『無頼勇者の破王譚』〜無能社員だった青年は、異世界で精鋭部隊を率いる~

八雲水経・陰

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第九章 反逆の狼牙編

EP242 シン班の旅路 <キャラ立ち絵あり>

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 朝霧が足元を包み込み、薄暗がりが視界を覆い尽くす平原の中を、シンたちは歩いていた。

 彼らの目的地は、魔界の傭兵が暴れている地域。
 少人数で背後から奇襲し、一網打尽にする。その後、殲滅もしくは撃退する事が目的。よって、馬車による移動は避け、隠密行動に徹する事となった。

「うおぉ~!さっみぃ~!」

 段々と白んでいく山際は太陽の到来を予感させるが、季節は冬。
 戦闘に支障を出さぬ為の軽装、具体的にはコートを着ずに散策するのは、中々に肌寒い。

「段ボール被る?あったかいよ!」

 シンが振り向くと、蜜音は全身を段ボールで武装していた。
 目の位置に小さな穴を開け、スッポリと頭から被っている。これではまるで、"動く段ボール"である。

「そんなん何処から出して来た!?」

「Amaz◯n頼むと貰えるよ!」

「そりゃそうだけどよ。この世界には通販とか無いだろ?」

 シンの指摘は至極真っ当である。
 だが蜜音には、そんな常識は通じない。

<Amaz◯nさん!段ボール下さ~い!!!>

 呪文のように響き渡った注文は、彼方に聳える山々に跳ね返り、木霊となって帰って来た。
 すると、蜜音の背後で緩やかなエンジン音が鳴り、排気ガスの匂いと共に何かが停車した。

 振り向くと、そこにはトラックが停車しており、中から配達員がソソクサと現れた――。

「ちーっす!佐◯急便で~す!」
「早いじゃないか!ご苦労!」
「あざっした~ッ!」

 配達員のチャラい青年は荷物を置くと、ハンコも貰わずにトラックへ乗り込む。
 発進したトラックはグングンと加速して、いつの間にか姿が見えなくなった。

 置き去りにされた段ボールには、確かにAmaz◯nのマークが刻まれている。

「何頼んだんだ?」

「段ボール!」

「・・・げっ!?」

 シンはてっきり、"梱包用の段ボール"を被るという事なのかと思っていた。
 しかし蜜音が箱を開けると、中からは別の段ボールが出て来た。それを開けると、また別の箱が出て来る。

