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第九章 反逆の狼牙編

EP252 助けられた物

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「な、なんだコイツっ!?うわぁっ!?」
「た、助けてくれ!やめろっ!やめてくれぇっ!」
「ひぎゃあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!!!」

 征夜が刀を振るうたびに、断末魔の悲鳴が不毛の大地に木霊する。
 斬り飛ばされた手や足が残骸のように折り重なり、血飛沫を顔面に浴びた征夜の髪は朱色に染まる。
 目元に掛かった生温い血流を払い除けながら豪快に太刀を振るう彼の背には、"修羅"と見紛うほどの殺意が刻み付けられている。

「隊長・・・流石ですね・・・。」
「いや、童貞怖過ぎでしょ・・・。」
「あ、アレと喧嘩するのはやめよう・・・。」
「凄い・・・。」

 母譲りの優しい目と穏やかな物腰に騙され、征夜をみくびっていた班員たちも、彼を見る目が変わった。
 兵五郎は征夜の剣戟に感服の意を表し、他の3人はアングリと空いた口から恐れ慄く声を漏らしている。

「征夜・・・。」

 恋人の荒れ狂う姿に心を痛める花も、割って入る勇気は出ない。

 幸いにも彼は、急所を外すだけの理性は持ち合わせていた。
 "峰打ちの意志"など、とっくに捨てている。だが、問答無用で殺害するほど怒りに身を任せている訳でもない。

 しかし、迸る血潮の海に溺れる征夜の精神は、次第に"修羅"へと堕ち始めていた――。

(コイツらを生かす意味なんて有るのか?)

 手足を切り落としても、命までは奪わない。
 目標の無力化が最優先であり、"殺す必要"は無い。

 最初はそう思っていたのに、今では彼らを"生かす必要"の方が薄い気がして来た。
 敵とは言え、あれほど残虐に人を殺せる連中を生かす事に、何の意味があるのか。征夜には分からなかった。

「・・・あっ、終わったか。」

 ふと気が付くと、いつの間にか戦闘は終わっていた。
 考え事をしながら、考え事をしながら刀を振るっていた彼。
 その理性が"殺意"に塗り潰される前に戦いが終わったのは、幸いであったと言えるだろう。

「コイツら・・・どうする?ここで殺すかい?」

「いえ、戦争犯罪者の可能性が高いので、裁判にかけるべきです。
 シン班のリリアナさんが、能力で判定してくれます。それまでは生かしておきましょう。」

「分かった。コイツらは縛り付けておこう。」

 ギラギラと不気味に光る永征眼で、怯える男たちを見下ろす征夜。
 両手に縄を握り締め、怒りと軽蔑の入り混じった視線を送る彼の理性は、薄皮一枚で保たれている。
 「抵抗すれば殺す」と、言葉に出さずとも雄弁に伝わる気迫が、今の彼にはあった。

「・・・あっ!待って!縛る前に止血しないと!ルルちゃん!エリスちゃん!手伝って!」

「えっ?・・・あっ、うん・・・。」
「・・・了解。」

 征夜の殺気に気押されていたルルと、怪訝そうに目を泳がせるエリスの二人を呼び寄せた花は、慣れた手付きで応急処置を終わらせた。

~~~~~~~~~~

 花の完璧な応急処置を受けた敵兵は容体が安定し、鎮静剤を打たれて眠った。
 その後、兵五郎がトランシーバーで要請した"救護・護送班"の馬車に乗せられ、本部へと連れて行かれた。

 征夜班は引き続き、火山の探索を進める。
 次の目的地は"敵が現れた方角"であり、そこに何かが有ると考えた彼らは、警戒を深めながら歩みを進める。

 そして、いよいよ山頂がほど近くなって来た頃、兵五郎は再び何かを発見した。

「はぁ・・・今度は、このパターンですか・・・。」

「どうした?」

 兵五郎の視線の先には、別のキャンプ地があった。
 先ほどの物より大規模で、テントの数が多い。何より、人が入るには大き過ぎる檻が多数設置されており、異様な雰囲気を漂わせている。

「アレはキャンプ地か・・・ここから見てても仕方ない。行って確かめよう。」

「いえ・・・これは・・・どうするべきなんでしょう。
 女性にお任せするべきなのか、むしろ女性に見せるべきではないのか。・・・判断しかねます。」

 珍しく歯切れの悪い言葉を並べ、考えが纏まらない様子の兵五郎。そんな彼に、ひょこっと顔を出した花が問いかける。

「何があったんですか?」

「花さん、実は・・・。」

 望遠鏡で眺めたキャンプ地の様子、まだ征夜が知らない惨状の様子。兵五郎は花に、ソレを渋々語った。

「なので・・・女性が行った方が・・・しかし、ショッキングかとも思って・・・。」

「あ~・・・分かりました。私が行きます。」

「すいません、お願いします・・・。」

 兵五郎に頭を下げられた花は、征夜を連れてキャンプ地へ駆けて行った。

