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第九章 反逆の狼牙編

EP244 不幸の芽①

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 数分後――。

「もう一発行くぞ?」

「うがあ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!!!・・・くっ・・・殺せぇ・・・!」

「男のクッ殺とか需要ねぇから。」

 足に弾丸を撃ち込む、シンプルだが合理的な拷問。
 魔族の回復力と無尽蔵に供給される黄金の弾丸が、その苦痛な時間を際限無く引き延ばしている。

「よ、容赦無い・・・ちょっとやり過ぎよ・・・。」

「そうか?」

 アメリアは少々青ざめた様子で、シンの袖を引いた。
 戦場に出るからには、拷問をするのもされるのも、覚悟はしているつもり。
 しかし、いざ目の前で叫ぶ青年を見せ付けられると、シンほど無感情ではいられない。

「アンタ・・・なんか、さっきとキャラ違くない?」

「気分屋なもんで。」

 馬鹿な事を言うシンと、鋭いツッコミを入れるアメリア。2人は先刻まで、そんな調子で接していた。
 それなのに今のシンは、先程までとは別人のように人間味が無い。人を傷付ける事に微塵も躊躇が無い彼の姿が、彼女には恐ろしく見えた。

「何だろうな・・・減点方式って言うのかな?」

「・・・え?何の話?」

「この傭兵君は、50点ってところだ。」

 シンはここに来て、"特異な持論"を開示し始めた。
 地面に座り込んだまま彼を睨み付ける傭兵の青年を指差して、"50点"と宣告する。

「誰もが最初は100点で始まる。その時が、俺の心の"陽"だ。」

「・・・うん。」
(コイツ、なんか大事な話始めたわね。)

 "心の陽"、それは即ち"陽気な自分"と同じような物を意味しているのだと、アメリアは察した。
 同時に、これから語られるシンの持論は、彼の人格に大きく根を張る物なのだと、早くも勘づかされる。

「不快感を覚えた奴、大して面白くないと思った奴は、すぐに点が下がる。
 それが50点を切ると"死んでも良い奴"、つまり俺の心の"陰"に入る。」

「・・・なるほど?」

 死んでも良い奴とは、言い換えれば"どうでも良い人間"の事だ。
 シンにとって、たとえ友人や仲間であっても50点を下回った者は"他人と変わらない"。

「最初は100なんだ。だから俺はナンパをする。」

 シンの中で、初対面の瞬間は最も評価が高い。
 その後に様々な点で減点し、5分後には大抵の評価が決まる。容姿から口調、爪の長さに至るまでジックリと観察し、その人間の価値を決めるのだ。

 だからこそ、初対面では陽気に接する。
 その時が彼にとって"温情のピーク"であり、最も温厚な瞬間。その後はただ、ひたすらに態度が下っていく。

 温厚だった視線は、獲物を見つめる蛇のように細く。
 陽気だった物腰も、突き刺すような冷徹さを帯びる。
 彼はまるで変温動物のように、他人への温度感を調整するのだ。

「後から思えば地雷だった奴、たとえば花にナンパを吹っ掛けたのも、その時は100だったからだ。」

「・・・今の花は?」

「60ってところだ。殺すのが惜しくないほど憎い訳でもない。
 だが、何かあったら即座に殺せる心構えが出来てる。謂わば、射程圏内だな。」

 中々に厳しい点数だ。
 花の何が、そこまで彼の評価を下げるのか。それは、シン本人にしか分からない事だ。

「一度下がった点数は、決して上がらない。
 これは俺の人生における基本、座右の銘の一つだ。
 不快感は幸運と不運の天秤における、最も重要な指標だ。だから俺は、その感覚に素直に生きてる。」

 彼は自身を"気分屋"と評すが、その実は徹底的な"リアリスト"である。
 人生に訪れる幸運を如何に手繰り寄せ、不運を如何に排斥するか。その為に、天才的とも言える直感と観察眼で常に他人を監視している。

