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第七章 天空の覇者編

EP184 待ち受ける戦火の予兆

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王の器を持つ者、戦乱の調停者、死の商人・・・各々に役割があり、与えられた運命を演じている。

もちろん"彼女"も、その一人だった・・・。


―――――――――――――――――――



「・・・てな事があったのさ。」

 花とシンに、ここに来るまでの経過を語り終えた征夜は、手元に置かれたジュースを飲み干した。
 先ほどの豪雨と打って変わり、現在の空は雲一つない快晴。絶好のランチ日和だ。

「なるほど、名前が変わったのか。まぁ、呼ぶ分には"せいや"で良いんだよな?」

「そうだね。漢字だけ変わった。」

 発音は変わらないが、綴りは変わる。日本人として、漢字は大切な情報だ。

「"夜の闇を征する"・・・カッコいい・・・!」

 花は征夜と再会して以降、常に頬を赤らめている。
 見違えるように逞しくなった姿と、覇気の籠った声。そして何より、自分のピンチに駆け付けてくれた事が、嬉しくて仕方ない。

 3人が楽しく会話を交わす中、一人だけ面白くない者がいる。もちろん、それは"彼女"だ。

「少将・・・私の紹介は・・・。」

「あぁ!そうそう!この子は、新しい仲間のミサラ!僕たちと違って転生者じゃないけど、凄い魔法使いだよ!」

「親は転生者です。よろしく。」

 ミサラは、明らかに不機嫌になっている。
 自分だけが"除け者"にされた気がして、些細な事も訂正したくなるのだ。

(ガールフレンドだって、紹介してくれないのかな?)

 瑣末な事に関しても、苛立ちが蓄積する。
 自分でも悪い癖だと分かっているが、ミサラには"臍を曲げると戻りにくい"という欠点がある。

「ミサラ、この二人は僕の仲間だよ!
 彼女が花!回復魔法を使える薬剤師さん!彼がシン!たしか・・・銀行員だっけ?」

「忘れんなよ!?」

 職業を忘れられたシンは、たまらずにツッコミを入れる。
 しかしミサラにとって、そんな事は重要じゃないのだ。

(この二人"は"って、私は仲間じゃないの?)

 どうでも良い"言葉のあや"を、何故か気にしてしまう。
 そんな風に思っていない事は分かっているのに、苛立って仕方ない。

 更に問題なのは、臍を曲げているのはミサラだけではなかった――。

(恋人だって、紹介してくれないんだ・・・。)

 ミサラと同じような理由で、花も気にしていた。
 しかし彼女は、決して苛立っていない。ただ、ひたすらに"心配"なのだ。

(わ、私って・・・本当に恋人なのかな・・・?)

 実は全て自分の勘違いで、今の征夜はミサラの事が好きなのではないか。
 そう考えると、自分でも驚くほど不安になる。これは"純粋な好意"なのか、それとも"不純な独占欲"なのか。それすらも、今の彼女には分からない。

「取り敢えず、セレアは俺の事を嫌いじゃない訳だ。命が掛かってるなら、しゃあないか・・・はぁ・・・。」

 セレアによる裏切りの真実を聞かされたシンは、安堵と落胆の嘆息を吐いた。
 良い具合に交際を進め、お互いに満足していた関係だっただけに、疲労感も凄い。これでまた、フリーに逆戻りである。

(良い女だったのになぁ・・・。)

 裏表の無い陽気な"性格"。男好きのする極上の"体"。そして何より、互いにマッチした"嗜好"。
 これまでに出会った全ての女と比較しても、シンは彼女に並ぶ者が居るとは思えなかった。
 だからこそ今度は"本気になれる"かと思ったが、どうにも上手くいかない。

