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【シリーズ2】白獣の末裔 ~古のシャータの実 白銀に消えたノラの足跡とイサイアスに立ちはだかる白い民の秘されし術~
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ホテルの部屋に戻るなり、イサイアスはヴェルハーストの前で腕を組んで見せた。
「さあ、それで、お前の悪だくみはどこまで進んでいるんだ?」
ヴェルハーストは胸ポケットから封筒を取り出した。
この手紙は、イサイアスがパロスに頼んで先にユーフォニアムにいるヴェルハーストに送らせていた手紙だった。
「すっかり王子の策にはまってしまいました。
見透かされたうえで、こうもうまくはめられると、案外気持ちがいいもんですね」
「くだらん前置きはいい。シャータの実は手に入ったんだろうな」
「ええ、もちろんです。正確には、杉の木に寄生する菌類の塊、それがシャータの実の正体でした」
「キノコのようなものか」
「その通りです。ザスハーディの裂け目という特殊な地形と環境の中で、いくつかの要因が重なってあの杉の木の一本だけに宿ったのが、あの菌類です。地上では、クル茸と呼ばれているものがそれです。地上で見かけるクル茸は、だいたい木の根付近に繁殖して、土から生えてくる。それが、これです」
ヴェルハーストがトランクの中から紙包みを取り出した。紙を開けると、乾燥された薄茶色のキノコが入っていた。
「パロスがいっていた形状とずいぶん違うな。これは笠と茎とがある普通のキノコだ」
「ええ。これと同じ菌があの谷で杉に寄生すると、どういう理由かはまだわかりませんが、木の実のように丸くなって、土からではなく、幹や枝につくようですね。寄生植物なので、当然ですが、宿木となっていた杉が枯れると同時に、クル茸の菌も死んでしまったのでしょう」
「それで、地上のクル茸は、崖の下のクル茸と同じだけの威力があるのか?」
「成分量を調べさせてみました。サンプルにかなりばらつきがありましたが、ザスハーディの谷のものの方が、十倍から百倍の催眠効果があると推定されます。それと、パロスは皮と核で使い分けているという話でしたが、おそらくは、単純に成分量の違いでしょう。皮の方を催眠をかけるときに使い、核は催眠を解くときに使う。パロスの話では、この香には耐性がつくということですから、かけたとき以上に強い香を使わなければ、催眠を解くに至らないという仮説が成り立ちます。地上のクル茸も、笠と茎ではその成分量に違いがみられました。おそらくは、崖の下のクル茸の皮というのは笠、核というのは茎のことでしょう。崖の下の気候に合わせて、変異したとみえますね」
「お前の持ってきたそのクル茸で、ノラの催眠を解けるだけの量はあるんだろうな」
ヴェルハーストはトランクからもう一つの包みを取り出した。開くと、三十センチほどの一本の瓶が出てきた。
「地上のクル茸もやはり貴重でしてね。とくに、乾燥しただけの状態のものを大量に取引するのは、かなり煩雑な手間がかかります。そこで、しかるべきところに金を払って、クル茸の有効成分を抽出した液体をつくらせました。これひと瓶でクル茸およそ二百個分だそうです。かなりの金を使いましたよ」
「払った額だけに見合うだけの報酬は見込めそうか? 俺なら、その液をお前の言い値で買い取ってやる」
ヴェルハーストが、ふっと笑った。
そして、さっきの封筒を手に取り逆さに振ると、中から小さな石のかけらが出てきた。
「さあ、それで、お前の悪だくみはどこまで進んでいるんだ?」
ヴェルハーストは胸ポケットから封筒を取り出した。
この手紙は、イサイアスがパロスに頼んで先にユーフォニアムにいるヴェルハーストに送らせていた手紙だった。
「すっかり王子の策にはまってしまいました。
見透かされたうえで、こうもうまくはめられると、案外気持ちがいいもんですね」
「くだらん前置きはいい。シャータの実は手に入ったんだろうな」
「ええ、もちろんです。正確には、杉の木に寄生する菌類の塊、それがシャータの実の正体でした」
「キノコのようなものか」
「その通りです。ザスハーディの裂け目という特殊な地形と環境の中で、いくつかの要因が重なってあの杉の木の一本だけに宿ったのが、あの菌類です。地上では、クル茸と呼ばれているものがそれです。地上で見かけるクル茸は、だいたい木の根付近に繁殖して、土から生えてくる。それが、これです」
ヴェルハーストがトランクの中から紙包みを取り出した。紙を開けると、乾燥された薄茶色のキノコが入っていた。
「パロスがいっていた形状とずいぶん違うな。これは笠と茎とがある普通のキノコだ」
「ええ。これと同じ菌があの谷で杉に寄生すると、どういう理由かはまだわかりませんが、木の実のように丸くなって、土からではなく、幹や枝につくようですね。寄生植物なので、当然ですが、宿木となっていた杉が枯れると同時に、クル茸の菌も死んでしまったのでしょう」
「それで、地上のクル茸は、崖の下のクル茸と同じだけの威力があるのか?」
「成分量を調べさせてみました。サンプルにかなりばらつきがありましたが、ザスハーディの谷のものの方が、十倍から百倍の催眠効果があると推定されます。それと、パロスは皮と核で使い分けているという話でしたが、おそらくは、単純に成分量の違いでしょう。皮の方を催眠をかけるときに使い、核は催眠を解くときに使う。パロスの話では、この香には耐性がつくということですから、かけたとき以上に強い香を使わなければ、催眠を解くに至らないという仮説が成り立ちます。地上のクル茸も、笠と茎ではその成分量に違いがみられました。おそらくは、崖の下のクル茸の皮というのは笠、核というのは茎のことでしょう。崖の下の気候に合わせて、変異したとみえますね」
「お前の持ってきたそのクル茸で、ノラの催眠を解けるだけの量はあるんだろうな」
ヴェルハーストはトランクからもう一つの包みを取り出した。開くと、三十センチほどの一本の瓶が出てきた。
「地上のクル茸もやはり貴重でしてね。とくに、乾燥しただけの状態のものを大量に取引するのは、かなり煩雑な手間がかかります。そこで、しかるべきところに金を払って、クル茸の有効成分を抽出した液体をつくらせました。これひと瓶でクル茸およそ二百個分だそうです。かなりの金を使いましたよ」
「払った額だけに見合うだけの報酬は見込めそうか? 俺なら、その液をお前の言い値で買い取ってやる」
ヴェルハーストが、ふっと笑った。
そして、さっきの封筒を手に取り逆さに振ると、中から小さな石のかけらが出てきた。
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