 有益だと感じた人間の前では、"チャラいナンパ男"として無防備な姿を晒したり、二枚舌や世辞、恫喝も辞さない"狡猾な本性"を発露する。

 無益だと感じた人間の前では、徹底的に相手を威圧して丸め込もうとする。
 放っておけば毒にも薬にもならない人間。ならば、最大限に利用するのが吉だからだ。

 その中で、"無害・有害"を選別する。
 たとえ無益でも、無害な人間であれば友好に接し、どの場面で"使う"のか考える。
 たとえ有益でも、有害な人間であれば避けるし、必要に迫られれば"殺害"も厭わない。

 どちらにせよ彼は、めったに本心を見せない。
 敵にも味方にも、その時々に応じた人間を演じる。そうやって、彼は周囲の人間をコントロールして来た。

「改心・反省・懺悔、そんな物はこの世に存在しない。
 カスは未来永劫を砂利以下の存在として暮らすし、一度でも敵対した存在は未来への"不幸の芽"を残す。
 その善性に期待して身を委ねるのは、割の良い博打ではない。大切なのは、如何に相手の価値と本性を知るかだ。」

 普段の彼からは想像も付かないほど、今のシンは"思想家"のような面持ちになっていた。
 国内最高峰の私立大学を卒業し、銀行に就職した彼。エリート街道を突き進んで来た彼が持つ、どこか冷めた感情は、どこから来たのだろうか。

 その答えは、至ってシンプルだった――。

「俺の兄貴は、不幸の芽に片目と娘を殺されてる。
 ソレは常に、不快感と共に存在する。だから俺は、他人の長所は探さない。どれだけ短所が見つからないかで、人間を判断する。」

 彼が育ったのは、二つの閉鎖社会。
 不登校時の自宅と、暴走族のアジト。この二つが彼の幼少期を檻のように取り囲み、外界の清浄な風を遮断していた。

 そんな中で起こった、義父のように慕う兄貴分の悲惨な事件。
 片目を力任せに抉られ、恋人との子を奪われる。そんな"最悪の不幸"が起こったのも、元は過去の交通事故と当時の仲間に起因する。

 それこそが、彼の語る"不幸の芽"の原点であり、彼の思想を形成した最大の衝撃であった――。

「人間不信ってのとは、少し違う。
 信用のハードルが人より高くて、打算が介入しやすい。それだけの事だ。」

「・・・そんなアンタが、どうやって死んだの?」

「・・・クックック!まぁ正直に言おう!
 大学に入った後はだいぶ感が鈍ってた!そうでもなきゃ、ブラック企業になんて入らねぇよな!」

 シンは突然、豹変したかのように"陽気な表情"を見せ始めた。
 それは顔だけに限らず、全身から放たれるオーラが、まるで別人のように一瞬で入れ替わるのだ。

 だが、アメリアはソレを安易には信用しない。

「アンタ、ソレ"本当に本当"なの?」

 彼女は直感で分かった。この供述は嘘だ。
 彼の死因は花と風呂に入った時に聞いたが、今の彼の様子を見る限り、「過労死寸前で線路に落ちた」などという死因は有り得ない。

 もし彼が死ぬとすれば、もっとヤバい理由に違いない。アメリアは、そう確信していた――。

「・・・さぁ、どうかな?」

 シンは悪戯っぽく笑いながら、答えを濁した。
 その笑みからは、肯定も否定も窺えない。
 ただ純粋に問答を楽しんでいるようにも、本当に違う理由で死んだ事を匂わせているように見える。

(なんなの・・・コイツ・・・。)

 彼女は顔をしかめて、シンの眼を睨み付けた。
 「この男は、これまでに出会ったどの人間とも違う。」と、否応なしに感じさせられる。そんな特異な風格が、彼には有るように思えた。

 だが彼女には、物申したい事があった。
 その為には、こんな事で怯んでなどいられない。そう思い、声を張り上げてシンを威圧する。

「フンッ!人の粗を探して、点数まで付けるなんて!見上げた根性ですこと!」

「そう怒るなって!俺だって"高得点な奴"には親切なんだぜ!?」

 自分にとって無害か、もしくは有益である相手には友好的に接する。
 黄金の魔術師の影武者を買って出た男性は、転生当初に彼を庇ってくれた。その彼が殺された時に、シンは本気で敵討ちを望んでいた。

