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第八章 魔人決戦篇
EP216 信念なき野望
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「でやあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーッッッ!!!!!」
「死ねぇ"ッ!吹雪征夜ぁ"ッ!!!」
唸るような叫びを上げながら、二人は空中で激突した。
ラースの短剣と征夜の刀がぶつかった衝撃で、その場の空気が弾け飛び、花の長い髪を揺らした。
「くっ・・・!」
「花!危ないから下がって!」
「よそ見してる場合かぁ"ッ!!!」
「ぐはっ!?」
睨み合ったまま落下した二人は、鍔迫り合いをしていた。
しかし、征夜の意識が花に取られた一瞬の隙を突いて、強烈な蹴りが脇腹に加えられる。
勢いよく吹き飛ばされた征夜は、そのままの勢いで壁に激突した。
その体重でヒビとクレーターを作った彼は、剥がれ落ちた壁の破片を背中に受けながら、何とか立ち上がる。
(短期決戦しかない!)
<<<雹狼神剣・金剛霜斬!!!>>>
奥義を惜しみなく使う事で、早期の決着を目指す征夜。
既に、刹那氷転は効かない事が分かっている。ならば、もう一つの奥義で倒すしかない。
しかし、ラースはそれを許すほど甘くなかった――。
「させるかぁッ!」
大技の発動を悟ったラースは、征夜に向けて攻撃を仕掛ける。
それも、ただの攻撃ではない。調気の極意の弱点を突くような、的確な技を放ってきたのだ。
<空気よ!掃けろ!!!>
"物を操る"が、ラースの能力。この場合の"物"は奴が物だと感じた対象となる。
鉛筆や冷蔵庫など、分かりやすい物体は良い。だが問題は、"空気"の事も物だと認識できる点だ。
(し、しまった!これじゃ、息が出来ない!)
調気の極意は呼吸により体温を調整し、それにより周囲の温度を変える。
そして、温度の差により生まれる僅かな気流や気圧の差を利用して、真空刃などを放つ技。
しかし今、征夜を取り囲む空気が掃けた。それ即ち、"真空に近い状態"になったと言う事。
当然ながら、そんな環境では満足に呼吸が出来ない。つたり、調気の極意も使えないのだ。
「さぁ、そのまま窒息しろ!吹雪征夜ぁッ!!!」
「くっ・・・負けて堪るかぁーッ!!!」
ガッシャーンッ!!!
「何ッ!?」
征夜は野太い声で叫ぶと、勢いよく飛び上がった。そして、刀の柄を強く握りしめ、力任せにステンドグラスを叩き割った。
「どうだ!これで真空にはならない!」
「チッ!」
当然ながら、ステンドグラスが叩き割られた今、室内には常に空気が循環している。
換気が行き届いてなかった先刻までと違い、真空状態を作る難易度は大幅に上がっている筈だ。
そんな中、征夜の中に一つの大きな疑問が湧き起こる――。
(コイツ・・・どうして調気の極意を知ってるんだ?)
以前に相対した時、ラースは調気の極意を魔法だと勘違いしていた。
しかし、今回はまるで"呼吸を使った技"である事を見抜いたかのように、弱点を突いて来たのだ。
(ここは少し、様子見をしながら・・・。)
「どうした!ビビったのか!?」
「うるせぇッ!!!」
不穏な動きを見せるラースに警戒を強めた直後、征夜は挑発に我慢できなくなった。
普段なら挑発に乗らない征夜も、凶狼の瞳の効果で好戦的になっているのだろう。
「そっちこそ、ビビってるんじゃないか!?
わざわざ、俺の技を封じようとするなんてな!」
「調子に乗るなよッ!」
<<<物体操作!!!>>>
ラースが羽織っている派手なマントは、突如として開け放たれた。
胸ポケットに収納していたと思われる大量の人形と凶器が、勢いよく飛び出して来る。
「いつもの奴か!」
「さぁ!踊りながら死ぬが良い!!!」
ラースの懐から飛び出した人形たちは、それぞれがナイフやトマホークを持っている。
一人一人は小さく、簡単に破壊出来るだろう。しかし、それが30人近く居ると話が変わってくる。
(チッ!ちょこまかとッ!)
