『無頼勇者の破王譚』〜無能社員だった青年は、異世界で精鋭部隊を率いる~

八雲水経・陰

文字の大きさ
上 下
24 / 34
第九章 反逆の狼牙編

EP254 共鳴セシ吹雪ノ邪眼 <☆>

しおりを挟む

(クッソ・・・さっきからイライラする。)

 馬に跨った征夜の機嫌は、まさに最悪だった。
 夜空に浮かぶ、"喩えようがないほど綺麗な月"にすら目もくれず、舌打ちと歯軋りを繰り返している。

(あの女のせいか?・・・いや、違うな。
 ムカつく奴だったが、アイツじゃない。何か他に、もっと胸糞悪い理由がある・・・。)

 眼球の発光は、止まる所を知らない。
 琥珀色の鮮烈な光を放ちながら、殺意と憎悪を滾らせている。征夜本人にも、何故ここまで腹が立つのかわからなかった。

 そんな中、苛立ちを募らせる征夜をよそに、荷台の方からは嬉しそうな声がした――。

「あっ、目を覚ましたのね!」

「は、はい。」

 救助した女性が、目を覚ましたのだ。
 火山を急いで下山して馬車に乗り込んだ後、彼女は糸が切れたマリオネットのように眠り込み、寝息すら聞こえないほど意識を投げ出していた。

 疲れが溜まっていたのだろう。
 だが、あまりにも反応が無いので、花はずっと気に掛けていたのだ。

「・・・っ!やめてッ!!!」

「ごめん!でも良かったわ!」

 目を覚ました女性の手を握って、温かみを伝えようとする花。
 しかし、その願いが立ち所に拒絶されようと、嬉しそうな笑みは微塵も崩れなかった。

「征夜!助けた人が起きたわ!・・・あっ、名前は何て言うの?」

「ハゼル・・・です。」

「そっか!ハゼルちゃんか!私は花!よろしくね!」

 互いの名前を教え合った後は、親睦を深める為にも握手をしたいところ。
 だが、ハゼルは先刻から、誰かに触られる事を極度に恐れ、拒絶している。

(きっと、すごく怖かったのね・・・。)

 あの凄惨な光景の中でトラウマを抱えたのだと察した花は、女同士でも体に触れるのは避けようと心に誓った。

「ハゼルさん、もうすぐ城に着くよ。
 色々大変だったけど、もう大丈・・・ッ!?」

「・・・征夜?」

 征夜の和やかな労いの言葉は、突如として途切れた。
 喉を震わせて唾を飲み込む音が聞こえた後、一瞬の沈黙が訪れる。

「・・・何だ?この感じ・・・。」

「感じ?」

 花には何も分からない。
 大気には僅かな変化も無く、大地にも不審な点は無い。窓から外を覗き見ても、やはり何も無い。

 だが、征夜の中で渦巻く違和感は、次第に勢いを増して蠢き始める。

「・・・分からないのかい?
 何かが・・・こっちを見て・・・ぐぁ"ッ!?あ"ぁ"ッ!?熱ッ!あっづい"ッ!何だこれッ!」

「征夜!?大丈夫!?どうしたの!」

「隊長!しっかりしてくださいっ!!!」

 鞍に乗ったまま馬上で苦しみ出した征夜は、危うく落馬しそうになる。
 危険を察知した兵五郎は急いで彼を荷台に引っ張り込み、代わりに馬へ跨った。

「お"があ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぅ"ッッッ!!!!!」

「ちょ、童貞どうしたのっ!?」
「瞳孔が開いてる・・・。」
「なんかコレヤバイんじゃないか!?」

 ルル、エリス、アルスが急いで駆け寄り、絶叫する征夜を覗き込んだ。
 右目を押さえて悶え苦しむ征夜、明らかに普通ではない。血走り、赤く発光する右目の瞳。瞳孔が開き、琥珀色に強烈な発光を続ける左目の瞳。

(アレは・・・修羅の瞳・・・!?)

 つい先日、征夜が新たに開眼した永征眼。
 理性を失う事と引き換えに、人間の限界を超えた力を引き出す諸刃の剣。

 今、征夜は両目で別々の永征眼を発動していた。
 こんな事は初めてであり、対処も分からない。放っておけば大変な事になると分かっていながらも、花は狼狽える事しか出来なかった。

 そんな中、心配そうに覗き込む彼女の目線が、悶え苦しむ征夜の目線と一瞬だけ合致し――。

(楠木花・・・楠木花・・・クスノキ・・・ハナァッ!)
「ぐあ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!!!」

「えっ?きゃぁっ!?」

 征夜の脳内に、"花に対する殺意と憎悪"が突如として噴出し、自制が効かなくなった。
 奇声を上げながら彼女に掴み掛かって押し倒し、暴れる彼女の両手を押さえ付ける。

「ど、どうしたの征夜!やめて!離してっ!」

「うるざぃ"ッ!お前さえ!オマエサエイナケレバッ!!!」

 自分でも訳の分からない感情が、心の底から湧き上がって来た。
 花と自分の眼があった瞬間、"理由の無い憎悪"が溢れ出して来たのだ。

「こ、ころっ・・・殺じでや"っ・・・殺じ・・・あ"ぁ"ッ!!!」

 拳を振り上げ、花を打ち下ろそうとする自分の体を、征夜は必死に自制した。
 少しでも理性が弱まれば、花の顔面にクレーターが出来る。そう思い、必死に拳を納めようとする。

