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6最愛の弟の日記
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王都から帰ってきた夜、サビーノは当然のように風呂へフリオを連れて行く。
風呂に入って夕飯を食べて、一緒の寝床につく。
基本的には、フリオが求めなければサビーノは何もしない。
まるで夫婦のような状態に怒りと憎しみが募っていく。
弟の仇が、隣で穏やかに寝息を立てているなんて――っ!!
――今夜も眠れない。
そっと寝台から身を滑らせ、寝室を出て行く。
深夜の城内は冷え切っており、どこからともなく吹いてくる冷たい風が肌を撫でる。
寝着は絹で作られている為、どんなに腕をさすってもちっとも温かくならず、風邪を引きそうだと憂鬱な気分に陥る。
祖国では毎日鍛錬をしていたのだが、この国に来てからは体力の衰えに危機感を感じていた。
寝室から大分離れたなと周囲を見回す。そういえば、衛兵の姿が見当たらない。先日の夜中に、監視役の衛兵に高圧的な態度を取られて、口論になった所為だろうか。
サビーノの気遣いだと思うと、複雑な気分になる。
それにしても広い廊下だ。ランプが天井近くと足下に輝いているが、視界が悪いのは変わらず、上質な絨毯に足を取られて転びかねない。
慎重に歩を進めていくと、頑強な鉄の扉の部屋を見つけて足を止める。
無機質な扉には文字が彫られているが、獣人が使う独自の言葉のようで読めない。
ただ、貴重な物が置かれていると推測はできるので、興味を惹かれた。
一応両手で押してみるが、やはりびくともせず、頭をかいて扉を眺める。
「無理か」
そう呟いたら、物音がするので、耳を澄ませて辺りを見回した。
衛兵に見つかったか――不安に駆られて意識を集中するが、見当違いだと知る。
物音はどうやら、扉の向こうからしているようだ。
しかし、この鉄の扉を通して、どうしてこんな音が聞こえるのだろうか。
耳を押し当てていると、軋んだ音がすぐ近くから聞こえて顔を上げた。
鉄の扉の隣に、小さな木の扉が開いているのが見える。
「にゃ! どちら様かにゃ?」
「は? にゃ?」
なんだ、猫?
扉の奥から漏れ出た光が、猫耳を照らしている。ひょこっと顔を出したのは、猫の獣人だった。画家のような格好をしており、耳の間にはちょこんと小さな帽子を乗せていた。
フリオに気付いて耳をぴくぴくさせて、尻尾をふりふりする。
仕草は猫そのものだったので、親近感がわいてしまう。
「飼ってた猫を思い出すな」
「ワタクシは猫じゃないですにゃ! 貴方様はサビーノ様の生贄ですにゃ?」
「あ、ああ」
「何かご用ですかにゃ?」
「え~と」
フリオは頬をかいて、素直に打ち明ける事にした。
この鉄の扉が気になって、部屋の中を見てみたいと。
猫の獣人は考え込むと、頷いて中へ入れと促すので、後に続いて足を踏み入れた。
「うわ」
視界一杯に広がる書物に感嘆する。
巨大な棚が壁際にぴったりとくっつき、部屋の隅々まで設置されており、天井に届いていた。
何の書物なのかと聞いてみると、目を細めて言いにくそうに囁く。
「歴代の生贄達の日記ですにゃ」
「生贄の、日記だと?」
「ですにゃ」
猫の獣人は深く頷く。
部屋の中心に置かれている、卓の前の椅子へ腰掛けるよう、促す。
素直に従うと、差し出された一冊の本――日記を開く。
頁を捲って見ると、日付とその日にあった出来事が記されていた。
まず、その日付を見て驚く。
「百年、前!?」
「どうしましたかにゃ?」
「……なあ、あの獣人王はいったいいつから、生贄を喰らっていたんだ?」
「二百年ほど前ですにゃ。サビーノ様の父上の代からですにゃ」
「……」
では、ここには二百年分の、生贄達の苦しみを綴った日記が置かれているのか。
この一冊一冊に理不尽な運命に翻弄され、苦しみ抜いた者達の無念が記録されていると思うと……とても目を通す気にはなれず、そっと本を閉じた。
――待てよ。
フリオはある事実に辿り着き、猫の獣人に向き直った。
「ここに、俺の弟の、つい先日サビーノに喰われた生贄の日記もあるのか?」
「にゃ?」
きょとんとする猫の獣人がこくこくと頷き、部屋の奥に吸い込まれていくように姿を消す。
しばらくの後戻ってくると、柔らかそうな両手に、分厚い書物を抱えていた。
その2冊を差し出されるとそっと受け取り、卓の上に並べて、その内の一冊を開いてみた。
日付が書かれているその筆跡を見ればわかる――。
「マリユス……!」
文字を見るだけで、涙腺が刺激されてしまい、あやうく日記に雫を落とす所だった。
慌てて手の甲で瞼をこすり、涙を拭う。
「良かったらお使い下さいにゃ」
すうっと差し出された、ハンカチを受け取り礼を伝えた。
この獣人は存外優しいようだ。
再び日記に視線を落とす。
日付は、一年前だ。マリユスがこの国にやって来て、数日後から日記は始まっているようだ。
想像していた通り、怯えている様子が詳細に書かれている。
かわいそうに……お前の代わりに、俺が最初から獣人王の元へやって来ていれば、運命は変わっただろうに……!
