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第八章 魔人決戦篇

EP228 巡る因果の果てに <キャラ立ち絵あり>

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 征夜・花・シンの勇者一行が消え、主役が居なくなった後も、勝利の宴は途切れる事なく盛りを増していた。

「凱旋ってのは、バリエーションが無いのか?300年前と、まるっきり同じじゃないか。
 うるさく、下品で、汚らしい。これだから、文明の未開な"土人"は嫌だな。民度が低すぎる。」

 馬鹿騒ぎと暴飲暴食を繰り広げる群衆を蔑みながら、アランは脇道を駆けていた。
 転生者としての誇りを、"啓蒙時代"の出身者としての誇りを、彼は何よりも大切にしていた。
 だからこそ、未だに中世のような暮らしを続ける異世界の民が、下劣な物に見えるのだ。

「転生者を邪険にするから、いつまでも文明が開花せんのだ。女神が、ワザワザ送り込んでいるのにな。」

 征夜たちは"魔王を倒す使命 "だったが、その他にも様々な使命を帯びて転生は行われる。
 たとえばラースは"世界を娯楽で満たす"という使命を帯びて、人形使いとしての能力を得て転生した。
 他にも例を挙げるなら、"産業革命を起こす"や"電気設備を開拓"と言った、文明レベルに関係する使命もあるのだ。

 だが、"出る杭は打たれる"と言う言葉があるように、"目立つ転生者は潰される"のだ。
 たとえ世界を発展させる使命を持っていても、土着の民による迫害で命を落とす事もある。

 その点で、花は幸運だったのだ。
 何の後ろ盾も無い転生者の女性など、一年後の生存率は"5割"と言われている。約半数の女転生者は、1年と経たずに死亡か消息不明になる。

 征夜とシンが居なければ、花は今頃死んでいたかも知れない――。

「貴様らが遊び呆けている間も、俺たちは戦力を整えてる。技術力も戦力も、質ではこっちが上。
 頭数さえ揃えば、革命など容易い。・・・今に見ていろ!失った同胞の恨みを、思い知らせてや」

「あなた、アランさんですね?」



 路地裏から大通りの喧騒を覗き、恨み言を呟いていたアラン。すると、背後から幼い少年に声を掛けられた。

「・・・あぁ、そうだ。」

「僕ずっと、あなたに会いたかったんですよ。」

「俺のファンか?こりゃまた嬉しいね。」

「はい、大ファンです。」

「そうかそうか、今度サインでもしてやるよ。」

 アランはこの後、予定が入っていた。
 それも、秘密裏に遂行されるべき"任務"が有ったのだ。路地裏で出会った子供に構っている余裕など、微塵も無いのだ。

(このガキ・・・こんな所で何をしてるんだ。親の顔が知りたいもんだ。)

 アランはそんな事を思いながら、少年の横を通り過ぎようとした。



「・・・殺したいくらい。」

「・・・ッ!?」

バリィッ!

 首筋に走った鋭い痛みと、何かが弾けるような音。
 転生者の仲間が以前持ち込んだ"スタンガン"と言う武器に似た効果が、アランの全身を迸る。

(し、しまった・・・。)

