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第九章 反逆の狼牙編

EP257 ほろ酔い気分

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ドンチャチャッチャッ♪ドンチャッチャッ♪

「次の芸!土屋蜜音!行きまーすッ!」

イエェェェェイッ!

 宴会芸は次々と人の手を渡り、いよいよ本命である蜜音のターン。テーブルから立ち昇る歓声は、閃光のように飛散する。

 征夜たちより先にこの世界に来ていた彼女は、すっかりムードメーカーの立ち位置を確立していた。今夜の彼女は楽器を演奏するようだ。

「さぁさぁ皆さんお立ち合い!
 私が使うはこの楽器!世にも珍しき伝説の~?」

「フルート!」
「カスタネット!」
「ストラディバリウス!」

「ノンノンノン!そんなチンケなモンじゃないぞー!
 見よ!この金色こんじきの光を!これぞ我が究極の秘宝!」

ゴクッ・・・!

 国宝を"チンケ"と呼ぶのには、中々に勇気がいる。
 蜜音曰く、ストラディバリウスすら凌駕するほどの楽器、その登場を待ち侘びて、固唾を飲んだ皆の視線が集中する。

 そして、蜜音が懐から取り出したのは――。

「""だアァァァッ!!!!!」

プグゥーッ!

 この上なく間抜けな音と共に懐から飛び出した、奇天烈アイテム。
 驚天動地の天才発明、日本が誇る究極神器。"オタマトーン"の登場だ。

「・・・へ?」
「お、おたま?」
「なんじゃあれ?」

「オタマトーンで演奏しまーすッ!」

 無知なる酔っ払いオーディエンスの頭頂部に浮かんだ""を、蜜音エンターテイナーはガン無視した。
 まるで「目を閉じ、我が芸術を心で感じよ!」と言わんばかりの強引さで、何の説明も無く演奏を始める。

「よっしゃ行くぞ~ッ!!!」

 ひょうきんな掛け声と共に、蜜音は指を添える。
 可愛らしくも間の抜けた外見をした音霊杓子オタマジャクシは、蜜音が持つに相応しい愛嬌と宴会芸に相応しいネタ性を孕んでいた。



 だが、その演奏は本物ガチである――。



「それでは演奏しましょう!
 ・・・"アメイジング・グレイス"♪」

ア~♪ララララァ~♪ラ~♪ラァ~♪

 盛大な掛け声に見合わない"流麗な声"が、オタマトーンから溢れ出した。
 喧騒に満ちた宴会場が貞淑で清らかなメロディによって満たされ、瞬く間に泥酔した者の心へ浸透していく。

「オイオイオイ!」
「凄いわアイツ!」
「ほぅ、オタマトーンで讃美歌ですか。大した物ですね。」

 ユリエラー、シン、兵五郎は、驚嘆と称賛の拍手を送る。
 てっきり全力でネタに走ると思っていたので、完全に虚を突かれたのだ。

ラララァ~♪ ラ~ラララァ~♪ ラ~ラ~・・・♪

 やがて、演奏が終わる。楽器から指を離し、蜜音はゆっくりと頭を下げる。

パチパチパチパチパチ・・・!

 あまりにも美しいメロディと、驚くほど高貴な音色。
 もはや神性すら帯びた演奏パフォーマンスにウットリと聞き入っていた観客は、弾けるような拍手で蜜音を称賛した。



 当然ながら、蜜音のターンはまだ終わらない――。



「まだまだ行くぞ~!?ドッコイショーッ!!!」

ピーヒョロロ♪ドンドンドンカッ♪

 何処からともなく現れた和太鼓と、木製の横笛で軽やかな民謡を奏でる日本人形たち。
 これまでの優美な演奏が嘘のように、突如として始まったドンチャン騒ぎ。観客のテンションは、最高潮にまで昂まっていく。

「ふふふっ♪どっこいしょ~!」

 ハゼルも、その一人だった。
 憂いと疲弊の色を帯びた瞳に幸福の光を灯らせ、蜜音の真似をして頬を赤らめている。
 酒を飲んで心が落ち着いたのか、宴会場で与えられた人肌の温もりに共鳴したのか、どちらにせよ今の彼女は先刻よりも生気に満ちている。

(ハゼルちゃん・・・少しは元気になったみたい・・・!)