フリオの怒りは、サビーノだけに向けられたものではない。
獣人王の要望を聞いて、従っている大国に対しても、怒りと憎しみを滾らせているのだ。
フリオの国は、武力も食料も不足しており、大国は戦力外と見なし、ならば滅んでも構わない、その土地だけ頂く――そんな思惑を隠そうともしない。
そんな大国の意志に背いた状況の為、母と妹だけは、安全な場所に隠れるよう、手はずを整えてはあるが、あとは父がうまく乗り切ってくれればいいのだが……。
「マリユス……」
フリオは猫の獣人に、日記を預かりたいと申し出ると、心底困ったような顔をするが、やがて頷いてくれて何度もお礼を述べた。
「ここには、管理人以外は入ってはいけないのですにゃ。にゃので、頻繁にフリオ様が出入りすると危険ですにゃ」
「? オマエ、俺の名前を?」
「……実は、弟のマリユス様のお話相手によくなってましたにゃ。それに、にていらっしゃるので、すぐにわかりましたにゃ」
「そうか……」
書庫を出る際、振り返って猫の獣人の名前を聞くと、照れくさそうに「ミールですにゃ」とはにかんだ。
フリオは「また来るよ」と告げて、木の扉をくぐり、日記を隠す為、自室へと急いだ。
風呂に入って夕飯を食べて、一緒の寝床につく。
基本的には、フリオが求めなければサビーノは何もしない。
まるで夫婦のような状態に怒りと憎しみが募っていく。
弟の仇が、隣で穏やかに寝息を立てているなんて――っ!!
――今夜も眠れない。
そっと寝台から身を滑らせ、寝室を出て行く。
深夜の城内は冷え切っており、どこからともなく吹いてくる冷たい風が肌を撫でる。
寝着は絹で作られている為、どんなに腕をさすってもちっとも温かくならず、風邪を引きそうだと憂鬱な気分に陥る。
祖国では毎日鍛錬をしていたのだが、この国に来てからは体力の衰えに危機感を感じていた。
寝室から大分離れたなと周囲を見回す。そういえば、衛兵の姿が見当たらない。先日の夜中に、監視役の衛兵に高圧的な態度を取られて、口論になった所為だろうか。
サビーノの気遣いだと思うと、複雑な気分になる。
それにしても広い廊下だ。ランプが天井近くと足下に輝いているが、視界が悪いのは変わらず、上質な絨毯に足を取られて転びかねない。
慎重に歩を進めていくと、頑強な鉄の扉の部屋を見つけて足を止める。
無機質な扉には文字が彫られているが、獣人が使う独自の言葉のようで読めない。
ただ、貴重な物が置かれていると推測はできるので、興味を惹かれた。
一応両手で押してみるが、やはりびくともせず、頭をかいて扉を眺める。
「無理か」
そう呟いたら、物音がするので、耳を澄ませて辺りを見回した。
衛兵に見つかったか――不安に駆られて意識を集中するが、見当違いだと知る。
物音はどうやら、扉の向こうからしているようだ。
しかし、この鉄の扉を通して、どうしてこんな音が聞こえるのだろうか。
耳を押し当てていると、軋んだ音がすぐ近くから聞こえて顔を上げた。
鉄の扉の隣に、小さな木の扉が開いているのが見える。
「にゃ! どちら様かにゃ?」
「は? にゃ?」
なんだ、猫?
