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32温もりに募る愛しさ
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激しい頭痛と共に意識が浮上する。
「ん……」
腕を伸ばして指が動くのを視認すると、ゆっくり上半身を起こした。
軋んだ音は、寝かされていた寝台が軋む音だった。
木の香りが落ち着く。小さな部屋の寝台に寝かされていたようだ。
「ここは、どこだ?」
サビーノの姿がどこにもない。
この狭い部屋の中には、フリオ一人しかいないのだ。
部屋の扉に手をかけると鍵はかかっておらず、外側に音を立てて開いていく。
ふいに香ばしいニオイが漂ってきて、なんだか夢を見ているのではと思えてくる。
年季の入った木の廊下を、足音がしないように歩を進めていった。
突き当たりの部屋の扉の向こうから、誰かが喋っている声がする。
そっと耳を当てて声を拾おうと集中した。
「サビーノさん、それはちぎるものじゃないですよ」
「む?」
――サビーノ、だって!?
フリオは焦る気持ちを抑えきれず、扉に体当たりして無理矢理こじあけた。
「サビーノ!!」
「うわあああ!!」
「なんだ?」
窓際に並んで立っている二人を見て、口をあんぐりとあける。
サビーノと向き合っているのは、よく知っている顔だったからだ。
「ジョエル!?」
「あ、起きましたか」
「な、なんで」
ジョエルは手に持っていたナイフを卓上に置くと、舌をちろりと出して肩を竦める。
目を丸くしているサビーノから離れると、フリオに近づいてそっと耳打ちした。
(驚かないでくださいね、サビーノさんは記憶を失ってます)
……!
驚きよりも、やはりかという落胆の気持ちが大きい。
気を失う前に見たサビーノは、フリオが分からない様子だったからだ。
ジョエルはさらに言葉を続ける。
(しかも、名前以外はわからないみたいで)
(そうか……)
強力な魔術を行使したせいか、もしくは谷底に落下した際に、打ち所が悪かったのか――何にせよ、命があるだけでも幸福な事だと思う。
対して、自分が生きている事を喜んでいいのかは、複雑な気持ちではある。
様々な思いが脳内を駆け巡る。
何が起こったのかジョエルに説明を求めると、サビーノに何か声をかけてフリオだけ、外に連れ出された。
庭に案内されて小さな家を眺める。
赤い屋根のぬくもりを感じさせる木造の家屋だ。
「俺とサビーノが住んでいた小屋よりマシだな」
「そうですか? えっと何から話しましょうか」
庭の隅に植えられている木の幹に背を預け、ジョエルの話に耳を傾ける。
「異変を感じたオディロン様は、あらかじめフリオ様の国に兵士を送り込んでいたんです、そこにあの処刑の話が持ち上がって」
「そうだったのか」
「オディロン様は城に残らないといけなかったから、代わりに僕とサンビア達で様子を伺っていたら、二人が追い詰められて……本当はその前に助けられれば良かったのに」
「いや、いいんだ。俺とサビーノを治療してくれてありがとう」
「いい薬を持ってきてて良かったです。サビーノ様の記憶も戻せれば……」
「……いや。俺は、サビーノにはいっそこのまま何もかも忘れて貰えればって思う」
「え? だ、だってフリオ様の事だって忘れてるんですよ!?」
「ああ……それでもだ」
忘れたのなら、これから新たな思い出を作ればいいのだ。
どうせろくな記憶などない。
「フリオ様?」
「俺が、あいつの過去を覚えていてやるし、俺は、ただの一人の男としてあいつの傍にいたいんだ」
ジョエルが何か言いたそうに口を開くが、そっと顔を背ける。
木漏れ日が気持ちの良い日だ。
暗い過去が幻のように思えてくる。
――俺とあいつが過ごした時間は、幻じゃないけどな。
ジョエルと共に家の中に戻り、台所で待っているサビーノの元へ向かう。
「オマエはフリオというのか」
「ああ」
「サビーノさんと一緒に旅をしていた人なんですよ」
「ほお」
「記憶以外は問題ないみたいで良かったな」
「ああ! この通りピンピンしてるぞ! ジョエルから教わった料理も完成した所だ」
「へえ~、サビーノが作ったのか」
フリオが問いかけるとサビーノが尻尾を振って、鍋の中身を見せてくる。
豆と野菜のスープだった。
野菜の葉がいびつな形になっているので、これを手でちぎっていたようだ。
「早速たべましょ、お腹空いてますよね?」
「ああ、ありがとう。あと、水が欲しい」
「そうですね! さあ、サビーノさんも座って」
「ああ」
ひとまず食事にありつけて、フリオは安堵の息をつく。
こうしてまた普通に食卓を囲めるのが嬉しかった。
――父上。
急に処刑される父の姿が脳裏に蘇り、さじにすくったスープを零して頭を卓の上にぶつけてしまう。
「おい!! 大丈夫か」
「あ、ああ。悪い」
「フリオさん!?」
――ダメだ。
と思った。普通にしようとしても、あの父の姿が脳裏に蘇り、フリオの心を苦しませる。
自分の失態で殺してしまったようなものだ。
何故、このまま家族は幸せに暮らせるのだと考えていたのだろう。
「……俺の、せいで」
「泣くな」
ぎゅうう。
「!」
サビーノが包み込んでくれた。
ふさふさの毛が頬にあたってくすぐったい。
それに、やけに温かい。
その温もりにもっと包んで欲しくて、顔を胸元に埋めると、こらえきれない嗚咽を漏らす。
頭を撫でる手つきは、フリオが知っているサビーノの、優しい掌だった。
しばらく泣いていたフリオを、サビーノはいつまでも抱きしめてくれた。
「ん……」
腕を伸ばして指が動くのを視認すると、ゆっくり上半身を起こした。
軋んだ音は、寝かされていた寝台が軋む音だった。
木の香りが落ち着く。小さな部屋の寝台に寝かされていたようだ。
「ここは、どこだ?」
サビーノの姿がどこにもない。
この狭い部屋の中には、フリオ一人しかいないのだ。
部屋の扉に手をかけると鍵はかかっておらず、外側に音を立てて開いていく。
ふいに香ばしいニオイが漂ってきて、なんだか夢を見ているのではと思えてくる。
年季の入った木の廊下を、足音がしないように歩を進めていった。
突き当たりの部屋の扉の向こうから、誰かが喋っている声がする。
そっと耳を当てて声を拾おうと集中した。
「サビーノさん、それはちぎるものじゃないですよ」
「む?」
――サビーノ、だって!?
