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第八章 魔人決戦篇

EP219 開かれた眼

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「俺は世界を破壊する!あの世界も!この世界も!そこに生きる人間たち全てだ!
 お前を殺して俺も死ぬッ!アッハハハアハハハハハッ!!!」

「正気かお前ッ!!!」

「お前よりはなぁッ!!!」

 自暴自棄になった人間ほど、恐ろしい物はこの世に無い。
 "無敵の人"と言う単語が表す通り、全てを失った人間は何をしても傷付かない。だからこその無敵なのだ。

(コイツ・・・完全に狂ってやがる!)

 流石に自分がラースより狂っている事はないと、征夜は断じていた。
 彼がそんな事を思っていると、ラースは両手を頭上に掲げて力強く叫ぶ。

「さぁ!手始めにこの世界だ!」

「やめろおぉぉぉッ!!!」

 全身全霊の突進をラースに仕掛けた征夜、しかし接触の直前になって悠々と回避されてしまった。

「まずは・・・東京からぁッ!」

 ラースの細長い指先が、宇宙儀の末端に触れた。
 すると、天空魔城のどこからか魔法の砲台が現れ、巨大な閃光を放った。

 しかし、その破壊力はラースが期待したほどの物ではなかった――。

「チッ、たったのヘリ一匹か。」

 城の周辺を飛んでいたテレビ局らしきヘリコプターが、ラースの放った閃光に直撃して撃墜された。
 爆炎を上げながら墜落するヘリの中から、脱出する物は一人も居ない。間違いなく、搭乗者は全滅だ。

「何が"たった"だ!お前ぇッ!あのヘリに乗った人間にも、大切な人が居たんだぞ!
 今のお前の一撃が!不必要な悲しみを生んだんだ!それが!なぜ分からないッ!!!」

「そんな事知るかよぉッ!他人の家族が死のうが、俺は悲しくも何とも無い!俺には家族が居ないからなぁッ!ハッハハハッハハハハハ!!!」

「クソ野郎があ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!」

 先ほどまで持っていた、ラースに対する同情と哀れみの感情は吹き飛んだ。
 大切な人を失う悲しみを知っていながら、いたずらに命を奪う事を楽しんでいる。
 そんな奴にくれてやる同情など、最初から無かったのだと征夜は悟った。

(アイツは今、模型を触って攻撃してた。
 きっと、攻撃の座標と方角を決めてるんだ。)

 宇宙儀そのものが、何らかの装置になっている。
 そう思えば、先ほどの砲撃の際に宇宙儀に触れた事にも説明が付く。

(そう言えば、アイツはこの世界に転移する時もアレを使ってた。・・・ぶっ壊せば、城を元に戻せるんじゃ!?)

 攻撃の目標が決まった。
 ラースを倒すことも大事だが、今は"地球そのもの"を人質に取られているに等しい。
 何より、今いる場所は東京の上空なのだ。眼下に広がる大都市のどこかに、実の父が居てもおかしくない。

(父さん・・・見てるかい?)

 征夜は自分を見ている筈がない父に向かって、祈るように語りかけた。
 奇遇にもこの直後、悠王は二人の戦いを望遠鏡を通じて見上げる事になるのだが、当の本人はそんな事は知らない。

 彼の中にあるのは、何も出来なかった自分が、"唯一出来るようになった事"を父に見て欲しい思い。

 一年前の日、征夜は命を投げ打って花を救おうとした。しかし、願い叶わずに彼女は死んでしまった。
 だが、今度は違う。あの時より何倍も、何十倍も、何百倍も強くなった。

 今ならばきっと、世界を救う事だって出来る筈だ――。

「見ててくれ!父さん!あの時より強くなった俺が、今度こそ人を救う!!!
 でや"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!!!」

「遅いッ!」

「ごほぉッ!!!」

 全身全霊の刺突を繰り出した征夜を、ラースは軽々といなした。
 凶魔活性形態になった彼は、完全に人間をやめている。魔界に存在する結晶から、耐えず魔力が供給されているのだ。彼の肉体はすでに、"完全な悪魔"と化していた。

「親に祈るか!親に見せたいか!親に認めて欲しいか!そのどれもが!俺には持てない感情だ!
 だからこそ!ぶっ壊してやるぞぉッ!その祈りも!期待も!憧れも!命と共に拭い去ってやる!!!」

