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一章
妹を助けても…… 3
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俺は声一つ出なかった。違う、なにも考えられなかった。明らかに様子の変わった彩華の様子を見て、現実を受け止めることが、理解することができなかった。
「彩華、お前の兄の悠だ」
お父さんはそう言ったが、それでも理解したくなかった。まだ、どこかここが現実ではなく夢なのだと思いたい自分がいた。
「悠、とりあえずあとは任せた。そろそろ仕事に行かなくちゃならない。また後でな」
そう言うと、お父さんは俺を置いて病室を出てしまった。この現実を俺に突きつけるかのように。
俺が何を言おうと、何をしようと、この現実は否応なく俺を刺す。
けど、たった少しばかりの希望を、俺は捨てることができなかった。現状の状態だけで、判断しようだなんてできなかった。
「なあ、彩華。あの日のことを覚えてるか?」
あの日とは、彩華と遊園地に行った、雨の日に起きた事件のその日。
もし、彩華がそのことを覚えてないとしたらそれは、そういうことだ。彩華には記憶がない。
最近のことで、しかもあんな強烈な記憶を、そう簡単に無くすはずがない。忘れようと思っても忘れられるものでもない。
だって、俺はずっとその日のことの後悔で苦しんできたんだから。その日のことをずっと思い出して、なにもかもを考えられなかった。
何かをしようという気力すらなく、学校にも行けず。俺はただただ無気力に苛まれていた。
もちろん、それでも単に覚えてないだけで、それ以外を全て覚えてるならそれでいい。
あの日のことはなかったことにすればいい。
そうして、俺はずっと彩華の言葉を待つ。
彩華がなにか発してくれることを。もう一度彩華と話したいから。
そして、しばらくしてから、彩華はたったこれだけいった。
「知らない。なにも知らない」
それはまごうことなき彩華の声で、そこにはなんの思いも籠もってなくて……。
俺はただ真っ黒な未来の現実を突きつけられ、言おうとしてた言葉を失った。
そこに希望の『き』の字すらない現実に、俺はなにもかもを失った気さえした。
これからどうしたらいいかわからない。そう思ったら自然と、膝を折って土下座していた。
正確には土下座の姿勢になっていた。
けど、それでも、俺は謝りたいのだと気づいた。それがどんなにみっともない姿だったとしても、彩華にしっかりと謝って、許しを乞いたいと思っていた。
それが、ただの俺のエゴだったとしても。
けど、もし俺がここで謝ったとして、なんになるのだろうか? これまでの彩華はもういない。
目の前のいるのは、彩華であって彩華じゃない。彩華を思って謝っても、今目の前にいる彩華はそれすらわからない。
それなのに、ただの俺のエゴで目の前の彩華の形をしたなにかに謝って、なんになるのだろうか?
俺は謝りたい。けど、それは今の彩華にじゃない。自分のために謝りたいんじゃない。彩華と未来に歩むために、例え仲が良いわけじゃない兄妹の兄妹だったとしても、それでも一人の肉親として彩華の支えになりたかった。
今の俺にはなんにもない。今までの彩華を今の彩華を通して見ることしかできない。
俺は土下座の姿勢を崩すことなく、謝る代わりにこう言おうとしたときだった。
「だい、じょう、ぶ?」
俺の頭を撫でる感触と、拙いながらも発せられたその言葉に、俺は自分のあまりのバカさに嫌気が差した。
だって、目の前にいるのが今までの彩華と違ったのだとしても、彩華であることに変わりはない。彩華がそこにいることは変わらない。
それなのに、俺は今の彩華ではなく今までの彩華ばかり見て……。
これじゃ、俺は兄失格だ。
たとえそれが、今までの彩華でなくても、今までのように今の彩華と楽しく喋る。それこそが、今の俺ができる償いなのに。
これじゃ、俺は今までの彩華に謝る資格も、兄としての資格もない。
今の俺がすべきことはこんなことじゃない。
そう思うと、自然と前を向いていた。
「彩華。俺はお前に合わせる顔がない。会う資格もないかもしれない。けど、それでも俺はお前の兄で、それは絶対に変わらなくて。本当、俺はお前に助けられてばっかりで……」
そこで、俺は言葉を呑み込み、涙を堪える。
それでも、俺はこれだけは言おうと、彩華の目をしっかり見てハッキリと言った。