「アハハハハ!マトリョーシカみたいで可愛い~!」

「可愛いか・・・?」

 蜜音の感性はよく分からない。
 何よりも不思議なのは、異世界において平然と宅配が遂行された事。シンはその事について、アメリアに聞いてみる。

「この世界ってAmazo◯来るのか?」

「来る訳ないでしょ!異世界なんだから!バカなの!?」

「いや、今来てたんだって!」

 シンの質問を即座に切り捨てたアメリア。
 だが、"今来てた"という言葉を聞いて、何かを納得したようだ。

「あぁ、蜜音だけは呼べるのよ。」

「へぇ!もしかして、それがアイツの能力か!?」

 異世界に◯mazonを呼ぶ。
 拡大解釈すれば、"世界と世界を繋ぐ能力"がある。
 そう考えると、世界最強の戦士という評価も納得出来る。

 だが、アメリアはシンの質問を肯定も否定もしない。

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。
 まぁ、実際に戦いを見れば、すぐに分かるわよ。」

「ほーん。で、お前の能力は?」

「双子の弟と手を繋いで祈ると、宇宙を操れる。と言っても、流れ星を落とすぐらいが精一杯だけどね。」

「へぇ~、雑魚じゃん。」

「星に潰されて死にたいのか?」

「こっえぇ~。」

 馬鹿にしたような棒読みで、シンはアメリアの能力を茶化す。
 だが、「宇宙を操る」と言う字面に比較すると地味なだけで、非常に強力な効果と言えるだろう。

「そう言えば、お前って転生者なのか?」

「そうだけど。なんで分かったの?」

「いや、A◯azon知ってるし。地球人だろ?」

「そうね。」

 アメリアは、質問攻めを鬱陶しく思ったのだろう。
 適当に受け流すような返事だけを残し、シンの元から走り去ってしまった。

「う~ん・・・どっかで見た事ある気が・・・うぉっ、あったけぇ。」

 ポツリと残されたシンは段ボールを頭に被りながら、脳裏をチラつく既視感に思いを馳せていた。

~~~~~~~~~~

 何時間も、何時間も、シンたちは歩き続けた。
 太陽はすっかり昇り終え、平原の彼方では大砲と爆発の音がする。どうやら今日も、戦争にちじょうが始まったようだ。

 幸いにも、今のところ戦闘には巻き込まれていない。
 ルーネが提案した進路が、激戦区を避けているからというのも理由だろう。

(いやぁ、おもれぇなぁ!)

 前回の旅において、シンは移動時間をつまらない物だと感じていた。
 戦闘が起これば、まだマシな方。暴れてストレスを発散出来るので、窮屈な気分にならずに済んだ。だが逆を言えば、平和な旅路は地獄だった。

 しかし今回の旅では、戦わずとも面白い。
 陽気であり、色々とブッ飛んだ蜜音。生真面目で、弄り甲斐のあるアメリア。絶妙にヘタレなイーサン。
 新しく出会った仲間のうち、この3人は突出して面白かった。ボケても、ツッコミを入れても、その反応が面白い。それだけで、心が躍る思いになる。

 そんなこんなで歩いて行くと、目的地の付近に着いた。だが、いまだに戦闘ドンパチの音は聞こえない。
 そこに在ったのは、整備されたキャンプ場のみ。テントが張られている様子はなく、無人のようである。

「せっかくキャンプ場に来たんだし!キャンプ場に行こうぜ!」
「良いっすねぇ~ッ!」
「お前テント張って来いよ!」
「了解っす!」

「あっ、ちょっと待ちなさいよ!1人じゃ大変でしょ!」

 数年ぶりに再会した舎弟ユリエラーを、慣れた調子でパシリに使うシン。
 ソソクサと走り去るユリエラーを追って、アメリアもテント設営に加わった。

 そんな中、シンは蜜音の肩を叩いて、唐突に一つの質問をする。

「なぁ蜜音!俺とコイツって、どっちがイケメンだと思う!?」

「なっ!?そんなの俺に決まってる!そうだよな蜜音!?」

 シンが比較対象に選んだのは、イーサンであった。
 アメリアの兄弟であり、征夜を越すほどの長身を誇る青年。特段ライバル心が有る訳ではないが、シンは一方的に彼に絡んでいた。

「う~む・・・どっちも"クジラの卵"みたいな顔だし・・・。」

 鯨は哺乳類である。よって、少なくとも自然界に鯨の卵は存在しない。

「判定が難しいなぁ~よし!アレで決めよう!」

 そう言うと、蜜音は懐から二つの柿を取り出した。
 なぜ、彼女の服に2つも柿が入っているのか。そんな事を考えてはいけない。

「そこに立っててね!・・・えいッ!」

「ぶぐぅ"っ!?」
「ゔぅ"ぅ"っ!?」

 突如として、投げ放たれた二つの柿。
 丸々と果肉を溜め込んだそれらは、シンとイーサンの顔に直撃し、勢いよく炸裂した。

「イーサンの方が、柿の割れ方が綺麗だね。・・・イーサンがチョベリグだ!!!ヤッホオォォォイッ!!!」

「うわっ!お前てきとーだなぁッ!」

 勝利を祝う咆哮が、何の予兆も無く繰り出された。
 勢いだけで押し切ろうとする姿勢に、いきなり柿を投げ付けられたシンですら思わず笑ってしまう。

「おいノッポ!お前の方がイケメンだって・・・げっ、コイツ気絶してるよ!」

 ベッタリと顔に貼り付く果肉に不快感を覚えながら、興奮した調子でイーサンに語り掛ける。
 だが、柿をぶつけられてもピンピンしているシンとは違い、彼は既に気絶していた。

「えぇ~?どーしよー!イーサァーーーンッ!」

 肩を揺すり、頬をバシバシと叩いてみる。