 痺れるような痛みに全身を支配されたアランは、前のめりに卒倒した。

~~~~~~~~~~

「何のつもりだ!小僧!」

 目を覚ましたアランは、路地裏の街灯に両手足を縛り付けられていた。
 彼は一切の身動きが出来ず、唯一の出来る事は、目の前に座り込んだ少年を睨み付けるだけだ。
 月明かりだけが暗い路地を照らし、夜の深みが冷気となって町全体の喧騒を包んでいる。

「良くやったわねぇ・・・"フィーガル君"・・・♡」

「なっ!?貴様はっ!?」



 突如として背後から、見覚えのある女が現れた。
 ショートカットの金髪にバンダナを挿し、豊満な谷間と腰の括れを強調するように、Yシャツを着こなす女。

 アランはその女を、既に知っていたのだ――。

「き、貴様は、ぐぅっ!?」

 女は妖艶な笑みを浮かべながら、アランの唇に人差し指を押し当てた。
 屈み込み、嗜めるような甘い表情を浮かべた女は、思わず見惚れてしまうほど美しい。

 尤も、相手が"刺客"でなければの話だが――。

「フィーガル君、怪我は無い?」

「うん、大丈夫・・・。」

「良かったわぁ・・・あなたが怪我してないかだけが、心配だったのよ・・・。」

「あ、ありがと・・・///」

 年上の女性に心配されて、フィーガルは顔を赤らめた。
 流石の彼とて、本気のアランには敵わない。奇襲に失敗すれば、結果は変わっていただろう。

「流石のあなたも、子供相手には油断したみたいねぇ?
 気を抜いちゃダメよ?あなたの首には、"3パラファルゴ"の懸賞金が付いてるんだから・・・。」

 転生者を保護する秘密結社の幹部、それがアランの正体なのだ。
 当然ながら、裏社会にて依頼される暗殺にも、"日本円で億単位"の報酬が設けられる。

「このオジサン・・・悪い奴なんでしょ?」

「えぇ、とっても悪い人・・・。」

「くっ・・・!」

 アランは正直、「騙されるな!」と言いたかった。
 目の前にいる少年は、良いように"操られている"だけだ。"洗脳"されて自分を憎んでいるのだと、彼は本気で思っていた。

 だが、事実は全く異なっていた――。

「このアランと言う男は、君の家族の仇よ。
 君の両親も、兄弟も、祖父母も、みんな死んだのはコイツのせい・・・。」

「・・・?」

 アランには、何の心当たりも無かった。
 目の前に居る少年とは、完全に初対面だ。当然ながら、家族を殺した覚えも無い。仇呼ばわりされる所以は、どこにも無いのだ。

 だが、女の話を聞いたフィーガルは、恐ろしいほどに目付きが変わった。
 犬が狼になったような、猫が獅子になったような、"憎しみを帯びた眼光"がアランの全身を突き刺すように見つめていく。

「こ、コイツが・・・!」

「憎いのね?この男が。」

「あぁ・・・憎い!憎くて憎くて!憎くて堪らないさ!!!」

「なら・・・"分かる"よね?」

 女はフィーガルの腕に谷間を押し付け、耳元で甘く囁いた。
 意地悪く笑いながらアランの顔を見下ろし、これから彼が辿る末路を暗に予感させている。

「・・・うん。」

 蕩けるような柔肌と甘い声に惑わされた少年には、その誘惑を跳ね除ける理性は無かった。

 彼はあまりに幼く、脆く、哀れな少年だ。
 楽しかった家族旅行を一筋の雷光が貫いたあの日、目を覚ました彼の目に飛び込んできたのは、黒焦げになった家族の姿。

 何故、自分は生き残ったのか。
 何故、自分は生きているのか。
 どうやって、自分は生きるのか。
 何が、家族を殺したのか。
 何故、家族は死んだのか。

 その全ての答えが、彼には分からなかった。
 闇の中に迷い込んだ少年は、更なる暗闇を恐れ、安寧を求めていた。

 そんな中、彼は聞いてしまったのだ。
 村に泊まっていた"転生者の女"から、家族の死の全容を――。

 悪いのは転生者だ。憎むべきは転生者だ。
 "仇の雷竜"を作ったのも、それを止められなかったのも、転生者のせいなのだ。

 絶望と憎悪の中で悶えていた彼は、自暴自棄になっていた。そして彼は、その憎悪を"転生者の女"に向けた。
 だが、憎くて堪らない"転生者の男"によって、彼の凶行は阻まれてしまった。

 そして、行き場を無くした憎悪と憤怒が魂の中で増幅し、前にも進めず、後にも退けなくなった時――。

 彼は"運命の女性"に出会った。

「お前が・・・母さんを・・・父さんを・・・婆ちゃんを・・・爺ちゃんを・・・僕の兄弟まで・・・!」

「よ、よせ!やめろぉっ!早まるなぁッ!」

「うるせえぇぇぇッッッ!!!!!」

パチ・・・パチパチパチパチパチパチィッ!

 怒号と共に立ち上った青い電流が、フィーガルの全身を覆い尽くした。
 弾けるような音を小刻みに発しながら放電する彼の姿は、まるで"猛り狂う鬼神"のようだ。

「頑張って・・・フィーガル君・・・!」

「お前は騙されているんだ!少年ッ!!!」

「もう・・・何も喋るなぁッ!!!」

「おい!よせ!やめろおぉぉぉッッッ!!!!!」

 年甲斐も無く命乞いしながら、アランは引き攣った表情でフィーガルを制止する。