「だから、彩華。俺は大丈夫だから。きっと、大丈夫だから」
「よかった」
今の彩華がたとえ、今までの彩華と違うのだとしても、今の彩華を大切にしようと思った。
それが、今の俺が兄としてできる、彩華への懺悔のはずだから。
違う、懺悔だとかそんなことは本来は関係ない。兄としてそれは当たり前のことなんだから。
妹を思うのは兄として生まれた俺の義務なんだから。
俺は結局謝ることはできてない。謝りたくても謝ることはできない。
それでも、今は謝りたいとは思わない。
そりゃ、謝る機会があるのなら謝るつもりだ。けど、今の俺は謝ることよりも、感謝の気持ちを伝えたいと思っていた。
彩華にありがとうと、今まで言ってこなかった分のありがとうの気持ちを込めて、しっかりと伝えたいと。
今までの彩華ともう一度会えるなら、俺は謝罪よりも感謝を伝えたい。
そして、これからは彩華に自分の気持ちをしっかりと伝えていきたいと思った。
今しか伝えられない気持ちもあるのだから。
今の彩華はなにも覚えなくて、なにもかもを知らないだろうけど、それでも俺は彩華の兄なのだから。
「なあ、彩華。ありがとな」
「なんで? どうして?」
「いや、お前が居てくれてよかったと思って。お前ともう一度、話すことができてよかったなって思えたから。そう思わせてくれたから」
「…………私は、記憶喪失なんだって。なんも覚えてない。それなのに? そのことを知るとみんな悲しそうな顔をして、記憶を取り戻すことを願うのに」
「俺はそれでも、お前が、今の彩華が居てくれて本当によかったと思ったよ。話せてよかったと思った。だから、彩華ありがとう」
「そう、なんだ……」
今の彩華にとって、俺のこの言葉は予想外だったのか、本当に嬉しそうな、どこか照れくさそうな、そんな笑顔を見せてくれた。
それから、俺は彩華としばらくの間話していると、彩華の担当医と思わしきお医者さんが来たのだった。
「彩華、お前の兄の悠だ」
お父さんはそう言ったが、それでも理解したくなかった。まだ、どこかここが現実ではなく夢なのだと思いたい自分がいた。
「悠、とりあえずあとは任せた。そろそろ仕事に行かなくちゃならない。また後でな」
そう言うと、お父さんは俺を置いて病室を出てしまった。この現実を俺に突きつけるかのように。
俺が何を言おうと、何をしようと、この現実は否応なく俺を刺す。
けど、たった少しばかりの希望を、俺は捨てることができなかった。現状の状態だけで、判断しようだなんてできなかった。
「なあ、彩華。あの日のことを覚えてるか?」
あの日とは、彩華と遊園地に行った、雨の日に起きた事件のその日。
もし、彩華がそのことを覚えてないとしたらそれは、そういうことだ。彩華には記憶がない。
最近のことで、しかもあんな強烈な記憶を、そう簡単に無くすはずがない。忘れようと思っても忘れられるものでもない。
だって、俺はずっとその日のことの後悔で苦しんできたんだから。その日のことをずっと思い出して、なにもかもを考えられなかった。
何かをしようという気力すらなく、学校にも行けず。俺はただただ無気力に苛まれていた。
もちろん、それでも単に覚えてないだけで、それ以外を全て覚えてるならそれでいい。
あの日のことはなかったことにすればいい。
そうして、俺はずっと彩華の言葉を待つ。
彩華がなにか発してくれることを。もう一度彩華と話したいから。
そして、しばらくしてから、彩華はたったこれだけいった。
「知らない。なにも知らない」
それはまごうことなき彩華の声で、そこにはなんの思いも籠もってなくて……。
俺はただ真っ黒な未来の現実を突きつけられ、言おうとしてた言葉を失った。
そこに希望の『き』の字すらない現実に、俺はなにもかもを失った気さえした。
これからどうしたらいいかわからない。そう思ったら自然と、膝を折って土下座していた。
正確には土下座の姿勢になっていた。
けど、それでも、俺は謝りたいのだと気づいた。それがどんなにみっともない姿だったとしても、彩華にしっかりと謝って、許しを乞いたいと思っていた。
それが、ただの俺のエゴだったとしても。
けど、もし俺がここで謝ったとして、なんになるのだろうか? これまでの彩華はもういない。
目の前のいるのは、彩華であって彩華じゃない。彩華を思って謝っても、今目の前にいる彩華はそれすらわからない。
それなのに、ただの俺のエゴで目の前の彩華の形をしたなにかに謝って、なんになるのだろうか?
