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第八章 魔人決戦篇

EP208 宇宙を掌握する力 <☆>

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(なんだ・・・また"コレ"か・・・。)

 征夜が目を覚ますと、そこはホテルではなかった。
 巨大な扉を背にして、玉座の間に敷かれたカーペットを踏み締めている。

 そう、征夜は夢を見ていた。それも、タダの夢ではない。
 誰かが実際に見ている光景を、脳内に直接流し込まれる感覚。転生した当日にも見た物だ。

 ハッキリ言って、この不思議な体験にも慣れてきた。いや、"ウンザリ"していた。
 誰の物かも分からない体を、自分の五感と直結させられるのは、決して気持ちの良い物ではない。

(ん?何かが変だ?まるで、目で見てる世界じゃないような・・・。)

 だが今回は、以前とは少し世界の見え方が違う気がする。
 いや、前回までも同様だったが、気付かなかったのだろうか。

(コレは・・・まさか心眼か!?)

 その精度も感知範囲も、全てが征夜とは別次元。それどころか、色すら分かる。
 喩えるなら"洞窟壁画と4Kテレビ"、全くの別物と言っても良いほど雲泥の差だ。

 征夜が実際の視界とは違うと気付いた理由も、普段より"見えにくい"と感じたからではない。
 むしろ、その真逆だ。360度全方位が、数100km先まで見通せる。いや、集中すれば更に先を見れるだろう。
 全ては気力次第。脱力すれば、普段の距離までしか見えない。それは、心眼を発動するのと全く同じ感覚だった。

「礼儀知らずな侵入者よ。ここは俺の城だ。好き勝手に暴れてくれるな。早く出て行ってくれないか。」

 突然、前方に設けられた"玉座"から声が響いた。
 コレまでは注意が散漫になっていたので気付かなかったが、そこにはラドックスが座っている。
 どうやら、かなり不機嫌になっているようだ。言葉の節々から、不快に思っている事が分かる。

「恥知らずな愚者よ。ここは私の"宇宙"だ。好き勝手に振る舞ってくれるな。早く消えてくれないか。」

 だが"征夜の視点の者"は、ラドックス以上に不愉快に思っている事も分かる。
 おちょくるような口調でラースの発言を真似しているが、その声は微塵も笑っていない。

(くっ・・・こ、コレは・・・ッ!)

 煮え滾るような憎悪の炎が、暗闇の底から無尽蔵に湧き出して来る。
 征夜の意識すらも侵食するほどの激昂が、猛烈な頭痛と吐き気を呼ぶ。

(やっぱり・・・オデュッセウスか・・・。)

 自分の体が、一体誰の物なのか。征夜はすぐに察した。
 発する声ではなく、体の内より溢れ出て来るオーラで分かる。コレは、人間を遥かに超越した存在の肉体だ。

「偉そうにしやがって・・・まぁ良い。俺は寛大だからな。
 ただ、城の警備が全滅だ。この落とし前、どう着けてくれるんだ?」

「誰一人として死んでいないさ。ただ気絶しただけだ。」

「優しいじゃねぇか。・・・で?一体、何にキレてるんだよ?俺は、アンタに会った記憶すら無いんだが。」

 ラースは魔王としての威厳のある言葉遣いに飽きたのか、それとも語彙が尽きてしまったのか。普段の乱暴な口調に戻った。
 対面している存在が""であるとも知らずに、なんとも無礼な話だ。

 だがテセウスは、丁寧な口調を微塵も崩さない。
 だが決して、ラースに敬意を表したり、礼を尽くしている訳ではない。

 早い話、テセウスの口調は強者の余裕に他ならない。
 最初から"仮初の魔王"に他ならない愚者を、見下し切っている。だからこそ、心持ちが揺らがないのだ。

「親も子も居ないお前には、永遠に分かるまい。
 可愛い可愛い愛娘が、どこかのアホに泣かされて帰って来た。そんな時、親はどんな気持ちになると思う?」

「娘?お前の娘・・・あぁ、もしかして"あの龍"か?」

「そうだ。あの子から奪われた力を、"返させる"為に来た。」

「悪いが、あの龍の源魔力は扱いやすくてな。返す訳にはいかない。
 それに、アイツの弟?にも、別人格?にも恥をかかされた。なおさら返す訳にはいかない。」

「勘違いするな。私はお前に頼んでいない。命令しているんだ。娘の源魔力を返せ。そして、あの子に謝罪しろ。」

「謝罪?俺が?・・・フッ、フハハハハハッ!!!面白い、俺が誰か分かっていないらしい!」

 本物の強者を前にして高笑いするラースは、"痛々しい"としか表現出来ない。
 喩えるならそう。暴言を吐き散らすだけの中学生が、極道に喧嘩を売る時のような。見ていて恥ずかしくなる光景。

(コイツ・・・馬鹿だ・・・!)

