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第三章 シャノン大海戦編

EP61 総長

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「間違いなく、今も奴は生きている・・・。」

 マスターは苦々しげに言った。
 シンは彼が、酒場を営んでいる者にしては筋骨隆々すぎると感じ、元漁師である事を悟った。

「ねぇ、シン・・・。」

 花は姿勢を低くしてシンの袖を引いた。先ほどまでと異なり、明らかに怯えている。
 それもそうだろう、これから入ろうとしていた海に、船団を沈めるほど巨大で凶暴な海竜がいると聞いたのだから。

「残念だけど・・・水晶の杖の話は無しにしない?」

 花は現状で最も合理的な案を出した。
 たしかに、アトランティスの財宝は魅力的だ。
 しかし、命を投げ打ってまで手に入れる物では無いと感じたのだ。

「ちょっと待ってくれ。・・・なぁ、アンタらはこのままで良いのか?」

 シンは蔑むような顔で漁師達の方に向き直った。

「シン・・・?何言ってるの?」

 花はシンが、何故そんな事を言うのか分からなかった。
 花は既に、漁師達と同じように破海竜の恐怖に支配されていたのだ。



 しかし、シンは違った――。

「朝っぱらから一日中酒を飲む生活でいいのかよ!もう一度、海に出たくは無いのか!?
 仲間の仇を!破海竜・マスターウェーブの野郎を、ぶっ殺してやりたく無いのかよ!
 確かに、サーペントの協力が無くて弱気になっているのは分かる。だが、男には引けねぇ戦いがあるんじゃ無いのか!?
 今がそうで無いなら、一体いつになんだよ!」

 シンは一同に向けて喝を入れると、自分の酒が置かれた机を殴った。
 木材が軋む音が、店全体に響いた。



 数秒の沈黙の後、爆発音のような怒声が上がった。
 シンはそれを自分に賛同する声だと思ったが、実際は真逆だった。

「いい加減なことを言うな!!!」
「これ以上、人が死んだらどうするんだよ!!!」
「馬鹿にしてんのかクソガキがぁ!!!」

 先ほどまで酔いつぶれていた男までも起き上がり、シンを糾弾する。
 花はその勢いに耐え切れず、店の隅にうずくまって泣き出してしまった。

 しかし、シンは全く押し負けない。これぐらいの修羅場なら何度もくぐってきているからだ。

「俺にはトカゲ一匹にビビってるお前らの気が知れないさ!
 でっけえオタマジャクシみてえなもんだろうが!!」

 シンは良い反論が思いつかなかった。
 しかし長年の勘から、このような場面では虚勢を張ることが最も有効で、そこから反論に持っていくのが一番説得しやすいとわかっていた。

「アイツを見たことがねえから言えるんだ!!!」

 案の定、漁師の一人がシンの誘いに乗った。
 シンはその言葉への鋭い返しを瞬時に構築し、ぶつけた。



「お前だって見たことがねえだろうが!!!
 それを言っていいのは、サーペントの連中だけなんだよ!この腰抜け野郎が!!」

 この言葉は、確かな真理だった。
 シャノンの人々は破海竜を恐れ、数年間も漁に出ていなかった。
 しかし実際のところ、その姿をしっかりと見た者は誰一人としていないのだ。

 シンの放った真理の怒号は、恐れに支配された男達の魂を穿ち、数秒の後に猛烈な復讐の炎を燃え上がらせた。



「その通りじゃねえか・・・!」
「俺たちは何をしてたんだっ!」
「ふざけたトカゲ野郎がよお!!!」
「死んだアイツらの仇を取れねえ俺らに、男を名乗る資格はねえ!!!」

 シンに向けられていたやり場のない怒りが破海竜への憎しみ・・・・・・・・と、自分を恥じる気持ち・・・・・・・・・へ、急速に塗り替わっていく。
 シンはこの機を逃すまいと、追い打ちをかけた。

「行くぞ野郎ども!!これは破海竜に、トカゲのバケモン・・・・・・・・に奪われた海と未来、誇りを取り戻す戦いだあっ!!!!」

 シンが大声と共に右腕を高く掲げると、マスターを含む全ての男達がそれに続いた。

「「「うぉおおおおおおおっっっ!!!!!!」」」

 男たちの魂の叫びは酒場の分厚い壁を貫通し、町全体に響き渡った。
 もはや誰もがシンに心酔し、その心に破海竜への恐怖は微塵も残されていなかった。

 花は先程の淀み切った空気が、希望に満ちた勝ち鬨かちどきによって取り払われたのを感じ取った。
 そして、何が起こったのか知るために涙をふき取り、顔を上げた。

 先程まで、飲んだくれた男達に浮かんでいた、何処かいじけた表情。
 それは、海竜と争いながら獲物を取る。そんな海の漢の、”勇気と迫力に満ちた顔”へと変わっていた。

 そして、そんな男達の視線の先にいる。
 見知っているはずの男は、まるで別人のように不敵な笑みを浮かべている。

 それを見た花の心の奥底から自然と、一つの言葉が湧き出てきた。

「これが・・・暴走族連合の総長、翔脚のシン・・・・・・・・!」

 花が尊敬と畏怖、驚嘆に支配され呆然としていると、シンが遂に開戦宣言をした。

「本日をもって!この町に”翔脚のシン”を総監とした、サーペント・シャノン支部を臨時で新設する!
 名前はフューリー・リヴァイアサンだ!!その最初の目標を・・・


 破海竜・マスターウェーブの討伐とする!!!」
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