不変故事ー決して物語を変えるなー

紅野じる

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1.転生

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「先生、私BLが好きなんです。特に転生モノ。たまらないです」

「…BLにも転生モノがあるんですね」

 これは、とある精神科の診察室でのやりとりである。
 精神科医を務める藍宇軒(ラン・ユーシュエン)は、徹夜続きで若干クラクラする意識の中、自身が受け持つ患者のカウンセリングで『BLが好き』とカミングアウトされているのだ。

 この少女は、半年ほど前から不眠を訴え、藍宇軒ラン・ユーシュエンが勤務するこの病院で治療を受けている。長い時間をかけて、週に1度のカウンセリングを繰り返していくうちに、彼女の心が開いてきたのか、その"不眠"の原因を作っているのは「BL小説かもしれない」と、担当医の藍宇軒ラン・ユーシュエンにポツリポツリ話し始めた。
 なんとも言えない理由だが、患者にとっては深刻な悩みであるので、医者としては真剣に聞くほかない。

「先生は知らないの? 中華BLは、今は世界で注目されるくらい人気なんですよ! 本当に、眠れなくなるくらい面白いんです。先生も読んでみたら分かります! おすすめを紹介しますから、絶対に読んでくださいね!」

※※※

 午後22時。今日の診察を全て終え、様々な雑務をこなしながらデスクの上を整理していると、今日の少女が残していった"おすすめのBL小説(転生モノ)リスト"が目に入った。

「転生モノが流行っているとは聞くけど、BL界にまで浸透しているとは知らなかったな」

 リストを眺めながら、その多種多様なタイトルをいくつか検索にかけてみると、検索結果のトップに、それらの小説が試し読みできるサイトが表示された。どれも評価やレビュー数が多く、人気の高さが窺える。

──眠れなくなるくらい、面白いですよ!

 何がそこまで彼女達を惹きつけるのだろう?

 転生モノの作品を好む人の傾向に、現実のプレッシャーやストレスから逃れたい“逃避願望”があると言われるが、単なる現実逃避の心理のひとつとして片付けて良いのだろうか?眠れなくなるくらいって、相当だと思うが。
 
 藍宇軒ラン・ユーシュエンは本来、気になることはとことん調べるタイプだ。"自分が知らなかった答えが隠されているかもしれない"という事実は、真っ直ぐに彼の好奇心を掻き立てた。

「BLは読んだことはないけど、患者の心の理解を深めるために、少し読んでみるか。何か分かるかもしれないし」
 ちょうど明日から病院が連休に入る、読むにはぴったりのタイミングだった。

 そこからは早かった。なんと、藍宇軒ラン・ユーシュエンは多忙で寝不足だったにも関わらず、元々の好奇心旺盛な性格も合間って、この2連休、ほぼ2~3時間ほどの睡眠で"転生モノBL小説"を読みまくったのだ!

 普通なら途中で「俺は何をやっているんだろう?」と我に戻りそうなものだが、寝不足で判断力が低下している藍宇軒ラン・ユーシュエンには、ストッパーが無かった。
 勿論、課金もした。R-18も読んで、思わず目を覆ったりもした。物語を読むだけでは無く、それらの作品のレビューも全て読んだ。むしろ作品を読む人の心理を知りたかった藍宇軒ラン・ユーシュエンには、そちらの方が本命であるとも言える。

「確かに面白い。BLだけど、きちんと話の本筋があって、どんどん先が知りたくなる! 転生して物語をいい方向に変えるために四苦八苦する姿、その間に生まれる様々な人間ドラマは思わず応援したくなるな」

 藍宇軒ラン・ユーシュエンの青白い顔が少し興奮気味に紅潮した。

 直前まで読んでいた『魔王养育正确的方式(魔王の正しい育て方)』という作品のレビューを見てみると、どのレビューも高評価で、『最高でした!続編を書いてください!』など、賞賛の言葉が並んでいる。
 「わかる…」と言いながら、それらのコメントにいいね!をつけていく藍宇軒ラン・ユーシュエンの姿は、もう立派なファン以外の何者でもないことに、彼はまだ気づいていない。

 そんな中で、この作品だけやたらレビューに書かれていることがあった。

『システムがあまりにも淡白だ』 『つまらない』 『交代させろ』 『システムに再教育を』などだ。

 システムとは簡単に言うと、転生モノではお馴染みの設定のひとつで、アシスタントAIみたいなものだ。大抵は転生した主人公の目の前や脳内にデジタルモニターのように現れ、任務を遂行するためのヒントを出したり、獲得ポイント、減点ポイントを伝えたりするなど、ゲームの案内・進行役のような役割をする。

 作品ごとにシステムの個性は違っているが、割とユーモアなものが多かったように感じる。そう思うと、確かに『魔王养育正确的方式』のシステムは比較的落ち着いていたように思う。真面目だったのだ。

「システムも仕事しているだけなのに、色々言われて大変だな。ご苦労様、私は労うよ」

 システムの、あまり注目されていないが実は割とハードな仕事内容に、自身の仕事の忙しさを重ね、藍宇軒ラン・ユーシュエンは同情を隠せなかった。
 まあ、相手はデジタルモニターではあるけど。なんなら、本の中の架空のものだけど。

 脳内でシステムにお疲れ様と"なでなで"してあげていると、突然頭の中に【ピロリン♪】という小さな機械音が聞こえた気がした。

「?」


藍宇軒ラン・ユーシュエンは、誤ってPCに触れてしまったのかと思い画面を確認すると、驚くことにPC内の文字がひとつずつ消えていくのが見えた。

「やばい! ウィルスか!?」

PCがウィルスに感染してしまったのだと焦る藍宇軒ラン・ユーシュエンの脳内に、人間味のない機械的な音声が脳内に響いてくる。

【決定されました、システムを起動します】

「何か今声がしなかったか?」

 藍宇軒ラン・ユーシュエンはあたりを見回したが、とくに変わった様子は見られなかった。しかし、機械的な声はまた聞こえてくる。

【転送を開始します、3.2.1…】

「ふう。落ち着こう。ずっとまともに寝てなかったから幻聴も聞こえるだろ。ましてや転生モノ読んでいたし、その影響受けているのかも。また仕事がはじまるし、ちょっと寝たほうが...」

 言い終わらないうちに、藍宇軒ラン・ユーシュエンは気絶するようにベッドに倒れた。

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