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20愛をなくした痛み
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結局一睡もできぬまま大国へと赴いたフリオは、門前払いを食らって衛兵に追い出されてしまい、やむなく従者と共に馬車に乗り込むと、使者に声をかけられて顔を向けた。
「残念だったなあ~? 陛下はお前を裏切り者として見なしたんだ。近い内に物資の供給は止めてやるし、お前には再び獣人王の元へ戻って貰うぞ」
「……残念です」
フリオは笑いをこらえながら使者に視線を向けて囁いた。
「無事にサビーノを王から退ける事ができたなら、貴方には重要な役職についていただきたいと、新たな王に進言するつもりだったのに」
「な、なにい? なんの冗談を……」
「例え勝利を収めたとしても、私はまず国を立て直さなければなりません。そんな状態で新しい獣人の国との国交を結ぶのは困難です。そこで、使者のような大国の王に仕える方に、確固たる地位について新たな人間の世を、先導して頂ければ頼もしいと考えていたのですが」
「……それは、いったい」
フリオはうすく笑むと、馬車から降りて使者に歩み寄り、そっと耳打ちする。
(実は、新しい国を作ろうと新たな獣人王と約束をしているのですよ)
「……っ」
使者は興味を示した様子で黙って耳を傾けていた。
「ひとまず私はこれで失礼しますが、必ずこちらの書簡を王にお見せ下さい」
「……いいだろう」
使者にしっかりと書簡を握らせて、フリオは今度こそ馬車に乗り込み、帰路へとついた。
返りの馬車の中で、景色を眺めながら思いを巡らせる。
あの使者は必ず王を丸め込んで、サビーノとの戦いを決める筈だ。
決行日は会議が必要だが、あらかじめ希望として記述しておいた。
例え奴らが戦場に現れなかったとしても、乗り込んでいく覚悟はできている。
――例えこの身が尽き果てようとも、必ずあの王の首を取ってやる!!
城に帰ったフリオを待っていたのは、獣人達の兵士団を連れたオディロンだった。
どうやら城にいた者達全てを連れてやって来たらしい。
王間ではオディロンと父が話し込んでいた。
二人に歩み寄って声を張り上げる。
「ただいま戻りました!」
「おお、フリオか」
「来てやったぞ!」
「ああ……!」
オディロンに駆け寄り握手を求めると、手を握られる代わりに腰を抱き寄せられて、あやうく唇を奪われそうになり、顔を背けて暴れた。
「放せ!」
「冗談だって」
オディロンの顔に思い切り拳を打ち込んでやった筈なのに、何も感じていない様子だ。
殴った手の方が痛くて顔が引きつった。
獣人というのは本当に頑丈なんだな。
じゃれあいは終わりにして、現状を把握すると共に、決行日当日について話し合う必要がある。
大広間に移動して、父とオディロン、フリオの三人で作戦を練った。
フリオは地図を用意してそれを卓の上に広げて見せると、×印をつけてある箇所を指さす。
大国とフリオの国境の境目にある荒野だ。ちょうどくぼんだ地形になっている箇所で、仮に大人数を集めた場合どうしても密集する形となる。
「ここに、サビーノと大国の王を追い込みたい」
「なぜこんな場所に?」
「俺が一人で奴らと決着をつけます」
「お前一人で!?」
父が驚くのも無理はない。同時に不安にも思うだろう。
フリオは腹に手をそえてさすりつつ、冷静に答える。
「とはいえ、俺の挑発にうまく乗ってくれるかは確かではないので、俺は一度大けがを負ってここに逃げ込もうと考えています」
「怪我あ?」
「ああ。お前と仲間割れしたようにみせかけたい」
「俺がオマエを手負いにするってのか?」
「そうだ。死なない程度に痛めつけてくれ。俺がここに二人を誘導する」
父もオディロンも黙り込むと、地図の×印の箇所を凝視した。
サビーノはフリオを殺そうとするか、もしくは捕まえようとするだろうし、大国の王はこの機会を逃すまいとフリオを殺そうとするだろう。
誘導できた時点で、この子を使えば……問題は、決行日をいつにするかだ。
あとどれくらいでこの子は産まれるのだろう?
呪術師が言うにはおのずと把握できると言っていたが……どうやって分かるのかは教えてくれなかった。
ただ、時間がないのは確かだ。
サビーノが三日の猶予を与えると言ってきたのが幸いだったが、それでも三日しかないのだ。
「……う?」
急に目眩がして、卓に手をついて身体を支える。
「どうしたフリオ」
「顔、青いぞ?」
二人に心配する声をかけられても、反応する事ができない。
息が苦しくて目を瞑ると、脳裏に何かの光景が浮かび上がる。
――サビーノ……? それに……?