 しかし、蜜音の懸命な呼び掛けも虚しく、イーサンの意識は戻らない。

 そんな中、突如としてイーサンの顔から怒号が響いた――。

「このアマぁッ!いてぇじゃねぇかッ!」

 喋ったのは、イーサンではない。彼の"顔が喋った"のだ。耳を澄ましてみると声の根源は口ではなく、顔全体から発せられている。

「ふざけんな!いきなり投げやがってッ!」

「うぉっ!?俺の顔が喋った!?」

 今度は"シンの顔"が喋った。
 彼の口は動いていないのに、勝手に声が発せられる。しかも、その声が異常に野太いので、シンとしては中々に気持ちが悪い。

「う~ん?"柿さん"?もしや柿さんなのかっ!?」

「はっ?」

 蜜音の口から飛び出した、衝撃の言葉。
 まさか本当に、"投げ付けられた柿"が喋っているのだろうか。

 その答え合わせは、すぐに完了する――。

「そうだよ!”柿のおじさん”だよ!食い物で遊ぶなよ!」
「ごめーん!ちゃんと食べるから許して!」
「仕方ねぇな!おら!早く食え!」
「分かった!いただきまーす!・・・あむっ♪」

 柿本人に急かされた蜜音は潰れた果肉に唇を這わせて、舐めとるように食べ始める。
 イーサンの頬、額、瞼から顎下に至るまで、あらゆる箇所を舐め回す少女の姿は中々に不思議な光景だ。

「美味し~!!!・・・何やってるの!早く顔出して!」

「お?おう・・・?」

 よく分からないまま急かされ、シンも自らの顔を差し出した。
 気絶している人間は別として、意識がハッキリしている人間の顔すら気にせずに舐め回す蜜音は、中々に謎な倫理観を持っている。

(これは・・・キス・・・なのか?)

 戸惑うシンに構わず、互いの唇を付き合わせた蜜音。
 あまりにも唐突な口付けに対し、シンの思考は交錯する。

「ありがとう柿さん!凄く美味しかった!・・・・・・何ィィィィィッ!?柿のおじさんが死んでいるぅッ!?」

 顔に張り付いた柿を食べ終えた蜜音は、感謝の言葉を述べた。しかし既に、体の大部分を食べられた二つの柿は、昇天の中途に立っていた。

「あばよ嬢ちゃん!あんまり早く、こっちに来るなよ!」

「アデュー!」

「柿のおじさぁーんッ!!!」

 それは、あまりにも切ない別れ。

 彼らは自身の死を引き換えに、蜜音の養分となった。
 天へと昇って行く柿の背には、巨大な白い翼が生えている。蜜音がいくら手を伸ばしても、既に届かない場所へと昇っていた。

「何だぁ?ありゃあ?ツッコミが追い付かねぇぞ!?」

 ツッこむべきか。ツッこまざるべきか。それが問題だとシンは悟った。
 そんな中、彼の背後から女性の荘厳な声が聞こえてくる。

「あぁ神よ、死後の柿に祝福あれ。」

「シスターは柿の葬式もするのか・・・おっ!?」



 長い茶髪を肩より下まで垂らす美女が、そこに立っていた。
 パッチリと開かれた青い眼は高潔な光を灯し、黒と白で縫われた聖職者の服は、彼女を"神聖"な存在であると主張している。

 だが、人間は下半身で動く生き物。
 特にシンに至っては、相手が神職に就いているかなど微塵も関係ないのだ。

(エッッッッッ!!!)

 黒と白の二色で彩られたボディラインが、背徳の色香を漂わせる。
 出る所は出て、引き締まる所は引き締まった体型。ワガママボディと言うに相応しい彼女の体は、意図せずに煩悩を刺激してしまう。

(完全に忘れてた!コイツも同じ班にしてたんだわ!)

 蜜音・アメリア・イーサン・ユリエラーと、濃いメンツが多過ぎるせいで忘れていた。
 シンは自身の班に、シスターのリリアナと女騎士のアンネルザも加えていたのだ。

「どうされましたか?」

「いやぁ、シスターを名乗るには乳がデカ」

「こんのセクハラ男がぁ"ッ!!!」

「ほぶぅ"ッ!?」

 アメリアの制裁パンチが、シンの左頬を強打する。
 今回ばかりは全面的に彼が悪いし、純度100%のセクハラと言えるので、彼女が正しいだろう。

「ちち?・・・とは、何の話でしょう?」

「気にしなくて良い!こんな奴!」

「おぼぉ"っ!」

「え、えと・・・そうですか・・・。」

 尻もちを付いたシンに、アメリアの追撃が加えられる。左頬に続いて右頬を蹴り飛ばされた彼を見て、リリアナは少し引いていた。

 そんな中、森の向こうから慌てて駆け寄って来る人影がある――。

「大変よアメリア!リリー!敵に囲まれた!」



 それは、女騎士のアンネルザであった。
 身に纏うのは甲冑ではなく、戦闘用のドレスだ。

「何ですって!?何寝っ転がってんのよチンピラ!早く行くわよ!・・・イーサンと蜜音はどこ!」

「ノッポは柿にヘッショされて伸びてる。蜜音は柿のおじさんの墓を作ってるぞ。」

「は?アンタ何言ってんの!」

 シンから伝え聞く状況は、あまりにも珍妙だった。
 戦闘態勢を促す為に、自分の目で2人を探すアメリア。

 彼女の視界に飛び込んで来たのは――。

「うぇぇぇぇぇん!柿さーん!!!」

「殊勝な心掛けですね。きっと、天国の柿も喜んでいるでしょう。」

 墓を掘り終え、墓標まで築き終えた蜜音。
 彼女の肩を抱いて慰めるのは、神職であるリリアナであった。

「お前もボケ側かよッ!」

 供給過多となったボケ役に対して、シンは呆れと期待を込めたツッコミを入れた。
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