懐に収納出来るほどのサイズなので、攻撃が当たり辛いのだ。
そして何より、連携が完璧なのだ。征夜を取り囲んだ人形は、次々に波状攻撃を仕掛けて来る。
一人を倒しても、次の二人が切り掛かって来る。そんなイタチごっこが、終わる気配も無い。
「まだまだ行くぞッ!」
人形を10体ほど倒したところで、ラースは更なる猛攻を仕掛けて来た。
どうやら、懐にしまっていたのは人形だけではないらしく、6つの短剣が追加で浮遊し始める。
それらは独立した動きで征夜に迫り、刺し殺そうと隙を疑う。
<<<金剛霜斬!!!>>>
このままでは囲まれると悟った征夜は、急いで人形を始末する事にした。
この奥義は消耗が激しいが、背に腹は替えられない。20体の人形を粉砕出来るなら、そのくらい安い物だ。
金剛霜斬は人形の群れに直撃し、絶大な力を発揮した。
屋内なので威力は絞ったが、やはり水蒸気爆発の破壊力は凄まじい。
「人形の群れを倒しただけなのに、もうバテてるんじゃないか?そんな調子で大丈夫か?」
金剛霜斬で20体の人形を倒したのは良いが、征夜の息は荒くなっていた。
やはり、奥義の発動は身体的な負担が大きいのだ。しかし、征夜は弱っている様子を見せずに、毅然とした調子で言い放つ。
「お前こそ、自分で戦うのが怖いんだろう?だから、こんな馬鹿げたオモチャに頼るんだ。」
「クハハハハッ!!!ここまでは余興に過ぎない!サシでやり合っても、貴様如きどうにでもなる!」
ラースは力強く叫ぶと、再び短剣を抜いて征夜に切り掛かって来た。
~~~~~~~~~
(コイツ・・・強い!)
再び刃を交えた時、征夜が最初に感じた事。
それは、奴の動きが格段に鋭くなった事だ。
刺突や斬撃には重みが増し、先ほどまでの戦闘が"余興"であった事は、ハッタリではないらしい。
(これが・・・魔王の力!)
以前、キャンプ場で相対した時よりも、格段に基礎身体能力が向上している。
魔王こと、グランディエル2世の力を奪った効果は、魔力の増強だけではなかったようだ。
(正面突破はキツイか!)
<<<螺旋気導弾!!!>>>
「ノロいなぁッ!」
「なにっ!?ぐはぁっ!!!」
鍔迫り合いの隙を突いて放った、渾身の螺旋気導弾。
ソレは眉間を的確に捉えており、直撃すれば必殺の一撃になったはず。
しかし、完全に不意を突いた狙撃ですら、ラースは悠々と交わした。
もはや超反応という次元ではなく、未来予知に近い反射神経。まるで、"予備動作"から征夜の攻撃を読んでいたかのようだ。
螺旋気導弾に集中していた征夜の中に、外した事への動揺が生まれた一瞬、ラースはそれを見逃さなかった。
寸分の狂いもなく首元を狙う短剣と、ソレを避ける征夜。しかし、続け様に放たれた膝蹴りには、反応が間に合わなかった。
「く・・・クソッ!!!」
<<疾風!!>>
「遅いッ!!!」
壁に叩き付けられた征夜は、急いで体制を立て直し、強烈な真空刃を放った。
しかし、ラースはそれすらも余裕でかわし、征夜に追い討ちをかけようとする。
<<疾風斬!!>>
「追い討ちなどさせない」と言わんばかりの神速の剣が、ラースに迫る。
間髪を入れずに繰り出される、遠距離と近距離の連斬。だが、常人なら防げないはずの速技も、ラースは造作も無く刃で防いだ。
「かかったなぁッ!!!」
<<<秘剣・燕返し!!!>>>
しかし、征夜の連撃は留まる事を知らない。
初撃、二撃目はオトリ。本当の狙いは、三撃目を着実に当てる事。
疾風斬を短剣で受け止めた今、それ以外のガードは完全に消えている。そこに向けて切り返した高速の刃が、ラースに迫る。
だが、征夜には誤算があった――。
カッシャーンッ!!!
「な、なにぃッ!?」
ガラ空きになった筈の部位に、叩き込まれた斬撃。ところが、鋭い金属音が響いた事から察するに、直撃していない。
(この短剣・・・浮いてる!?しまった!!!)
征夜の誤算、それはラースの構えている短剣が一本ではなかった事。
利き手に握りしめた物とは別に、今も空中を自在に飛び交う短剣が複数ある。
その中の一本を動かすだけで、征夜の攻撃は容易にガード出来るのだ。
「死ねッ!吹雪征夜ぁ"ッ!!!」
「ぐあ"ぁ"ッ!!!」
大きな隙を晒していたのは、ラースではなく征夜の方だった。
ラースの短剣が征夜の肩を切り付け、大きな傷が出来る。
幸いにも傷は深くないが、ヒリヒリとした痛みと共に溢れ出る鮮血が、戦意を削いでくる。
逃げるように距離を取る征夜を空中から見下ろしながら、ラースは嘲笑の言葉を叫ぶ。
「ノロい!鈍い!軽い!薄い!ショボい!