 滑稽を通り越して、背筋が凍るような感覚。
 その実力差を、征夜は実際に交戦して確かめている。
 ラドックスを1とするなら、オデュッセウスは53万。それでいて、まだ実力の一端ですらない。

 底が全く見えないほどに、彼の戦闘力は未知数。
 一生を掛けても見る事の出来ない海溝の深淵を、遥かな天空より覗き見ている。彼と対峙した時には、誰もがそんな気分になる。

「それに、お前の娘は吹雪征夜の味方をした。即ち、お前も奴の仲間という事だ。」

「・・・ん?何を勘違いしてるのか知らないが、私は吹雪征夜の味方でも仲間でもない。」

「ほぉ?では、お前は誰なんだ。」

(僕の味方じゃない・・・それは分かる。なら、コイツは何がしたいんだ・・・?)

 ラースと同じ事を、征夜も疑問に思っていた。
 いつか戦った時、聞いた気がしなくもない。だが、その時の事が上手く思い出せないのだ。

「楠木花の味方、吹雪征夜のそばに居る愛らしい女性と言えば分かるか?」

(花の!?・・・そうか、確かに言ってた気がするな。)

 思い返してみると、そう言っていた気がしなくもない。

「あぁ、あの女か。思わず犯したくなる女だ。」

(くっ!コイツ・・・ぶっ殺してやるッ!)

 反省していない事は分かっていたが、花に対してこんな下卑た考えを持っている事実を知り、征夜は殺意のスイッチが入った。
 だが、それはテセウスも同様。しかし征夜の浮かべる"幼稚な殺意"とは格の違う、"大人の余裕"を見せ付ける。

「もう少し、下心を抑えたらどうだ?
 そんな態度だから女が居ないんだ。・・・あぁ、自分で殺したんだったな?」

「あ"?」

(う、うわぁ・・・。)

 あの日記を見る限り、ラースの中で冒険者の仲間を殺した事がトラウマになっているのは間違いない。
 そのトラウマを掘り起こし、嘲笑する。謂わば花に対する侮辱への、最強のカウンター。そんな物を瞬時に思いつく事が、末恐ろしくて仕方がない。

「そう言えば、ミナトに"マジック"を向けられたらしいな。それで死にかけて、慌てて緊急脱出したそうじゃないか。
 魔王ともあろう者が情けない。・・・それとも、ウチの娘が優秀過ぎるだけか?」

「行儀が悪いの間違いだろう!他人にミサイルを向けるような女が、優秀な訳ないな!」

 魔王としての体裁を保つように、ラースは少し上品な話し方を気取ってみた。
 しかし、性根に染み付いた下衆の匂いが、隠し切れずに言葉尻から漂って来る。

「言っただろう?私は雷夜とミナトの父親だ。"正義の味方"ではない。お前が被った損害など、微塵も興味は無い。
 お前が私の娘から力を奪い、あの子を悲しませた。その落とし前を付けさせる為に、わざわざ隣の世界から戻って来た。
 むしろ感謝して欲しいものだな。謝る機会をやったのだから。」

 先に手を出したのはラースの方、テセウスの発言は正論に他ならない。
 しかし言い回しの節々から、相手を見下している事を確かに感じさせる。

「問答無用で粛清しても良かった。
 だが、今もお前を生かしてる。その事にも感謝して欲しい。」

 反論の余地の無い正論をぶつけた上で、徹底的に自尊心を捻り潰す話術。
 アリを繁殖させた虫籠をワザと水没させて、苦しむ様子を嘲るような感触。
 元より生殺与奪を握っているのは自分だと言う絶対的な主導権が、花の行動を一切の歯牙に掛けない自信として現れている。

「おちょくるのも良い加減にしろ!」

 流石のラースも、苛立ちを抑え切れないようだ。
 不機嫌である事を取り繕う余裕も無く、テセウスに殺意を向けている。

「感謝したくないなら、別にしなくて良い。
 だがな、謝罪は早くした方が良い。いつ気が変わって、お前を粛清するか分からないからな。」

「大した・・・自信だなぁッ!!!」
<<<スーパー物体操作マリオネーション!!!>>>

(マズいッ!!!)

