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2.不在の日
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土日のどちらか、凌太郎は丸一日外出してしまうことがたびたびある。
それについて文句があるわけではない。休日くらい好きに過ごさせてやれ、とも思う。ただ、正確に言えば凌太郎は普通の勤め人とは少し違う。七日間休みなく働き通しのこともあればその逆のこともある。だから毎朝、ばたばたと支度をしながら、決まった時間に慌ただしく家を出る俺をせせら笑う日もあるし、逆に休日いつまでも起きてこなかった俺に悪態を吐きながら何やら働いていることもある。凌太郎がどんな仕事をしているのかと聞かれても、俺は何も知らないのだ。
土曜日の朝からバタバタとなにやら慌ただしく支度をしていた凌太郎の所為で、テンションのあがったひじきが俺の部屋に侵入しベッドの上、つまりは俺の上を元気に飛び跳ね始めたのが午前七時。繰り返して言うと土曜日の朝、である。ひじきはどうせ、凌太郎の邪魔をして追い出されたのだろう。
「なにお前。飯食ったの?」
ちょうど近くに来たのをとっ捕まえて顔周りを撫でてやると、機嫌を良くしたか俺の問いには答えず鼻と口のあたりに頭突きを仕掛けてくる。ひじきはあまり鳴かないが、とにかく頭突きが好きな猫だ。そのしぐさを可愛いとは思うが、一切の容赦がないのでただ、痛い。起きるからどいて、と無理矢理身体の上から降ろすと不服そうに尻尾をばたばた振り回す。それでもベッドから降りて抱き上げてやると一瞬で機嫌を直すのだからチョロい奴だ。
ぐうぐうと喉を鳴らすひじきを抱えてリビングに出ると、何やらデカいリュックを傍に従えた凌太郎がソファに座って何かを飲んでいる。それを確認したひじきがすぐに腕の中で暴れ出し、飛び出して凌太郎の膝に駆けていくと、面倒臭そうに膝を空けそのまま膝に乗っけて、何事もなかったかのようにその腹を撫でている。
「コーヒー余ってるよ」
「飲む」
おはようもなければありがとうもない。キッチンには凌太郎の言った通り、ガラスのデキャンタにはコーヒーがほぼ一人分残っているし、ドリッパーは綺麗に洗われて洗いかごに伏せられている。朝っぱらから一体何をやっていたんだか。足元の食餌皿には、三分の一ほど残されたドライフード。冷蔵庫の扉に張り付いたホワイトボードには、お世辞にも綺麗とは言えないバランスの、朝済、の文字。これはひじきが時々もらったごはんを「食べてない」と言い張るので、一度それで凌太郎とひじきとが口論になり、これなら絶対言い逃れできないだろうと凌太郎が買ってきたものだ。もちろんそれでひじきのとぼけた振りが治るわけもないが、猫の体調管理の方法としては良いのではないかと思う。
「どっか行くの」
「ん」
それはただの肯定で、そこから話が広がることは一切ない。なんだかんだでもうこんな感じの関係を十年ちょっと続けているから、聞かれたくないとか、聞くまでもないとか、決してお互いに興味がないわけじゃないにしても、深く突っ込むこともなくなってしまっただけだ。
それはそれとして、気にはなるのだけれど。
「お土産買ってきて」
「嫌です」
「そうだろうよ」
行くわ、と言って凌太郎が立ち上がった。リュックを掴み背負いこんで、マグカップはテーブルに置いたまま。コーヒーを淹れてくれたんだから洗ってやるくらいはしてやろう、と思った。膝から無理矢理下ろされて凌太郎の脚に抗議の頭突きをするひじきを抱き上げて、玄関までついていく。
「行ってらっしゃい。お土産よろしく」
「嫌だっつってんだろ」
ばいばい、とひじきに手を振らせると、動物には律儀な凌太郎はひじきにだけ行ってきます、と言葉を返した。そしてスニーカーのつま先を、軽く二回。閉じたドアを確認し鍵を掛ける。これも暗黙の了解で、見送った方が内側から鍵を掛けることになっている。
「さて、何しよっか」
リビングに戻ってもひじきは俺の腕から逃げる気配がない。まだ八時にもなっていない土曜日の朝。膝の上でうう、と唸り、人を叩き起こしておいてうとうとし始めるひじきの顎の下を撫でているうち、コーヒーで覚めた目もまたゆっくりと眠気に近づいていく。
結局俺が目を覚ましたのは時刻が夕方に近づいてしまってからのことだった。朝から何も食べていない空腹の所為と、そろそろ夕飯を食べさせろと催促するひじきの所為だ。人の鎖骨を踏みつけにする猫を強引に下ろしてテーブルに置きっぱなしのスマートフォンを見ると、ちかちかとランプが光っている。
ほったらかしのマグカップを二つとスマホを持ってキッチンへ。ひじきのごはんをよそい、ホワイトボードにその旨を記載してからスマホを開くと、今朝出掛けたっきり帰宅の気配もない凌太郎から、ひどく素っ気ないひとことと画像が一枚、届いてた。
『土産』
どこで見つけたのやら、どこの土産なのかもわからない、猫用のおもちゃとおやつの画像。あんな大荷物を抱えて、本当にどこまで行ったのかさっぱり分からない。それにそれはひじきへの土産であって、俺へのものではない。
凌太郎の天邪鬼は今に始まったことじゃない。出掛けに俺が言った、土産というワードを回収したことだけでも上出来だ。今日中に帰るかどうかも分からないけれど、晩飯くらいは作っておいてやろう。
「よかったな、ひじき。お土産あるってさ」
