闇魔術師の献身

彩月野生

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恐怖の来訪者

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ライマーは夢を見ていた。

遠い記憶。
魔族と人の戦争で、いつの間にか自分一人だけが取り残されて泣いていた。
そこに、巨漢が近づいてきてライマーを拾い上げた。

――ヴィレク。

「おまえ、気に入ったぞ。俺好みに育ててやろう、生きたければ言うことをきけ」

アロイスと出会う三年前、ヴィレクに拾われて、ライマーは彼の僕となった。
淫紋を刻まれ、性欲、肉欲を満たす道具にされ、盗みや交渉術、体術、さらには闇魔術、といった生きる術をたたき込まれた。
ヴィレクのライマーへの執着は異常なものがあった。
愛しているのだと豪語するも、果たして異形なぞに、そんな気持ちがわかるのだろかと、いつも疑問に思っていた。


「ん……」

大きな音が聞こえて目が覚めた。
起き上がると、城のどこからか轟音と怒声がしている。

「なんだ?」

部屋を出て通路を走り外に出た。
門が開かれており、焦げ臭い。
その煙が上がっている方角から、知っている気配がして凍り付く。
煙が晴れた中心に、褐色の異形の巨漢が、棍棒をもって暴れている。

「ライマーをよこせええええ!」
「ヴィレク!」

応戦していた騎士達の間を駆け抜けたライマーは、ヴィレクの前に走り出た。
ライマーを見つけたヴィレクに腕を掴まれ、引っ張り上げられてしまう。

「ぐああああ……っ!」
「ライマーあああっ!」

痛みに悲鳴をおさえきれず、ライマーはヴィレクの咆吼に恐怖を覚える。
尋常じゃない狂ったような執着を注がれて、命まで奪われそうだ。

「お、おちつけヴィレク!」
「あああああああっ!! 聖騎士を殺してやる!!」

ヴィレクはアロイスを探して棍棒をふりまわし、城内の壁を壊して暴れ回る。

「う、うぐあ」

――腕がちぎれる!

「――放てっ」

どこからともなく声がして、ヴィレクが動きを止めた。

「おわ!」

その反動でライマーは地へと振り落とされてしまったが、誰かに抱き留められて息を飲む。
金髪の騎士がライマーを抱き留めていた。
そんな場合ではないのに、心臓が高鳴るのを感じて慌てる。

――し、しかっりしろ!

「神官達よ、よくやってくれた!」
「!?」

ドンッと突き飛ばされた瞬間――アロイスが剣を構えて跳躍する。
自分の倍はある、大木のような異形の首に刃を斬りつけた。

「ゼヤアアアアアッ!!」

ブシュウ!!

「ぎゃああアアッ!」

ヴィレクが斬られて血を噴出させる。
そのまま神官達の術に身体を締め上げられ、身体が白い光に包まれていく。

「ら、ライマー」

手を伸ばしライマーを求める声に、ライマーは地に伏せたまま思わず手を差し伸べたが。

「終わりだ」

アロイスの言葉がトドメとなったかのように、ヴィレクの身はかき消された。

「ヴィ、レク」

呆然と名前を呟く事しかできず、しばらく沈黙が流れる。

「闇魔術師、ライマーよ」
「……アロイス」

アロイスによって突き飛ばされたライマーは未だ転がったままだ。
その眼前に切っ先をつきつけられ、視線をあげる。
冷めた目が、注視していた。

「あの者はお前にかなり執着している様子だったから、いずれ大胆な手に出ると踏んでいた」
「アロイス?」
「魔獣を操る奴の姿を、目撃している者もいた」
「……」

そんな淡々と話す様子に、ライマーはもう分かっていた。
アロイスは術になどかかっていなかったのだと。

「お前の目的は俺の命なのか、もしくは宝玉なのかはもうどうでもいい……一つだけ確かなのは、お前は闇に通じる者として厄災をもたらした」
「すべて、演技だったんだな」
「そうだ。嫉妬で怒り狂って我を忘れた獣など、討つのはたやすい事だ」
「それにしても、あんなにあっさりと」
「お前の言葉など、聞くに値しない。さっさと出て行け、この国から」
「……そ、それは」

言いよどむライマーに、アロイスは鬼のような形相で睨み着けると吐き捨てた。

「まだ分からないのか!? 処刑するところを王の慈悲で見逃してやろうという事だ!」
「――っ」

そこまで言われてしまえば、出て行く他なくなる。
気ががりなのは、禁術を消し終えていない事実なのだが、とてもそんな事を口にできる雰囲気ではない。

「ご命令通りに。聖騎士アロイス様」
「二度と姿を見せるな」
「御意」

ライマーはようやく立ち上がり、俯いたままその場からゆっくりとした足取りで立ち去った。
後方から「アロイス様、こんな札が」という誰かの言葉が気になったが、門の外で待ち構えていたエドヴィンに小突かれて、立ち止まる事は不可能だった。
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