魔王を愛した王子~恥辱の生涯~

彩月野生

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甘くて苦い思い出

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 盗賊達との激しい性交が終わった頃、部屋に入ってきたラントにルナンは助けを求める。

「あ、らんと」
「うお! ぐちゃぐちゃだなあ、あいつら後は任せたってぞろぞろ風呂にいきやがって」

 寝台で仰向けに寝転がり、浅い呼吸を繰り返しているルナンにラントが歩み寄って来て、綺麗な布で身体を拭き始めた。
 その柔らかさに安堵したのと同時に、酷い眠気に襲われて、ゆっくりと瞳を閉じた。


 ルナンはあの湖の畔にいた。
 隣には銀髪の青年が微笑んでいる。

 ――ヴァロゼ。

 初恋の人。胸が締め付けられて呼吸が苦しくなっていく。
 本当は知っていた。
 魔獣に襲われたというのは嘘で、何か隠しているのだと。
 心配する仲間達の忠告も聞かず、彼に夢中になり、何度も甘い口づけをした。

「ルナン。オマエはかわいいな」
「ヴァロゼ……」

 肩を抱かれ、額に優しく口づけをされると、鼻の奥がつんとしてくる。全身を包み込んでくれるその肉体は熱くて、安心した。

 〝オマエの事をもっと知りたい〟
 
 囁かれる甘い言葉に、気付けば身の上について喋っていた。
 
 そして、あの夜。聖剣を見せてあげようと思い、ヴァロゼに手渡すとじっくりと観察して――口元を吊り上げた。
 その目に宿る心は、愉悦と憎悪。
 
 禍々しい気を感じて、一歩後ずさると、視線があう。
 
「ルナン」

「あ」

 名前を呼ばれ足が動かなくなり、伸ばされた腕を振り払う事はできず、そのまま地面へ押し倒されて衣服を切り裂かれる。
 明らかにいつものヴァロゼではない、甘い性交とは違う。
 さらけ出す肌に歯を立てられ噛みつかれ、鋭い痛みに悲鳴を上げた。
 ヴァロゼの胸を何度も叩くが気にもとめず、血が流れるくらいにルナンの肌に牙を立てる。

「や、やめてヴァロゼ、なんで」
「喰らってやる! おまえの、スベテを……!」

 怒りと憎悪に満ちた声。まるで何かが取り憑いたように変貌し、恐怖が襲いかかってきた。
 凌辱され、口も後孔も白濁を注がれ、卑猥な言葉を教え込まれ、性欲処理の道具として使い棄てられた。

 ――ヴァ……ロゼ……。

 遠ざかる背中に必死に手を伸ばして、その名前を呼ぶ。
 だが、彼は二度と振り返る事はなく、遠くへ行ってしまった。


「ん……んうう」
「王子?」  

 手の平が温かい。誰かが包み込んでくれている。
 開いた視界に穏やかな笑顔が映り込む。
 茶色の目がルナンを静かに見つめていた。
 エルレイルが、手の平を握って見守ってくれていたようだ。

「ありがとう」
「いいえ。うなされてましたよ」
「夢を、見て」
「どんな夢ですか?」
「あの人の」

 エルレイルが身を寄せて抱きしめてくれる。
 男にしてはしなやかな身体が、彼のまとっている衣服越しに、体温を伝えてきて、自然とゆるやかな息を吐き出す。
 その胸にすがりついて泣きじゃくった。 

 ようやく嗚咽がおさまると、ラントも含めて、今後について話しあおうと提案される。
 ルナンは力なく頷いた。

 
 ラントを交えて卓を囲み、お茶を飲みつつ今後の行動について話し合う。
 ルナンの意志に皆を巻き込んだ形なので、今度は二人の意見を尊重しようと耳を傾ける。
 まず、エルレイルが疑問を口にした。

「ラントに訊きたい事があります」
「おう?」
「まず、彼らは私と王子を知っている様子でした。それは、貴方が彼らにあらかじめ伝えていたという事なのではないですか?」
「それは……」
「貴方はまるで私達がここに来る事を分かっていたかのように、導きました」
「……」

 確かにルナンも同じように感じていた。
 例え今ここにいるのが偶然だったとは言え、いずれは……と企んでいた可能性も否めない。
 仲間だと受け入れてはいるが、ラントはあくまでも盗賊だ。
 ルナンの命を助けてくれた恩があるとはいえ、彼の素の部分には注意が必要だろう。

