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7.依頼
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屋敷の前に待機していた籠にそれぞれ乗りこみ、三人は出発した。
紅家の屋敷からさほど遠くはなく、四半刻もすると金当主の待つ金邸に到着する。
この「魔王养育正确的方式(通称:魔育)」は、魔界と人間界が共存する世界観で、人間界の「金家」「銀家」「銅家」の三大名家が魔界との均衡を保つために日々鍛錬をしている、という設定だ。
三大名家とはあるが、その一族のみで守っているわけではなく、適性のある者を多く弟子として採って育てているようだ。
魔界とは、種別問わず魔の心に支配された者たちが集った混沌世界であり、生まれつき悪の者、途中で心魔にやられて闇落ちした者などが有象無象に蠢いている。魔界の者たちは、人間の憎悪や妬み嫉みなどの負の感情を糧としているため、ちょくちょく人間界に災いをもたらしにくるが、魔王になるはずだった魔育の『攻め』が、一度物語の中で制したので今は落ち着いており、また魔王不在のため、魔界の勢力も今はそれほど強くない。
均衡はその意味の通り"バランスを保つ"という事で、どちらの勢力が強くなっても駄目ということでもある。
魔の力が強くなれば、悪の心に満ちたものが増えて世界が荒廃するし、人間の力が強くなれば、愚かなことに人間同士の中で争いが生まれて、結局のところ憎しみや悲しみが生まれてしまう。
それは先述したように、魔界の糧となり、結果として魔の勢力を強める事となってしまうのだ。
そしてなにより、やがて虐げられた側から『復讐心』が生まれ、世界を破滅へ導く者が現れる。これは物語のセオリーだ。均衡を保てているから、いまこの世界は平和な日々が送れていると言える。
多くの物語では、魔は悪いものとして排除される“勧善懲悪”で書かれることが多い。それは読み手に分かりやすく、手軽にカタルシスを与えることができるからだろう。
しかし、紅季月は、魔と人間が共存するという、「魔育」のこの世界観が好きだった。
「魔が差す」という言葉があるように、人の心は弱く、誰もが何かのきっかけで魔に心が支配される可能性があること知っている。ならば完全に排除するのではなく、共存していく方が健全だとすら思うからだ。
どちらも、自分たちの信念のもとに動いているだけに過ぎない。
そこで一方が「自分たちこそ正義だ」と主張し、武力行使にでればあっという間に争いが起きるという事は想像に難しくない。そう言った意味でも、物語を改変してしまって、せっかく平和なこの世界の均衡を崩すようなことがあってはならないのだ。
「まさかサブキャラの私が、そんな大それたことができるとは思えないけど」
そんなことを考えているうちに、三人は金邸へ到着した。
名前にふさわしく、金色の塗装が施されており、煌びやかで豪華な屋敷だ。
(景気がいいな、ここは)
「紅先生、ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ」
金泰然の弟子の橙凛華(チェン・リンファ)が出迎え、客間へと案内してくれた。そこには本作品の元々の主人公である金泰然がおり、紅一行を見ると立ち上がり丁寧に挨拶をした。
「紅先生、お待ちしておりました。どうぞ座ってください」
「金当主、お招きくださりありがとうございます」
(おー、小説で読んでいた金当主そのままだ。きりりとしていて、聡明な美しさがある青年だなぁ。この人が攻めキャラから毎夜・・・・・・いや今は考えないようにしよう。)
物語の主人公と対面し、紅季月は”憧れの有名人”に会えたような感覚で少し心が沸き立ったが、同時に彼の夜の詳細まで思い出してしまい、本人を目の前にさすがに気まずいので思考を停止させた。
「紅先生、お茶です」
「ありがとうございます」
橙凛華が手慣れた様子で茶を運んで、さっとその場を後にした。彼女はとても明るく、しっかり者で皆を率いる姐御のような存在で、金当主からも信頼されている弟子だ。彼女については、物語にもよく出ていたので、システムに聞かずとも知っている。
案内された椅子に座ると、早速金当主がシステムの存在に気づいた。
「ん?その方は?」
紅季月は、用意していた言葉を流暢に話す。
「彼は私の遠縁の者で、訳あって今日から私の元で修行することになった、白如雨といいます。今日は彼をご紹介したく、同行させました」
黄沐阳に「ご挨拶しろ」とせっつかれて、システムは無表情のまま頭を下げて「よろしくお願い致します」と一言口にした。
すると金当主は、システムをしばし見つめるので、紅季月に緊張が走る。
「紅先生の遠縁の?そうですか。
なんだかその感じ、見覚えのある雰囲気だなと思ったんですが・・・お会いしたことないですよね。俺の気のせいですね」
「え、ええ・・・おそらく」
ドキーッ!!紅季月は表情にこそ出さなかったが、心臓が大きく跳ねた。
さすが本編でシステムと一緒に居ただけあって、金当主はなんとなく雰囲気を感じ取っているようだ。しかし、まさか人間になっているとは思わないだろう。
そんな作品を私も見たことがないのだから!
