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22悪念降誕
しおりを挟む絞り出すような苦しい叫び声を上げ続けたフリオは、その場に膝をついて腹と喉を押さえるが、鎧の上からなので肌を直接さする事はできず、あまりの苦しみに地面を転がる。
――身体が、燃えるように……あついい……!!
歯を食いしばり足に力を込めるが、立ち上がる事ができない。
このままではサビーノに狩られてしまう……!!
こんな所で終われない……!!
「う、ぐぅううう……!!」
口端から血が滴り落ち、両手の爪も割れて血が流れていた。
火で焼かれたような痛みが全身を襲う。
そんな狂った状況でも頭では理解していた……ああ、ついに産まれるのだと……。
「フリオ?」
サビーノが戦意を失ったような声音で手を伸ばしてくる。
異様な光景に唖然としている様子だった。
フリオはサビーノを睨み付けながら、怒声を言い放つ。
「これで、オマエはおしまいだ!!」
笑ったつもりだったが、頬がひきつれたのを感じただけで、朦朧とする意識の中で仰向けになり、浅い呼吸を繰り返した。
どくどく……と心臓が激しく脈打つのと同時に、激しい胎動を感じる。
瞳を閉じて念じた。
――産まれてこい、我が憎悪の権化よ。
腹をさすった瞬間だった。ずるり――何かが腹から出ていく感触を感じた。
うっすらと開けた視界に、その生物は宙に浮かんでいた。
フリオの腹から幾重にも重なった紫の光が、その肢体に絡みついている。
鋭い牙を持ち、ケダモノの耳を持った。半獣人の男の子供。
十歳くらいの人間の子供に、ケダモノの耳と牙がついたような生き物である。
瞳は鋭く赤い。どう見てもその目も牙もサビーノのものだ。
……何故……?
地に伏せたまま呆然とその子供を見上げていると、ふいに子供がフリオから切り離され、すうっと目の前に降り立つ。
長い金の髪を手で払い、フリオを見据えている。
やがて唇がゆっくりと蠢いた。
「ボクは、母の願いを叶える為に産まれた」
「……オマエは」
「ボクの父はサビーノ、母はフリオ」
「……!?」
そんな、馬鹿な!?
子供は無表情でフリオを見つめて、さらに言葉を吐き出した。
「母の願いは全ての獣人を抹殺する事、弟を守れなかった父を殺す事、弟を生贄として差しだした大国を滅ぼす事」
「な、なにを言っているんだ?」
「そして、弟を守れなかった己を赦せない母の命を終わらせる事」
「……そ、それは……!」
全てを見透かされていた。唇を噛みしめて地に蹲る。
この子は憎悪だけでなく、フリオの苦しみと悲しみも抱え込んでいた。
それに、父はサビーノだと言ってのけた。
とんだ茶番だと思った。ただ、自分は自棄になっているだけじゃないか。
ジャリ。
土を踏みしめる足音に顔を上げると、サビーノが隣に立っていた。
子供を睨み付けて牙を覗かせている。
「オマエは、確かに我の子だ。その赤い目と牙を見ればわかる」
「サビーノ……」
「ボクは母の中で、産まれようとしていた子種を殺した。だから、ボクは産まれることができた。でも、かわいそうだったから、ボクはその子の力だけを受け継いだんだ」
フリオは驚愕で身が震えるのを感じて、息を飲む。
「ならば、オマエは全てを滅ぼすというのだな? 己の母も含めて」
「そうだよ。それが母の願いだから」
「フリオは、我のモノだ。殺す事は許さん!! 例え我が子だとしてもだ!!」
サビーノは背中に携えていた槍を手に持つと、子供に槍先を向けた。
戦場だというのに鎧を纏わないこいつが、武器を持つ姿は珍しい光景だった。
――全てを終わらせるか。
疲弊した心は、子供を拒絶しようとはしなかった。
むしろ全てを終わらせてくれるのなら、それでもいいのではと強く想うのだ。
心の奥底では、父さえも恨んでいたのだと自覚させられた。
――俺は、どうしようもない王太子だ。
何もかも間違ってしまった。
もう少し早く大国へ反乱を起こしていれば、何かが変わったのかもしれない。
大切な者を守るという気持ちがあるなら、今回のような作戦だって、別の形でもっと早くに決行できていたのかも知れない。
蹲ったまま拳を地に叩きつけて、大声を発した。
「全てを終わらせてくれ!! 我が子よ!!」
「――フリオ!? それは、オマエの真の望みか!?」
サビーノが困惑するような声音で呼びかけてくるが、知った事ではない。
「黙れ!! ケダモノが!!」
「しかし、ならば何故、我と戦おうとした!? 国を、民を、家族を守る為ではないのか!? 全てを、オマエの国や守るべき者も全てを、滅ぼしても構わんというのか!?」
「黙れ!!」
フリオは勢いよく立ち上がると、サビーノに向かって手を払って力強く叫ぶ。
「俺が産み落としたオマエの子供が、獣人の国を滅ぼすだろう!!」
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