 ラースはついに、堪忍袋の緒が切れたようだ。
 征夜を金縛りにした、新しい物体操作技。凶狼の瞳を以ってしても打ち消せないアレが、テセウスに向けて放たれる。

(・・・見える!?コレが"オデュッセウスの心眼"か!)

 征夜はその時、これまで見えなかった物を見た。
 ラースの背後から、糸ほどに細い魔力の筋が飛び出し、蜘蛛の巣のように展開しながらテセウスに迫って来る。

(コレが・・・奴の能力!)

 征夜はすぐに理解した。この糸のように細い魔力こそが、ラースの能力の実態なのだ。
 人や物を操る"人形使い"は、魔力の糸によって人の体と心を操作していた。そう考えると合点が行く。

 だがテセウスは、その場から微塵も動く気配が無い。
 征夜には見えなかった能力の正体を、彼は完全に理解している筈なのだ。
 あんな技、簡単に避けられる筈。それなのに、回避する意思を感じられない。
 
 そう、そもそも避ける必要など無かったのだ――。

「な、なに・・・ッ!?き、効かない・・・!」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべていたラースは、大きく動揺して狼狽えた。
 自分の能力は確かに、テセウスに直撃した筈。この能力を使えば、確実に相手の肉体の主導権を握れるのだ。

 それなのに、テセウスは何事も無いかのようにピンピンしている――。

「魔王になってなお、その程度の能力か。」

 どこか落胆したような、それでいて深い嘲笑の色を帯びたテセウスの声が、玉座の間の壁に反射して虚しく響いた。

「お前の能力は知っている。物を自由自在に操る、それがエレーナから与えられた能力。
 そして、死体を改造して人形の素材にした時から、”人間と物の境界”が曖昧になった。
 俗に言う、能力の拡大解釈。お前は"物だと認識した対象"を操作できる。それが人間や悪魔でもな。
 しかし、お前は正攻法で魔王に勝てなかった。その敗北が深層心理に刻まれ、高位の悪魔は操れない。凶魔活性形態のセレアティナがそうだ。」

「セレアティナ?・・・あぁ、淫魔の娼婦か。」

 どうやらラースは、自ら辱めた女の事を忘れていたようだ。当然と言えば当然だが、腐った男と言わざるを得ない。

「少しは冷静になれ。"人形遊びの力"で、""を手にする事が出来ると思うか?」

(奇跡の・・・世界・・・?)

 テセウスがラースの野望を否定した事は、国語が苦手な征夜にも分かる。
 だが奇跡の世界と言う単語の意味が分からない。一体ラースは、何を求めているのだろうか――。

「確かに、あの世界は総じて戦闘力が低い。
 悪魔も、天使も、神も、仏も、人の心に宿るばかりだ。それこそが、あの世界が奇跡足りえる所以。
 だが、お前は帝王の器ではない。どれほど強くなっても、所詮は”下賤”。その栄華にも限界がある。」

「くっ・・・馬鹿にしやがってぇッ!!!俺が貧民街の人間だから、無理だと言いたいのか!貴様ぁッ!!!」

「違うな。あの吹雪改世ふぶきかいせいとて、拾われるまでは孤児に過ぎなかった。」

(吹雪・・・かいせい!?)

 テセウスの口から飛び出した、聞き覚えの無い親戚の名。吹雪一族は吹雪征夜、即ち自分で断絶のはず。
 分家から年賀状が届いた事も有るが、一人息子の名前は”新一”。その息子の名前は”新世”。名簿のどこにも改世は無い。

「アイツには、人の心を惑わせる妖術は使えない。
 だが能力が無くとも、奴は数多の手駒を意のままに操った。そして、僅かなチャンスを全て掴み、世界を完全に掌握した。・・・それこそが、帝王の器だ。」

「俺には・・・それが無いと言いたいのか・・・!」

「そうだ。お前には分かっていない。人が人である美しさが。それぞれが持つ人類最高の宝が。
 それだから、いつまで経っても下賤に過ぎない。たとえ魔王になっても、性根が腐ったままではな。
 帝王の器が無くとも、それさえ分かれば多少はマシな人生を歩めただろうに。」

「黙って聞いていれば・・・言ってくれるじゃないか!知ったような口を聞きやがって!貴様に俺の何が分かる!!!」

「少なくとも、"人を支配する"という言葉の意味は知っているつもりだ。」

 テセウスは静かに呟くと、顔を覆い隠していたマフラーのような物を、ゆっくりと剥がし始めた。
 心眼により映し出されたビジョンとは違う、本当の眼で見る世界が、征夜の脳内に描き出される。

(一体・・・何をする気なんだ・・・!?)