「ところで金当主、改まってどうしましたか?何か気になることがおありですか」
紅季月は金当主の意識をシステムから逸らすためにも、やや前のめりで自身をここに呼んだ理由を聞いた。
もしかしたらここで、自分に与えられた任務を知ることになるかもしれない。そう思うと紅季月は少し緊張と好奇心で自然と体が熱くなった。どんな任務が来ても、必ず達成しなくてはならない。
金当主が口を開く。
「ああ、今回お呼びしたのは、先ほど先生方を案内した弟子の凛華のことです。」
思ってもいなかった回答に、紅季月は肩透かしを喰らった気分になった。
「凛華様?どうかされたんですか?」
「それが、凛華の様子がおかしい気がして。
確かにあの子はよく気がついて、よく働く子です。弟弟子が力をつけてから、ますます修行に励むようになった。
最近、それが度を越している気がするんです。そして、時折思い詰めたような顔をしている。なにか病を抱えているのかもしれない。先生、ちょっと診てやってもらえませんか?」
紅季月は少し考えて、そしてひらめいた。
もしかしたら、愛弟子が病気になって、当主をはじめ金家が悲しみに暮れ、物語崩壊ルート繋がるのかもしれない。
それを事前に阻止して、"物語に平穏な日常に戻すこと"が私の任務なんだな?!
きっとそうだ!
確認のため、ちらりとシステムの顔を見るが、見返してくるシステムの表情からはなにも読み取れない。
(なに?それどんな感情の顔なの??・・・うーん、全然わからん)
ただ、美人と見つめ合う状態になっているだけだった。
「・・・・・・」
脳内でやりとりできない今、表情が読めないのは圧倒的に不利である。今後の意思疎通をスムーズにするためにも、彼には感情を表に出す特訓が必要だな、と別の意味で決意した。
「金当主、承知しました!」
紅季月は金当主に向き直り、元気よく"橙凛華を診る件"について承諾した。
紅家の屋敷からさほど遠くはなく、四半刻もすると金当主の待つ金邸に到着する。
この「魔王养育正确的方式(通称:魔育)」は、魔界と人間界が共存する世界観で、人間界の「金家」「銀家」「銅家」の三大名家が魔界との均衡を保つために日々鍛錬をしている、という設定だ。
三大名家とはあるが、その一族のみで守っているわけではなく、適性のある者を多く弟子として採って育てているようだ。
魔界とは、種別問わず魔の心に支配された者たちが集った混沌世界であり、生まれつき悪の者、途中で心魔にやられて闇落ちした者などが有象無象に蠢いている。魔界の者たちは、人間の憎悪や妬み嫉みなどの負の感情を糧としているため、ちょくちょく人間界に災いをもたらしにくるが、魔王になるはずだった魔育の『攻め』が、一度物語の中で制したので今は落ち着いており、また魔王不在のため、魔界の勢力も今はそれほど強くない。
均衡はその意味の通り"バランスを保つ"という事で、どちらの勢力が強くなっても駄目ということでもある。
魔の力が強くなれば、悪の心に満ちたものが増えて世界が荒廃するし、人間の力が強くなれば、愚かなことに人間同士の中で争いが生まれて、結局のところ憎しみや悲しみが生まれてしまう。
それは先述したように、魔界の糧となり、結果として魔の勢力を強める事となってしまうのだ。
そしてなにより、やがて虐げられた側から『復讐心』が生まれ、世界を破滅へ導く者が現れる。これは物語のセオリーだ。均衡を保てているから、いまこの世界は平和な日々が送れていると言える。
多くの物語では、魔は悪いものとして排除される“勧善懲悪”で書かれることが多い。それは読み手に分かりやすく、手軽にカタルシスを与えることができるからだろう。
しかし、紅季月は、魔と人間が共存するという、「魔育」のこの世界観が好きだった。
「魔が差す」という言葉があるように、人の心は弱く、誰もが何かのきっかけで魔に心が支配される可能性があること知っている。ならば完全に排除するのではなく、共存していく方が健全だとすら思うからだ。
どちらも、自分たちの信念のもとに動いているだけに過ぎない。
そこで一方が「自分たちこそ正義だ」と主張し、武力行使にでればあっという間に争いが起きるという事は想像に難しくない。そう言った意味でも、物語を改変してしまって、せっかく平和なこの世界の均衡を崩すようなことがあってはならないのだ。
「まさかサブキャラの私が、そんな大それたことができるとは思えないけど」
