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第二章 黄金の魔術師編
EP28 惨状
しおりを挟む朝日に照らされたキャンプ場、そこには凄惨な光景が広がっていた。
多くのテントに、人の物か野犬の物か分からない血が飛び散り、地面にも同じような肉片が散らばっていた。
それだけでも十分に悲惨な光景であったが、切り裂かれた野犬の死体だけでなく、喰われてしまった人間も僅かながら横たわっていた。
「こんなの・・・酷すぎる・・・。」
花は泣いている。
無理もない。普通に暮らしていれば、野犬に食い殺された人間も、切り裂かれた野犬も、飛び散る血も目にする事は殆ど無いのだから。
それは清也も同じだった。だが、花が元気に生きているという安心感が、清也の冷静さを保っていた。
「生きている人達を集めよう。現状の被害を確認できるし、重傷の人は君の魔法で回復するしか無い。
これ以上の犠牲は増やせないから、作戦を立て直して、全体で共有しないと。サーインに伝えてくるよ。」
清也はそう言うと、去っていった。
「待って私も・・・あっ、行っちゃった・・・。」
花は飛び散った血を、できる限り拭き取り始めた。
血はあまり衛生的で無い事を、職業柄知っていたからだ。
一通りテントを拭き終わると、あたりを見回してみた。
1人の金髪の男が倒れている、腕を噛まれているようだが、まだ息がある。
「あなた大丈夫?今助けてあげるわ!」
花はそう言うと、杖を振った。
倒れた男の体が緑色のオーラで包まれた。
そして、すぐに起き上がると、嘘のようにハツラツとし始めた。
「助かったぜ、ありがとな!って、うおっ!あの時の超可愛い子!
いやぁ~、これぞ運命の再会って奴だね!」
「あぁ~っ!あの時のチャラ男!もうっ!近寄らないでよ!」
「そう冷たいこと言わずにさぁ~!あれっ?この前の彼氏は!?もしかして別れた!?じゃあさぁ俺と・・・。」
花は早くも、助けた事を後悔し始めた。
「きゃあ~!誰か助けてぇ~!」
そう言って花は逃げ出した。
「あっ、待ってくれよ~!」
男は花を追いかける。
~~~~~~~~~~~~
清也はサーインに、みんなを一度集めるように提案した。
「そうすれば、現状を確認できます。今後の作戦も立てないといけません。」
「全くその通りだ。今すぐ伝令しよう。1時間後には作戦会議開始だ。」
花を呼びに行こうと、清也が自分達のテントに向かって歩き出すと、花が走って向かってくる。
「清也~!助けてぇ~!」
清也は咄嗟に、剣の柄へ手を置いた。野犬の残りが襲ってきたのかと思ったからだ。
しかし、花を追うものは野犬ではないらしい。
「あぁっ!彼氏!」
男がそう言い終わる前に、清也の拳がまたも飛んできた。今度は男は避けた。
「二度も同じ手は喰わんよっ!ハッハッハ!」
男はそう言ったが、今度は花に殴られた。
「ぐほぉっ・・・!」
「しつこいのよ!あんたっ!」
油断し切っているところに花の強烈な一撃を喰らい、倒れ込んだ男をよそに二人は駆け出した。
~~~~~~~~~~~
そのまま1時間が経つと、会議が始まった。
「みんなよく集まってくれた!