「まぁ良い。アイツの事は諦めよう。縁が無かった。」

 正直なところ、シンはかなり名残惜しかった。
 だが、追い縋っても仕方ない。これはもう、運命が諦めろと言っている。

「それで、どうすんだよ?合流したのは良いけど、何をするんだ?」

「あぁ、その事なんだけど・・・。」

 征夜はそう言うと、リュックから地図を取り出した。
 そして、大陸の北部に描かれた裂け目を指し示し、三人に目配せする。

「ここが、"とどろきの谷"だ。
 300年前の戦いで勇者一行、つまり"師匠"の仲間たちが戦って、稲妻を降らせる魔人を倒した場所らしい。だから、ここに・・・。」

 征夜がここまで言うと、待ってましたと言わんばかりに、ミサラが割り込んだ。
 ここから先は自分の専門であり、"魔法使い"としての知識を見せる舞台でもある。

「ここには、今でも膨大な量の"雷属性"が宿っています。
 轟きの谷は"別名・稲妻の谷"。一年を通して積乱雲が発生し、常に雷が落ちている場所です。
 雷魔法を用いる魔法使いの鍛錬、雷属性の武器・防具の鋳造に、古くから使われる場所です。」

 澄ました顔で説明を終えたミサラだが、表情とは裏腹に態度は得意げだ。
 自分にしか分からない情報。他の誰にも提供できない情報を持っている事が、貴重なステータスに思えるらしい。

(あなたに同じ事が出来るかしら?)

 強烈な対抗心を花に向けるミサラは、15㎝の身長差に怯む事なく睨み付けた。

 幼さゆえか、それともプライドの問題か。彼女はハングリー精神が強いのだ。
 征夜は渡さない。あなたには負けない。そんな強い意志が眼力に篭っている。

 それに引き換え、彼女を見つめ返した花の内心は――。

(凄い子ねぇ・・・!こんな知識を持ってるなんて、勉強熱心な子なのかな?だったら、気が合うかも!)

 正に、平和ボケの極致である。
 征夜を奪われる心配もあるが、何よりも新しい仲間に興味津々なのだ。対抗意識など、好奇心に打ち勝てる筈が無かった。

(回復魔法を教えてあげようかな?それとも、薬の調合?何が良いかな!?)

 全く見当違いな事を考えながら、花は微笑みを浮かべていた。
 そんな二人の胸中を意に介す事もなく、征夜は説明を続ける。

「セレアさんは、ここに"轟雷竜マスターフラッシュ"が居ると言ってた。
 教団が開発した、四体の生物兵器。そして、コイツは"四天王の中でも最強"だ。僕たちは、これを倒す必要がある。」

「マスターウェーブなら、俺が殺したぜ。だから、あと三体か?」

「えっ?破海竜の事なら、確かに僕が倒したけど・・・。」

 どちらも正解なのだ。まさか二人とも、死んだ竜が蘇ったとは微塵も思っていない。
 ただ分かるのは、奴らが大量に発生した事。それだけは、二人が共に観測した事実だった。

「・・・とにかく、僕は割土竜と灼炎竜も倒した。だから、残ってるのは轟雷竜だけだ。」

「おそらく轟雷竜は属性魔力を吸収するために、谷の最奥にいます。"稲光いなびかりの渓谷"と呼ばれる、霧に覆われた水晶の大地です。」

 征夜の情報を捕捉し、明確な目標を定めるミサラ。
 話の主導権を自分が握る事で、実力を誇示するつもりなのだ。

「準備が整い次第、轟きの谷に向かう。
 危険な戦いになるけど、魔王には着実に迫ってるはずだ。もちろん、ラドックスも必ず倒す!」

 以前とは全く違う、凛々しい表情を浮かべる征夜。
 修行と反省、友人と共に暮らした日々で成長した彼は、"勇者リーダー"として宣言する。
 轟雷竜の首を取り、魔王と教祖を討伐する。そして、世界に平穏を取り戻すのだと――。

