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何か形を残したくて

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シルヴィオと婚約した踊り子のルアは、国中の注目の的となっていた。

アダルはルアとしてシルヴィオに愛される幸福な日々を送っていたのだが、複雑な気持ちも抱いている。

と、いうのも。

「あいつはな、欲望の塊のような男だ」
「は、はあ」
「初めて見たあの日から、目付きが気に食わん!」

ドスッ!

フォークで肉を突き刺すシルヴィオの瞳は、するどい眼光を放つ。

いつも昼食は庭園の中心の卓で、一緒に食べているのだが、話の成り行きでアダルが話題に出ると、シルヴィオは不機嫌になってしまったのだ。

――私のことをどう思っているのか気になってつい……好奇心が仇になってしまったな。

ルアとしてアダルはどんな人間なのか聞いたら、不穏な空気にしてしまい後悔していた。

恐る恐るシルヴィオを改めて見ると、ほぼ生の肉の切れ端を、雑に口の中に放り込み、怒り顔で租借している。

「あいつはな、俺に惚れてるんだ」
「ほっ!?  惚れてる!?」
「ああ。だから、鬱陶しくてな」

――やはり、ば、ばれていたのか!

普段、熱い視線を送っているし、気持ちを知られている節はあったのだが、こうしてはっきり言われると恥ずかしいやら虚しいやら。

「どれだけぞんざいに扱っても、視線の熱さが変わらん」
「あ、あの」

唾を飲み込んで質問を口にした。

「なぜアダル様を、側近にされているのですか?」

――これだけ嫌っている相手を傍に置く理由がわからない。

前々からずっと疑問ではあったのだ。
十年前なら知らないが、今であれば、アダルと同等でなくとも代わりは見つかる筈だ。

――まあ、代わりなどいないように努めてきたのだがな。

問いかけにシルヴィオは苦い顔をする。
グラスの中のワインを飲み干すと重苦しい息を吐いた。

「はぁ……結局はな、あいつが俺を一番理解している」
「え」
「話した覚えがない俺の好み、趣味嗜好を調べあげているようで、いちいち細かく言わなくても伝わるのが楽っていうわけだ」
「……っ」

アダルは内心で納得した。
なるほど、確かに陛下の事ならば誰よりも理解しつくしていると自負している。

「だが、気に食わん」
「!」

グイッと肩を引き寄せられ、額をくっつけられて心臓がとまりそうになり、息を飲む。

「ひっ?」
「お前と結婚したら、あいつを追い出してやる」
「ええっ!?」

突然の事態に狼狽えた。

――私を追い出す!?
――で、ではもうシルヴィオ様の傍にいられなくなるのか!?

「だ、ダメです!」
 
思わず椅子から立ち上がって声を張り上げた。

「ん? なぜだ?」
「あ」

目を丸くしたシルヴィオに見つめられ、確かに不自然だなと我に返る。

アダルは顔をぷるぷると振って思考を整理した。

――しっかりしろ!
――今の私はルアだ!

「ルア?」

「シルヴィオさまあっ」

焦っているような声が、庭園の入り口から聞こえてくる。
こちらに向かって駆けてくる"自分"の姿に、アダルは空笑いをしてしまう。
切れの悪い走り方だ。

「ハアハアハアッ」
「なんだ騒々しい」

偽アダルを睨み付けるシルヴィオの瞳がギロリと光る。
気弱な者なら失神しそうな迫力だ。

偽アダルは肩で息をしながら勢いよく顔をあげて叫んだ。

「ふ、不審者が城内に!」
「何!?」
「……っ」

――まさか、また奴等か?

シルヴィオにここで待つように指示をされ、大人しくしている間に考えを巡らせる。

――陛下の命を狙う輩か、けしからん!