アッハハハハハッ!"アイツ"と違って、口ほどにも無い奴だ!!!」
「アイツ?・・・まさか!?」
嘲笑の言葉よりも、ラースの言葉の裏に潜む人物の方に、征夜の関心は寄った。
"アイツ"とは誰なのか。そんな事、聞くまでもなく分かり切っている。
「オデュッセウスの言った通りだ!アイツの攻撃を見たあとじゃ、お前如きは敵ではない!!!」
「・・・ッ!」
征夜はこの時、ついに理解した。
これまで、自分が繰り出して来た攻撃の数々が、悉く回避された理由を――。
~~~~~~~~~~~
「奴の修行・・・そうか・・・そういう事か・・・。」
頭の中が真っ白になる。この考えが当たっていれば、征夜は決してラースに勝てない。
ゲームで喩えるならば難易度 hard とeasy 。いや、実際の実力の開きはソレとは比較にならないだろう。
端的に言えば、同じ攻撃をしてくる敵と出会った時、hardで負けた相手であっても、easyなら楽に勝てる。そういう事だ。
テセウスは征夜の技を完璧に使いこなし、あまつさえ高次元に昇華させている。例えで言うところ、hardのボスなのだ。
彼の施した修行とは、征夜の技をラースに叩き付けるだけ。
螺旋気導弾も伍式も、それどころか調気の極意についてさえ、今のラースは知り尽くしている。
何故なら、遥かに完成度の高い同じ攻撃を、延々と叩き込まれ続けていたのだから――。
(勝てる・・・訳がない・・・。)
ラースがテセウスに勝つことは、万が一にもあり得ないだろう。
だが、勝ち負けの問題ではない。奴の技を見ているだけで、征夜程度の技は文字通りの"劣化版"に過ぎない。
現にラースは、征夜の攻撃への対策を知り尽くし、全ての攻撃を圧倒している。
魔王の力だけでは勝てない相手でも、"予習"をしていれば雑魚同然のようだ。
ラースを倒す為には、不意打ちではダメだ。
正面から奴に立ち向かい、テセウスとの修行で得た経験と知識ですら対応できないほど、"圧倒的な速度と威力"が要る。
予測可能。回避不可能。
それだけが、征夜に残された唯一の道なのだ。
(出来るのか・・・僕に・・・そんな事が・・・。)
ラースには、まだ勝てるような気がしていた。
しかし、背後に透けて見えるテセウスの影が、途方も無く巨大に思える。
たとえ影であっても、その末端を踏む事すら難しい。だが、踏まねば先に進めない。
テセウスが鍛えた。テセウスの技を見た。テセウスの知恵を受け取った。
たったそれだけの事が、これほどまでに恐ろしいのか。
彼の圧倒的な存在感を自覚しながら、征夜は静かに絶望する事しか出来ない。
しかし、思考が完全なる闇に絡め取られそうになった時、征夜の心に魂の叫びが届いた――。
「頑張って!征夜ッ!!!負けないでぇッ!!!」
ふと気が付くと、喉が裂けそうになるほどの声を張り上げて、花が叫んでいた。
今の彼女は能力を使えない。植物操作による援護も、回復魔法による治療も出来ない。
そんな彼女に出来るのは、一心に征夜を応援する事だけ。
扉を開け放って逃げ出す事も出来るのに、彼女は征夜を応援する為だけに、対決の場に残っているのだ。
「自分を信じて!あんなに・・・頑張って来たじゃない!!!」
それは、何の変哲もない声援だった。
捻った言葉を使う事はなく、ただ心の底から溢れ出した思いを叫んだだけ。
普通なら、外野からの応援など跳ね除けて、逃げ出してもおかしくない状況。
実際のところ、花は戦っていないのだ。それなのに、継戦を求めるのは無責任だ。
征夜と同じ立場に立ったら、そう思う者も少なくないだろう。
しかし、征夜は微塵もそんな事を思えなかった。
花に期待され、求められ、背中を押されている。
たったそれだけの事実が、征夜にとっては"無限のエネルギー"に等しかったのだ――。
「アハハ・・・俺は馬鹿か。」
心に渦巻く絶望の闇が、一斉に取り払われて行く。
希望や勇気とは違う、根拠のない自信と”使命感”が体の底から湧き上がり、体を突き動かしていく。
「テセウスの野郎が何だ。その知恵が、経験が、技が、何の意味がある・・・!」
「・・・うん?」
「俺はお前を倒す。世界を救うために・・・”大切な人”を守るために!」
勝ち誇った眼差しで征夜を見下ろしていたラースは、少しばかり驚いた。
もう完全に尽きたと思っていた彼の闘志が、再び沸いて出て来たのだから。
「何度も言わせるな吹雪征夜!お前みたいな雑魚の技が、今の俺に通じるかよぉッ!!!」
「それはこっちのセリフだ。テセウスの修行が何だ。”その程度の事”で、俺に勝てると思うか?」
それは正に、根拠の無い自信だった。
花からの声援を受けただけで、先ほどまでは絶望的に思えた事も些末な問題に思えて来る。
「俺はいつか、誰よりも強くなる男だ!