扉の奥から漏れ出た光が、猫耳を照らしている。ひょこっと顔を出したのは、猫の獣人だった。画家のような格好をしており、耳の間にはちょこんと小さな帽子を乗せていた。
フリオに気付いて耳をぴくぴくさせて、尻尾をふりふりする。
仕草は猫そのものだったので、親近感がわいてしまう。
「飼ってた猫を思い出すな」
「ワタクシは猫じゃないですにゃ! 貴方様はサビーノ様の生贄ですにゃ?」
「あ、ああ」
「何かご用ですかにゃ?」
「え~と」
フリオは頬をかいて、素直に打ち明ける事にした。
この鉄の扉が気になって、部屋の中を見てみたいと。
猫の獣人は考え込むと、頷いて中へ入れと促すので、後に続いて足を踏み入れた。
「うわ」
視界一杯に広がる書物に感嘆する。
巨大な棚が壁際にぴったりとくっつき、部屋の隅々まで設置されており、天井に届いていた。
何の書物なのかと聞いてみると、目を細めて言いにくそうに囁く。
「歴代の生贄達の日記ですにゃ」
「生贄の、日記だと?」
「ですにゃ」
猫の獣人は深く頷く。
部屋の中心に置かれている、卓の前の椅子へ腰掛けるよう、促す。
素直に従うと、差し出された一冊の本――日記を開く。
頁を捲って見ると、日付とその日にあった出来事が記されていた。
まず、その日付を見て驚く。
「百年、前!?」
「どうしましたかにゃ?」
「……なあ、あの獣人王はいったいいつから、生贄を喰らっていたんだ?」
「二百年ほど前ですにゃ。サビーノ様の父上の代からですにゃ」
「……」
では、ここには二百年分の、生贄達の苦しみを綴った日記が置かれているのか。
この一冊一冊に理不尽な運命に翻弄され、苦しみ抜いた者達の無念が記録されていると思うと……とても目を通す気にはなれず、そっと本を閉じた。
――待てよ。
フリオはある事実に辿り着き、猫の獣人に向き直った。
「ここに、俺の弟の、つい先日サビーノに喰われた生贄の日記もあるのか?」
「にゃ?」
きょとんとする猫の獣人がこくこくと頷き、部屋の奥に吸い込まれていくように姿を消す。
しばらくの後戻ってくると、柔らかそうな両手に、分厚い書物を抱えていた。
その2冊を差し出されるとそっと受け取り、卓の上に並べて、その内の一冊を開いてみた。
日付が書かれているその筆跡を見ればわかる――。
「マリユス……!」
文字を見るだけで、涙腺が刺激されてしまい、あやうく日記に雫を落とす所だった。
慌てて手の甲で瞼をこすり、涙を拭う。
「良かったらお使い下さいにゃ」
すうっと差し出された、ハンカチを受け取り礼を伝えた。
この獣人は存外優しいようだ。
再び日記に視線を落とす。
日付は、一年前だ。マリユスがこの国にやって来て、数日後から日記は始まっているようだ。
想像していた通り、怯えている様子が詳細に書かれている。
かわいそうに……お前の代わりに、俺が最初から獣人王の元へやって来ていれば、運命は変わっただろうに……!
フリオの怒りは、サビーノだけに向けられたものではない。
獣人王の要望を聞いて、従っている大国に対しても、怒りと憎しみを滾らせているのだ。
フリオの国は、武力も食料も不足しており、大国は戦力外と見なし、ならば滅んでも構わない、その土地だけ頂く――そんな思惑を隠そうともしない。
そんな大国の意志に背いた状況の為、母と妹だけは、安全な場所に隠れるよう、手はずを整えてはあるが、あとは父がうまく乗り切ってくれればいいのだが……。
「マリユス……」
フリオは猫の獣人に、日記を預かりたいと申し出ると、心底困ったような顔をするが、やがて頷いてくれて何度もお礼を述べた。
「ここには、管理人以外は入ってはいけないのですにゃ。にゃので、頻繁にフリオ様が出入りすると危険ですにゃ」
「? オマエ、俺の名前を?」
「……実は、弟のマリユス様のお話相手によくなってましたにゃ。それに、にていらっしゃるので、すぐにわかりましたにゃ」
「そうか……」
書庫を出る際、振り返って猫の獣人の名前を聞くと、照れくさそうに「ミールですにゃ」とはにかんだ。
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