俺は謝りたい。けど、それは今の彩華にじゃない。自分のために謝りたいんじゃない。彩華と未来に歩むために、例え仲が良いわけじゃない兄妹の兄妹だったとしても、それでも一人の肉親として彩華の支えになりたかった。
今の俺にはなんにもない。今までの彩華を今の彩華を通して見ることしかできない。
俺は土下座の姿勢を崩すことなく、謝る代わりにこう言おうとしたときだった。
「だい、じょう、ぶ?」
俺の頭を撫でる感触と、拙いながらも発せられたその言葉に、俺は自分のあまりのバカさに嫌気が差した。
だって、目の前にいるのが今までの彩華と違ったのだとしても、彩華であることに変わりはない。彩華がそこにいることは変わらない。
それなのに、俺は今の彩華ではなく今までの彩華ばかり見て……。
これじゃ、俺は兄失格だ。
たとえそれが、今までの彩華でなくても、今までのように今の彩華と楽しく喋る。それこそが、今の俺ができる償いなのに。
これじゃ、俺は今までの彩華に謝る資格も、兄としての資格もない。
今の俺がすべきことはこんなことじゃない。
そう思うと、自然と前を向いていた。
「彩華。俺はお前に合わせる顔がない。会う資格もないかもしれない。けど、それでも俺はお前の兄で、それは絶対に変わらなくて。本当、俺はお前に助けられてばっかりで……」
そこで、俺は言葉を呑み込み、涙を堪える。
それでも、俺はこれだけは言おうと、彩華の目をしっかり見てハッキリと言った。
「だから、彩華。俺は大丈夫だから。きっと、大丈夫だから」
「よかった」
今の彩華がたとえ、今までの彩華と違うのだとしても、今の彩華を大切にしようと思った。
それが、今の俺が兄としてできる、彩華への懺悔のはずだから。
違う、懺悔だとかそんなことは本来は関係ない。兄としてそれは当たり前のことなんだから。
妹を思うのは兄として生まれた俺の義務なんだから。
俺は結局謝ることはできてない。謝りたくても謝ることはできない。
それでも、今は謝りたいとは思わない。
そりゃ、謝る機会があるのなら謝るつもりだ。けど、今の俺は謝ることよりも、感謝の気持ちを伝えたいと思っていた。
彩華にありがとうと、今まで言ってこなかった分のありがとうの気持ちを込めて、しっかりと伝えたいと。
今までの彩華ともう一度会えるなら、俺は謝罪よりも感謝を伝えたい。
そして、これからは彩華に自分の気持ちをしっかりと伝えていきたいと思った。
今しか伝えられない気持ちもあるのだから。
今の彩華はなにも覚えなくて、なにもかもを知らないだろうけど、それでも俺は彩華の兄なのだから。
「なあ、彩華。ありがとな」
「なんで? どうして?」
「いや、お前が居てくれてよかったと思って。お前ともう一度、話すことができてよかったなって思えたから。そう思わせてくれたから」
「…………私は、記憶喪失なんだって。なんも覚えてない。それなのに? そのことを知るとみんな悲しそうな顔をして、記憶を取り戻すことを願うのに」
「俺はそれでも、お前が、今の彩華が居てくれて本当によかったと思ったよ。話せてよかったと思った。だから、彩華ありがとう」
「そう、なんだ……」
今の彩華にとって、俺のこの言葉は予想外だったのか、本当に嬉しそうな、どこか照れくさそうな、そんな笑顔を見せてくれた。
それから、俺は彩華としばらくの間話していると、彩華の担当医と思わしきお医者さんが来たのだった。
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