 だが、覚悟を決めた少年の意志は、もはや誰にも止められない。

 絶望の中で見つけた唯一の光、それが傍に居る女性。
 絶望の中で見つけた不倶戴天の仇、それが目の前に居る中年。

 両者の言葉は、天秤に掛けるまでもない――。

「だあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーッッッ!!!!!」

「止まれ!このクソガキがぁッ!こんな事してタダで済、ぐげえ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ッッッ!!!!!・・・ご・・・ごぽっ・・・げぽぉっ・・・!」

 雷光を纏った神速の拳が、空前絶後の刺突となってアランの心臓を貫いた。
 しかしフィーガルは、決して攻撃の手を緩めない。万が一を危惧して、全力で心臓を握りつぶす。

「げあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーッッッ!!!!!」

「死ね!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!死ね"ぇ"ッッッ!!!!!」

 何度も何度も殴打し、原型が無くなるまでアランの顔を粉砕したフィーガル。
 噴き出した血潮を正面から被った彼の服は、瞬く間に赤く染め上げられる。

 やがて、アランはうめき声すら上げなくなった。
 ただ俯き、辛うじて息をするだけの"物言わぬ肉塊"に、彼は成り果てたのだ。

「はぁ"・・・はぁ"・・・はぁ"・・・や、やった・・・か・・・。」

「良く出来ました・・・フィーガル君・・・!」

「うわっ!?」

 息を切らせて立ち尽くすフィーガルに、女は背後から抱き着いた。豊満な胸元を彼の頭頂部に押し当て、労いと賞賛の言葉を掛ける。

 そして、女は一人の無垢な少年を、遥かな闇の底へと手招きした――。



「ようこそ、""へ・・・!」



 女は一介の刺客ではなく、アラン達と敵対する秘密結社、""に所属する構成員だった。
 転生者を憎み、妬み、恐れ、排斥する為の組織。それは正に、路頭に迷ったフィーガルに訪れた"神からの道標"だった。

「この男が仇って・・・本当なの?」

「えぇ、あなたの家族だけじゃない。
 魔王と、その部下に殺された人たち、全員の仇なの。」

「そ、それって・・・どう言う事?」

「この男が、"魔王を作った"のよ・・・。」

(ぬ、濡れ衣・・・だ・・・!)

 濡れ衣でも、事実無根でもない。
 本人の意思とは関係なく、アランの行動がラースを絶望させ、魔王となったラースが多くの人間を殺した。その事実に、嘘偽りは存在しない。

「それに彼は、"仲間"と共にテロを計画してた。凱旋の祝宴なんて、人を集める為の口実よ。
 本当の目的は、政府要人の暗殺。・・・フィーガル君、あなたのおかげで罪無き人が救われたの。」

(何故・・・計画が・・・漏れた・・・!)

 これもまた、事実だった。
 あまりにもタイミング良く、計ったように宴会の準備がされていたのは、トニオが事前に計画していたから。
 アランと二人で共謀して、勇者一向を祝う祝宴の建前でテロを起こそうと画策していたのだ。

「この人・・・悪い奴だね・・・。」

「そうよ、だから安心して。この人を殺しても、あなたは悪くないわ。だって、良い事をしたんだもの。」

「うん・・・あっ。」

 空腹を告げるギュゥ~と言う低い音が、フィーガルの腹から鳴った。
 今にも息絶えそうなアランとは裏腹に、二人の表情は明るくなる。

「フフッ♡お腹空いちゃったね!ご飯食べに行こっか!」

「うん!」

「何が良いかなぁ?・・・あっ、その前にお風呂入らないと!フィーガル君、血でベトベトだよ。」

「た、確かに・・・でも、僕お風呂嫌い・・・。」

「ウフフ♡食事前には、綺麗にしなきゃダメよ?私が洗ってあげるから、一緒に入ろうよ♪」

「あ、うん・・・///」

 恐らく彼女には、下心が無いだろう。ただ純粋に、孤独な幼い少年に世話を焼きたいだけなのだ。
 アランを暗殺する刺客という任務とは裏腹に、隠し切れない人の良さが、屈託のない笑顔により垣間見える。

 頬を赤らめたフィーガルと、そんな彼を甘やかす女は、暗い路地裏を大通りの喧騒に向けて歩み出した。

(クソ・・・俺は・・・こんな所・・・で・・・。)

 一人残されたアランは、誰も居ない寂しい路地の中で血に溺れながら、登り始めた満月に向けて手を伸ばした。

 決して掴めない星に手を伸ばしながら、アランの意識はゆっくりと、闇の彼方へと消えて行った――。



 一人の転生者の偽善が、一人の男を不幸にした。
 一人の男の野望が、一人の原住民を不幸にした。
 一人の原住民が自らの手で、一人の転生者を殺した。

 巡り巡った一つの因果が、今ここに決着した――。
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