌を現した。

 天を仰ぐ、という表現はまさにこれだ、という巨大な生物だった。
 緩慢ながら、動いている。
 心臓も巨大なのだろうか、心音が地面を通して小さく深く伝わってくる。
 頭部は見えないが、足だけでも余裕で100mは超えている。
 背びれとでも言うのか、背中には洞窟の鍾乳洞のような、天を衝くような突起状の物体が何本も生えている。
 乱杭歯のような不規則な生え方に、どうにも生物らしさを感じられない。

 そして、顔が見えた。
 龍とも言うべきか、それとも牛とでも言うべきか。
 色々な雄々しい生物の顔を混ぜたような、奇怪な顔立ちだった。
 更に唇がなく、歯が乱雑に鋭く生えていた。
 目は体のサイズに反比例して異様に小さく、目線は常に下を向いている。
 足元の小さき生物を、見下すような目。

「うわーーーー!!!!!」

 ウォーレンは錯乱したのか、その常識外の巨体に向けて機銃を放った。
 いくらどんな生物に対峙できる兵装でも、それはあくまでも人間サイズの話。
 これだけの巨体ともなれば、砂埃をつけるに過ぎない、何の意味もない攻撃だった。だが、その生物はウォーレンが攻撃していると気付いた。
 目線はしっかりウォーレンを捉え、乱杭歯の隙間から蒸気が漏れだしていた。直感的に、セイジはまずいと思った。
 何かして来る。

「やめろ!これ以上刺激するな!!!!!」

 セイジの静止が響くと同時に、巨体が凄まじい熱気を放った。



 どれぐらい時間が経っただろうか。セイジは痛みで目を覚ました。

「ウォーレン・・・、生きてるか?」

 か細くセイジは問い掛けた。
 巨体が熱気を放つ寸前、ウォーレンの発砲を止める為ウォーレンの腕を掴んでいた。今もその感触がある。しかし、どうにも手ごたえがない。
 弱々しくウォーレンの腕を引っ張り上げると、肘から先がなくなっていた。
 ウォーレンは熱気の直撃を受けたのか、周辺に身体はなくなっていた。
 蒸発してしまったようだ。

 何と理不尽な事か。

 セイジは絶望し、力なく腕を落とした。
 そして、自分の身体にも違和感がある事に気付いた。
 下半身の感覚がない。
 頭を少し上げ、セイジはおそるそる自分の足を見た。

 両足が無くなっていた。
 膝とかそんなレベルではなく、腰から下がない。
 熱気で自分の下半身全てが蒸発してしまったようだった。
 熱気のせいもあってか、下半身の切断面から出血がない。
 蒸発と同時に血止めされてしまったようだ。

 セイジは不意に泣き出し、都合よく自分の近くに転がっていた短銃を拾い上げ、自分のこめかみに当てた。

 もう無理だ。

 すると、セイジが発砲する直前、違う方向から来た弾丸で眉間を貫かれ、絶命した。
 直後に、武装ヘリや航空機が一斉に空を覆い始めた。同時に、空からの一斉掃射が始まった。
 セイジは自決する事も出来ず、虫の一掃の巻き添えを喰らって死んでしまった。
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