 普段からテセウスは、常に顔を隠していた。
 その理由は見当も付かなかったが、外す理由もまた見当が付かない。
 心眼で見た世界は、正に完璧だった。それなのに、わざわざマフラーを外してまで、目視する必要は有るのだろうか。

(あれ・・・このマフラー・・・燃えた筈じゃ・・・?)

 シャノン近海で戦闘していたテセウスを見た時の事を、征夜は未だに記憶している。
 その時、確かに彼のマフラーは燃やし尽くされていた。
 だが、テセウスが今外したマフラーは、あの時の物と全く同じだ。

(ハッ!ま、まさか・・・アレが来るのか・・・!?)

 それと同時に思い出したのは、彼の眼を見た自分が"どんな目に遭った"のかと言う事だ――。



<<<征覇せいは>>>

~~~~~~~~~~

 その瞬間、世界から時の概念が消えた。
 体を撫でながら吹き抜ける風の感覚が止まり、一切の音が玉座から消え去った。

 ラドックスは眼を見開いたまま硬直し、震える事すら出来ないでいる。その視線はテセウスの瞳と繋がり、逸らす事が出来ないようだ。
 それを見ている征夜は意識だけが肉体からすり抜けて、尻餅を着いたような感覚を覚えた。

 眼球の裏側から、質量を伴った威圧感の波動が止めどなく溢れ出してくる感覚。
 攻撃されているのはラースの筈なのに、攻撃している本人であるテセウスの視点から体感しても、恐怖以外の全ての感覚が消えている。

<私の娘に謝罪せよ。>

 テセウスが静かに命令すると、テセウスは即座に両手と額をカーペットに着けて、這いつくばった。
 信じられない光景だった。あの悪辣な男が、全てを影から操っていた男が、ガタガタと震えながら土下座している。

「申し訳・・・ございませんッ!!!」

(えっ!?)

 側から見ても驚くほどに、ラースは真剣な謝罪をした。
 強制されている感じはしない。むしろ自らの意思で、精一杯の謝罪しているように見える。

<雷夜から奪った源魔力を、一滴も残さずに全て返すのだ。>

「は、はい・・・分かりました・・・!」

 命令を受けたラースの体から黄金の光が溢れ出し、テセウスの剣に吸収された。おそらく、それが"源魔力"なのだろう。

(これは・・・命乞いか?いや・・・違う。もっと、根底から従属している・・・。)

 体ではなく、思考を支配されているのだ。
 ラースの能力は他人の思考に関係なく、行動を強制する技。
 しかし、テセウスは恐怖と威圧感などを伴った”覇気”によって、思考を根底から屈服させている。
 ただし、恐喝しているだけと言う訳でもない。あくまで、ラース自らの意思なのだ。
 
「どうだ?私の眼術がんじゅつは効くだろう?まぁ、瞳術どうじゅつと呼ぶ者もいるが。」

「がん・・・じゅつ・・・?」

(ガンジュツ・・・?)

 征夜はラースと同じ反応しか出来なかった。
 眼術とは、一体何の事だろうか。先ほどの感覚からして、眼を使った術である事は理解できる。だが、詳細は分からない。

「血脈により開かれる優れた眼術、"継族眼術けいぞくがんじゅつ"。
 その中でも特に強力な"映輪眼えいりんがん"と"黒眼こくがん"は、度重なる頂上神界大戦や宗教戦争にて、使い手の絶滅と共に消えた。」

 未知の単語が多すぎて、征夜には殆ど理解できない。どうやら、それはラースも同様のようだ。

 だが、テセウスは元より理解を求めていないのだろう。
 ただ単に、無知なラースを嘲笑する為、ワザと難しい話をしている。

憂邪眼ウイジャがん魔閃眼ませんがん天理眼てんりがんに代表される現存の眼術は、その殆どが血に頼らない技だ。
 そんな時勢でも、僅かに残された継族眼術。それが私の眼。もう一つの力と共に、私が武神へと至った所以でもある。」

 テセウスはそこまで言い切ると、ラースを見下ろしながら声色を変えて命令する。

<顔を上げよ。>

 テセウスの声を受けたラースは、ゆっくりと顔を上げた。額には埃が付き、何処か苦しげに息を乱している。

「ぐっ・・・はぁ・・・はぁ・・・一体・・・何のつもりだ・・・!」

 口調こそ反抗的だが、声はかなり弱々しい。
 テセウスの使った眼術の効果で、かなり消耗しているようだ。

「もうすぐ、ここに"継族眼術を持つ者"が現れる。まだ初歩だが、恐ろしい力だ。」

「眼の・・・技・・・まさか!吹雪征夜か!?」

「その通りだ。」

(僕が・・・継族眼術?まさか・・・凶狼の瞳!?)

 血脈に継がれる眼術を自分が持っている。
 その事実に驚きはしたが、心当たりが無くはない。

 だが凶狼の瞳は、自分の他にも使い手がいた。
 資正、資正の師匠と、大昔のトオルだ。彼らと自分が、血で繋がっているとは思えないのだ。

 まぁ実際のところ、資正は例外なのだが――。

「奴は300年前の勇者と同じ力を持っている。
 もう気付いてる筈だ。お前の能力が、奴に効かない時が有ると。それが奴の眼術の第一段階だ。
 お前が凶魔活性形態になれば、今の支配耐性は貫通できる。だが、奴は既に"次の瞳"を開眼する予兆を見せている。」

「そ、それが開くと!どうなるんだ!」

「支配耐性は極限まで高まる。凶魔活性を用いても、行動まで操るのは無理だろうな。」

「く・・・クソッ!そんな事!信じられるかッ!!!」

「信じないなら、それで良い。
 このままでは次の瞳どころか、凶狼の瞳のままでも殺されるぞ。奴の眼術は、日に日に強くなっているからな。」

