最悪 ー 絶望・恐怖短篇集

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冬の嵐

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 今年の二月はどうにも天気が荒れやすい。駿介はそう感じた。昼間は異様に小春日和になるかと思えば、夜は冬らしく凍える寒さになり、翌日雨が降ればその日から数日は寒いのが続く。

 この昨今、一年以上も続く感染症が全国で猛威を振るっていて、家を出る事はないから寒さは気にしていなかった。しかし、外出自粛が何ヶ月も続き、やり場のないストレスが溜まっていた。在宅ワークに切り替えてから収入源は困らなかったが、とにかくストレスが溜まる。料理もロクに出来ないから飲食も手軽な物になり、肌荒れが続いている。身体も何やら重く感じる。

 そしてこの日も、外で強風の音が窓越しにでも伝わってくる。テレビのニュースでも、爆弾低気圧が発生していると少し緊張感をもって伝えていた。

 風の音は煩いが仕方がない、寝ようと思い、駿介はベッドに潜り込み、スマホを寝ながらいじっている内に眠りについた。



 それから何時間だったろうか、部屋が異様に揺れ、その音で駿介は目を覚ました。

 地震でも起きたのか?だが駿介は違和感を覚えた。震え方が地震のそれではなく、"建物が叩かれている"ような振動だった。何度もバンバンと部屋全体が叩き揺れる。

「何だってんだよ!!」

 駿介は怒りやら恐怖やら、色々な感情がごちゃ混ぜになって、確認の為に部屋の灯りをつけ、カーテンを勢いよく開ける。

 しかし、カーテンが全開になると同時に振動は止まった。外は嵐で風が強く吹き付けているだけだった。

 寝ぼけたのか?と思い、駿介はベッドに再び潜り込んだ。



 翌日、駿介は恋人の未奈にテレビ通話をかけていた。長らく続く外出自粛でひと月に一度しかデートが出来ず、普段はテレビ通話でしか会話出来ていなかった。

「昨日の夜中にさ、何か部屋がすげえ揺れてよ、昨日地震なんてなかったよな?」

 駿介は昨晩の出来事を話した。

「え、昨日はなかったはずだよ?そんなに揺れたんならニュースになってなくない?」

 未奈は不思議がった。確かに、部屋全体が揺れる程の地震ならかなりの大きさだった筈。朝起きてニュースを確認しても、報道されるレベルの地震の情報もなく、スマホに入る緊急地震速報の履歴もなかった。

「何だってんだろな、外見ても全く何もないし、ただ風吹いてるだけだし」

 駿介は少し笑う。そうだ、昨日あれだけ風が吹いてたんだから嵐が原因だ、きっとそうだ。

「んー、風の手だったりしてね」

 未奈も笑っていた。しかし、どことなく口元がぎこちない。

「ん?風の手?」



 未奈曰く、風の手は、未奈の地元に伝わる怪奇現象で、嵐の日に起きやすいらしい。部屋が叩きつけられるように震え、外を見に姿を見せると音は突然止むとの事。何が原因で揺れるのか、更に止まるのかは全くわからない。なんだ、全く同じ現象じゃないか。

 やはり不安に駆られ続けるのは、どうしても“原因がわからない”に他ならない。せっかくの休みだってのにどうしたものか。こんな話をする未奈に、駿介は少し恨めしく思った。ところが、

「これ、また起きた時は確認しに行っちゃいけないっておばあちゃんから聞いたよ」

 未奈の声に、駿介はものすごく血の気が引いたのを感じた。また起きるのかよ、これ。

「わ、わかった、また起きても無視しておくよ」

 力なく駿介は答え、通話を切った。



 予想通り、その日の夜にまたそれは起きた。前回とまるで同じである。しかも予報でも嵐が起きないどころか天気は満天の星空と言われ、流星群が見れるなんて呑気な情報まで出てきたが、とても楽しめそうにもない。駿介は、それを質の悪い地震と思うことにして、VRゲームに興じることにした。VRのヘッドセットをつけてゲームに入り込んでいれば、揺れている音もゲーム内の効果音と捉える事が出来て特に気が滅入らない。前回もこうすればよかった。

 しかし、どうにも前回と違うのが、揺れが長く続いている。銃撃するアクションゲームでステージを三つもクリアしても、揺れが一向に収まらない。ここまで揺れたら、さすがに他の住民も気づくよな。これ本当に質の悪い地震じゃないか?そう思った駿介は、今回はベランダではなく玄関に向かった。

 駿介は玄関のドアノブに手をかけ、恐れるでもなく普通にドアを開けた。

 やはりと言うか、玄関の外、踊り場には誰もいない。しかし、駿介はドアを開けた事を後悔した。未奈の言う事を聞くべきだったんだ。

 確かに人はいない。だが、手があった。踊り場の手すり越しに、人ひとりの身長はゆうに超える半透明の掌があった。掌の向き具合で、どうにも部屋を”持ち上げようと”している構え方をしていた。掌が近づき、風圧なのだろうか、駿介は部屋に押し戻され転げる。同時に扉が勢い良く閉まった。

 揺さぶりが始まった。何が部屋を揺らしていたのかわかってしまった今、駿介は怯えていた。だが、ここでもっと絶望的なことに気づいた。

 部屋の揺れ方がどうにも、先程とは違っていた。玄関側の壁がドアごと、揺れるごとに近づいてくる。同様に、向かい側の廊下越しに見えるバルコニー側も、壁が近づいてくる。部屋が”圧縮”され始めていた。

 これに駿介は、本能で何かを感じたのか、ドアノブに手をかけ、玄関を勢いよく出て、アパートから一目散に離れた。



 すぐに未奈の家に逃げ込んだ駿介は、そのままアパートを引き払った。未奈の家に逃げ込んでから、その現象は全くなくなり、家から離れれば助かると踏んで行動した。何故部屋ごと潰されようとしたのかは、今でもわからない。

 アパートを引き払った後、未奈のお婆さんにその”風の手”の話を聞きに行った。どうにもお婆さん曰く、風の手から生きて助かった話を聞いたことがなかったらしく、これと言って対策を立てれないままになってしまった。

 ただひとつ分かった事は、風の手は人ではなく、場所が対象となるそう。つまり、あの住んでいた部屋そのものが原因だったそうである。もしこの仮説が正しいのなら、今後駿介に同じ現象が起きることはまずないだろう。だが、何故起きたのかこれ以上調べる気にはなれなかった。更に解る為には、あの部屋に行かなければいけない。次あの部屋に行けば、確実に圧縮されてしまうだろう。
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