あの野郎が俺の邪魔をするなら、それすらもブッ壊して先に進んでやる!!!」
体中が軽くなり、力が満ち溢れ、肩の傷は急速に癒えていく。
光に満ち溢れた眼でラースを睨み付けた征夜は、咆哮と共に切り掛かった――。
「お前如きには、負けていられないッ!!!」
~~~~~~~~~~~
「くだらない事しやがって!今までに何人殺したんだ!!!」
復活した征夜の勢いには、凄まじいものが有った。
衝動や本能ではなく、純粋な使命感と怒りに突き動かされて動いている。
動きも格段に鋭くなり、その気迫だけでラースの猛攻に喰らい付く。
花の声援を背に受けた征夜と、今のラースは互角だった。しかし、どちらもまだ余力があるように見える。
互いに底を見せていない男たちにとって、今はむしろ実力よりも自らの”正当性”の方が重要に思えたのだ。
「この手に”世界”が欲しいのさ!お前には分かるまい!満たされた器だからな!!!」
恋人を失ったラースにとって、征夜は嫉妬と憎悪の対象でしかない。
今の自分たちは、互いに魔王と勇者なのだ。幾度となく計画の妨害を繰り返す征夜には、積み重なった恨みを抑えきれない。
「前を向いて歩かない奴に!未来があると思うなぁッ!!!」
「図太くない奴に!野望を抱く権利があるか!!!」
征夜は薄々勘づいていた。ラースがこれほどまでに執着する計画の果てには、”信念”が無い。
自分が正しいと信じた事や、美しいと感じた物を目指している訳では無いのだ。
征夜に花を殺させようとしたり、ワザと征夜の知る人物を門番に配置したり、”征夜に対する悪辣な思い”が透けて見えるのだ。
征夜にはそれが、信念を持つ者の行動とは思えなかった。大義の為に動いているのならば、これほどの私怨が込められるとは思えない。
ラースの過去に、その原因が有る。
それも、この世界に来る前から抱き続けて来た”仄暗い感情”が、溢れ出して来たのだろう。
「世界をその手に掴めるほど!お前は器を持ってるのか!!!
地を這って来た虫ケラが!天を落とせる筈もない!!!」
「勝者の理論だな吹雪征夜!!!摩天楼を歩く者には、路地裏を這う気持ちなど!!!」
「そんな事知るかッ!生まれる前から負けてる奴を憐れむほど、俺の人生には余裕が無い!!!」
テセウスがラースの事を、"帝王の器"ではないと言った意味が、征夜は理解出来た気がした。
ソレ自体が、どんな物なのかは分からない。だが、奴が名君に成り得ない事は断言出来る。
「お前は何がしたい!大勢の人を殺してまで、お前は何を望むんだ!!!
この”美しい世界”を!空を!お前の薄汚い色に染めるのが目的か!!!
ようやく掴み取ったチャンスだろ!この”新天地”に来てまで、したかった事なのか!その野望は!!!」
「違うなぁ!こんな”カスみたいな世界”!最初から、どうでも良いんだよ!!!
ここは"地獄"だ!ここに住む奴も腐ってる!俺は!俺に相応しい奇跡の世界を、理想に作り変えてやる!!!」
「奇跡の世界・・・一体、お前は何がしたいんだ!!!」
征夜はいよいよ、ラースが何を望んでいるのか分からなくなって来た。
すると、ラースは征夜の求めに応じるかのように、刃を納めて後退する。
<来い、宇宙儀!>
ラースが右手を差し出して念じると、どこからか天体の座標を記した模型が出て来た。
見た事のない星と、異界星雲と思わしき星ではない何か。それぞれが互いの衝突をせずに、ひたすら公転を続けている。
「冥土の土産に教えてやる!コレこそが、私の望む世界だ!!!」
<<<<<極・物体操作>>>>>
「くっ!なんだ!?」
「きゃあっ!征夜ぁッ!」
「花ッ!!!」
足元がグラグラと揺れながら、凄まじい"G"を感じさせられる。
「な、何がっ!何が起こってる!?」
怯える花を庇うように覆い被さった征夜は、割れたステンドグラスの向こうに見える景色が、次々と移り変わって行く事に気が付いた。
その景色もやがて固定され、先ほどまでの曇天とは違う青空が、一面に広がっている。
「さぁ!見るが良い!これこそが、"奇跡の世界"だ!!!」
「・・・こ、ここはっ!?」
割れたステンドグラスを覗き込む征夜、その瞳に映り込む景色は、思わず目を疑う物だった――。
「死ねぇ"ッ!吹雪征夜ぁ"ッ!!!」
唸るような叫びを上げながら、二人は空中で激突した。
ラースの短剣と征夜の刀がぶつかった衝撃で、その場の空気が弾け飛び、花の長い髪を揺らした。
「くっ・・・!」
「花!危ないから下がって!」
「よそ見してる場合かぁ"ッ!!!」
「ぐはっ!?」
睨み合ったまま落下した二人は、鍔迫り合いをしていた。
しかし、征夜の意識が花に取られた一瞬の隙を突いて、強烈な蹴りが脇腹に加えられる。
勢いよく吹き飛ばされた征夜は、そのままの勢いで壁に激突した。
その体重でヒビとクレーターを作った彼は、剥がれ落ちた壁の破片を背中に受けながら、何とか立ち上がる。
(短期決戦しかない!)