「そんな事・・・させてたまるかぁッ!!!」

「お前では勝てないと!そう言っている!!!」

「だからって!諦められるかよぉッ!!!」

 激痛にうめく体を引き摺りながら、征夜は再び飛び掛かった。
 しかし、圧倒的な力を持つ凶魔活性形態の前に、今の彼はあまりに無力だ。

「イキがるなよ雑魚がぁッ!!!」

「うげっ!ごぐぉッ!!!」

 嬲るように繰り出された二発の拳が、征夜の腹に直撃した。
 おそらく、肋骨が折れたのだろう。湧き上がって来た血を吐き出した彼は、勢いよく吹き飛ばされた。



 だが、彼とて無策で突っ込んだ訳ではない――。



「と、取ったぞ・・・!」

「・・・ッ!?しまった!」

 征夜が狙っていたのは、ラースを攻撃する事ではない。彼に殴り飛ばされた先で、宇宙儀を掴み取る事だ。

 突撃の入射角と、反撃による反射角を入念に調整した結果、その目論見は完璧に成功した。
 何度殴られても構わない気概はあったのだが、一回で終わる事に越した事は無い。

「クソがあ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!」

 悪鬼の如き怒号を上げて、ラースは征夜に飛び掛かる。しかし、彼の一閃の方が速かった。

「まずは地球から!救ってやるッ!!!」

 一刀両断された宇宙儀から、鮮烈な閃光が迸る。
 体に掛かるGは何倍にも膨れ上がり、窒息しそうなほどの重圧の中で、天空魔城は高速で移動する。

 揺れとGが収まった時、征夜たちは太平の世界アンダーヘブンの上空へと帰還していた――。

~~~~~~~~~~

「チッ!やりやがったなぁッ!!!」

「がはぁッ!」

 激怒したラースの殴打が、征夜の心臓を狙って直撃した。
 左胸に強烈な一撃を食らった彼は、吹き飛ばされて壁に激突する。

<<<螺旋・・・きど・・・>>>
「おボォッ!・・・ゲホッ!お"エェッ!」

「征夜!しっかりして!征夜ぁッ!」

 遠距離から螺旋気導弾を放とうとした時、征夜は口から血を吐いた。
 医学に関する知識はないが、直感で分かる。おそらく、折れた肋骨が肺に刺さっているのだ。調気の極意は、発動すら出来ない。

「クハハハハッ!!!いい気味だな!」

 四つん這いになって崩れ落ちる征夜を見下ろしながら、ラースは高笑いした。
 形勢は完全に逆転。世界を破壊する目的こそ変わらないが、征夜に優勢という事実だけで自尊心が潤う。

「宇宙儀を壊せば、地球を救えると思ったか!?
 残念だが、アレはいくらでも作れる!もっと多くの人間を殺せばなぁッ!!!」

「ぢ・・・ぢぐじょぉ・・・ゲボォッ!」

 宇宙儀こそが、計画の鍵。それ即ち、多くの人間を生贄にした理由なのだ。
 もし破壊されても、もっと多くの人間を殺せば再び作り出せる。
 征夜がここで負ければ、彼のせいで更に多くの人間が死ぬのだ。

「が・・・ガハッ!ぐぬ"あ"ぁ"ッ!!!」

「そうだ!苦しめ!血を吐きながら生き続けろ!」

 頭では分かっていても、体が着いて行かない。
 口から溢れ出る血によって、まともに喋る事すら出来ないのだ。

 こんな状態で、ラースを止められる筈がない。
 征夜がついに、希望を捨てようとした時――。



「征夜!征夜!頑張って!征夜ぁッ!」



 花の叫びが、必死の応援が、征夜の耳を突いた。
 朦朧とした意識の波を突き抜けて、透き通るような美しい声が、脳内に木霊する。
 まるで天使が奏でるハープの音色のように、絶望を跳ね除ける音だ。
 征夜の中には希望が満ち溢れ、魂が"使命感"で燃え上がる。

「うるさいぞ女ぁッ!」

「きゃぁっ!」

 ラースのビンタが、花の右頬を打った。
 響いた音からして、全力ではないのだろう。
 だが、戦闘職でもない女性にとって、経験した事無いほどの"恐怖と苦痛"が齎される。

 地面に倒れ込んだ花は、ラースを見上げながら震えていた。
 瞳は潤んでおり、これから加えられる暴行を恐れているのが分かる。

「は・・・な"・・・!やめ"ろ・・・!」

 這うようにして花の方へ急ぐ征夜。しかし、もう間に合わない――。

「お前はまだ殺さんぞ!
 お前の生まれた世界を!お前が好きな世界を!お前が愛する女を!目の前で壊してやる!」

 何処からか取り出して来た巨大な斧が、花の首に押し当てられる。
 怯える花は逃げようと暴れるが、奴の圧倒的な力を前に、彼女が出来る事など無い。

 彼女の首に狙いを付けたラースは、頭上に勢いよく斧を振りかぶり――。

「や"め"ろ"お"ぉ"ぉ"ぉ"ッッッッッ!!!!!」

 空前絶後の叫びを上げながら、満身創痍の征夜は走り出した。