 つまり彼は、決して"全てに対して冷徹"と言う訳ではないのだ。
 温情の対象が限定的で、他人への疑心が強い。それだけの事である。

「じゃあ私は何点なのよ!言ってみなさいよ!」

「98点かな。」

「まぁまぁ高得点じゃない!・・・許す!」

 アメリアは、シンの自分に対する印象が意外にも高評価であると知った。
 息をするように人を品定めする彼の姿勢は気に入らないが、少しだけ気をよくしたようだ。頬を赤らめたまま、そっぽを向いている。

「面白いこと教えてやろうか?」

「何よ!」

「今朝、お前と初めて話した時、グーパン食らっただろ?」

「えぇ!アンタがクズだっからね!」

 花の事をセクハラ紛いの下品なあだ名で呼んだ結果、シンは彼女の折檻を喰らった。
 義憤に駆られる彼女の前であんな事を言えば、殴られるのも当然であろう。

「・・・あの時、お前は50点まで下がってたんだぜ。」

「えぇっ!?・・・あっそ!勝手にすれば?アンタなんかに殺される訳ないから!」

 高評価かと思いきや、つい先刻までシンに"銃口"を向けられていたと知ったアメリア。
 目の前でハッキリと「殺しても良いと思った。」と断言されたのでは、彼女でなくとも怒り心頭である。

「やっぱアンタはクズね!大ッ嫌い!」

「お、おぅ?・・・いでッ!?」

 脛を勢いよく蹴飛ばして、アメリアは去って行った。
 1人取り残されたシンは、先程から思い当たっている"不思議な感覚"について、考えを巡らせる。

(おかしい・・・なんで、コイツは上がるんだ?)

 彼の中に、"見直す"と言う概念は存在しない。
 たとえ第一印象が最悪でも、後から考えれば良い奴だった。そんな事も多々あるが、彼はそれを考慮しないのだ。
 一度でも不快感を覚えた相手は、決して心の底から信頼する事はない。それが不幸の芽を摘む事であり、未来を幸福へと導く最良の術であるからだ。

 だが、アメリアは違った――。

 第一印象と比較して、明らかに今の方が好印象だ。
 他の人間であれば、そんな事はよくある事。誰だって他人に対する印象など、後から後から幾らでも好転するからだ。

 しかし、シンにはこういった経験が乏しかった。
 喧嘩して仲直りをした兄貴分の"新一"を抜きにすると、初めてと言って良いだろう。

(おもしれー女だなぁ・・・。)