「ど、どうすれば良い!俺は!どうすれば良いんだ!」

 ラースは恥をしのんで、無様にも助けを乞う事にした。
 その様子を見下ろすテセウスは、半ば呆れたように笑いながら、それを感じさせない冷淡な調子で語り掛ける。

「小物感が凄いな。お前、それでも魔王なのか?もっとドッシリと構えたらどうだ。」

「俺はまだ死ねない!教えろ!どうすれば吹雪征夜を殺せる!」

 ラースの必死の懇願に対して、テセウスはついに答えを示した。だが、それは思いもよらない物だった――。



「お前を修行してやる。殺しても、殺し足りないほど憎いお前をな。」



(・・・は?)

 征夜の思考は数秒間、完全に停止した。
 この男は一体、何を言っているのか。全く理解が追い付かなかったのだ。

「修行?ちょ、ちょっと待て!そんな手間をワザワザ取るのは、何が目的だ!」

「おぉ、意外に勘が良いな。」

(な、なに言ってんだコイツ!!!)

 聞き間違えではなかった。テセウスは本当に、修業してやると言った。
 元より味方では無いとは思っていた。だがラースを鍛える。それも、”征夜を殺す術”を教えると言い始めたのだ。
 あまりに”意味不明な展開”すぎて、怒りや驚きよりも先に”恐れ”が湧いて来る――。

「俺に何を求めてる!答えろ!!!」

「Destiny1.5」

「何?」

(デスティニー1.5・・・?)

「お前のノルマだ。1.5まで押し上げろ。
 今の吹雪征夜が1.3だ。一番難しい1.0の壁は、修行中に飛び越えた。
 あと0.2ぐらい、気合いと根性で上げてみろ。そうすれば、天国ぐらいには行けるかも知れんな。」

 征夜にもラースにも、何を言っているのか分からなかった。
 ただ分かるのは、テセウスが本当に求めているのは”強いラドックス”ではない。”進歩した吹雪征夜”なのだ。

「何を言ってる!天国ってどういう事だ!修行と言っても、何をすれ」

<<<旋空気導弾>>>

「はぐうあああぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

(・・・ッ!?)

 征夜はその時、確かに何かを感じた。全身の血管を駆け巡る何かが、手中で回転を描いた。
 感覚としては、限りなく気導弾に近い。だが、何かが違う。放たれたのは気圧ではなく、もっと恐ろしい威力を持った砲弾。その正体は、気導弾と全く違う。

 凄まじい速度で回転しながら、ラースは壁を突き破って城の外へ叩き出された。
 空中で四肢が捥げ、内側に向かって折り畳まれるように、体が”気導弾の内側”へと吸い込まれている。
 完全に球体と化すまで丸め込まれたラースの体は、さらに加速しながら雲海を突き破り、世界の淵まで追いやられた。

 もう既に、彼は死んでいた。いや、際限なく死に続けていた。
 何度も何度も死に続けて、テセウスの使う剣の力によって即座に蘇生されている。

「さて、そろそろ良いか。」

(ぬぐぅっ!?)

 加速し続けるラースの体を、神速で飛翔するテセウスの右手が掴んだ。
 あまりの速さに、一瞬で景色が変わったかのように感じた征夜は、車酔いに近い感触を得る。

「ここなら邪魔も入らない。良かったな、無様な姿を見られずに済むぞ。」

 テセウスが握り締めた球体の中から、ラースがゆっくりと引き抜かれる。
 逃げようとする彼の襟を掴み、持ち上げて顔を見上げた。
 あまりにも恐ろしい体験をした彼は、顔面蒼白と言う言葉でも言い表せないほど酷い顔をしている。

(これは・・・酷いな・・・。)

 ハッキリ言って、弱い者いじめも良い所だ。
 ラースが最低な人間であると事は、征夜にも分かっている。だが、同じ恐怖を味わった者同士、少しだけ同情してしまう。

 だが同時に、全く違う感情も湧き上がって来た。

(いい気味だ・・・コイツはクズだ・・・大勢を傷つけた奴だ・・・・・・ッ!?)

 多くの罪の無い人を傷付けた奴が、死ぬよりも恐ろしい目に遭っている。
 その事実に、何処か高揚感を覚える自分も居る。だが、よく考えると違和感しかない。

(いや・・・それは違うんじゃないか・・・?
 ラースを倒すのは僕だ・・・あんな一方的な戦いを見て・・・何が”いい気味”なんだ?)

 痛めつけられる宿敵を見て楽しんでいる自分が、限りなく醜悪な存在だと思えて仕方がない。
 それに、ラースを倒して世界を救うのは、自分たちがするべき事なのだ。
 今の自分はまるで、「自分ではラースに勝てないから、テセウスを応援している。」ようではないか。

 そう思うと、自分が情けなく思て仕方がなかった。

(ダメだ・・・これ以上は・・・おかしくなる・・・!)

 もう、こんな物は見たくない。このままでは、自分が自分でなくなってしまう。
 テセウスの意思を通じて、邪な感情が自分の体を蝕むのを、征夜は確かに感じていた。

「安心しろ、何度でも生き返らせてやる。そして、存分に味わうが良い。
 我が能力、”宇宙を掌握する力”を・・・!」

 しかし、彼の思いとは裏腹に、テセウスは再び攻撃の準備を始めた。
 必死にもがいてテセウスを止めようとする征夜だが、微塵も抗う事が出来ない。

(やめろ!もう良い!もう沢山だッ!修行がしたいなら、勝手にすれば良いさ!僕はもう見たくないッ!)

 征夜がそう思った直後、ラースの目に反射したテセウスの瞳が、妖しく光り輝いた――。