~~~~~~~~~~

 場所は変わって、ここは地上。

 空前絶後の大災害、俗に言う"この世の終わり"に浸されている世界の中でも、悠々とした暮らしを出来る者が少数ながら居る。

 それは、"世捨て人"だ。
 他者との関係を隔絶した者は、怪魔から襲われる事もなくヒッソリと暮らしていた。

 吹雪資正もまた、その一人だった――。

「今日も大漁じゃ・・・!」

 上空に立ち込める暗雲を気にする事もなく、資正は川で釣りをしていた。
 征夜と別れて以来の数ヶ月間、彼は一度も目を開けていない。
 常に心眼で生活する彼にとって、空の色など分からなかったのだ。

 たしかに、空気の流れが変だと思った事はあった。地平線の先まで広がる平原を、憎悪と狂気が満たしている事も理解出来ていた。

 そうであっても、一介の老人が出て行く幕ではないと思っていたのだ。
 今の時代の事は、今を生きる者に任せる。それが彼の流儀だった。

 しかし、釣りをやめて家に帰ろうとした時、資正は異常な気配を感じた。

「・・・何だ?」

 清流の飛沫で濡れた肌が、ピリピリと張り詰めていく。全身で感じる大気の流れが、明らかにおかしいのだ。
 悪魔が放っている純粋な悪意とは全く違う。
 もっと、"禍々しくおぞましい何か"が、大地を満たしていくのを感じる。

 これは何事かと思い、彼はついに目を開けた。
 空一面を覆う黒い雲海と、そこを駆け抜ける赤い稲妻を、彼は気にも留めない。
 ただ一点、資正の視線からしても明らかに異常な場所が、雲海の切れ目にあったのだ。

「黒の・・・稲妻・・・?」

 雷鳴轟く虚空に聳え浮く伏魔殿。その周囲を覆い隠すように、漆黒の稲妻が迸っていた。
 纏わりつく暗雲と赤い稲妻を蹴散らしながら、その稲妻は吠え猛っている。まるで、自分の存在を誇示するかのように、天空を轟いているのだ。

 資正には何故か、その稲妻が"虫の知らせ"のように思えた。
 何か、直感的な物で理解出来たのだ。良からぬ事が起こっている。それも、"自分の身内"に。

 地球に、妻を含む血縁の全てを置いて来た資正にとって、"この世界に居る身内"はただ一人――。

「まさか・・・あの馬鹿弟子っ!」

 彼はすぐに理解した。征夜に、"自らの末裔"に、何かが起こっている。
 師として、先祖として、"見過ごせない何か"が起こっているのだと理解出来た。

 居ても立っても居られなくなった彼は、釣ったばかりの魚を、桶ごと川に投げ捨てた。
 飛ぶように走り去って、道場から数本の木刀を取り出して来た。そしてすぐに、平原へ続く門前に立つ。

「何じゃ、うぬらは・・・?」

 平原をひしめき合っていた怪魔の大群の視線が、資正に向けて一斉に注がれる。
 「まだ生き残りが居たのか」と言わんばかりの薄ら笑いを浮かべながら、奴らは資正を取り囲んだ。

 老人の肉は不味いが、食わないよりはマシ。ヨボヨボである分、殺す労力も掛からない。
 何より、数で圧倒すれば良いのだ。数千の怪魔が集まれば、隠居した老人など敵ですらない。

 だが、資正は"想像の数千倍"は強かった――。

「某は急いでおる。邪魔するなら・・・」

バシーンッ!!!

 神速の斬撃が、怪魔の首を跳ね飛ばした。
 "人間を殺せない呪い"も、魍魎は対象外なのだと悟った資正は、老翁とは思えない覇気と共に叫んだ。

「加減はせんぞっ!!!」
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