 恋人にはしたくないタイプだが、友人としては相性が良さそうだ。
 何より、これまで一度も覚えた事が無い感覚を与えてくれたアメリアには、何か光る物がある。

 遥か遠方から自分の方を睨み付ける彼女を見て、シンは微かに笑った。

~~~~~~~~~~

「とりま、尋問の続きを」

「お待ちください!」

「お?」

 拷問を再開しようと撃鉄に指を掛けたシン。
 そんな彼を制止する声が、背後から響いた。

 そこに立っていたのは、リリアナであった。

「えちえちシスターじゃん、どうした?」

「え、えちえち?・・・何の事か分かりませんが、このような蛮行は神が許されません!」

「お前70点くらいになってるぞ。」

 外見のセクシーさで補正されていた点数が、徐々に下がり始める。
 自分がやっている事にケチを付けてくる人間は、その主張の正誤に関わらず点数は引くべきだと彼は考えていた。

 だから、お節介焼きな花は点数が低い――。

「この方は雇われただけです!拷問にかけるなど、思慮を欠いた行動だと思います!」

「うわっ、分からせたい。」

 とは言え、殺そうとは思わない程度の微妙な点数だ。
 「"分からせ"くらいの刑で許してやらんでもない。」と、シンは上から目線で考えていた。

「おい女!俺は貴様の慈悲など受けんぞ!神を信仰だと!?ふざけるな!
 貴様らの神が放った刺客のおかげで、魔界は"内戦中"だ!正規軍が導入されれば、俺たちの仕事はより過酷に!給料も下がる!」

 ここに来て、傭兵の青年が間に割り込んできた。
 どうやら彼は、魔界の現状について天界の神に文句があり、神職である彼女に物申したいようだ。

 結論から言うと魔界は今、大規模な内戦状態にあった――。

 グランディエル暗殺後も、ギリギリの所で均衡を保っていた与野党の対立。
 だが、"魔王を暗殺した転生者ラドックスを討伐した転生者せいや"の登場により、議会には激震が走った。

 天界が持つ戦力は、際限無く拡大している。
 そしてソレが、"星雲大戦の英雄の子孫"と言われれば、その対処は安全保障上の重要な課題。

 実際のところ征夜は戦士としては未だに未熟であり、魔界の民が思い描くほどの脅威ではない。
 しかし、恐怖の感情の元に描かれた偶像は、彼を"吹雪資正を超える怪物"として祭り上げていた。

 その対処をどうするべきか、与野党の議論は白熱し、ついには"場外乱闘"へ発展した。
 そこには天界勢力のスパイの影響もあったと言われているが、真偽は定かではない。何はともあれ、今の魔界は混沌を極めている。

 そんな中で、普段なら傭兵が請け負うような仕事も、正規軍が負担するようになった。
 安全で割の良い仕事で食っていた彼らは、プロの集団として危険な任務に駆り出されるようになり、それを忌避した者たちは異世界へ"出稼ぎ"に来た。

 今の魔界で働くよりは、この世界で雇われた方が断然マシだったのだ――。

「平時なら、適当な護衛で済むんだ!
 それなのに、こんな所まで出稼ぎに来たのも、全ては貴様らのせいなん」

「・・・分かっています。」

「え?」

 だがリリアナとて、そんな事は分かっている。
 彼女は神に仕えるものとして、いつ何時も天界の動向に耳を傾けていた。そんな中で、魔界の情報が入って来ない筈が無いのだ。

「ですが、戦いを無闇に繰り返すのは何も生みません。
 もう、傭兵など辞めるのです。それを誓えば、ここから解放してあげましょう。」

「はっ?何勝手に言ってるんだよ?」

 シンとしては、リリアナの意見など知った事ではない。この男は拷問して情報を引き出す為に、ワザワザ捕らえたのだ。
 逃がされるくらいなら息の根を止める。それこそが、"不幸の芽"を摘む結果になるとシンは確信していた。

「やめなさい!この方にも、慈悲は与えられるべきです!幸い、この方は戦争犯罪を犯していません!」

「何で分かるんだよ?」

「神職に携わる者として、神より預かった能力です!」

 平和維持に関わる部隊の一員として、彼女には"神の審判"と呼ばれる能力が備わっていた。
 その能力は至ってシンプル。対象者の前科や、隠蔽している罪を瞬時に判定する事が出来るのだ。

 彼女はソレを使い、戦争犯罪を犯した者に対して裁判を行なってきた。
 しかし今回の傭兵は、少なくとも民間人を殺したり略奪行為を働いた経歴は見当たらない。だからこそ彼女は、彼を見逃そうと提案しているのだ。

「どけ!お前ごと吹き飛ばすぞ!」

「やれる物ならやってみなさい!」

 業を煮やしたシンは、拳銃を青年に向けた。
 しかし、間に割って入って盾となったリリアナは、彼の警告も跳ね除けて立ち塞がる。

「お、おい!女!早くどけ!お前まで撃たれるぞ!」

「構いません!それこそ、殉教という物!私はこの身を犠牲にしてでも、貫くべき信念があります!」

 彼女の意思は固かった。
 たとえ敵であっても、神職としての信念を守る。それが、彼女の覚悟であったのだ。

「くっ!くそ!分かった!傭兵はやめる!だからどけ!」

「約束ですからね!破れば天罰が下りますよ!?」

「分かった!分かったよ!早く!早くどけ!!!」

 念を押すリリアナに対して、青年は大きく焦りながら退避を促した。
 やっとその場を去る覚悟を決めた彼女は、魔法で"封印の拘束具"を解除し、彼を素早く逃がす。

「おいおいおいおい!逃げるなって!」

 マントを開いて飛び立った青年に対して、拳銃を連射するシン。しかし、華麗に飛び去る青年の背に、弾丸は掠りもしなかった。

「あ~あ、逃げちゃったよ。」

「あなたには人の心が無いのですか!」

 ピシャリとシンを糾弾したリリアナは、軽蔑の表情を浮かべて去って行った。

(絶対やべー事になるだろ・・・。)

 彼は薄々勘付いていた。
 ここで青年を逃した事が、後で"大惨事"を引き起こす事になると――。
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