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第一章<新しい世界と聖者の想い>
聖者の秘密
しおりを挟む食事の時に二人は顔を見せなかった。
大広間では木と蔦で作られた卓の上に、野菜と木の実中心の料理が用意されていたが、ほとんど口をつけず、そっと席を外すと、あいつらを捜して城の中を歩き回る。
窓から外を覗いてみると、どこまでも緑が生い茂り、城を隠すほどの巨大な大木が、天を貫くようにそびえ立つ様は爽快だった。
一体樹齢何年なのだろう。まさか億いってないよな。
そんなどうでもいい事を考えながら、城の外へ出て森の中を歩いていく。
方向感覚を失いそうだが、エルフの気配を感じるし、迷子にはならずにすみそうだったので安心して自由に動き回る。
どこからか金属音がしたのを聞き取って、足を止めた。
耳を澄まして音が聞こえた方へと足を進めていく。
金属音がぶつかりあうような音はどんどん強くなっていった。
大木同士の合間から火花が見えた気がして、思わす駆けて行くと……二人が剣をぶつけあって戦っている!
「おいおい!」
俺は二人を止めようと間に割って入ろうとするが、奴らの動きが俊敏すぎて追いつけそうもない。
「やめておけ」
「!」
誰かが俺の肩を掴んで注意を促す。
いつの間にかエルフ王が隣に立っていて、驚いた。
視線があうと顔を振られる。
まあ、俺が止められる筈がないよな……。
二人が張り上げる声には怒気が込められているのが分かる。
いや、殺気だ。
「なんであんな事に」
「グレゴールの事だ、無茶はしないと思い、放っておいたのだが……どうやら予想外に荒れているな」
「止めて頂けませんか!?」
「そうだな。闇の一族の王にも本気になられては困る」
すうっと腕を上げたエルフ王が呪文を唱え始める。
聞いた事がない言葉なので意味は分からない。
でも、その神々しい光を見ていれば、それが聖なる力であるのは直感でわかる。
グレゴールが、魔獣から村の人達を助けてくれた時に使っていた、魔術の光と同じだからだ。
エルフという存在は、聖なる力を行使できるのか。
幹を利用して飛び跳ねていたグレゴールに向かって光の弾が放たれた。
それは彼の顔と胸を直撃する。
「うぶ!?」
「おっと」
さっと避けたゲルトラウトは剣をなぎ払い、幹から跳躍して地上へと降りた。
一方、地に転がったグレゴールは、幹に頭を打ち付けると動かなくなってしまった。
「グレゴール!」
「う、う……」
呻くグレゴールを抱え上げて顔を覗き込むと、そっと目が開いて視線があう。
整った顔が苦痛に歪み、呼吸が荒くて心配になる。
「大丈夫か?」
「あ、あ」
「ん?」
「……さはら」
「え? いま、なんて……」
――さはらって言ったのか!?
手が頬に伸びて指でなぞられ、グレゴールがさらに言葉を続けた。
「も、もう、どこにも行かないでくれ……」
「グレゴール?」
手を握り締めて落ち着くのを待つ。
そこにエルフ王とゲルトラウトがやって来て、俺と同じようにグレゴールの様子を見守った。
俺の心臓はどんどん早くなり、ある考えに取り憑かれてしまって、身体の震えが止まらなくなる。
――どうして、俺の前世の、名字を知ってるんだ?
グレゴールは一体何者なのだろう。
風が木々を揺らして木の葉が舞うのを見つめていたが、ここだけ時間が止まっているような感覚に混乱していた。
ぽん。
「!」
肩を叩かれて顔を上げる。
「私の所為なのだから、私が責任を取ろう」
「お、王様?」
エルフ王が俺に退くように促す。
俺は焦った。
今、グレゴールをエルフ王に診てもらうと、何かが変わってしまう気がしたのだ。
――だから、俺はゲルトラウトに目で訴えた。
すぐににやっと笑って、気付けば俺とグレゴールは、ゲルトラウトの腕に捕らえられていた。
「とりあえず飛ぶぞ!」
「え、あ、うん!」
残されたエルフ王は特に追ってくる気配はない。
宙に浮かんだ途端、景色が変化して、森の中の別の場所に立っていた。
俺はゲルトラウトに礼を言って、グレゴールを寝かせて貰うように頼んだ。
草が自然とベッドの形になり、そこに寝かすように促されているかのようだ。
精霊の仕業だろう。
仰向けに寝かせたグレゴールの、頭からの出血が塞がっていく。彼の聖なる力なのか、精霊の力なのか。
どちらにしてもひとまずは安心だ。
「で、どうするんだ」
「確かめたい事があるんだ」
ゲルトラウトに顔を向けると、腕を組んで俺の異図を伺っている様子だ。
本当は二人きりにしてもらいたいけど、こいつならどこにいようが会話くらい聞き取ってしまいそうだし、無意味かもな。
だから、俺はこのままグレゴールが目を覚ますのを待つ事にした。
エルフ王やエルフ達がやってくる気配はない。
俺の心情とは正反対で、穏やかな風が森の中を吹き抜けていく。
眠るグレゴールを見ていたら、俺も眠くなってしまってうとうとしていた。
「……ナオキ」
「ん」
柔和な声に目をあけると、グレゴールが起き上がっていて、俺を抱きしめていた。
その温もりに安心感を覚えて息を吐く。
背中に腕を回して小さな声で聞いた。
「グレゴール、何を隠してるんだ?」
「知らなくていい」
「……さっき、さはらって言った」
「そうかな?」
そっと離れる身体。グレゴールがごまかすように笑顔を向ける。
その笑顔を見て、脳裏にある男の顔が蘇ってハッとした。
前世の記憶がぐるぐると巡って、ある同僚の名前を口にする。
「小暮……?」
そう呼ぶと、目の前の青髪の男は、気まずそうに顔を背けて、唇を噛んでいた。
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