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第七章 天空の覇者編

EP194 貧血 <☆>

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 倒れたまま痙攣を続けるミサラの元に、花は急いで駆け付けた。
 少し遅れて征夜も後に続き、ミサラの顔を覗き込む。

「何があったんだい!?」

「分かんねぇよ!さっき見たら、もうこんな感じだった!」

「ミサラちゃん!しっかりして!ミサラちゃん!!!」

 花は懸命にミサラを呼び掛けるが、返答はない。ただ筋肉を震わせて、悶えている。

「お医者さんは呼んだ!?」

「サランに乗っても隣町まで30分だ!無茶言うな!」

「良いからシンは行って来て!私は薬剤師であって、医者じゃないのよ!」

「わ、分かった!」

 花の勢いに押されたシンは、即座に走り出した。征夜もそれに続こうとするが――。

「待ちなさい征夜!」

「えっ?でも、僕も行った方が!」

「二人で呼びに行って何になるの!
 あなたの助けがないと、この子をベッドにも運べないわ!」

「そ、そうだね!取り敢えず持ち上げるよ!?」

 ミサラを下から抱え上げた征夜は、そのままベッドに寝かし付けた。

「次はどうするの!?」

「舌を噛まないように何かを・・・その辺に猿轡が落ちてるわ!それを噛ませて!」

「分かった!・・・これ、何に使ったの?」

「良いから早く!」

「分かった!」

 ミサラの口には、再び猿轡が押し込まれた。だが今回は言葉を遮るためではなく、命を守る為である。

 何故、こんな物が部屋に落ちているのか。征夜には分からなかった。
 無理もないだろう。彼はこの部屋で起きた事を、何一つ知らないのだ。

「次は何!?」

「えぇーっと・・・持病!持病よ!
 ミサラちゃん、何か言ってなかった!?大きな病気があるとか!」

「いや、特に・・・・・・あっ!」

「何!?」

 征夜は思い出した。
 基本的に健康なミサラが、唯一体調を崩した時。それは確か――。

「小さい頃から、"貧血になりやすい"って!それかも知れない!」

「確かに貧血が深刻だと、痙攣を起こす人も居る。だとしても、こんな短時間でどうして・・・!?」

 ミサラの病状は、花の知る貧血の常識を超えていた。

 確かに彼女は激しく暴れて、かなり消耗しただろう。
 だが先刻まで健康そのものだった彼女が、この数分で重篤な貧血を起こすとは、とても思えなかった。

「まぁ良いわ!考えても仕方ない!
 取り敢えず血よ!血がいるわ!鉄分のサプリでも何でも良い!血が増えそうな物を持って来て!」

「イェッサー!」

 花の圧倒的な対応力と、知識に裏付けされた判断力に委ねて、征夜は彼女の手伝いをする事にした。

~~~~~~~~~~

「と、取り敢えず!鉄分を増やすサプリは有ったけど・・・。」

「全然足りない!・・・こうなったら、輸血するしかない!」

「血液型なんて、どうやって調べるの?」

「えぇっと確か・・・出でよ!水晶の杖!」

 花が天井に向けて手を掲げながら叫ぶと、手のひらに突如として閃光が走った。
 迸る眩い光が収まると、そこには青い水晶とエメラルドのヘビで飾られた杯が、爛々と輝きながら出現していた。

「ミサラちゃんの腕に、刃を当てて!」

「了解!」

 征夜は軽やかに抜刀し、人を斬る為の刃をミサラの腕に押し当てた。
 その切れ味は流石だ。特に力を込めていないのに、みるちる血が滴ってくる。

 花は滴り落ちるミサラの血を、杯の中に受け止めた。
 まるでワインの色を確かめるようにして、クルクルと杯を回す。

「ちょっと・・・嘘でしょ・・・。」

「どうしたの!?」

「最悪だわ・・・。」

「何が?」

「この子、"AB型RH-"よ・・・。」

 花は目を見開いて、水晶の杖もとい"ヒュギエイアの杯"が出した回答を見つめている。
 しかし征夜には、事の深刻さが良く分かっていない。

「AB型って、そんなに居ないの!?」

「問題はAB型じゃない。RH-は、日本だと200人に1人しか居ないのよ。
 外国だともう少し多いけど、どちらにせよ少ないわ・・・。」

「よ、良く分かんないけどレアなんだ・・・それじゃあミサラは・・・。」

「私の血を取り敢えず輸血出来るけど、全然足りないわ・・・。」

「・・・え?花って、AB型なの?」

「私はO型RH-よ。誰にでも輸血出来るわ。・・・そんな事より早く!血液型は、コレを使って調べて!」

「わ、分かった!」

 花に急かされた征夜は、慌てて杖を受け取った。そして輸血可能な人を探すために、村の中を駆け回った――。

~~~~~~~~~~

「居なかったのね・・・。」

「・・・うん。」

 沈んだ表情で帰還した征夜の表情を見て、花は瞬時に結果を察した。
 彼女の腕には、太い注射が刺された痕が出来ている。ところがミサラは、未だに痙攣を続けている。

「安全な範囲で輸血したけど・・・全然足りない・・・。」

「このままだとマズイの!?」

「このままじゃ、脳に障害が出るかも・・・赤血球が、全然足りてないから・・・。」

「どうしてそんな事に!」

「安静にしてれば・・・普通は治るのよ・・・。それなのに、痙攣を起こすなんて・・・こんなの・・・見た事な・・・。」

「花?・・・花!しっかりしてくれ!」

 花は"安全な範囲"と言ったが、征夜はここで確信した。
 彼女は体調不良を起こすほどの血液を、無理矢理に輸血したのだ。そのせいで、座ったままでも頭がフラフラしている。