 力強く叫んだ征夜の肩を、突如として誰かが叩く。
 振り返るとそこには、満面の笑みを浮かべた"料理長"が立っていた。

「若い衆は良いねぇ!夢があって、言葉がデカイもんな!
 俺たちみたいなオッサンには、そんな事言えないもんなぁ・・・という訳で!クリームソーダのオマケだ!」

「えぇっ!?良いんですか!」

「おうよ!旅の景気付けだ!」

 よく分からない理由でメロンソーダとソフトクリームを奢られた征夜たち、彼らは突如として現れた最高のデザートに群がって行く。

 四人全員の分がしっかりと在るのに、何故か先を争って飲み干す光景は些か異様だ。
 雨上がりの湿気と照り付ける太陽が、レンガに覆われたソントの街並みを炎天下にまで押し上げたのが原因だろうか。

 いや、一人だけ手を付けていない者が居た。
 花はアイスにも、メロンソーダにも触れていない。ただ、切なそうな顔をしている。

「どうしたの花?食べないの?」

「あ、アハハ・・・私、まだダイエット中だからさ・・・。こんなに食べると、太っちゃうかも・・・半分くらいなら良いのに・・・。」

 特大のグラスに入ったソーダは、満杯に注がれている。
 そこにソフトクリームも合わせれば、カロリーはお察しである。

「・・・それなら、二人で分けようか!」

「えっ?」

 花の返答を聞くよりも早く、征夜はストローを差し込んだ。そしてすぐに、花のソーダを飲み始める。

「花も飲みなよ!全部飲んじゃうよ?」

 幸せそうな笑みを浮かべる征夜は、花に誘いをかけた。
 自分と分かればカロリーも減る。合理的に考えれば正しいのかも知れない。

「う、うん・・・♡」

 頬を紅潮させた花は、ストローに初めて口を付けた。
 少しずつ慎重に、味わいながら飲み進めて行く様は、他の三人には無い"上品さ"を感じるものだ――。

「美味しいね・・・征夜・・・♡」

「花と一緒だから、余計に美味しく思えるよ・・・!」

 一見すると仲睦まじい恋人であり、ごく普通の行動にも思える。だが客観的な目線から見れば、そうとも限らない。

(おえぇぇぇ!!!キモっ!何やってんだアイツら!)

(少将・・・"あの女"と同じグラスから・・・!)

 二人の"無意識なリア充アピール"に対して、残された二人は不快感を露わにしていた。
 ミサラはともかく、シンに関しては"行為室"というバカップル前科があるが、その事は棚に上げた。

「ふはっ・・・♡美味しかった・・・///」

 協力してソーダを飲み終えた二人は、一斉に席を立つ。
 テンションは最高値に達し、自分達だけの世界に入っている。他の二人は、もはや添え物でしかない。

「料理長!奢ってくれてありがとうございます!ご馳走様でした!」

「こちらこそありがとな!」

 料理長は感謝を述べた。またしても理由は不明だが、そんな事はどうでも良い。
 手を繋いで駆け出した花と征夜を追って、不機嫌なシンとミサラも後を追った――。




「聞こえるかアラン、ユニット2だ。」

 征夜たちが走り去った後、"料理長ユニット2"は厨房の隠し部屋に篭っていた。そして水晶を取り出し、アランユニット3と会話をしている。

「"トニオ"か。どうした?まだ”アレ”は見つかってないぞ。」

 着信を受けたアランは、淡々と報告をする。
 同じ組織に所属しているトニオは、かつての仲間パーティであり、今は相棒バディなのだ。
 料理長としての仕事は表の顔であり、その正体はユニオンフリーダムのNo.2。即ち、"秘密結社の幹部"である。

「朗報だ。教団に捕まってた奴らが、まとめて解放された。スケマサの弟子のおかげでな。」

「あの坊主・・・やってくれるじゃねぇか・・・!」

 教団に捕まっていた者の約半数は、ユニオンフリーダムのメンバーだった。
 考えてみれば当然だ。教団が狙っている強力な能力者の大半は、転生者なのだから。
 それを保護しているユニフリにとって、囚人たちの解放は戦力の大幅な増強を意味する。