~~~~~~~~~

「ここで待っててね。合図があるまで来ちゃダメ。・・・分かった?」

「うん、分かった。」

 キャンプ地の付近で"待て"の合図をされた忠犬征夜は、その場に座り込んで待機する。
 大型の車両の陰からキャンプ地を覗き込んだ花は、そこが無人である事を確認して、ゆっくりと踏み込んだ。

「うっ・・・酷い・・・。」

 そこに有ったのは、複数の遺体であった。
 先ほどと違い、損傷は殆ど無い。轢き潰された訳でも、食われた訳でも、四肢を千切られた訳でも無い。

 だが、その尊厳は先刻の骸と同様か、それ以上に踏み躙られていた――。

「怖かったよね・・・可哀想に・・・。」

 倒れ込んだ遺体の見開かれた瞼を、花はゆっくりと閉じていく。
 誰もが恐怖と羞恥に引き攣った顔のまま、その最期を迎えているのだ。その想いには彼"女"だからこそ、より共感出来る。

「こんなの・・・正気じゃない・・・。」

 ここに放り出された遺体は全て女性であり、皆が裸に剥かれていた。
 その亡骸には、暴行を受けたと思わせる証拠が明白に残っており、花の目に涙を浮かべさせるのに十分過ぎるほど悲惨な現場であった。

「この子も・・・ダメか・・・。
 外傷は無い。目立って毒の形跡も無い。・・・・・・脳出血か心不全ね。可哀想に・・・。」

 一つずつ遺体に寄り添って、見開いた瞼を閉じ、脈拍を確認する花。
 外傷は何も無く、他に危害を加えられた痕跡も無い。亡くなった者への配慮で言葉を濁してはいるが、花にはその死因が"屈辱に満ちた物"であると分かった。

