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貴方を想っているのに

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 文斗とロイスのすぐ頭の上を浮遊する羽根の生えた小さな生き物。それは揶揄するならば〝妖精〟と呼ぶのがふさわしい姿である。

 その水色の妖精は、両手を伸ばした文斗の指に身体をすり寄せて甘えてきた。
 ほのかにあたたかくて柔らかいその妖精に触れて、感動に声を震わせる。

「か、かわいい~♡」
「これはなんだ?」
「え? 妖精じゃないんですか?」
「ヨウセイ?」

 心底不思議そうな、怪訝そうな顔をしているロイスを見るに、どうやら妖精というものを知らない様子だった。
 妖精は文斗の手の平で蹲り、眠ってしまう。
 その気の抜けた表情は小動物を連想させ、胸がきゅんとしてかわいさに悶えずにはいられない。

「かわいいですよねえ♡」
「……性格かわってないかお前」
「お二人とも! さっきの光はいったい」

 管理者のエルフが様子を見に来て、文斗とロイスを枝から地へと降ろした。
 エルフの管理者は、文斗の手の平で丸くなっている生き物を見て、顔を輝かせる。

「これは珍しい! 結晶生物だ!」
「結晶、生物?」

 エルフの彼が言うには、人の想いから産まれる生き物であり、この術を使える者は限られているという。
 陛下にこの術を伝えたその呪術師というのは、相当貴重な存在という事だ。

 文斗は自分の腹を確認して驚いた。
 紋がすっかり消えていたのだ。ロイスはすぐに状況を理解した様子で、文斗の頭を撫でると笑顔で呟く。

「これで陛下の元へ帰れるぞ、良かったな」
「……あ、そうか」
「ん?」
「いえ! なんでもないです」

 思っていた子供とは全く違っていたけれど、二人の子供であることには変わりない。
 果たして陛下が納得されるかは予想できないが、ひとまず城へ向かう事になった。

 慌ただしい新婚旅行となり、お互いの事を知れたのかは疑わしかったが、あの幻想的な光景は生涯の思い出になるに違いない。
 馬車はまっすぐに王都へと向かう。


 *

 城の裏門へ着いた頃、馬車が止まった振動で目を覚ました文斗は、ロイスに手を引かれて地を踏みしめた。
 城へ入るのは久しぶりで、早速臣下達の視線が突き刺さり、居心地の悪さにため息を吐く。

 ロイスは無言で肩を抱き寄せて、文斗を隠すようにして王間へと歩いてくれた。

 ――僕、このまま城に置いて行かれるのかな。


 また陛下の傍に居られるのであれば、喜ぶべき事なのに、なんだか心が沈んでいる。

 〝妖精〟が文斗に微笑んで頭の上にちょこんと乗った。
 結晶生物だなんていう呼び方はどうしても好きになれず、妖精と認識することに決めたのだ。

 名前をつけたいのだが、それは後ほどロイスと話し合う事にしよう。

 衛兵により開け放たれた王間の扉の先には、燃える火のような紅の髪を持つ、威厳有る王が玉座から二人を見据えている。

「城に来るのは久しぶりだな」
「はい。今日はお伝えしたい事があり、参りました」
「ほう?」

 ロイスに目配せされて、文斗は妖精を両手に乗せて陛下に見せた。
 陛下はその妖精を見るなり、立ち上がって大股に歩いて目の前で足を止める。
 じっくりと妖精を見つめ――盛大に嗤い声をあげた。

「はは……はははははは!」
「え、陛下?」
「どうされました?」

 文斗は思わず素で声を上げると、ロイスも面食らったように声をかける。
 対して陛下は何か得心したというように、何度か手の平で己の太ももを叩いてひとしきり笑った後、頷いて顔を上げた。

「そうかそうか! やはりそううまくはいかんな」
「やはり、想像とは違いましたか」
「……ああ。やはり、性交しなければまともな子供は産まれぬか」
「……?」

 陛下の呟いた言葉に何かひっかっかたのだが、文斗にはその違和感の正体を突き止めることができない。
 陛下に妖精を手渡すように促され、文斗はそれに従う。
 そのまま側近に渡されてしまうので、声を上げるが、ロイスが陛下に疑問を投げかけたので声はかき消される。

「あの紋はいったいなんだったのですか」
「わからん。呪術師も初めての挑戦だった。言い伝えでは、性別種族関係なく、子供を産めるのだと記述があったようだが……まさか、あのような思念の塊だとはな」

 文斗は二人の会話を黙って見守っていたが、内心では妖精が心配ですぐにでも取り返したくて仕方なかった。

 ――陛下がどう思おうと、あの子は僕とロイス様の子供だ!

 拳を握りしめて、行き場のない怒りに震えていると、ふいに陛下に腰を引き寄せられて、抱きしめられたので慌てる。

「あ、あの?」
「ロイスから聞いたぞ。お前がそんなに私の傍にいたいというなら、ロイスとの結婚は解消して、私の傍にいさせてやろう」
「は、はい!?」
「結果はどうであれ、お前はあの紋を使って無事に生物を誕生させたのだ。その褒美はやらねばな」
「それは……」
「文斗」

 夫――であった人に呼びかけられて、文斗はそっと顔を向けた。
 ロイスは今まで見た事もないような笑顔を浮かべ、優しい眼差しで文斗を見つめている。

 ――あ。

 文斗は胸がしめつけられるように切なく疼くのを感じて、瞳を細めた。

「俺の体面の事は気にするな。お前を振り回してしまった事を、悪いと思っているんだ……お前との結婚生活はなかなか楽しかったぞ」
「ロイス様……」
「これからは愛する陛下の元で、穏やかに暮らせ」

 元気でな、そう言い残して、ロイスは背を向けて、王間から去った。

 文斗は無意識に去りゆく背中に手を伸ばしていたが、その手を、陛下の無骨な手の平に握り込められてしまい、身がすくんだ。

「文斗……もう離さないからな……」
「ん……むぅ」

 腰と手首をがっちりと掴まれ、力強くキスをされる。
 舌を絡まれる激しい口づけに、視界が涙で滲み出す。

 ――僕、ロイス様と……一緒にいたい……!

 その想いを燃やしてしまうかのように、陛下の舌は熱かった。 


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