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一章

打ち合わせの後は愛合傘? 3

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「いい? 人の容姿は基本どうしようもないの。どんなに背が高くなりたいと思ってても、背は伸びない。胸が大きくなってほしいと思っても、大きくならない。努力で少しはどうにかなるかもだけど、それは微々たるものなの。そういうものに対して悪く言ったんだから、なにをされても文句は言えないわよね?」

 なるほど、実体験か……。これはかなり説得力のある。感情がしっかり籠もった言葉だ。
 あれから、しばらくがみがみ言われながらそんなことを思う。いや、これは思って大丈夫じゃ……ないな。また気づかれたら面倒くさいし。

「さて、なにをしてもらおうかしら」

 どうやら気づかなかったらしい。なんというか、安堵する。そして、すぐに不安を誘う言葉が聞こえてくる。

「いや、だからな? 俺も悪いとは思ってるんだよ。だから謝っただろ?」

「そういうのは、謝ればいいってものじゃないのよ。そもそもね、そんなことを言うこと自体悪いんだから。まあ、そういうことだから諦めて制裁されなさい」

 なんとも理不尽なやつだ。だがまあ、それが赤里鈴音あかりすずねとも言える。なんというか、そんなところが彼女らしい。
 彼女と言えば理不尽、そんな感じだ。
 そう思うと、なんか微笑ましいような気もしてきた。

「なに、ニヤけてるのよ。ただでさえキモいその顔が、もう、見るに堪えないソレになってるわよ」

「制裁はその程度に──」

「なに言ってるのよ。今のはただの感想でしょ。そもそも、ニヤけるところなんてどこにあったのよ」

 あれだけ人の容姿が──とか言ってたくせに。まあ、そんなこと気にしても仕方ないので諦める。それが彼女だ。

「それで? 制裁ってなにするんだ?」

「そうね……。考えてみたけど、パッと思いつくものもないし、貸しいちってことにしとこうかしら」

「貸し、いち……?」

「そうよ。パッと思いつくものがなかったし、今度思いついたときにでも制裁することにするわ」

「えっと、それはなくなったりは──」

「するわけないでしょ。制裁は制裁よ。絶対に受けてもらうから覚悟しなさい」

 発端というか、始まりが俺であることはもちろん認めるのだが、制裁を受けるのが俺だけでないことは確かだろう。
 ただまあ、ここで抵抗しても無意味であるということは理解してるので、素直に「はい」と答えた。時には諦めることも大事なのだ。

 ✻

 太陽も沈み、ただ暗闇が街を支配するそんな時間、俺は女の子と一緒に歩いている。夜道をとびっきりかわいい女の子と一緒に歩いている。
 そんな、字面だけなら誰もが羨むであろうそんな状況。周り、というか周囲の人たちから見たら、俺と赤里あかりは彼氏彼女、つまりは恋人関係に見えるのではないだろうか?
 いや、別にそう見られていて欲しいとか、そう見られたいとか、そういうわけじゃない。
 ただ、俺の隣にとびっきりの美少女がいて、そんな状況を客観的に見たら、俺たちは付き合ってるように見えるのかな? なんていう、単なる疑問、純粋な懐疑心からそう思っただけで、彼女のことを意識してとか、そういったことではない。
 けど、まあ、付き合ってるように見えてるとしたら、隣のやつギルティーと思われてるだろうし、そもそも恋人というよりも兄妹きょうだいに思われてる可能性は十分にある。というか、その可能性が高いとも言える。男性なんかとすれ違っても、ねたむ声とか聞こえてこないし。
 まあ、隣を歩いてるやつの背が低いからな。そんなことを思ってると、

「あんた今、なんか失礼なことでも思ってなかった? 具体的にはそうね……私が子供っぽいとか、そんな感じね」

「えっ? いやー、別にそんな具体的なことは思ってない」

 いや、本当に勘がするどいなっ! どうしたらそこまでわかるようになるんだよ。ここまでくると、呆れるというよりも、尊敬の念を覚え始める。
 こいつ、絶対に自分の悪口を聞き逃さないタイプだな。いわゆる、地獄耳。

「そう、には、ね~。具体的じゃないなら、なんて思ったのよっ! ほら、答えなさいよ!」

 そう言って、俺の元まで迫ってくる赤里あかり。てか、近い。そこまで近づく必要なんてないだろ。

「で、なんて思ったわけ?」

「いや、そんな、おまえとは関係ないことだよ」

 嘘だ。大嘘だ。めちゃめちゃ関係ある。それでも、俺は一塁の望みを懸けて嘘をつく。もう、めんどくさいのはごめんだ。それに、思ってたことすべて話すことになるのだとしたら最悪だ。さすがにそれは、恥ずかしすぎる。
 そんなことを思っている最中にも、赤里あかりは俺の顔を覗き込みながら、いぶかしむ視線を送ってくる。

「……そう。まあ、それならいいけど……」

 どうやら気づかれずに済んだらしい。いや、気づかれてないのか、気づかなかった振りをしたのかはわからんけど。でもまあ、なんとかはなった。
 ただ、問い詰められなかった理由はよくわからない。まあ、今後嘘をつくときの参考にでもしよう。
 けど、そのときの赤里あかりの様子はいつもと少し違ってるような気がした。こう、なんか心の中で引っ掛かるというか。
 で、それを本人は精一杯隠そうとしてるような気がして、なんとなく俺も、もやもやする。
 そう、あのときをみせることなんてないはずだから。

「ねえ、今から少し話をしてもいいかしら?」

「一々そんなことを聞く必要あるか? さっきまでだって、普通に話してたわけだし、別に構わないけど」

「そういうことじゃないわよ。ただ、少し長くなる話だったから、前置きとして聞いたの。それで、話してもいいわけ?」

「うん……? まあ、特に話すことがあるわけでもないしな。駅までまだ時間も掛かるだろうし、ただ沈黙が続くよりも、その方が楽だしいいよ」

 なんとなく赤里あかりの様子がいつもよりも大人びて見えた。
 そんな、いつもとは違う雰囲気をまとっている赤里あかりはかわいいというよりも、どこか儚げで美しく、今にも消えてしまいそうだった。
 そして、そんな彼女は俺の庇護欲をそそり、そんな様子に俺はドキリとしてしまう。
 けど、そんな赤里あかりの様子はただただ違和感しかない。
 そうじゃない、これじゃない、そんな感じだ。そう、まるで目の前の彼女は赤里あかりでないかのような。
 俺が一人そんなことを思っていると、赤里あかりは一つため息をつくと、勇気を振り絞るようにこう言った。

「私が本を書こうと思ったきっかけは、あんたの絵だった」
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