不変故事ー決して物語を変えるなー

紅野じる

文字の大きさ
上 下
7 / 11

7.依頼

しおりを挟む
 屋敷の前に待機していた籠にそれぞれ乗りこみ、三人は出発した。
紅家の屋敷からさほど遠くはなく、四半刻もすると金当主の待つ金邸に到着する。

 この「魔王养育正确的方式(通称:魔育)」は、魔界と人間界が共存する世界観で、人間界の「金家」「銀家」「銅家」の三大名家が魔界との均衡を保つために日々鍛錬をしている、という設定だ。
 三大名家とはあるが、その一族のみで守っているわけではなく、適性のある者を多く弟子として採って育てているようだ。

 魔界とは、種別問わず魔の心に支配された者たちが集った混沌世界であり、生まれつき悪の者、途中で心魔にやられて闇落ちした者などが有象無象に蠢いている。魔界の者たちは、人間の憎悪や妬み嫉みなどの負の感情を糧としているため、ちょくちょく人間界に災いをもたらしにくるが、魔王になるはずだった魔育の『攻め』が、一度物語の中で制したので今は落ち着いており、また魔王不在のため、魔界の勢力も今はそれほど強くない。

 均衡はその意味の通り"バランスを保つ"という事で、どちらの勢力が強くなっても駄目ということでもある。

 魔の力が強くなれば、悪の心に満ちたものが増えて世界が荒廃するし、人間の力が強くなれば、愚かなことに人間同士の中で争いが生まれて、結局のところ憎しみや悲しみが生まれてしまう。

 それは先述したように、魔界の糧となり、結果として魔の勢力を強める事となってしまうのだ。

 そしてなにより、やがて虐げられた側から『復讐心』が生まれ、世界を破滅へ導く者が現れる。これは物語のセオリーだ。均衡を保てているから、いまこの世界は平和な日々が送れていると言える。

 多くの物語では、魔は悪いものとして排除される“勧善懲悪”で書かれることが多い。それは読み手に分かりやすく、手軽にカタルシスを与えることができるからだろう。
 しかし、紅季月ホン・ジーユエは、魔と人間が共存するという、「魔育」のこの世界観が好きだった。

 「魔が差す」という言葉があるように、人の心は弱く、誰もが何かのきっかけで魔に心が支配される可能性があること知っている。ならば完全に排除するのではなく、共存していく方が健全だとすら思うからだ。

 どちらも、自分たちの信念のもとに動いているだけに過ぎない。

 そこで一方が「自分たちこそ正義だ」と主張し、武力行使にでればあっという間に争いが起きるという事は想像に難しくない。そう言った意味でも、物語を改変してしまって、せっかく平和なこの世界の均衡を崩すようなことがあってはならないのだ。

「まさかサブキャラの私が、そんな大それたことができるとは思えないけど」




 そんなことを考えているうちに、三人は金邸へ到着した。
名前にふさわしく、金色の塗装が施されており、煌びやかで豪華な屋敷だ。

(景気がいいな、ここは)

「紅先生、ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ」

 金泰然ジン・タイランの弟子の橙凛華(チェン・リンファ)が出迎え、客間へと案内してくれた。そこには本作品の元々の主人公である金泰然ジン・タイランがおり、紅一行を見ると立ち上がり丁寧に挨拶をした。

「紅先生、お待ちしておりました。どうぞ座ってください」

「金当主、お招きくださりありがとうございます」

(おー、小説で読んでいた金当主そのままだ。きりりとしていて、聡明な美しさがある青年だなぁ。この人が攻めキャラから毎夜・・・・・・いや今は考えないようにしよう。)

物語の主人公と対面し、紅季月ホン・ジーユエは”憧れの有名人”に会えたような感覚で少し心が沸き立ったが、同時に彼の夜の詳細まで思い出してしまい、本人を目の前にさすがに気まずいので思考を停止させた。

「紅先生、お茶です」

「ありがとうございます」

 橙凛華チェン・リンファが手慣れた様子で茶を運んで、さっとその場を後にした。彼女はとても明るく、しっかり者で皆を率いる姐御のような存在で、金当主からも信頼されている弟子だ。彼女については、物語にもよく出ていたので、システムに聞かずとも知っている。


 案内された椅子に座ると、早速金当主がシステムの存在に気づいた。

「ん?その方は?」

 紅季月ホン・ジーユエは、用意していた言葉を流暢に話す。

「彼は私の遠縁の者で、訳あって今日から私の元で修行することになった、白如雨バイ・ルーユーといいます。今日は彼をご紹介したく、同行させました」

 黄沐阳ホアン・ムーヤンに「ご挨拶しろ」とせっつかれて、システムは無表情のまま頭を下げて「よろしくお願い致します」と一言口にした。

 すると金当主は、システムをしばし見つめるので、紅季月ホン・ジーユエに緊張が走る。

「紅先生の遠縁の?そうですか。
なんだかその感じ、見覚えのある雰囲気だなと思ったんですが・・・お会いしたことないですよね。俺の気のせいですね」

「え、ええ・・・おそらく」






 ドキーッ!!紅季月ホン・ジーユエは表情にこそ出さなかったが、心臓が大きく跳ねた。

 さすが本編でシステムと一緒に居ただけあって、金当主はなんとなく雰囲気を感じ取っているようだ。しかし、まさか人間になっているとは思わないだろう。
 そんな作品を私も見たことがないのだから!