<<<雹狼神剣・金剛霜斬!!!>>>
奥義を惜しみなく使う事で、早期の決着を目指す征夜。
既に、刹那氷転は効かない事が分かっている。ならば、もう一つの奥義で倒すしかない。
しかし、ラースはそれを許すほど甘くなかった――。
「させるかぁッ!」
大技の発動を悟ったラースは、征夜に向けて攻撃を仕掛ける。
それも、ただの攻撃ではない。調気の極意の弱点を突くような、的確な技を放ってきたのだ。
<空気よ!掃けろ!!!>
"物を操る"が、ラースの能力。この場合の"物"は奴が物だと感じた対象となる。
鉛筆や冷蔵庫など、分かりやすい物体は良い。だが問題は、"空気"の事も物だと認識できる点だ。
(し、しまった!これじゃ、息が出来ない!)
調気の極意は呼吸により体温を調整し、それにより周囲の温度を変える。
そして、温度の差により生まれる僅かな気流や気圧の差を利用して、真空刃などを放つ技。
しかし今、征夜を取り囲む空気が掃けた。それ即ち、"真空に近い状態"になったと言う事。
当然ながら、そんな環境では満足に呼吸が出来ない。つたり、調気の極意も使えないのだ。
「さぁ、そのまま窒息しろ!吹雪征夜ぁッ!!!」
「くっ・・・負けて堪るかぁーッ!!!」
ガッシャーンッ!!!
「何ッ!?」
征夜は野太い声で叫ぶと、勢いよく飛び上がった。そして、刀の柄を強く握りしめ、力任せにステンドグラスを叩き割った。
「どうだ!これで真空にはならない!」
「チッ!」
当然ながら、ステンドグラスが叩き割られた今、室内には常に空気が循環している。
換気が行き届いてなかった先刻までと違い、真空状態を作る難易度は大幅に上がっている筈だ。
そんな中、征夜の中に一つの大きな疑問が湧き起こる――。
(コイツ・・・どうして調気の極意を知ってるんだ?)
以前に相対した時、ラースは調気の極意を魔法だと勘違いしていた。
しかし、今回はまるで"呼吸を使った技"である事を見抜いたかのように、弱点を突いて来たのだ。
(ここは少し、様子見をしながら・・・。)
「どうした!ビビったのか!?」
「うるせぇッ!!!」
不穏な動きを見せるラースに警戒を強めた直後、征夜は挑発に我慢できなくなった。
普段なら挑発に乗らない征夜も、凶狼の瞳の効果で好戦的になっているのだろう。
「そっちこそ、ビビってるんじゃないか!?
わざわざ、俺の技を封じようとするなんてな!」
「調子に乗るなよッ!」
<<<物体操作!!!>>>
ラースが羽織っている派手なマントは、突如として開け放たれた。
胸ポケットに収納していたと思われる大量の人形と凶器が、勢いよく飛び出して来る。
「いつもの奴か!」
「さぁ!踊りながら死ぬが良い!!!」
ラースの懐から飛び出した人形たちは、それぞれがナイフやトマホークを持っている。
一人一人は小さく、簡単に破壊出来るだろう。しかし、それが30人近く居ると話が変わってくる。
(チッ!ちょこまかとッ!)
