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【シリーズ2】白獣の末裔 ~古のシャータの実 白銀に消えたノラの足跡とイサイアスに立ちはだかる白い民の秘されし術~
(12)
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パロスとレニーは食堂に向かった。
食堂の席に腰かけると、パロスが口を割った。
「レニー、儀式のことなんだが」
レニーは、はっとして顔を上げた。
「本来なら、春が来たら、仔オオカミをもらい受けるのが習わしだが、もう少し先延ばしにしようかと思うんだが、どうだろう」
「え……?」
「この冬は王子たちがいて、春を迎える準備もあまり進んでないし、いろいろと落ち着かない」
「そうなの……。わかったわ、兄さんがそういうなら」
給仕女が注文を聞きに来た。
「ふたり分頼む、あと、お茶も」
レニーはぼんやりとパロスを見つめながらも、先ほどの仮説が頭を離れなかった。
「パロス兄さん、あのね……」
「なんだ」
「以前、アルロさんにこう聞かれたことがあるの。ここに来る以前、だれか好きな人はいたかって」
パロスは驚いたようにレニーを見た。
「兄さんにも、そういう人が、いる?」
とっさに、さっきの店での自分の振る舞いがどうだったか、パロスは頭を巡らせた。
レニーはうかがうように、じっとパロスを見つめている。パロスは返事することができなかった。
「わたしたち、もしも、白の民でなかったら」
「レニー、やめろ」
パロスの口から出てきた言葉は、思いもよらず強い口調だった。
レニーは口を閉ざし、目を伏せた。
(……兄さんも、幸せじゃないんだわ。だけど、どうすることができるというの。身を引くといったって、わたしに行く場所なんてないのに)
そのとき、給仕女が料理を運んできた。
レニーが顔を上げたとき、給仕女の向こう側に、張り紙が見えた。
レニーはコリヤーレーン語の書き文字は得意でなかったが、ちょうど、その張り紙を見た中年の女が店の責任者と話し込んでいるのがわかった。
「ああ、じゃあ明日から頼むよ。住み込み、三食付きだ」
「ありがとうございます、だんなさん」
レニーの中で、点と線が結ばれた感覚があった。
家族を失い、ザスハーディの裂け目にきてから、レニーはパロスだけを頼みの綱として生きてきた。白の民として、早く谷での暮らしになれることこそ、自分のすべきことだと思ってきた。だが、パロスの方から考えてみれば、突然家を失った親戚の娘を放り出すわけにもいかない。しかも、レニーが来れば、必然的に白の民同士で結婚しなければならない。だが、レニーが来なければ、パロスがあの亜麻色の髪の女性に心を打ち明けたとして、誰が咎めるものがあっただろうか。
(わたしも、ノラさんのようになれるかもしれない)
崖の下でのレニーは、厳しい環境と交通手段がないために、パロスにおんぶにだっこだった。そして、それを当たり前のように思っていた。しかし、町でなら、さっき給仕の仕事にありついたあの中年女性のように、自分の力で生きていけるかもしれない。ノラのように屋敷勤めや盗賊団を商会に生まれ変わらせるなどという離れ技ができるわけではなかろうが、少なくとも給仕の仕事や料理を作ることなら、自分にもできそうだ。
そう思いいたったところで、レニーは恐る恐る口を開いた。
「パロス兄さん、もし、わたしが、ここに、いない方が、いいのなら……」
「――やめろ!」
食堂の席に腰かけると、パロスが口を割った。
「レニー、儀式のことなんだが」
レニーは、はっとして顔を上げた。
「本来なら、春が来たら、仔オオカミをもらい受けるのが習わしだが、もう少し先延ばしにしようかと思うんだが、どうだろう」
「え……?」
「この冬は王子たちがいて、春を迎える準備もあまり進んでないし、いろいろと落ち着かない」
「そうなの……。わかったわ、兄さんがそういうなら」
給仕女が注文を聞きに来た。
「ふたり分頼む、あと、お茶も」
レニーはぼんやりとパロスを見つめながらも、先ほどの仮説が頭を離れなかった。
「パロス兄さん、あのね……」
「なんだ」
「以前、アルロさんにこう聞かれたことがあるの。ここに来る以前、だれか好きな人はいたかって」
パロスは驚いたようにレニーを見た。
「兄さんにも、そういう人が、いる?」
とっさに、さっきの店での自分の振る舞いがどうだったか、パロスは頭を巡らせた。
レニーはうかがうように、じっとパロスを見つめている。パロスは返事することができなかった。
「わたしたち、もしも、白の民でなかったら」
「レニー、やめろ」
パロスの口から出てきた言葉は、思いもよらず強い口調だった。
レニーは口を閉ざし、目を伏せた。
(……兄さんも、幸せじゃないんだわ。だけど、どうすることができるというの。身を引くといったって、わたしに行く場所なんてないのに)
そのとき、給仕女が料理を運んできた。
レニーが顔を上げたとき、給仕女の向こう側に、張り紙が見えた。
レニーはコリヤーレーン語の書き文字は得意でなかったが、ちょうど、その張り紙を見た中年の女が店の責任者と話し込んでいるのがわかった。
「ああ、じゃあ明日から頼むよ。住み込み、三食付きだ」
「ありがとうございます、だんなさん」
レニーの中で、点と線が結ばれた感覚があった。
家族を失い、ザスハーディの裂け目にきてから、レニーはパロスだけを頼みの綱として生きてきた。白の民として、早く谷での暮らしになれることこそ、自分のすべきことだと思ってきた。だが、パロスの方から考えてみれば、突然家を失った親戚の娘を放り出すわけにもいかない。しかも、レニーが来れば、必然的に白の民同士で結婚しなければならない。だが、レニーが来なければ、パロスがあの亜麻色の髪の女性に心を打ち明けたとして、誰が咎めるものがあっただろうか。
(わたしも、ノラさんのようになれるかもしれない)
崖の下でのレニーは、厳しい環境と交通手段がないために、パロスにおんぶにだっこだった。そして、それを当たり前のように思っていた。しかし、町でなら、さっき給仕の仕事にありついたあの中年女性のように、自分の力で生きていけるかもしれない。ノラのように屋敷勤めや盗賊団を商会に生まれ変わらせるなどという離れ技ができるわけではなかろうが、少なくとも給仕の仕事や料理を作ることなら、自分にもできそうだ。
そう思いいたったところで、レニーは恐る恐る口を開いた。
「パロス兄さん、もし、わたしが、ここに、いない方が、いいのなら……」
「――やめろ!」
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