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【シリーズ1】ノラ・ジョイの無限の泉 ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~
#1 旅立ち
しおりを挟む「本当に行くのかい? ノラ」
春風にかき乱された髪を押さえて、ノラ・ジョイは、周りの面々を心配させないように健気に笑って見せた。
辺境の村のはずれに、色あせた粗末な衣服をまとった農民たちがノラのためにそこに集っていた。
「大丈夫、心配しないで。みんな、元気でね」
とりわけ仲の良かった幼馴染の少年が少女の前に一歩踏み出す。
気弱な一身を奮い立たせて、スターがノラの手をぎゅっと握った。
「ごめんねノラ……。僕にもっと力があれば、君を行かせずに済むのに」
「スター、ありがとう」
切なげな少年の隣で、彼と同じく幼馴染の少女フィーナが、じろりとノラを睨んだ。
フィーナはふたりの手を乱暴に引き離すと、間に割って入った。
「親なし、馬なし、畑なしの貧乏ノラ! さっさと行ってしまいなさいよ!」
「こらっ、フィーナ! あんた、なんてことを言うんだい! あんたもディアナさんにはさんざお世話になったろう!」
「いーっだっ!」
母に叱られた娘は少しも悪びれず、ぶすっと顔をしかめて背中を向けた。
いつものように手厳しい幼馴染の振る舞いに、ノラは困り顔をして小さくほほ笑んだ。
「フィーナも元気でね……」
「ふんっ!」
目を潤ませる大人、鼻をすする子どもたちが別れを惜しむ一方で、フィーナは結局最後まで、別れのあいさつをしようとはしなかった。
倹しい暮らしの中から大人たちはなにかしらの餞別を持たせたり、二度と会えなくなるかもしれない少女の頭や肩をなでたりした。
「さよなら、みんな。元気でね!」
「ノラもね!」
「さよなら!」
「さよなら!」
村民三十足らずの小さな故郷。ホルン村を少女は旅立つ。
不安定な王政の続く国で、地方に住む民は厳しい暮らしを余儀なくされていた。
ノラの母ディアナの死は、この冬の流行病のせいだ。
薬学の覚えがあったディアナは、村で唯一の医者のような存在だったので、近隣の村々をまたいで家々に薬を配り歩いていた。
そのせいでディアナ自身も病に倒れたのだが、残念なことに彼女を治せる人間はどこにもいなかったのだ。
今は亡き母に呼び掛けた。
「お母さん、今日からわたし、ひとりでやってみるわ。どこまでやれるかわからないけど、なんとかやってみるわ……!」
継ぎをあてたマント。少女の体格には大きすぎるがたくさん入って丈夫な帆布鞄。雨にもへこたれないように油をたっぷりしみこませた革の靴。
鞄の中には当面の食料と水筒。母の残した薬やハーブ。着替えと下着と針と糸。小さなナイフに紙とペンとインキ。
餞別として村人が分けてくれた火打石。年下の子ども達がくれた川で拾ったきれいな小石。スターがくれた木彫りのスプーン……。
ノラの首元には鈍く光る鎖がちらりと見える。
母の形見のペンダントだ。開くと母の若いころの肖像画が入っている。
これがノラの全財産。
それ以外のものは全て、母の墓の管理をお願いする代わりに、スターの母マリエルに託してきた。
スターの家も父親が流行病で死んで大変だった。
それなのに、マリエルはディアナのために薬を買うお金を貸し、日々の食料を分けてくれたのだった。
「仕事を見つけて、マリエルおばさんにお金を返さなくっちゃ」
小さなこぶしを握る。
目指すのは、少女の足で行ける距離にある中で最も開けた街、ファゴット。
むろん当てはない。
自分のこぶしが少し震えているのを見て、ノラの胸がきゅっとなった。
ホルン村のどの家も、ノラを養える余裕はなかった。
スターが十八で、ノラが十六か十七だったら村に残れたかもしれなかったが、きっとその歳になるころスターの隣にいるのはフィーナだろう。
身なし子になってしまったノラはたった一人で生きて行かなければならない。
「……だいじょうぶ! きっと大丈夫よ!」
自分を励ますように空へと放ってみたが、その声は上ずってさらに震えていた。
弱気になってしまいそうなとき、ノラは母から教わった五つの口伝を思い出す。
少女が持ちうる中でそれだけが、最も価値ある財産といってよかった。
果てしなく続く道に目を凝らして、少女は大きく息を吸った。
「ひとつ! 人のためになりなさい。そうすれば、おのずと道はひらけます。
ふたつ! つらいときこそ、相手を思いやりなさい。
みっつ! 欲しければまず与えなさい。人を救うことは、自分を救うことと同じです。
よっつ! あなたのためにという言葉に注意しなさい。あなたにとって本当に大切なことは、あなたにしかわからないのだから。
いつつ! こどもは幸せになりなさい。こどもが幸せならば、親はいつだって幸せなのだから」
五つ目の教えを口にしながら、思わず喉が詰まる。
意図せず浮かんだ涙をこぼすまいと、すぐに袖でこすった。
母のためにも、自分は決して不幸になってはならない。
少女は固くそう信じ、ペンダントをその手に握りしめると、きりっと顔を上げ、晴れ渡った青を仰いだ。
「お母さん、見ていてくださいね。きっとわたし幸せになりますから……」
行く道を春の野花が誘うように揺れている。
少女の旅立ちに、悪くない日だ。
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