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第五章 氷狼神眼流編

EP125 冥土 <キャラ立ち絵あり>

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(ここは・・・どこ・・・?)

 清也が目を覚ますと、そこは不思議な空間だった。
 視界に映る物全てに白い靄がかかっており、自分の身に掛かる重力も小さくなったように感じる。

(僕は・・・死んだのか・・・?なら、ここは天国?・・・いや、人殺しは地獄かな・・・。)

 周囲を見渡しても、何も見当たらない。不安になった清也は必死に地平線を見渡すが、それでも何も見えない。

「お~い!誰かいないのかぁ~!」

 立ち込める霧と、空間を包む静寂を引き裂くように大声で叫ぶ。
 すると、放たれた吐息の先に霧が集中し始め、人の形を作った。

 それは、小さな少年だった。おそらく8歳にも満たない幼さだ。

「君!此処がどこか知らないか?」

 清也は咄嗟に少年の前へ出て、目線を合わせるために座り込む。しかし、少年へ伸ばした清也の手は、見事にすり抜けてしまった。
 そして、清也と重なった時点で、少年は立ち止った。

「お、おい!待ってくれ!どこに行くんだ!」

 清也の手が、少年を引き留めるように膝元へ伸びる。しかし少年は、何事も無いように清也を無視したままだ。

「ママ!ごはんかってった!」

 少年は突如として言葉足らずな大声を上げた。あどけない顔に、達成感に満ちた笑顔を浮かべている。



「よく出来ました♪偉いわ、私の坊や・・・♡」

 清也の背後で、優しい女性の声がする。清也はその瞬間、崩れ落ちそうなほどの衝撃を受けた。

「嘘だ・・・!そんな・・・そんなはずない・・・!そんなはず無いんだ・・・!そんな事・・・ある訳が無い!!!あるはず無いんだっ!!!」

 柄に無く大声を上げ取り乱す清也。後ろに振り向く勇気さえ彼には湧かない。
 ここが冥土なら、”それ”が現れるのは当然のはず。しかしそれでも、背後に立った亡霊には懐かしくも恐ろしい感覚がある。



「おいで、”清也”・・・♡」

 予想した通りの言葉に、思わず振り返りそうになる。しかし尚、清也には勇気が湧かない。

「ママ!」

 "せいや"は勢いよく走り込んで"清也"の体を透過し、その先にいる彼の母親の胸に飛び込む。

(振り向いちゃダメだ・・・!振り向いたら・・・呼ばれてしまう!あの世に・・・持ってかれる・・・!)

 間違いなく、これは死者の呼び声だ。振り向いてはいけないと、清也の第六感がささやいている。
 だが見たい。振り向きたい。今見なければ、もう二度と再会出来ない”かも知れない。”

 そして、その欲求に勝てなかったーー。

「僕はもう死んだんだ・・・。みんな・・・ごめん・・・!」

 旅立ちの決意をした清也は仲間たちに謝罪をしながら、ゆっくりと振り返った。



「よく頑張ったわね、清也。」

「かあさん・・・!」

 暖かな微笑みを浮かべる女性が、清也の事を優しく褒める。しかし、その視線の先にいるのはーー。

「よしよし、お夕食は何にしようか?」

「母さん!?僕だよ!清也だ!僕が本物なんだよ!」

 仲睦まじい親子の姿と、それに割り込もうとする社会人。この光景は、清也の精神がいかに未熟かを物語っている。

(見えて・・・無いのか・・・?まぁ・・・母さんをもう一度見れただけでも、良いかな・・・。)

 あまりにも無反応な二人の姿に、遂に心が折れた清也は落ち着きを取り戻した。

(母さんって・・・こんなに優しい声だったんだ・・・。)

 第三者の視点から見ている彼に、幼い頃は分からなかった母親の愛情が染み入っていく。
 感動と満足によって心が洗われ、自分の精神も周囲に漂う霧の中へ溶け込んでいきそうになる。

 だが、平穏に満たされた清也の心は、一瞬にして現実トラウマに破壊されたーー。



「あら?ケチャップが無いわね?」

 刹那、彼の脳内に”人生最悪の記憶”が流れ込んで来た。



「ううううううわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」

 清也はその場で、この世の物とは思えない叫びをあげた。それだけに留まらず、地面に手を着き嘔吐してしまう。

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・ごぼっ・・・!」

 顔を上げて尚、込み上げて来る吐き気は止まらない。目前で笑う母の姿を見るたびに、心臓が裏返りそうになる。
 しかし、そんな清也の様子をよそに、親子の会話は続く。

「これだと、オムライスは駄目かしら・・・。」

「やだぁっ!おむらいすがいいー!!」

「うがぁぁぁっっっっ!!!!だまれぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!!」

 駄々をこねる少年の元へ、清也は怒号を上げながら走り寄っていく。
 口の中に広がる苦い味を噛みしめながら、拳を少年に向けて放つ。

「だまれ!だまれ!だまれ!だまれぇぇぇぇっっっっっっっ!!!!!!!!」

 激昂する清也の手には、いつの間にか剣が握られていた。少年を斬り祓うように剣を振るい、暴れ続ける。
 しかし無情にも、彼の祈りは届かなかったーー。

「分かったわ、ケチャップを買ってくるわね♪」

「行くなっ!行かないでくれ母さんっ!!!」

 母親に伸ばした腕は、現実を変えるには細すぎた。
 無邪気に笑う少年はまだ知らない、これが現世を生きる母親を拝める、最後の瞬間だという事をーー。
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