 彼を信じ切れないのは仕方のない事だろう。
 エルレイルは意を決して確かめようとしているように見える。
 
 それに対して、ラントは腕を組むとため息をついた。

「そんなに警戒するなって、全部話すから」

 ラントは食べ物や珍しい武器を目当てに、何度もムートに訪れており、出入り口のあるこの区域付近の家にアジトを構え、交代制で守っていたのだという。
 月に数日は姿が見えなかったのは、その為かと合点がいく。
 ルナンに近づいた当初は、魔王側に密告をするつもりだったと告白した。その際、盗賊仲間達に、王子とその仲間達について容姿や性格など、詳細を話していたという。
 以前、ムートで魔王の側近に声をかける機会に恵まれたが、その時に偶然耳に入った話を聞いてしまい、諦めたという。
 その話をきいて、逆に殺されてしまう可能性を考えたのだと。

「どんな話ですか?」

 エルレイルの強めの口調に、ラントは頭をかきつつ返答する。

「奴ら、ルナン王子達の存命と居所を突き止めてたみてえで」
「は?」
「……」

 驚くルナンとは裏腹に、エルレイルは神妙な面持ちで瞳を伏せた。まるでこの事実を知っていたかのような素振りである。
 どういう事なのか説明を求めると、エルレイルが淡々と話し始めた。

「王子、我々が住処を放って皆でやって来たのは、何故かわかりますか?」
「え」
「我々以外にも、湖を挟んだ先には住んでいる人達はいます。でも、恐らく魔王側は襲っては来ないだろうと見越していたからです」
「……じゃ、エルレイルは、魔王に俺達の居場所を知られてるって、確信してたのか」
「ええ」

 深く頷くのを見て、ルナンは訝しむ。
 なら、何故知った時点で襲ってこないのかと。
 疑問は見抜かれてるようで、エルレイルはさらに考えを述べた。

「何故彼らは襲ってこないのかずっと不思議でした。疑問は解決しないまま時は過ぎ、王子は無事成人を迎え、聖剣を扱える時がやって来ました。その時期を狙うかのように、あのあやしい男が現れた」
「ヴァロゼ……」
「ええ。しかし、その彼も王子の命を奪う事はなく、聖剣を奪って我々をこのムートへ誘導しました。魔王のいるこの国に」
「……罠って事は俺も分かってるよ」

 ルナンはふてくされたような物言いになってしまい、口を閉じる。
 先ほどから黙って話を聞いていたラントが、盛大なため息を吐き出すと、口を開く。

「お前らが王子さんをきちんと教育しなかったから、あんな分かりやすい罠に引っかかったんじゃねえの?」
「罠って」

 ラントがルナンを見据えて首を鳴らす。

「だから、色仕掛けってやつだろ? 王子さんをたぶらかして、まんまと剣を盗んだ挙げ句、魔王の国に誘導したんだ」
「……それは」

 痛い指摘をされてなんて言ったらいいのか困った。
 確かにルナンはヴァロゼに恋をして、まんまと聖剣を奪われてしまった。
 こういう罠もあるのだと教えて貰っていたら、少しは警戒できていただろうか。

 ――いや、無理だ。

 あの強烈な刺激には、抗えないと感じる。

「王子、申し訳ありません」
「え?」

 突然頭を下げて謝るエルレイルに、ルナンは動揺した。
 何故、謝られるのか全く分からない。
 ルナンは手を振ってエルレイルに顔を上げるように話す。

「なんで謝るんだよ、俺がぜんぶ悪いのに!」
「いいえ。王子と男の逢瀬や剣を持ちだした時に、きちんと止めていれば、止められなくてもせめてその場にいれば、この事態は避けられた筈なのです」
「いや、だってそれは……」
「あ~もう、そういうのやめようぜえ!」

 大きな音を立てて椅子から立ちあがったラントに、ルナンもエルレイルもぎょっとして顔を向けた。
 ラントは陽気な顔つきでエルレイルの隣に立つと、背中をばしばしと叩く。

「いった」
「ここまで来ちまったんだ、王子で遊んだ奴らにも協力させるから、作戦立ててさっさとずらかろうぜ。要するに、聖剣を奪い返して、魔王に知られていない安全な場所に、一旦身を隠すっていう状態になればいいんだろ?」
「それは、そうですが」
「隠れる場所なら任せておけ、俺よりあいつらが役に立つ。と、その前に……一つ頼みがある」

 エルレイルの肩に腕を回したラントが、ルナンを真剣な目つきで見つめた。どきっとするが、続きを促す。

「頼みって?」 
「ある野郎を助け出すのを手伝ってもらいてえんだ、男娼にされてるんだけどよ」

 ルナンもエルレイルも、ラントの話に真剣に聞き入った。

 


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