「このままじゃ・・・ミサラちゃん・・・死んじゃう・・・。
 医者が来ても・・・間に合わない・・・無理にでも・・・血を注がないと・・・。」

「だったら僕が輸血するよ!」

「あなたはA型・・・拒絶反応が起こるわ・・・。」

「花が苦しむのを見てられないよ!これ以上は君が死ぬ!ミサラには、僕が輸血するから!」

「ミサラちゃんを・・・殺す気・・・?」

「君が死ぬより"マシ"だ!」

ピチッ!

 花の平手が再び、征夜の頬に飛んだ。
 しかし今回は、いつもの何倍も弱い。音も弱々しく、痛みも殆どない。

 だが花の怒りは、微塵も弱くなっていない。

「人が死ぬのよ!マシな訳ないでしょう!」

「・・・ごめん。言い過ぎた。」

 本当はもっと説教したいが、その気力もない。花はここに来て、"最後の手段"を使う事にした。

「危険だから・・・避けたかったけど・・・"アレ"しかない・・・!」

「アレって何?何をする気なんだい?」





「私の血を・・・"限界を超えて"注ぎ込む・・・"致死量より多く"・・・!」

~~~~~~~~~

 花がそう言うと、部屋の空気が瞬時に凍り付いた。
 止められた時より抜け出した征夜は、慌てて彼女を制止する。

「そ、そんなのダメだ!君が死ぬ!そんな事、絶対にさせない!!!」

 花はきっと、血が減り過ぎておかしくなったのだ。だから命を投げ出そうとするのだと、征夜は思った。

 だが彼女は、彼の予想に反して冷静だった。

「私だって馬鹿じゃない・・・方法は考えてある・・・。
 私が死にそうになったら・・・この杖を・・・私に向けて振れば・・・即効で血が補給される・・・。」

「どう言う事・・・?」

「増血剤を・・・調合しておいたの・・・魔法として放てば・・・すぐに効果が出る・・・。」

「分かった!・・・でもこれ、ミサラに直接唱えるのじゃダメなの?」

 征夜としては、未だに納得できないのだ。
 確かに彼は、人を救う為に命を投げ出す覚悟は出来ている。

 だが花まで、身を危険に晒す必要があるのか。
 まるで彼女だけが特別のように感じられて、どうしても"苦しんでほしくない"のだ。

「・・・効かないの。」

「え?」

「もう何度も試した・・・この子、魔法も薬も、全く効かないの・・・。」

 彼女としても、ミサラに出来る事は全てした。だから、これは彼女にとってミサラを救う最後の手段なのだ。
 たとえ危険でも、挑むしかない。何故なら、この他には方法が一切無いのだから。

「それなら・・・仕方ないか・・・。」

「大丈夫・・・あなたを・・・信じてるから・・・。」

「・・・分かった。」

 前代未聞の荒療治に挑む覚悟を決めた二人は、再び輸血の準備を始めた。

~~~~~~~~~~

「ミサラ・・・ちゃ・・・しっかり・・・くっ・・・!」

「花!魔法唱えるよ!」

「お、お願い・・・ぐっ!・・・はぁはぁはぁ・・・まだ行ける・・・!」

 彼女は既に失血死ラインの血液を、四度も注ぎ込んでいた。
 量にして言えば4800ml。征夜から与えられる増血魔法が無ければ、とっくに死んでいる量だ。

「ミサラちゃん・・・頑張って・・・!」

 征夜はもう、彼女を見ていられなかった。
 死ぬ寸前になってまで戦っている花に対し、自分はただ杖を振るだけ。
 自分も苦しいはずの花が、ミサラの事を必死に応援している。それなのに自分は、何も出来ないのだ。

(僕が・・・代わってあげれたら・・・。)

 今ほど、自分の血液型を恨んだ事は無いだろうと、征夜としても思っていた。



 そんな時、ミサラはついに痙攣をやめた。

「・・・止まった?」

「えぇ・・・止まったわ・・・。」

 ミサラはぴくりとも動かない。
 そのせいで痙攣が治まったのか、命が尽きたのか分からないのだ。

 おそるおそる首に手を当て、花は落ち着いて脈を測る――。

「・・・成功したわ!」

「ほんとに!?やったぁ!!!」

 ミサラが突如として引き起こした貧血は、花による非常に強引な方法で治療された。
 脈は安定して、赤血球の量も回復した。ひとまずは安心である。

 その代わりとして――。

「うあぁ・・・頭が・・・。」

「大丈夫!?」

 立ちくらみで倒れてきた花を、征夜は慌てて支えた。

「今日は・・・ここで寝るわ・・・。」

「なら、僕も一緒に寝るよ。君も心配だし・・・。」

「ありがとう・・・おやすみ・・・。」

「君はやっぱり凄いよ・・・おやすみなさい・・・。」

 大仕事を終えた二人は、安堵と共に押し寄せた疲労感によって、肩を寄せ合ったまま眠りに付いた――。
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