「ぐっ・・・うぅ"・・・あ"ぁ"っあ"・・・!」

 だが、どうしても身体が言う事を聞かない。
 プルプルと震えながら硬直してしまった征夜は、全身全霊の理性をかき集める事で、なんとか意識を保っている。

 そんな中、危険を察知したルルが征夜と花の間に割り込む――。

「ちょ、童貞落ち着いてよッ!」

「黙レェ"ッ!!!」

「ぐぇ~!」

 征夜の叫びは音波となり、音波はエネルギー波となって幼い淫魔の頭部を直撃する。
 情けない叫び声を上げながら、ルルは馬車の壁を突き破って、外まで吹き飛ばされた。
 しかし幸いな事に、彼女とて魔族の端くれ。人間なら即死級の攻撃でも、タンコブで済んでいる。

「ルルさん!大丈夫ですかっ!?」

 兵五郎の不安げな呼び掛けに対し、ルルは倒れ込んだまま親指を立てて応えた。
 一応は無事なようだが、立ち上がる事が出来ないほど消耗しているようだ。

 ここに来て、征夜はやっと我に帰った――。

「何っ、やってんだッ!俺え"ぇ"ッ!!!」

 全力で頭を振り乱し、馬車の壁にぶつける。
 狂気に支配されて、罪の無い幼い少女に怪我をさせた。良心の呵責が理性を後押しして、彼に正気を取り戻させたのだ。

「はぁ・・・はぁ・・・!」

「征夜!大丈夫ッ!?」

「来るな花ぁ"ッ!」

 気を抜けば、すぐに花を"殺したくなる衝動"に襲われる。
 この症状が抜け切るまでは、花を自身の射程圏内に入れてはならない。征夜は直感で悟った。

「うっ・・・ぐゔぅ"っあ"ぁ"あ"ァッ!うお"ぁ"ぁ"があ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!!!!」

 絶叫と共に頭を掻き毟り、のたうち回って暴れ狂う征夜。これは正に、理性と狂気の死闘だ。
 琥珀色から赤色に点滅し始めた永征眼は、いよいよ危険な兆候を見せつつある。
 片目は既に修羅の瞳、もう片方も完全に染まり切れば、征夜は完全に理性を失うだろう。

 そんな中、彼を救ったのは――。

「落ち着いて、征夜・・・。」

「ぐっ!?あ"ぁ"ぁ"ッ!?」

 腕を征夜の顔前に伸ばし、ゆっくりと掌を開く花。
 猛獣を宥める飼育員のように、慎重な手付きで頭頂部を撫でようとする。
 彼女の指先が紙に触れた瞬間、征夜は抵抗するように暴れて振り払おうとした。
 だが、その凶暴な衝動は虚空へと溶けて行き、残ったのは穏やかな理性と"花への感謝"だけ。

「大丈夫・・・大丈夫よ・・・。」

「・・・はぁ・・・はぁ・・・。」

 苦痛と狂気に満ちて、歪み切った征夜の顔。それは瞬く間に、花の清らかな声によって浄化された。
 神秘的なオーラが全身を包み込み、清涼な命の息吹が血管を駆け巡るような感覚。血のように赤く染まった眼も、いつしか普段の緑に戻っていた。

「落ち着いた?」

「あっ、ぁっ・・・ありかっ・・・と・・・。」

 叫びすぎて干からびた喉からは、まともな発声が出来なかった。
 感謝を伝えようと口を動かしてみるが、出て来るのは気道を通り抜ける息のヒューヒューと言う音だけ。

「あっ・・・あぁ・・・。」

 ドッと疲れが押し寄せた征夜は膝から崩れ落ち、その場に倒れ込んで意識を失った。
 残された班の面々は、班長の奇怪な言動に恐れ慄き、目を見合わせて不思議がっていた――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

スキルを得られない特殊体質の少年。祠を直したらユニークスキルもらえた(なんで??)

屯神 焔
ファンタジー
 魔法が存在し、魔物が跋扈し、人々が剣を磨き戦う世界、『ミリオン』  この世界では自身の強さ、もしくは弱さを知られる『ステータス』が存在する。  そして、どんな人でも、亜人でも、動物でも、魔物でも、生まれつきスキルを授かる。  それは、平凡か希少か、1つか2つ以上か、そういった差はあれ不変の理だ。  しかし、この物語の主人公、ギル・フィオネットは、スキルを授からなかった。  正確には、どんなスキルも得られない体質だったのだ。  そんな彼は、田舎の小さな村で生まれ暮らしていた。  スキルを得られない体質の彼を、村は温かく迎え・・・はしなかった。  迫害はしなかったが、かといって歓迎もしなかった。  父親は彼の体質を知るや否や雲隠れし、母は長年の無理がたたり病気で亡くなった。  一人残された彼は、安い賃金で雑用をこなし、その日暮らしを続けていた。  そんな彼の唯一の日課は、村のはずれにある古びた小さな祠の掃除である。  毎日毎日、少しずつ、汚れをふき取り、欠けてしまった所を何とか直した。  そんなある日。  『ありがとう。君のおかげで私はここに取り残されずに済んだ。これは、せめてものお礼だ。君の好きなようにしてくれてかまわない。本当に、今までありがとう。』  「・・・・・・え?」  祠に宿っていた、太古の時代を支配していた古代龍が、感謝の言葉と祠とともに消えていった。  「祠が消えた?」  彼は、朝起きたばかりで寝ぼけていたため、最後の「ありがとう」しか聞こえていなかった。  「ま、いっか。」  この日から、彼の生活は一変する。

処理中です...