スマホの画面を見せてやるとうなん、と鳴いてひじきが画面に激突する。冷蔵庫の中身を見た俺がしばし絶望し、結局一人分のカップ麺で妥協するのは、この後また数分後の話だ。
それについて文句があるわけではない。休日くらい好きに過ごさせてやれ、とも思う。ただ、正確に言えば凌太郎は普通の勤め人とは少し違う。七日間休みなく働き通しのこともあればその逆のこともある。だから毎朝、ばたばたと支度をしながら、決まった時間に慌ただしく家を出る俺をせせら笑う日もあるし、逆に休日いつまでも起きてこなかった俺に悪態を吐きながら何やら働いていることもある。凌太郎がどんな仕事をしているのかと聞かれても、俺は何も知らないのだ。
土曜日の朝からバタバタとなにやら慌ただしく支度をしていた凌太郎の所為で、テンションのあがったひじきが俺の部屋に侵入しベッドの上、つまりは俺の上を元気に飛び跳ね始めたのが午前七時。繰り返して言うと土曜日の朝、である。ひじきはどうせ、凌太郎の邪魔をして追い出されたのだろう。
「なにお前。飯食ったの?」
ちょうど近くに来たのをとっ捕まえて顔周りを撫でてやると、機嫌を良くしたか俺の問いには答えず鼻と口のあたりに頭突きを仕掛けてくる。ひじきはあまり鳴かないが、とにかく頭突きが好きな猫だ。そのしぐさを可愛いとは思うが、一切の容赦がないのでただ、痛い。起きるからどいて、と無理矢理身体の上から降ろすと不服そうに尻尾をばたばた振り回す。それでもベッドから降りて抱き上げてやると一瞬で機嫌を直すのだからチョロい奴だ。
ぐうぐうと喉を鳴らすひじきを抱えてリビングに出ると、何やらデカいリュックを傍に従えた凌太郎がソファに座って何かを飲んでいる。それを確認したひじきがすぐに腕の中で暴れ出し、飛び出して凌太郎の膝に駆けていくと、面倒臭そうに膝を空けそのまま膝に乗っけて、何事もなかったかのようにその腹を撫でている。
「コーヒー余ってるよ」
「飲む」
おはようもなければありがとうもない。キッチンには凌太郎の言った通り、ガラスのデキャンタにはコーヒーがほぼ一人分残っているし、ドリッパーは綺麗に洗われて洗いかごに伏せられている。朝っぱらから一体何をやっていたんだか。足元の食餌皿には、三分の一ほど残されたドライフード。冷蔵庫の扉に張り付いたホワイトボードには、お世辞にも綺麗とは言えないバランスの、朝済、の文字。これはひじきが時々もらったごはんを「食べてない」と言い張るので、一度それで凌太郎とひじきとが口論になり、これなら絶対言い逃れできないだろうと凌太郎が買ってきたものだ。もちろんそれでひじきのとぼけた振りが治るわけもないが、猫の体調管理の方法としては良いのではないかと思う。
「どっか行くの」
「ん」
それはただの肯定で、そこから話が広がることは一切ない。なんだかんだでもうこんな感じの関係を十年ちょっと続けているから、聞かれたくないとか、聞くまでもないとか、決してお互いに興味がないわけじゃないにしても、深く突っ込むこともなくなってしまっただけだ。
それはそれとして、気にはなるのだけれど。
「お土産買ってきて」
「嫌です」
「そうだろうよ」
行くわ、と言って凌太郎が立ち上がった。リュックを掴み背負いこんで、マグカップはテーブルに置いたまま。コーヒーを淹れてくれたんだから洗ってやるくらいはしてやろう、と思った。膝から無理矢理下ろされて凌太郎の脚に抗議の頭突きをするひじきを抱き上げて、玄関までついていく。
「行ってらっしゃい。お土産よろしく」
「嫌だっつってんだろ」
ばいばい、とひじきに手を振らせると、動物には律儀な凌太郎はひじきにだけ行ってきます、と言葉を返した。そしてスニーカーのつま先を、軽く二回。閉じたドアを確認し鍵を掛ける。これも暗黙の了解で、見送った方が内側から鍵を掛けることになっている。
「さて、何しよっか」
リビングに戻ってもひじきは俺の腕から逃げる気配がない。まだ八時にもなっていない土曜日の朝。膝の上でうう、と唸り、人を叩き起こしておいてうとうとし始めるひじきの顎の下を撫でているうち、コーヒーで覚めた目もまたゆっくりと眠気に近づいていく。
結局俺が目を覚ましたのは時刻が夕方に近づいてしまってからのことだった。朝から何も食べていない空腹の所為と、そろそろ夕飯を食べさせろと催促するひじきの所為だ。人の鎖骨を踏みつけにする猫を強引に下ろしてテーブルに置きっぱなしのスマートフォンを見ると、ちかちかとランプが光っている。
ほったらかしのマグカップを二つとスマホを持ってキッチンへ。ひじきのごはんをよそい、ホワイトボードにその旨を記載してからスマホを開くと、今朝出掛けたっきり帰宅の気配もない凌太郎から、ひどく素っ気ないひとことと画像が一枚、届いてた。
『土産』
どこで見つけたのやら、どこの土産なのかもわからない、猫用のおもちゃとおやつの画像。あんな大荷物を抱えて、本当にどこまで行ったのかさっぱり分からない。それにそれはひじきへの土産であって、俺へのものではない。
凌太郎の天邪鬼は今に始まったことじゃない。出掛けに俺が言った、土産というワードを回収したことだけでも上出来だ。今日中に帰るかどうかも分からないけれど、晩飯くらいは作っておいてやろう。
「よかったな、ひじき。お土産あるってさ」
スマホの画面を見せてやるとうなん、と鳴いてひじきが画面に激突する。冷蔵庫の中身を見た俺がしばし絶望し、結局一人分のカップ麺で妥協するのは、この後また数分後の話だ。
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