「ところで金当主、改まってどうしましたか?何か気になることがおありですか」

 紅季月ホン・ジーユエは金当主の意識をシステムから逸らすためにも、やや前のめりで自身をここに呼んだ理由を聞いた。

 もしかしたらここで、自分に与えられた任務を知ることになるかもしれない。そう思うと紅季月ホン・ジーユエは少し緊張と好奇心で自然と体が熱くなった。どんな任務が来ても、必ず達成しなくてはならない。

 金当主が口を開く。
「ああ、今回お呼びしたのは、先ほど先生方を案内した弟子の凛華リンファのことです。」

 思ってもいなかった回答に、紅季月ホン・ジーユエは肩透かしを喰らった気分になった。

凛華リンファ様?どうかされたんですか?」

「それが、凛華リンファの様子がおかしい気がして。
確かにあの子はよく気がついて、よく働く子です。弟弟子が力をつけてから、ますます修行に励むようになった。
最近、それが度を越している気がするんです。そして、時折思い詰めたような顔をしている。なにか病を抱えているのかもしれない。先生、ちょっと診てやってもらえませんか?」

 紅季月ホン・ジーユエは少し考えて、そしてひらめいた。

 もしかしたら、愛弟子が病気になって、当主をはじめ金家が悲しみに暮れ、物語崩壊ルート繋がるのかもしれない。
それを事前に阻止して、"物語に平穏な日常に戻すこと"が私の任務なんだな?!

 きっとそうだ!

 確認のため、ちらりとシステムの顔を見るが、見返してくるシステムの表情からはなにも読み取れない。

(なに?それどんな感情の顔なの??・・・うーん、全然わからん)

 ただ、美人と見つめ合う状態になっているだけだった。

「・・・・・・」
 脳内でやりとりできない今、表情が読めないのは圧倒的に不利である。今後の意思疎通をスムーズにするためにも、彼には感情を表に出す特訓が必要だな、と別の意味で決意した。

「金当主、承知しました!」

 紅季月ホン・ジーユエは金当主に向き直り、元気よく"橙凛華チェン・リンファを診る件"について承諾した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

お可愛らしいことで

野犬 猫兄
BL
漆黒の男が青年騎士を意地悪く可愛がっている話。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

光と闇の子

時雨
BL
 テオは生まれる前から愛されていた。精霊族はめったに自分で身籠らない、魔族は自分の子供には名前を付けない。しかしテオは違った。精霊族の女王である母が自らの体で産んだ子供、魔族の父が知恵を絞ってつけた名前。だがある日、「テオ」は消えた。  レイは生まれた瞬間から嫌われていた。最初は魔族の象徴である黒髪だからと精霊族に忌み嫌われ、森の中に捨てられた。そしてそれは、彼が魔界に行っても変わらなかった。半魔族だから、純血種ではないからと、蔑まれ続けた。だから、彼は目立たずに強くなっていった。  人々は知らない、「テオ」が「レイ」であると。自ら親との縁の糸を絶ったテオは、誰も信じない「レイ」になった。  だが、それでも、レイはただ一人を信じ続けた。信じてみようと思ったのだ。  BL展開は多分だいぶ後になると思います。主人公はレイ(テオ)、攻めは従者のカイルです。

過食症の僕なんかが異世界に行ったって……

おがとま
BL
過食症の受け「春」は自身の醜さに苦しんでいた。そこに強い光が差し込み異世界に…?! ではなく、神様の私欲の巻き添えをくらい、雑に異世界に飛ばされてしまった。まあそこでなんやかんやあって攻め「ギル」に出会う。ギルは街1番の鍛冶屋、真面目で筋肉ムキムキ。 凸凹な2人がお互いを意識し、尊敬し、愛し合う物語。

【側妻になった男の僕。】【何故か正妻になった男の僕。】アナザーストーリー

selen
BL
【側妻になった男の僕。】【何故か正妻になった男の僕。】のアナザーストーリーです。 幸せなルイスとウィル、エリカちゃん。(⌒▽⌒)その他大勢の生活なんかが覗けますよ(⌒▽⌒)(⌒▽⌒)

結婚を前提に異世界にきてくれませんか?

むー
BL
週4で深夜のコンビニバイトをしている可愛歩夢の悩み事は、最近一緒に働くことになった一個下のイケメン大学生の一后淡雪に口説かれていること。 しかも、事あるごとに「結婚を前提に一度僕の国に来て欲しい」と言う。 めちゃくちゃモテ男のクセに、同じ男のオレと結婚したいとしつこい淡雪が色んな意味でウザい。 そんな時、急に長期の休みが出来てしまい、誘われるまま淡雪の国に行ってみることになった。 だがしかし。 行ってみたら、そこは異世界だった……。 2021/10/31 連載開始 2022/6/26 第2部開始(1日2回更新予定)

処理中です...