最悪 ー 絶望・恐怖短篇集

MAGI

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ヒトガタ

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 真夜中。夢の中でも真夜中。

 康二は決まって、日曜日の夜にこの夢を見る。自宅前の幅の狭い車道で、軽く百メートルは離れているだろうか、その先の街灯の下に誰かが照らされながら立っている。この夜中に散歩という風体でもなく、その街灯の下でただ立ち尽くしている。嫌な予感を感じつつも、康二は「誰だ?」と声をかける。

 その誰かが、康二の声に気付いたのだろうか、シルエットが動く。街灯に照らされているにも関わらず、顔形が全くわからない。ただ、向いたことだけは康二にはわかった。

 その誰かは、康二目掛けて走り出した。この時、康二は全身に何か不吉なものを感じる。見てはいけないものを見てしまった、と身体が感じている。逃げなければ!と思い走り出そうとするが、康二はそのまま地面にへたり込んでしまい、その誰かから目を背けれなかった。

 見てしまったのではない。

 見さされたのだ。

 誰かはお構いなしに康二に近づいてくる。康二は目を離せれない。腰が抜けてしまっていた。

 誰かは右手を高らかにあげ、何かを振り上げた。康二はそれに視線を合わせれないが、それが何故か、刃物なのだと直感で理解していた。しかし、怖いと感じたのは右手に構えたものではない。

 その誰かが後ニ、三歩の距離まで近づく。ここまで近づいて来たにも関わらず、その誰かの顔形、全身の特徴が全くなく、人の形をした黒い影だった。



 その右手に構えられた物が康二に振りかぶられたと同時に、康二は目を覚ました。汗が止まらない。本当に腰が抜けているのか、意識が冴えているのに身体を起こせれない。

 あの黒い影が何だったのか、思い当たる事も全くない。遠くから見ても近づかれても、わかり得そうな情報が何もない。

 康二はこの夢に十年も苦しめられていた。



 一週間後の日曜日、康二は家に篭っていた。夢の事について考えていた。今日こそは影の顔を見てやる。そう決心し、眠りについた。



 翌朝、康二は目を覚ました。全く見る事が出来なかった。





 十年後



 康二は三十歳になった。サラリーマンになり、仕事を適度にこなし、彼女が出来たり幸せな社会人生活を送っていた。そして昔見た夢を見る事は知らずの内に亡くなっていた。

 しかし、この日は違った。

 また夢を見たのである。

 寝覚めが余りにも悪く、康二は会社に休む旨を連絡し、家を出た。

 向かった先は、かつて住んでいた実家。今は両親は引っ越し、姉も妹も自立していて実家には誰も住んでいない。売り家になっている。

 周囲を調べてみるも、何も見つからない。しかし、風景には見覚えがある。実家だった家以外、周囲が少し変わってはいるものの、幅の狭い車道、街灯の位置が夢に出た時とまるで違いがない。

 康二は再度、夜に来る事にした。



 夜、康二は売り家の前、車道に立っていた。

 やはり、というか、わかっていた、というか。ヤツがいた。あの夢の時と全く変わらない。

 夢を見ていた時は、何を考えて声をかけていたのか分からなかったが、今は自然と出た。いや、出すべきだと思った。

「誰だ?」

 声をかけられ、影が康二の方を向いた。夢の通りの動き方だった。そして影は

近づいて来た。だが、康二にはまだわからない事があった。

 こいつの何に俺は怯えたんだ?

 近づいて来る影を見ても、両手には何も持っていない。ところが、

「え、なんで・・・?」

 康二は腰を抜かした。怯えた理由がわかった。

 その影の、顔形が見え始めた。

 その顔は、康二の顔をしていた。目を爛々と輝かせ、口元が笑みで歪みきっている。その歪み切った口が動き、何か呟いていた。

「(逃げなければ・・・!)」

 やはりだが、康二は動けなかった。いや、やはり動かせない。逃げれない。どうやらこの俺に似た何かは金縛りにする事が出来るのか・・・!?

 そして夢の通り、康二に似た誰かは何も持っていない右手を振り上げた。



 何も来ない。

 痛みもない。

 しかし動けない。



 康二はゆっくり顔を上げると、もう一人の康二が、康二の左肩に手を添えていた。

「交代だ」

 康二はニヤリと笑みを歪ませた。
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