そんなことを考えているうちに、三人は金邸へ到着した。
名前にふさわしく、金色の塗装が施されており、煌びやかで豪華な屋敷だ。
(景気がいいな、ここは)
「紅先生、ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ」
金泰然の弟子の橙凛華(チェン・リンファ)が出迎え、客間へと案内してくれた。そこには本作品の元々の主人公である金泰然がおり、紅一行を見ると立ち上がり丁寧に挨拶をした。
「紅先生、お待ちしておりました。どうぞ座ってください」
「金当主、お招きくださりありがとうございます」
(おー、小説で読んでいた金当主そのままだ。きりりとしていて、聡明な美しさがある青年だなぁ。この人が攻めキャラから毎夜・・・・・・いや今は考えないようにしよう。)
物語の主人公と対面し、紅季月は”憧れの有名人”に会えたような感覚で少し心が沸き立ったが、同時に彼の夜の詳細まで思い出してしまい、本人を目の前にさすがに気まずいので思考を停止させた。
「紅先生、お茶です」
「ありがとうございます」
橙凛華が手慣れた様子で茶を運んで、さっとその場を後にした。彼女はとても明るく、しっかり者で皆を率いる姐御のような存在で、金当主からも信頼されている弟子だ。彼女については、物語にもよく出ていたので、システムに聞かずとも知っている。
案内された椅子に座ると、早速金当主がシステムの存在に気づいた。
「ん?その方は?」
紅季月は、用意していた言葉を流暢に話す。
「彼は私の遠縁の者で、訳あって今日から私の元で修行することになった、白如雨といいます。今日は彼をご紹介したく、同行させました」
黄沐阳に「ご挨拶しろ」とせっつかれて、システムは無表情のまま頭を下げて「よろしくお願い致します」と一言口にした。
すると金当主は、システムをしばし見つめるので、紅季月に緊張が走る。
「紅先生の遠縁の?そうですか。
なんだかその感じ、見覚えのある雰囲気だなと思ったんですが・・・お会いしたことないですよね。俺の気のせいですね」
「え、ええ・・・おそらく」
ドキーッ!!紅季月は表情にこそ出さなかったが、心臓が大きく跳ねた。
さすが本編でシステムと一緒に居ただけあって、金当主はなんとなく雰囲気を感じ取っているようだ。しかし、まさか人間になっているとは思わないだろう。
そんな作品を私も見たことがないのだから!
「ところで金当主、改まってどうしましたか?何か気になることがおありですか」
紅季月は金当主の意識をシステムから逸らすためにも、やや前のめりで自身をここに呼んだ理由を聞いた。
もしかしたらここで、自分に与えられた任務を知ることになるかもしれない。そう思うと紅季月は少し緊張と好奇心で自然と体が熱くなった。どんな任務が来ても、必ず達成しなくてはならない。
金当主が口を開く。
「ああ、今回お呼びしたのは、先ほど先生方を案内した弟子の凛華のことです。」
思ってもいなかった回答に、紅季月は肩透かしを喰らった気分になった。
「凛華様?どうかされたんですか?」
「それが、凛華の様子がおかしい気がして。
確かにあの子はよく気がついて、よく働く子です。弟弟子が力をつけてから、ますます修行に励むようになった。
最近、それが度を越している気がするんです。そして、時折思い詰めたような顔をしている。なにか病を抱えているのかもしれない。先生、ちょっと診てやってもらえませんか?」
紅季月は少し考えて、そしてひらめいた。
もしかしたら、愛弟子が病気になって、当主をはじめ金家が悲しみに暮れ、物語崩壊ルート繋がるのかもしれない。
それを事前に阻止して、"物語に平穏な日常に戻すこと"が私の任務なんだな?!
きっとそうだ!
確認のため、ちらりとシステムの顔を見るが、見返してくるシステムの表情からはなにも読み取れない。
(なに?それどんな感情の顔なの??・・・うーん、全然わからん)
ただ、美人と見つめ合う状態になっているだけだった。
「・・・・・・」
脳内でやりとりできない今、表情が読めないのは圧倒的に不利である。今後の意思疎通をスムーズにするためにも、彼には感情を表に出す特訓が必要だな、と別の意味で決意した。
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