 幸せそうに微笑む彼女の横顔を眺めながら、花は心の底から安堵した――。

~~~~~~~~~~

 数時間後――。

「アンタぁ・・・なんか面白い話しなさいよぉ~・・・!」

 宴会の席に占める酔いつぶれた者の割合が、少しずつ高くなって来た頃。
 アメリアも、その例に漏れずアルコールに溺れていた。呂律も思考も回らない体で、背中合わせで座ったシンに絡んで行く。

「海竜ブッ殺した話でもするか?」
「それ絶対嘘でしょ~。」
「なんでそう思うんだよ!?」

 シャノン近海にて、シンが大量の海竜を討伐したのは事実だ。だが、アメリアはソレを信じない。

「だってぇ・・・アンタ・・・物事を打算で見てるらしいし。そんな得にもならない事・・・やらないでしょ。」

「いや、打算ばっかで生きてると、人生はつまらないからな。たまにはスリルのある事をやるぜ?」

「たとえば?」

「公道を時速200キロでブっ飛ばしながら騎動バイク戦したり、ヤクザの事務所にロケット花火ブッ放したり、早朝の線路に他人を突き落としたり、チンピラの拠点をダンプカーでブッ潰したりな。」

「ふ~ん・・・やるじゃん・・・!」

 前後不覚、意識が完全に濁っているアメリアは、称賛の言葉を述べた。
 正直、シンが何を言っているのか、今の彼女には殆ど分かっていなかった。

「一番ヤバかったのは、モササウルスに足を食いちぎられた時だな!」
「えぇ・・・それ、どうなったの?」
「なんか分かんねぇけど生えてきた!」
「えぇ・・・。」

 あの時ばかりは片足の欠損を覚悟したが、よく分からないうちに生えて来た。
 正確には、花を助ける為に加勢に訪れた雷夜が、魔法でチャチャチャッと治してくれたのだ。
 シンの中で、その記憶は風化していた。そのせいで、足が勝手に生えてきた事になっている。

「ほわぁ・・・眠くなって来ちゃった・・・。」
「おいおい、こんな所で寝んなよ。」
「らって・・・ねむいんらもん・・・。」

 口に手を当て、恥ずかしそうに欠伸をかく。
 制止するシンの言葉も聞かずに、アメリアは意識を手放そうとする。

「お~い!寝るなぁ~!」
「あぅっ、あぅっ、あぅっ、あぅっ。」

 酒と油と飛び散ったテーブルに額を付けて酔い潰れようとする彼女を、シンは必死に引き留める。
 両肩を優しく掴んで振り乱すと、頭の揺れに合わせて声が漏れて来る。オットセイのような声だ。

「おさけ・・・のみすぎちゃったよぉ・・・。」
「くそっ、しょうがねぇな。」

 正直、普段のシンなら泥酔した女性など放置する。
 気に入ったなら連れ帰るし、介抱もするだろう。だが、それは"下心"ありきの事だ。



 だが、今日の彼は違った――。



「送ってやるよ。お前の部屋どこだ?」
「406ごーしつだぁ・・・。」
「はいよ。」
「ごーごー・・・いそげぇ・・・。」
「おい!髪引っ張るなって!痛ぇ!いでででぇっ!」

 シンに背負われたアメリアは、金髪のもみあげを両手で握り、操縦桿のように振り回す。
 頭皮にダメージを加えそうな彼女の迷惑行為に対して、シンは悲痛な声を上げた。

~~~~~~~~~~

「・・・あぅ?はにゃせ~!けだものぉ~!」
「うわ、起きた。」

 チカチカと点滅するシャンデリアが照らす廊下を、アメリアを背負いながら進んで行くシン。
 そんな中、いよいよ4階に辿り着いた時になって、アメリアは不意に目を覚ましたのだ。

「わたしにさわりゅなぁ~!へんたいぃ~!」
「うるせぇなぁ・・・。」

 耳元でガンガン叫びながら、頭をポカポカと殴るアメリア。そんな彼女に対し、少しばかり苛立ちを覚えてしまう。

「はにゃして!はにゃひてぇ~!」
「はいはい、もうすぐ着くからジッとしてろ。」
「たひゅけてよぉ~!このひと、へんたいなのぉ~!」
「人聞きの悪い事言うなよ・・・。」

 涙ぐんだ悲痛な声で助けを求めるアメリア。
 その声が"真に迫り過ぎて"いて、酔っ払いの戯言だと信じてもらえるとは思えない。もしもこの状況を見られたら、シンは一発で牢屋送りだ。

「ほら、着いたぞ酔っ払い!」
「あぅっ・・・。」

 頭を抑えながら、ソーッとベッドに降ろすシン。
 乱雑な言葉遣いとは裏腹に、どこまでも紳士的な対応。正に、女の扱いに慣れている男にしか出来ない所作である。

「らんぼう・・・しないよね・・・?」
「しないしない。さっさと寝ろ。」
「うん・・・おやすみ・・・。」

 掛け布団を鼻まで掛けながら、アメリアは不安げに問い掛ける。
 少女マンガ的な誘い文句ではなく、本気でシンを恐れ、訝しんでいる態度。
 さっきまでとは真逆で、か細く弱々しいアメリア。その姿は、どうにもシンの"良心"を刺激する。

(いつもなら襲うんだが・・・。)

 自分のことを信頼しきり、目の前で寝息を立て始めた女性。
 そんな無防備な姿を晒されて、普段のシンが襲わない筈が無いのだ。

 だが、何故か"アメリアだけ"は、そんな気分になれない――。

(気分も乗らねえし寝るか。)

 下品な言い方をすれば、下半身が"NO"と言っている。オブラートに包んで言えば、やる気が起きない。

 着用していたパーカーを脱ぎ捨て、タンクトップ姿になったシン。
 なんとなく「アメリアの寝顔を見ていたい気分」になったので、彼はその場で雑魚寝する事にした。
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