アダルの脳裏にシルヴィオについてのある情報が過る。
陛下は人ではない――魔の血族なのである。

魔族が、人間の国の王となっている事実を認めない人々は当然存在した。
百年前にシルヴィオがこの国の王として君臨した際は、内戦が勃発していた程だ。

――ここ最近は動きがなかったが、油断していたな。

結局侵入者には逃げられてしまったようだ。
シルヴィオの怒声が聞こえてきて、城内に戻って見ると、通路の壁に背を押しつけて偽アダルが青ざめて震えていた。

「貴様、奴らの侵入についての情報収集を怠ったな!」
「も、もうしわけありませんっ」
「城内に術がしかけられていないかくまなく確認しろ!」
「は、ははっ」

偽アダルが深々と頭を下げるが、シルヴィオの怒りは収まらない様子だ。
舌打ちをすると顔をこちらへ向ける――その瞬間、憑きものがおちたように柔和な笑みへと変わった。

アダルの心臓が切なくしめつけられるようにきゅうううっとなる。

――そ、そんな顔をしてくださるなんてっ♡

奇跡ばかりの日々に神に感謝した。

「騒がしくて悪かったな、気晴らしに買い物にでも行くか」
「え! 買い物ですか?」
「ああ。お前の衣服を一緒に選びたいと思っていたからな」
「は、はい!」

護衛は要らないと偽アダルに強く言い捨てて、シルヴィオが腰に腕を回して来て強引に城の外へと連れ出された。

――シルヴィオ様と二人きりで買い物おおっっ

まるで初めての逢瀬に心をときめかす乙女のような気持ちで、アダルは浮かれた。
床入りは別として、城内ではどうしても人の目が気になるし、兵士や臣下の視線が気になる。
二人だけならば、ぴったりくっついていちゃいちゃしながら歩ける!

「ふふ、ふふふっ」
「ルア?」
「はっはいっ」
「大分歩いたが疲れていないか」
「だい、大丈夫です!」
「ならいいが。着いたらひとまず休もう」

目的の城下街へようやくたどり着く。
思ったよりも時間がかかってしまったのは、アダルの足取りがふらふらしていた為だ。
脳内で妄想を繰り広げた結果である。

――申し訳ありません、シルヴィオ様!

入り口付近の店で一休みした後、シルヴィオに案内されるまま、様々な店を回っていく。

「あ、シルヴィオ様!」
「久しいな、彼の衣服を見繕いたいのだが」
「承知いたしました! 彼が、婚約者の?」
「ルアだ」
「こ、こんにちは」
「これはこれは、可愛らしい」

店主はシルヴィオから希望の服の形や、大きさを聞き出すと、奥に引っ込んでガタガタと音を立てた。

別の店員に中でお待ちくださいと案内された店内で、ある代物が目に入って驚いた。

硝子の箱に閉じ込められている首飾り。
間違いない、災いから身を守る強力な宝石だ。

アダルは店主を呼びに行った。
シルヴィオに声をかけられるが、今はこの宝石を手にいれるのが優先だ。

――金を持ち歩いていて良かったな。

無事に宝石を買い取り、それをシルヴィオに差し出す。

「これは?」
「贈り物です」
「俺にか」
「はい。いつか何かあった時、必ず貴方をお守り致します、だから……」
「だから?」
「この先、何があっても……捨てないで下さい」
 
ルアがアダルだと万が一にもバレてしまったら、シルヴィオは宝石を破棄してしまうかも知れない。

――私からの贈り物なんて、シルヴィオ様は受け取って下さらないからな。

「捨てるわけがないだろう!」
「あ」

宝石を持つ手をシルヴィオの大きくて厚い手のひらが包み込む。

――あたたかい。

アダルは胸の内が満たされていくのを感じて頬が緩んだ。
目頭が熱くなる。

「泣いているのか?」
「すみません、嬉しくて」
「大袈裟な奴だ」
「んう……」

抱き寄せられて、あやされるように背中をさすられた。

――陛下……。

――このままずっと、ずっとこうして傍にいられたら……。

アダルはシルヴィオの背中に腕を回し、その胸に頬を擦り寄せて、涙を止められなかった。

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