10人ずつに分かれて点呼をしてほしい。出来たグループから列になってくれ。」
集まった者たちの視線、その集合点に立つサーインは全体に向けて指示をした。
出発時にした点呼、そこでは254人がいた。しかし今回の点呼では、210人しかいなかった。
「まずは、ここにいない44人に黙祷・・・。」
60秒が経つと、サーインはまた話し始めた。
「では、今後の作戦について話し合おう。その前に怪我をしている者は、横に避けて欲しい。」
そう言われると約半数が避けた。
「歩けないほどの重傷の人から順に並んで」
花がそう言うと、彼女の前に長い列ができた。
「では、残った者で会議を続行するが、何か今後に関して案があるものはいるか?」
サーインがそう聞くと、清也が手を挙げた。
「僕に案があります。このまま前へと進んでも、絶対に再び野犬に襲われます。
今ならまだ引き返せます。ソントの町へと引き返しましょう。」
清也はこの状況における最善の案を述べたつもりだった。
「清也、君の言わんとすることはわかる。
ただ、多くの者は気づいていないと思うが、残念ながら引き返そうとしても、1日では戻れない。」
「なぜです!」
清也は驚いて聞いた。
1日で来れた道が、1日で戻れないわけがない。そう思ったからだ。
「実は・・・いや、君から話した方が良いだろう。」
そう言うとサーインは一人の若い、護衛と思わしき男に目をやった。
「本当に申し訳ありません!最後尾の私のミスで、行きに通った洞窟の一部が崩れてしまったんです!」
男は頭を下げて言った。
「みんな、彼を責めないでやって欲しい。彼は一緒に旅する相棒を助けようと必死だったんだ。
落石に足が挟まれた相棒を救うために、小型のダイナマイトを使ったらしい。
相棒は助かったらしいんだが、どうやら洞窟の中でも特に脆い部分だったようだ・・・。」
サーインは困ったような顔をして言った。
「じゃあ・・・帰り道は・・・。」
清也が呆然とした表情で言うと、サーインも重苦しそうに補足した。
「獣道か森の中を進んでいくしか無い。
それに比べたら、このまま森に面した道を行って、早いところ危険地帯を抜けた方がいい。」
早くもサーインは結論を出した。冷静だが、難しい判断だ。
「なら、やはり陣形を組んだ方がいいですよ。いつになれば、この森を抜けられるんですか?」
清也は少し呆れた表情で言う。護衛に掛かる心労が大きすぎる。
「うーん・・・今から出発すれば、遅くとも夜には抜けられると思う。」
サーインは首を傾げながら言った。
「いますぐだ!今すぐ行こう!」
民間人の方から、一際大きな声が上がる。
「そうだな。この森でもう一晩過ごすのは、明らかに自殺行為だ。治療が済み次第出発しよう。
みんなはテントを畳んできてくれ。」
サーインがそう言うと皆、各々のテントへ散って行った。
「陣形に関しては、生き残っている護衛人数÷2の数の班に分けて、護衛二人で守りながら進むのがいいと思います。」
今度は清也の声ではなかった。
振り向くと、そこにはラースが立っている。
「ラース!どうしてここに!?」
清也は驚いて聞いた。
「実は私も、人形製作費を少しだけ黄金の魔術師から借りてましてね。あと、旅の代金も。
今回の劇で、纏まったお金が手に入ったので、返しに行こうかと思いまして。」
ラースは笑顔で答えた。普段より幾分か若く見える。
「俺はその案に賛成だ。異論は?」
サーインが聞くが誰も手を上げなかった。
「満場一致だな。よし、これにて解散とする。残ったみんなも荷物を纏めてきてくれ。」
治療を終えた花は、清也のいるテントに戻って来た。
昨晩に張ったテントは、既に清也が畳んでいる。
「なんとか全員治療できたわ。範囲回復っていうのも、どうやら出来るみたいね。
テント、畳んでくれたんだ。ありがとう、じゃあ行きましょうか。」
花は少し疲れた様子で、荷物を背負った。しかし清也は、少しだけ腑に落ちない点がある。
「花、えぇと・・・このテント・・・ちょっと狭くない・・・?」
清也は遠慮がちに聞いた。畳みながら考えたが、そのテントは明らかに二人で寝るには窮屈だ。
「そんなわけないじゃ無い。ちゃんと2人用を・・・あれ?1人用って書いてある・・・。」
花自身、今まで気づいていなかったが、確かに1人用と書いてあった。
「まぁ、2人でなら入れないこともないでしょ!大丈夫よ!それに案外、狭い方が良いかも・・・♡」
花は驚くほどにポジティブだ。むしろ、喜んでいるように見える。
「隣町に着いたら書い直そうか・・・。多分隣町まではどちらかが夜は交代で見張りをするだろうし。」
清也は逆にかなりドライだ。
「べ、別に私はいいのよ!狭くても清也と一緒には寝られるわ!」
「流石に密着しすぎな気もするけど・・・まぁ、いっか・・・。」
清也は渋々了解した。そして、理性との戦いを覚悟した。
(やった!)
花は心の中で小躍りした。関係を深めるためのチャンスである。
「みんな行くぞぉー!」
サーインの合図で皆が班になる。どうやら5つの班に分かれるようだ。
護衛の人数が、昨日には10人より多くいた事を考えると、"そういうこと"なのだと清也は思った。
「みんなは僕たち二人が守るから安心して欲しい!
危なくなったら、僕のことは置いていってくれ!」
清也が勇敢な口調でそう言うと、横に立った花が擦り寄って来る。
「この人には、私がついてるから!」
花が清也の腕に巻き付きながら言った。
清也は腕に当たる柔らかい胸の感触に、少しギョッとした。
セーターの上からでも感じられるほど豊かな谷間が、清也の腕を包み込んでいる。
「グゥゥゥーー・・・!」
低い唸り声がしたので警戒したが、それは目の前の民間人かが嫉妬から発した物だった。
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