「アイツらの回収は俺に任せてくれ。君は引き続き、選定の剣カリバーンを頼む。」

「大方の検討は付いてる。"アヴァロン"の領地を探ってみる。」

「頼んだぞ。」

 事務連絡を終えた二人は水晶玉を片付け、普段の業務に戻って行った。
 微笑みながら接客を行なう陽気な紳士が、"政府転覆を狙うテロリスト"であると窺い知る者は居なかった――。

~~~~~~~~~~

(シン達・・・ちゃんと助かったかな・・・?)

 馬車に揺られながら、セレアは再び不安に襲われる。
 征夜たちが間に合わなかったら、彼らも囚われてしまったら、全てが最悪の結果に終わる。
 花とミサラは奴隷に堕ち、シンと征夜は処刑を免れない。それを想像するだけで、涙が溢れてくる。

(た、確かめなきゃ・・・私には・・・その義務がある・・・。)

 自分が撒いた種であり、自分が巻き込んだ者たちなのだ。
 その顛末を見届けるのは、自分の責務に他ならないと彼女は思った。

<<<千里アンリミテッドスコープ>>>

 悪魔の力を解放し、地平線すらも見通す視線を解放した。
 地形も距離も関係なく、全てを貫通して遥か遠方を透視できる魔法の眼が、征夜たちを見通している――。

「・・・あぁ!良かった!助かったのね!?」

 自分の声は、彼らには聞こえない。
 もちろん、彼らの声も自分には聞こえない。

(もしかして・・・あの四人って仲間なのかな?)

 そんな状況でも、彼女は持ち前の知能の高さで彼らの状況を察する。
 今思うと、花は彼氏との再会を望んでおり、征夜は彼女との再会を望んでいた。
 そしてお互いの恋人に対する話も、辻褄が合っていた気がする。

(そっか・・・二人とも、再会出来たんだ・・・。)

 再会を果たす事の出来た二人と、シンから引き剥がされた自分。
 天と地はどの差異が、なんとも言えない悲壮感を生んでしまう――。

(馬鹿だなぁ・・・私、自分から別れたくせに・・・。)

 溢れ出した涙を拭って、セレアは湧き上がった未練を抑え込んだ。
 シンはもう、自分の恋人ではない。自分が決めた事だ。たとえ彼が助け出されても、陥れた事実には変わりない。

「さようなら・・・シン・・・また、どこかで会いましょうね・・・。」

 青空を飛んでいく一羽の鷹を見上げながら、セレアは想いに別れを告げた。
 人生最大の恋であり、最高の友人であり、最初の恋人でもあったシンは、既に自分の"過去"なのだ。そう思い込む事で、自分の心を守ったのだ。

 彼女は果たして、"運命の相手"に出会えるのだろうか。彼女はその人生で、何をなす事が出来るのか。
 その答えは、誰にも分からない。だからこそ、彼女が決められる筈なのだ。

「お客さん、"ヴィルヘルム様"に会いたいんですよね?」

「えぇ、借金があるのよ。」

「なら、まだ結構かかりますよ。どうぞ仮眠を取って下さい。」

「そうさせてもらうわ。ありがとね。」

 御者との短い会話を終えた彼女は、ゆっくりと目を閉じた。そして、これからの人生に思いを馳せる。

(何事もなく、平和な日々が一番なのになぁ・・・。)

 彼女は確かに、そう思っていたのだ。
 自らの人生が天国と地獄の分岐点に立っており、その行き先に"世界の命運"がかかっているなど、微塵も知る由がない。

 彼女を待つ数奇な運命は、やがて歴史となる。
 世界を二分する激闘の軸には、たしかに彼女が居るのだ。

 災いの根源か、平和の使者か。
 彼女が辿る末路は、既に決まっている――。
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