サビーノが泣きながら誰かを抱き抱えていた。
首から血を流して息絶えたその小さな身体は……
「マリユス!!」
最愛の弟の名を叫ぶと、腹が熱くなり、その場に蹲って浅い呼吸を繰り返す。
「おい、大丈夫か!?」
「……どうして」
今の光景は一体。
胸が痛い。胸に手を当ててもぜんぜん痛みがひかない。
直接肉体に痛みがあるわけでは、ない。
「心が……痛い……」
「フリオ、オマエ」
オディロンに頬を指でさわられて、涙を流している事に気付く。
胸が痛くてざわざわする。
――どうして、泣いているんだ。
まるで、サビーノと悲しみを共有している気分になり、不愉快だった。
「残念だったなあ~? 陛下はお前を裏切り者として見なしたんだ。近い内に物資の供給は止めてやるし、お前には再び獣人王の元へ戻って貰うぞ」
「……残念です」
フリオは笑いをこらえながら使者に視線を向けて囁いた。
「無事にサビーノを王から退ける事ができたなら、貴方には重要な役職についていただきたいと、新たな王に進言するつもりだったのに」
「な、なにい? なんの冗談を……」
「例え勝利を収めたとしても、私はまず国を立て直さなければなりません。そんな状態で新しい獣人の国との国交を結ぶのは困難です。そこで、使者のような大国の王に仕える方に、確固たる地位について新たな人間の世を、先導して頂ければ頼もしいと考えていたのですが」
「……それは、いったい」
フリオはうすく笑むと、馬車から降りて使者に歩み寄り、そっと耳打ちする。
(実は、新しい国を作ろうと新たな獣人王と約束をしているのですよ)
「……っ」
使者は興味を示した様子で黙って耳を傾けていた。
「ひとまず私はこれで失礼しますが、必ずこちらの書簡を王にお見せ下さい」
「……いいだろう」
使者にしっかりと書簡を握らせて、フリオは今度こそ馬車に乗り込み、帰路へとついた。
返りの馬車の中で、景色を眺めながら思いを巡らせる。
あの使者は必ず王を丸め込んで、サビーノとの戦いを決める筈だ。
決行日は会議が必要だが、あらかじめ希望として記述しておいた。
例え奴らが戦場に現れなかったとしても、乗り込んでいく覚悟はできている。
――例えこの身が尽き果てようとも、必ずあの王の首を取ってやる!!
城に帰ったフリオを待っていたのは、獣人達の兵士団を連れたオディロンだった。
どうやら城にいた者達全てを連れてやって来たらしい。
王間ではオディロンと父が話し込んでいた。
二人に歩み寄って声を張り上げる。
「ただいま戻りました!」
「おお、フリオか」
「来てやったぞ!」
「ああ……!」
オディロンに駆け寄り握手を求めると、手を握られる代わりに腰を抱き寄せられて、あやうく唇を奪われそうになり、顔を背けて暴れた。
「放せ!」
「冗談だって」
オディロンの顔に思い切り拳を打ち込んでやった筈なのに、何も感じていない様子だ。
殴った手の方が痛くて顔が引きつった。
獣人というのは本当に頑丈なんだな。
じゃれあいは終わりにして、現状を把握すると共に、決行日当日について話し合う必要がある。
大広間に移動して、父とオディロン、フリオの三人で作戦を練った。
フリオは地図を用意してそれを卓の上に広げて見せると、×印をつけてある箇所を指さす。
大国とフリオの国境の境目にある荒野だ。ちょうどくぼんだ地形になっている箇所で、仮に大人数を集めた場合どうしても密集する形となる。
「ここに、サビーノと大国の王を追い込みたい」
「なぜこんな場所に?」
「俺が一人で奴らと決着をつけます」
「お前一人で!?」
父が驚くのも無理はない。同時に不安にも思うだろう。
フリオは腹に手をそえてさすりつつ、冷静に答える。
「とはいえ、俺の挑発にうまく乗ってくれるかは確かではないので、俺は一度大けがを負ってここに逃げ込もうと考えています」
「怪我あ?」
「ああ。お前と仲間割れしたようにみせかけたい」
「俺がオマエを手負いにするってのか?」
「そうだ。死なない程度に痛めつけてくれ。俺がここに二人を誘導する」
父もオディロンも黙り込むと、地図の×印の箇所を凝視した。
サビーノはフリオを殺そうとするか、もしくは捕まえようとするだろうし、大国の王はこの機会を逃すまいとフリオを殺そうとするだろう。
誘導できた時点で、この子を使えば……問題は、決行日をいつにするかだ。
あとどれくらいでこの子は産まれるのだろう?
呪術師が言うにはおのずと把握できると言っていたが……どうやって分かるのかは教えてくれなかった。
ただ、時間がないのは確かだ。
サビーノが三日の猶予を与えると言ってきたのが幸いだったが、それでも三日しかないのだ。
「……う?」
急に目眩がして、卓に手をついて身体を支える。
「どうしたフリオ」
「顔、青いぞ?」
二人に心配する声をかけられても、反応する事ができない。
息が苦しくて目を瞑ると、脳裏に何かの光景が浮かび上がる。
――サビーノ……? それに……?
サビーノが泣きながら誰かを抱き抱えていた。
首から血を流して息絶えたその小さな身体は……
「マリユス!!」
最愛の弟の名を叫ぶと、腹が熱くなり、その場に蹲って浅い呼吸を繰り返す。
「おい、大丈夫か!?」
「……どうして」
今の光景は一体。
胸が痛い。胸に手を当ててもぜんぜん痛みがひかない。
直接肉体に痛みがあるわけでは、ない。
「心が……痛い……」
「フリオ、オマエ」
オディロンに頬を指でさわられて、涙を流している事に気付く。
胸が痛くてざわざわする。
――どうして、泣いているんだ。
まるで、サビーノと悲しみを共有している気分になり、不愉快だった。
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