~~~~~~~~~~

「征夜まだ起きてるかなぁ?
 ウフフ♡朝起きて、横に私が寝てたらビックリしそう!」

 シャワーを浴びて寝巻きに着替えた花は、既に就寝している征夜の部屋に向かっていた。

「驚いた顔も可愛いのよね♡・・・それに、ちょっと嫌な事もあったし、少しでも癒せれば良いな・・・。」

 夜這いとは少し違うが、朝起きた時に恋人が添い寝をしていれば、かなり驚かせられる。
 それに加えて、朝から嬉しいサプライズがあれば、先刻の嫌な出来事も忘れられる。そうすれば、征夜の癒しにもなる。

 そう考えた花は、ある意味win-winなトラップを仕掛けようと、浮き足立っていた。

 しかし彼女が、征夜の部屋に着く直前――。

「うわ"あ"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァァァァッッッッッ!!!!!」

「・・・征夜!?」

 中から、恐ろしい絶叫が聞こえて来た。
 慌ててドアを開けて侵入した花は、ベッドの上で泡を吹き、のたうち回っている征夜を見付ける。

「はあぁぁぁッッッ!!!???あっ!?おおおぐうううぅぅぅぅああぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!」

「しっかりして!征夜!!!だ、誰か!誰か来てぇッ!!!」

 征夜はその晩、鎮静剤を打たれるまで叫び続けた。
 何かに怯えたように血走った眼と、全身から溢れ出る汗以外に、彼に何が起こったのかを示す物は無かった――。
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