ゴソッ・・・

「ん?」

 茂みから響いた物音に、花は身構えて杖を抜いた。
 薙刀のように杖を構えた彼女は、慎重に茂みへ歩み寄る。

「誰か居るの・・・?」

 恐る恐るにじり寄って、杖の先端で茂みを掻き分けた花。そこに居たのは――。

「はっ・・・あっ・・・あっ!」

 過呼吸になって怯える女性が、腰を抜かして震えていた。
 その格好を見る限り、先見部隊の生存者であろう。全身が血だらけだが、目立った外傷も暴行の形跡も無い。

「大丈夫、大丈夫よ・・・落ち着いて・・・。
 あなたを助けに来たの。私たちはあなたの味方よ。もう敵は捕まえた。安心してね・・・。」

「私に触っちゃダメッ!」

 この地獄で、どれだけの時間を過ごしたのか。そんな事は分からない。
 だがきっと、今の彼女の精神は同性から触られる事すら忌避するほど、擦り減っているのだろう。

「分かった。分かったわ。大丈夫、あなたに触ったりしない。」

 花は彼女の意思を尊重して、抱きしめようと伸ばした手をゆっくり引いた。
 決して彼女を刺激せず、嫌がる事もしない。ただ必死に、信頼を得ようとする。

 優しく朗らかな笑みを浮かべ、敵意も害意も無い事を懸命に伝える花。
 その思いが通じたのか、女性は震えるのをやめ、堰を切ったように泣き出した。

「や、奴を捕まえた?ひぐっ・・・ぐすっ・・・う、嘘つかないでぇ・・・あんなの・・・勝てる訳無いよぉ・・・!」

「分かってる。簡単には信用出来ないよね。でも、信じて欲しいの。
 あなた達を襲った敵は私の仲間が倒したわ。今はもう、ルーネ様のお城に連行された。」

 花は姿勢を低くして、女性と視線を合わせる。
 笑顔とも真顔とも違う、不思議な安堵を感じさせる表情を浮かべて、女性に繰り返し言い聞かせた。

「ほ、ホント・・・?ホントに・・・もう居ない・・・?」

「もう何も、怖い事は無い。あなたに酷い事をする人は、どこにも居ないわ・・・。」

 花はそう言って、女性を優しく抱きしめようとする。
 だが――。

「私に触らないで!お願い!」

「分かってる。大丈夫よ。触ったりしない。触らない。大丈夫・・・。」

 そろそろ抱擁ぐらいは出来るかと思っていたが、まだ尚早なのだろう。威嚇する野良猫を宥めるように、花はまたしても手を引いた。

「ちょっと、ここで待っててね。すぐに戻るから。」

 花は女性をその場に留めると、放置されたままになっている遺体を、布で丁寧に包み始めた。

~~~~~~~~~~

「取り敢えず、遺体は包んだ。この子が生存者、隠れてたおかげで無事だったみたい。」

「お疲れ様・・・花・・・。」

 地獄の惨状を一人で収拾した花は、汗を垂らしながら征夜に報告した。
 報告を受ける側としても、その耐え難い心労に見合った労いの言葉が見つからず、視線を伏せて頭を下げる事しか出来ない。

「花・・・大丈夫?」

「えぇ、大丈夫。・・・それより、問題はこの子よ・・・。」

 自分も疲れている筈なのに、花は女性の方に視線を向けて憐れむ顔を見せた。
 征夜も彼女の後を追うように、励ましの言葉をかける。

「本当に大変だったね。・・・これしか・・・言う事が出来なくて・・・ごめん・・・。」

「ありがとう・・・ございます・・・。」

 またしても、何と言えば良いか分からなかった。
 これほど悲惨な現場に遭遇した経験も、恐ろしい体験をした傷心の女性を励ます経験も、自身の感情を的確に表す語彙力も無い。

 この場に居合わせるにあたって必要な最低限の力が、自分には不足している。
 征夜は改めて、自分がいかに大人として"頼りない存在"であるか自覚させられた。

「えぇと・・・うん、それにしても、これは何だろう?」

「見たところ・・・檻のようですね?」

 言葉に詰まって無理やり話題を変えた征夜をフォローするように、兵五郎が彼の話に食いついた。

 征夜の視線が向かう先は、赤褐色の錆びついた檻。
 その大きさは人が30人詰め込まれても、まだ余裕があるほど。それに加え、人間の為に作られたとは思えないほど、格子の間隔が大きいのだ。

「・・・何かある。」

 空っぽの檻を次々に回って、中を見ていた征夜。
 そんな中、檻の一つに"毛布に包まれた球形の盛り上がり"を見つけ出した。

「これは・・・"卵"かな?」

 優しく毛布を払い取ると、そこに現れたのは緋色の球体。
 縦向きに楕円形で、有機的な模様が込められたソレは、素人でも判断出来るほど"何かの卵"であった。

「この子も・・・"生存者"って事・・・よね?」

「どうだろう。・・・取り敢えず、持ち帰ってみようか。」

 檻の中に放置された卵に、"不思議な縁"を感じた花と征夜は、それを持ち帰る事にした。

「あっ、動いた・・・この子、ちゃんと生きてるわ・・・!」

 花の胸に抱かれた卵は、トクンッと優しく鼓動を打った。
 それはまるで、密猟者と研究者の餌食になろうとしていた一つの命が、"母の存在"に安堵した証のようであった。
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