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求める心は苦しくて
しおりを挟む三日後に婚礼の儀式を控えたリュカは、閉じ込められた部屋で衣装選びに苦戦していた。
普段は神官服を手直ししていたものや、町人と同じ布地の簡素な衣服ばかり着ていたので、目の前のきらびやかな衣装は似合わないだろうなと困惑する。
ふとリアムの姿が脳裏に浮かぶ。
夫であるクロヴィスの趣味であろうか、際どい衣装でなかなか派手である。
「はぁ」
当日までディランとは会えない約束だ。
なぜ、こんな事になってしまったのだろう。
すでに触手から解放はされてはいるが、砦から出られないように結界が張られていた。
逃げ出す気力もなく、気持ちを整理するのが精一杯である。
寝台に腰を沈めて瞳を閉じた。
なぜ、結婚など望むのだろう。
「ディラン、貴方は本当に、私を?」
ならば、喜んでいい筈なのに。
心は晴れない。
コツコツという扉が叩かれる音にリュカは我に返る。
顔を出したのは良く知っている青年だった。
「リアム」
「こんな時間にすみません」
厚手のローブを着込み頬は赤くなっている。
その背中を押して暖炉の傍の椅子に座らせた。
手を握ると冷たい。
リュカはしみじみと呟く。
「いつの間にか冬ですね」
「はい」
ユーディアには暖かい日も暑い日もあまりなく、肌寒い日々の方が多い。
神官が着るような、重苦しい生地の衣服でも、震える日が増えている。
リアムに用件を問うと、ある忠告を伝えに来たと話を切り出す。
何でも魔王が放った魔獣やドラゴンが、この辺りをうろついているらしい。
クロヴィスの結界を壊すほどの力を持つ魔獣も存在しており、特にドラゴンには気を付けるようにと王から伝言を承ったという。
ディランはその王であるクロヴィスの護衛としてつきっきりらしい。
「やはり、そうですか」
「リュカ様、ディランと結婚するの……嫌なんですか?」
「……嫌、というのは……」
リアムと視線を絡ませると見透かされた気分に陥る。
――この子に隠し事は、無意味か。
醜い自分を何度も見られているのだ。
ただ、リアムを怒らせるかもしれない。
リュカは囁くように気持ちを吐き出す。
「嫌なのは、彼が、ディランが」
「はい」
「陛下を……クロヴィスを、一番に考えている事です」
はっきり言葉にすると、胸がもやもやするのを感じて唾を飲む。
リアムは感情の読めない顔をしていて、耳を傾けている様子だ。
はあ……と息を吐き出し、リュカは言葉を続ける。
「私は、あの人を縛る枷にはなりたくないから、離れたかった……でも、いざあの人に求められたら……私を一番に……」
これ以上は口にできず、うつ向いて呟く。
「結婚はします……意味があるのかは、わかりませんけど」
「どうしてですか?」
「私が快楽を欲して性奴隷として生きるために、あの人の記憶を私が消そうとしたのだと思い込んでいる」
「そんな」
「話をしたくても体をなぶられて、結婚してもきっと同じです」
リアムと向かいあう形で椅子に座っていたリュカは、腰をあげると衣装選びに戻る。
振り返らないまま、リアムにお願いをした。
「婚礼に着る衣装選びを手伝ってくれませんか」
少しの間の後、リアムが隣に歩いてきて机上に広げられた衣装を見比べた。
そして、婚礼の儀式の日はやってくる。
結婚式はリュカが捕らわれていた砦の最上階、屋根のない空が見える場所で行われる。
ディランはそこで待っているのだ。
リアムと共に選んだ衣装は、白い生地に金の刺繍で鳥があしらわれており、陽の光にきらめいている。
あくまでも男性用の礼装であるのは安心した。
「リュカ様気を付けて」
「はい」
上階へと続く道を手を引かれ上っていく。
やがて、愛する人と隣に並んでいる陛下の姿が見えてきた。
――ディラン。
正装姿が新鮮に感じる。
早く傍に行きたいような、逃げ出したいような、不安な想いに囚われて足を止めた。
リアムが二段先で待っていてくれる。
一呼吸おいてから顔を上げた時、何かの声と風をなぐような音が聞こえた。
「え?」
「あぶない!」
リアムの叫び声の原因が、視界をかすめる。
その巨大な飛翔生物は突然現れた。
「ドラゴン!?」
リュカは上空で旋回する赤と黒のドラゴンに恐怖する。
思わずリアムを抱き締める形で上に駆けようとしたが、ディランと陛下にも黒いドラゴンが迫る――赤いドラゴンは、リュカ達に迫っていた。
「――――っ」
――ディラン、と叫ぼうとして、口を閉ざす。
こんな危機的状況でも、リュカはディランが大切な主であるクロヴィスを守るのだと暗い気持ちになったからだ。
せめてリアムだけでも……。
「リュカ様!?」
リアムを庇うようにしてドラゴンに背を向けた時、悲鳴が上がり、その声に身体が震える。
恐る恐る開いて見ると、ドラゴンが奇妙な体勢で泡を吹いていた。
首には剣が突き刺さっていて、ゆっくりと落下していく。
いつの間にか、リュカの背後にディランが立っていた。
どうやら、あの剣でドラゴンから守ってくれたらしい。
リュカは瞳を見開いてディランを見つめる。
その後方の上階では、ドラゴンとやりあうクロヴィスの声と爆音が響いていた。
「クロヴィス!」
「主様なら大丈夫だ」
ディランの言葉通り、やがて静寂が訪れる。
リュカは二人とともに階段を上りきり、ドラゴンを打ち倒した魔族の主を見据えた。
「クロヴィス!」
「俺とディランがいて良かったな……さて、さっさと契りの儀を執り行うぞ」
「はい」
ディランが今しがたドラゴンと戦ったというのに、あまりにも普段と変わらない態度で呆気にとられてしまう。
戸惑う間もなく、腰を抱かれて引き寄せられ、唇を塞がれた。
随分余裕のない口づけだなと感じながら、体の芯が熱くなってきてディランの胸を押すと踞る。
「ふう、ん?」
「脳内での詠唱だったが、うまくいったようだな」
「なにを」
自分を抱き起こすディランに、涙が滲む瞳を向けると、穏やかな笑みを浮かべていた。
心臓が急激にうるさくなり目を離せない。
「どうってことはない。お前が死ぬとき、俺もともに逝くだけだ」
「……は?」
間抜けな声を出してしまうが無理もないだろう。
今、とんでもない事を言わなかったか。
リュカは熱く感じる左胸に手を当てる。
そこに術をかけられたのだと感覚で理解した。
紋が刻まれたのだと。
「おい、ディラン」
「分かっています」
主の言葉にディランが真剣な面持ちでリュカに語りかける。
「お前に話したい事がある」
「……は、はい」
期待と不安に苛まれ、両腕をさすった。
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