懐に収納出来るほどのサイズなので、攻撃が当たり辛いのだ。
そして何より、連携が完璧なのだ。征夜を取り囲んだ人形は、次々に波状攻撃を仕掛けて来る。
一人を倒しても、次の二人が切り掛かって来る。そんなイタチごっこが、終わる気配も無い。
「まだまだ行くぞッ!」
人形を10体ほど倒したところで、ラースは更なる猛攻を仕掛けて来た。
どうやら、懐にしまっていたのは人形だけではないらしく、6つの短剣が追加で浮遊し始める。
それらは独立した動きで征夜に迫り、刺し殺そうと隙を疑う。
<<<金剛霜斬!!!>>>
このままでは囲まれると悟った征夜は、急いで人形を始末する事にした。
この奥義は消耗が激しいが、背に腹は替えられない。20体の人形を粉砕出来るなら、そのくらい安い物だ。
金剛霜斬は人形の群れに直撃し、絶大な力を発揮した。
屋内なので威力は絞ったが、やはり水蒸気爆発の破壊力は凄まじい。
「人形の群れを倒しただけなのに、もうバテてるんじゃないか?そんな調子で大丈夫か?」
金剛霜斬で20体の人形を倒したのは良いが、征夜の息は荒くなっていた。
やはり、奥義の発動は身体的な負担が大きいのだ。しかし、征夜は弱っている様子を見せずに、毅然とした調子で言い放つ。
「お前こそ、自分で戦うのが怖いんだろう?だから、こんな馬鹿げたオモチャに頼るんだ。」
「クハハハハッ!!!ここまでは余興に過ぎない!サシでやり合っても、貴様如きどうにでもなる!」
ラースは力強く叫ぶと、再び短剣を抜いて征夜に切り掛かって来た。
~~~~~~~~~
(コイツ・・・強い!)
再び刃を交えた時、征夜が最初に感じた事。
それは、奴の動きが格段に鋭くなった事だ。
刺突や斬撃には重みが増し、先ほどまでの戦闘が"余興"であった事は、ハッタリではないらしい。
(これが・・・魔王の力!)
以前、キャンプ場で相対した時よりも、格段に基礎身体能力が向上している。
魔王こと、グランディエル2世の力を奪った効果は、魔力の増強だけではなかったようだ。
(正面突破はキツイか!)
<<<螺旋気導弾!!!>>>
「ノロいなぁッ!」
「なにっ!?ぐはぁっ!!!」
鍔迫り合いの隙を突いて放った、渾身の螺旋気導弾。
ソレは眉間を的確に捉えており、直撃すれば必殺の一撃になったはず。
しかし、完全に不意を突いた狙撃ですら、ラースは悠々と交わした。
もはや超反応という次元ではなく、未来予知に近い反射神経。まるで、"予備動作"から征夜の攻撃を読んでいたかのようだ。
螺旋気導弾に集中していた征夜の中に、外した事への動揺が生まれた一瞬、ラースはそれを見逃さなかった。
寸分の狂いもなく首元を狙う短剣と、ソレを避ける征夜。しかし、続け様に放たれた膝蹴りには、反応が間に合わなかった。
「く・・・クソッ!!!」
<<疾風!!>>
「遅いッ!!!」
壁に叩き付けられた征夜は、急いで体制を立て直し、強烈な真空刃を放った。
しかし、ラースはそれすらも余裕でかわし、征夜に追い討ちをかけようとする。
<<疾風斬!!>>
「追い討ちなどさせない」と言わんばかりの神速の剣が、ラースに迫る。
間髪を入れずに繰り出される、遠距離と近距離の連斬。だが、常人なら防げないはずの速技も、ラースは造作も無く刃で防いだ。
「かかったなぁッ!!!」
<<<秘剣・燕返し!!!>>>
しかし、征夜の連撃は留まる事を知らない。
初撃、二撃目はオトリ。本当の狙いは、三撃目を着実に当てる事。
疾風斬を短剣で受け止めた今、それ以外のガードは完全に消えている。そこに向けて切り返した高速の刃が、ラースに迫る。
だが、征夜には誤算があった――。
カッシャーンッ!!!
「な、なにぃッ!?」
ガラ空きになった筈の部位に、叩き込まれた斬撃。ところが、鋭い金属音が響いた事から察するに、直撃していない。
(この短剣・・・浮いてる!?しまった!!!)
征夜の誤算、それはラースの構えている短剣が一本ではなかった事。
利き手に握りしめた物とは別に、今も空中を自在に飛び交う短剣が複数ある。
その中の一本を動かすだけで、征夜の攻撃は容易にガード出来るのだ。
「死ねッ!吹雪征夜ぁ"ッ!!!」
「ぐあ"ぁ"ッ!!!」
大きな隙を晒していたのは、ラースではなく征夜の方だった。
ラースの短剣が征夜の肩を切り付け、大きな傷が出来る。
幸いにも傷は深くないが、ヒリヒリとした痛みと共に溢れ出る鮮血が、戦意を削いでくる。
逃げるように距離を取る征夜を空中から見下ろしながら、ラースは嘲笑の言葉を叫ぶ。
「ノロい!鈍い!軽い!薄い!ショボい!