フリオは焦る気持ちを抑えきれず、扉に体当たりして無理矢理こじあけた。
「サビーノ!!」
「うわあああ!!」
「なんだ?」
窓際に並んで立っている二人を見て、口をあんぐりとあける。
サビーノと向き合っているのは、よく知っている顔だったからだ。
「ジョエル!?」
「あ、起きましたか」
「な、なんで」
ジョエルは手に持っていたナイフを卓上に置くと、舌をちろりと出して肩を竦める。
目を丸くしているサビーノから離れると、フリオに近づいてそっと耳打ちした。
(驚かないでくださいね、サビーノさんは記憶を失ってます)
……!
驚きよりも、やはりかという落胆の気持ちが大きい。
気を失う前に見たサビーノは、フリオが分からない様子だったからだ。
ジョエルはさらに言葉を続ける。
(しかも、名前以外はわからないみたいで)
(そうか……)
強力な魔術を行使したせいか、もしくは谷底に落下した際に、打ち所が悪かったのか――何にせよ、命があるだけでも幸福な事だと思う。
対して、自分が生きている事を喜んでいいのかは、複雑な気持ちではある。
様々な思いが脳内を駆け巡る。
何が起こったのかジョエルに説明を求めると、サビーノに何か声をかけてフリオだけ、外に連れ出された。
庭に案内されて小さな家を眺める。
赤い屋根のぬくもりを感じさせる木造の家屋だ。
「俺とサビーノが住んでいた小屋よりマシだな」
「そうですか? えっと何から話しましょうか」
庭の隅に植えられている木の幹に背を預け、ジョエルの話に耳を傾ける。
「異変を感じたオディロン様は、あらかじめフリオ様の国に兵士を送り込んでいたんです、そこにあの処刑の話が持ち上がって」
「そうだったのか」
「オディロン様は城に残らないといけなかったから、代わりに僕とサンビア達で様子を伺っていたら、二人が追い詰められて……本当はその前に助けられれば良かったのに」
「いや、いいんだ。俺とサビーノを治療してくれてありがとう」
「いい薬を持ってきてて良かったです。サビーノ様の記憶も戻せれば……」
「……いや。俺は、サビーノにはいっそこのまま何もかも忘れて貰えればって思う」
「え? だ、だってフリオ様の事だって忘れてるんですよ!?」
「ああ……それでもだ」
忘れたのなら、これから新たな思い出を作ればいいのだ。
どうせろくな記憶などない。
「フリオ様?」
「俺が、あいつの過去を覚えていてやるし、俺は、ただの一人の男としてあいつの傍にいたいんだ」
ジョエルが何か言いたそうに口を開くが、そっと顔を背ける。
木漏れ日が気持ちの良い日だ。
暗い過去が幻のように思えてくる。
――俺とあいつが過ごした時間は、幻じゃないけどな。
ジョエルと共に家の中に戻り、台所で待っているサビーノの元へ向かう。
「オマエはフリオというのか」
「ああ」
「サビーノさんと一緒に旅をしていた人なんですよ」
「ほお」
「記憶以外は問題ないみたいで良かったな」
「ああ! この通りピンピンしてるぞ! ジョエルから教わった料理も完成した所だ」
「へえ~、サビーノが作ったのか」
フリオが問いかけるとサビーノが尻尾を振って、鍋の中身を見せてくる。
豆と野菜のスープだった。
野菜の葉がいびつな形になっているので、これを手でちぎっていたようだ。
「早速たべましょ、お腹空いてますよね?」
「ああ、ありがとう。あと、水が欲しい」
「そうですね! さあ、サビーノさんも座って」
「ああ」
ひとまず食事にありつけて、フリオは安堵の息をつく。
こうしてまた普通に食卓を囲めるのが嬉しかった。
――父上。
急に処刑される父の姿が脳裏に蘇り、さじにすくったスープを零して頭を卓の上にぶつけてしまう。
「おい!! 大丈夫か」
「あ、ああ。悪い」
「フリオさん!?」
――ダメだ。
と思った。普通にしようとしても、あの父の姿が脳裏に蘇り、フリオの心を苦しませる。
自分の失態で殺してしまったようなものだ。
何故、このまま家族は幸せに暮らせるのだと考えていたのだろう。
「……俺の、せいで」
「泣くな」
ぎゅうう。
「!」
サビーノが包み込んでくれた。
ふさふさの毛が頬にあたってくすぐったい。
それに、やけに温かい。
その温もりにもっと包んで欲しくて、顔を胸元に埋めると、こらえきれない嗚咽を漏らす。
頭を撫でる手つきは、フリオが知っているサビーノの、優しい掌だった。
しばらく泣いていたフリオを、サビーノはいつまでも抱きしめてくれた。
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