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第二章 黄金の魔術師編
EP46.5 狼の勇者
しおりを挟む今から300年ほど昔、天界が三千世界の超上に築かれる前、後に"太平の世界"と呼ばれる聖地。その遥か上空に、雲海の中に天空都市サーディアナはあった。
その都市は慈愛に満ちた女神、セルニアにより統治されていた。
地上は女神の聖なる力によって守られ、緑あふれる豊かな大地で誰もが幸せを享受していた。
しかしある時、地上から逆さ向きに放たれた黒い稲妻が天界を貫くと、その全てが変わった。
その稲妻は雲海と地中の深淵"魔界"を繋ぐ柱に変わった。そして、後に魔王と呼ばれることになる強大な力を持った魔人が軍勢を引き連れて天界に戦いを挑んで来たのだ。
魔人が狙ったのは天界が持つ究極の秘宝、”賢者の石”だった。天界の者はもちろん、魔族でさえも無謀で愚かな行為だと思っていた。
確かに、初めのうちは天界勢力が優勢であったが、柱を伝い、無尽蔵に現れる魑魅魍魎により天界は次第に追い詰められ始めた。
しかし、あるとき戦いを先導していた魔人は忽然と姿を消した。天界にいたその他の魑魅魍魎も姿を消し、「戦いは終わった、奴は諦めたのだ。」と誰もが思った。
しかし、轟音とともに空が裂かれ、そこから這い出てきたものを見た時、天界の民は思い知った。本当の戦いはこれからだと。
空にできた亀裂、そこから出てきたのは異世界の邪神であった。それも一体ではなく十数体はいた。
それらを先頭に立って率いる魔人は、既に魔王と呼ぶに相応しい力を持っていた。
天界は、神々の力がぶつかり合う戦場となった。その戦いの余波は地上を変質させるには十分なものだった。
平和だった世界は魔物がひしめき合い、
東部では消えることのない炎が森を焼き、
西部では降りやむことのない雨が人々の築き上げてきた文明を洗い流し、
南部では地殻変動が豊かな大地を荒野へと変え、
北部では稲妻が大地と空をかき混ぜた。
戦況は絶望的であった。
女神はもはやこの戦いに勝つ事はできないと悟り、異世界から半ば強引に5人の若者を召喚し、それぞれに能力を与え、地上の混乱を収める命を託し地上に送り込んだ。
天界の民の誰もが、もはや天界の存続を期待してはいなかった。
しかし、魔王も女神も、共に召喚された仲間でさえも予想できなかったことが起きた。
召喚された若者の1人が、降り止まぬ雨を凍りつかせ、それを足場にして天界へと単身で乗り込んで来たのだ。
この愚かな行為に天界の民は嘆き、魔族は笑った。
反応は異なったが皆一様に同じ事を思った。
「1人の人間に何ができる?」
戦いはもはや神々でなければ立ち入ることさえできない領域に突入していた。
その若者に期待する者はいなかった。
天界に降り立ったその者の元に先に駆けつけたのは、不幸にも天空人ではなく、魔族であった。
魔族の頭にあったのはどのように若者を殺すか、それだけであった。
その後に駆けつけた天空人は目を疑った。
数多の魔族が血を流し、地面に倒れ込んでいたからだ。広場の中心に立っていたのは人ではなかった。"ニ本の足で歩く獣"がそこにはいた。
瞳は琥珀色に輝き、見たことのない黒い髪が風になびいていた。その者は男でありながら見たことのない、帯のある青いひだのついたスカートのようなものを着ていた。
そして、姿勢を低くし片刃の青い剣を構えるその姿はさながら狼のようだった。
「これは、お前がやったのか?」と天空人が聞くと、
「拙者がやった。こいつらを率いる頭領はどこだ?」と聞き返した。
城にいると天空人が答えると、若者はすぐさま壁に向かって駆け出した。
そして、とんでもない高さを跳躍し、壁を飛び越えた。
戦況は一気に塗り変わった。
その若者はまるで雪原を駆ける狼のようにしなやかで素早い動きで敵を翻弄した。
その瞳は目先の魔族ではなく、城に巣食う魔人と未だに欠員のない邪神に向けられていた。
そして大方の魔族を片付けると、その剣先は邪神へとすぐに向いた。
舞のように剣を振るい空気をも凍らせる冷気を放ち、光を超える速さの斬撃で数多の邪神を打ち砕いた。
若者が現れた翌朝には天界に残った魔族は魔王1人になっていた。
邪神の多くは打ち破られ、生き残った数体は亀裂を通って異世界へと逃げ帰った。
若者の瞳は更に輝きを増し、手に持つ剣は遂に魔王へと向けられた。魔王は自分に匹敵する強さを持つ、そんな邪神を圧倒する得体の知れない若者から逃げようとした。
しかし、若者に凄まじい速さで詰め寄られ、戦わざるを得なかった。
その若者はやはり圧倒的な強さで魔王を追い詰めた。
神速の斬撃が魔王に対し幾度も放たれ、数分間の防戦一方な戦いの末に、魔王は倒れ込んだ。
その顔が地に伏せるとき、魔王はすでに生き絶えていた。
死してなお、邪悪で強大な魔力を持つ魔王は賢者の石を用いて封印されることとなった。
しかし、賢者の石は魔王を封印する際に失われてしまったため、戦いにより生じた魔物は地上に戦いの負の遺産として残さざるを得なかった。
戦況をたった1人で塗り替え、魔王と邪神を圧倒した孤高の狼のような若者を、天界の民は狼の勇者と呼び、称えた。
戦いを終え、女神の祝福を受けると、勇者は仲間と共に霞の中に姿を消していった。
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