アッハハハハハッ!"アイツ"と違って、口ほどにも無い奴だ!!!」
「アイツ?・・・まさか!?」
嘲笑の言葉よりも、ラースの言葉の裏に潜む人物の方に、征夜の関心は寄った。
"アイツ"とは誰なのか。そんな事、聞くまでもなく分かり切っている。
「オデュッセウスの言った通りだ!アイツの攻撃を見たあとじゃ、お前如きは敵ではない!!!」
「・・・ッ!」
征夜はこの時、ついに理解した。
これまで、自分が繰り出して来た攻撃の数々が、悉く回避された理由を――。
~~~~~~~~~~~
「奴の修行・・・そうか・・・そういう事か・・・。」
頭の中が真っ白になる。この考えが当たっていれば、征夜は決してラースに勝てない。
ゲームで喩えるならば難易度 hard とeasy 。いや、実際の実力の開きはソレとは比較にならないだろう。
端的に言えば、同じ攻撃をしてくる敵と出会った時、hardで負けた相手であっても、easyなら楽に勝てる。そういう事だ。
テセウスは征夜の技を完璧に使いこなし、あまつさえ高次元に昇華させている。例えで言うところ、hardのボスなのだ。
彼の施した修行とは、征夜の技をラースに叩き付けるだけ。
螺旋気導弾も伍式も、それどころか調気の極意についてさえ、今のラースは知り尽くしている。
何故なら、遥かに完成度の高い同じ攻撃を、延々と叩き込まれ続けていたのだから――。
(勝てる・・・訳がない・・・。)
ラースがテセウスに勝つことは、万が一にもあり得ないだろう。
だが、勝ち負けの問題ではない。奴の技を見ているだけで、征夜程度の技は文字通りの"劣化版"に過ぎない。
現にラースは、征夜の攻撃への対策を知り尽くし、全ての攻撃を圧倒している。
魔王の力だけでは勝てない相手でも、"予習"をしていれば雑魚同然のようだ。
ラースを倒す為には、不意打ちではダメだ。
正面から奴に立ち向かい、テセウスとの修行で得た経験と知識ですら対応できないほど、"圧倒的な速度と威力"が要る。
予測可能。回避不可能。
それだけが、征夜に残された唯一の道なのだ。
(出来るのか・・・僕に・・・そんな事が・・・。)
ラースには、まだ勝てるような気がしていた。
しかし、背後に透けて見えるテセウスの影が、途方も無く巨大に思える。
たとえ影であっても、その末端を踏む事すら難しい。だが、踏まねば先に進めない。
テセウスが鍛えた。テセウスの技を見た。テセウスの知恵を受け取った。
たったそれだけの事が、これほどまでに恐ろしいのか。
彼の圧倒的な存在感を自覚しながら、征夜は静かに絶望する事しか出来ない。
しかし、思考が完全なる闇に絡め取られそうになった時、征夜の心に魂の叫びが届いた――。
「頑張って!征夜ッ!!!負けないでぇッ!!!」
ふと気が付くと、喉が裂けそうになるほどの声を張り上げて、花が叫んでいた。
今の彼女は能力を使えない。植物操作による援護も、回復魔法による治療も出来ない。
そんな彼女に出来るのは、一心に征夜を応援する事だけ。
扉を開け放って逃げ出す事も出来るのに、彼女は征夜を応援する為だけに、対決の場に残っているのだ。
「自分を信じて!あんなに・・・頑張って来たじゃない!!!」
それは、何の変哲もない声援だった。
捻った言葉を使う事はなく、ただ心の底から溢れ出した思いを叫んだだけ。
普通なら、外野からの応援など跳ね除けて、逃げ出してもおかしくない状況。
実際のところ、花は戦っていないのだ。それなのに、継戦を求めるのは無責任だ。
征夜と同じ立場に立ったら、そう思う者も少なくないだろう。
しかし、征夜は微塵もそんな事を思えなかった。
花に期待され、求められ、背中を押されている。
たったそれだけの事実が、征夜にとっては"無限のエネルギー"に等しかったのだ――。
「アハハ・・・俺は馬鹿か。」
心に渦巻く絶望の闇が、一斉に取り払われて行く。
希望や勇気とは違う、根拠のない自信と”使命感”が体の底から湧き上がり、体を突き動かしていく。
「テセウスの野郎が何だ。その知恵が、経験が、技が、何の意味がある・・・!」
「・・・うん?」
「俺はお前を倒す。世界を救うために・・・”大切な人”を守るために!」
勝ち誇った眼差しで征夜を見下ろしていたラースは、少しばかり驚いた。
もう完全に尽きたと思っていた彼の闘志が、再び沸いて出て来たのだから。
「何度も言わせるな吹雪征夜!お前みたいな雑魚の技が、今の俺に通じるかよぉッ!!!」
「それはこっちのセリフだ。テセウスの修行が何だ。”その程度の事”で、俺に勝てると思うか?」
それは正に、根拠の無い自信だった。
花からの声援を受けただけで、先ほどまでは絶望的に思えた事も些末な問題に思えて来る。
「俺はいつか、誰よりも強くなる男だ!
あの野郎が俺の邪魔をするなら、それすらもブッ壊して先に進んでやる!!!」
体中が軽くなり、力が満ち溢れ、肩の傷は急速に癒えていく。
光に満ち溢れた眼でラースを睨み付けた征夜は、咆哮と共に切り掛かった――。
「お前如きには、負けていられないッ!!!」
~~~~~~~~~~~
「くだらない事しやがって!今までに何人殺したんだ!!!」
復活した征夜の勢いには、凄まじいものが有った。
衝動や本能ではなく、純粋な使命感と怒りに突き動かされて動いている。
動きも格段に鋭くなり、その気迫だけでラースの猛攻に喰らい付く。
花の声援を背に受けた征夜と、今のラースは互角だった。しかし、どちらもまだ余力があるように見える。
互いに底を見せていない男たちにとって、今はむしろ実力よりも自らの”正当性”の方が重要に思えたのだ。
「この手に”世界”が欲しいのさ!お前には分かるまい!満たされた器だからな!!!」
恋人を失ったラースにとって、征夜は嫉妬と憎悪の対象でしかない。
今の自分たちは、互いに魔王と勇者なのだ。幾度となく計画の妨害を繰り返す征夜には、積み重なった恨みを抑えきれない。
「前を向いて歩かない奴に!未来があると思うなぁッ!!!」
「図太くない奴に!野望を抱く権利があるか!!!」
征夜は薄々勘づいていた。ラースがこれほどまでに執着する計画の果てには、”信念”が無い。
自分が正しいと信じた事や、美しいと感じた物を目指している訳では無いのだ。
征夜に花を殺させようとしたり、ワザと征夜の知る人物を門番に配置したり、”征夜に対する悪辣な思い”が透けて見えるのだ。
征夜にはそれが、信念を持つ者の行動とは思えなかった。大義の為に動いているのならば、これほどの私怨が込められるとは思えない。
ラースの過去に、その原因が有る。
それも、この世界に来る前から抱き続けて来た”仄暗い感情”が、溢れ出して来たのだろう。
「世界をその手に掴めるほど!お前は器を持ってるのか!!!
地を這って来た虫ケラが!天を落とせる筈もない!!!」
「勝者の理論だな吹雪征夜!!!摩天楼を歩く者には、路地裏を這う気持ちなど!!!」
「そんな事知るかッ!生まれる前から負けてる奴を憐れむほど、俺の人生には余裕が無い!!!」
テセウスがラースの事を、"帝王の器"ではないと言った意味が、征夜は理解出来た気がした。
ソレ自体が、どんな物なのかは分からない。だが、奴が名君に成り得ない事は断言出来る。
「お前は何がしたい!大勢の人を殺してまで、お前は何を望むんだ!!!
この”美しい世界”を!空を!お前の薄汚い色に染めるのが目的か!!!
ようやく掴み取ったチャンスだろ!この”新天地”に来てまで、したかった事なのか!その野望は!!!」
「違うなぁ!こんな”カスみたいな世界”!最初から、どうでも良いんだよ!!!
ここは"地獄"だ!ここに住む奴も腐ってる!俺は!俺に相応しい奇跡の世界を、理想に作り変えてやる!!!」
「奇跡の世界・・・一体、お前は何がしたいんだ!!!」
征夜はいよいよ、ラースが何を望んでいるのか分からなくなって来た。
すると、ラースは征夜の求めに応じるかのように、刃を納めて後退する。
<来い、宇宙儀!>
ラースが右手を差し出して念じると、どこからか天体の座標を記した模型が出て来た。
見た事のない星と、異界星雲と思わしき星ではない何か。それぞれが互いの衝突をせずに、ひたすら公転を続けている。
「冥土の土産に教えてやる!コレこそが、私の望む世界だ!!!」
<<<<<極・物体操作>>>>>
「くっ!なんだ!?」
「きゃあっ!征夜ぁッ!」
「花ッ!!!」
足元がグラグラと揺れながら、凄まじい"G"を感じさせられる。
「な、何がっ!何が起こってる!?」
怯える花を庇うように覆い被さった征夜は、割れたステンドグラスの向こうに見える景色が、次々と移り変わって行く事に気が付いた。
その景色もやがて固定され、先ほどまでの曇天とは違う青空が、一面に広がっている。
「さぁ!見るが良い!これこそが、"奇跡の世界"だ!!!」
「・・・こ、ここはっ!?」
割れたステンドグラスを覗き込む征夜、その瞳に映り込む景色は、思わず目を疑う物だった――。
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