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【シリーズ2】白獣の末裔 ~古のシャータの実 白銀に消えたノラの足跡とイサイアスに立ちはだかる白い民の秘されし術~
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「大変申し上げにくいのですが……」
「あっ、ごめんなさい。わたし余計なことを言ったかしら」
「いえ、そうではございません。実は、私たちには今手持ちがないのです。ここまで逃げてくるあいだに、売れるものはもうほとんど売りつくしてしまいました。相場を知らなかったわけではないのです。あの下男に渡すチップすら惜しかったのです」
「まあ、そうだったんですの……」
「お恥ずかしい話でございます。たった少しのチップを渋ったばかりに、このありさまです」
「でも、馬車の修理はわたしから頼んでおいたから、もう大丈夫ですよ」
「ご厚意に感謝いたします、ノラ様。重ね重ね、恥を忍んで申し上げるのですが、今夜の宿賃をお借りできないでしょうか?」
さすがのノラもびっくりしてしまった。皇女たちがそこまで困窮していたとは夢にも思わなかったのだ。
「まあ、じゃあ、次の町でお仲間に合流できなければ……」
「ええ、もはや馬車を売るしかありません」
大雪になる前なら、馬に乗って次の町に向かうこともできるだろう。だが、危険は今以上に増すに違いない。
「わかりました。シェラに相談してみます。部屋で待っていてください」
しばらくして、ノラからの話を聞いたシェラが、エチカとバロムウードの部屋を訪ねた。
そこは三等室とは言わないが、二等室の中でも狭く安い、暗い部屋だった。シェラは目にするまで信じていなかったが、ノラの話が本当であり、一等室で一晩を過ごした自分たちが、昨日エチカたちとすれ違わなかった理由がそれで納得できた。
「ここに、宿代としばらくしのげるだけの金額が入っています。重ねて申し上げますが、私どもにできるのはここまでです」
「この御恩は忘れません」
バロムウードはエチカに代わって深々と頭を下げた。
エチカもうなずくようにして目線をむけたが、その態度はかたくなだった。シェラはかけられるだけの温情をかけてやったのだ、素直に感謝してほしいものだと思ったが、その一方で、彼女の置かれたの立場となれば、それも無理からぬことだとも理解ができた。
なぜなら、礼を失さない程度に見わたした部屋の中は、あまりにさびしすぎたからだった。トランクケースの中はほとんど空で、クローゼットの中の防寒着は、あの赤い羽根付き帽子と赤のコートしかなかったのだ。ドレスや貴金属らしきものも当然見当たらなかった。
皇女の着ているシタール風のドレスは、南国のつくりらしく薄での絹でできていた。ユーフォニアム国では夏のネグリジェかシフォンドレスに使うくらいの薄さだ。恐らく、雪の中駆けてきたときも、コートの下はあの薄いドレス一枚だったのだろう。靴はさすがに革靴だったが、靴下の替えもないようだった。
バロムウードに至っては、コートすら脱いでいない。ひょっとすると、あの下はもう下着しか着ていないのかもしれない。この様子を見て、さすがのシェラも、もう少し包んだ方が良かったかしら、と思わずにはいられなかった。
一等室の部屋に戻ってくると、シェラは思わずため息をついた。
「追われる身とはいえ、一国の皇女様があのような暮らしに置かれては……、さぞお辛いことでしょう」
「なにがあったの、シェラ?」
「あっ、ごめんなさい。わたし余計なことを言ったかしら」
「いえ、そうではございません。実は、私たちには今手持ちがないのです。ここまで逃げてくるあいだに、売れるものはもうほとんど売りつくしてしまいました。相場を知らなかったわけではないのです。あの下男に渡すチップすら惜しかったのです」
「まあ、そうだったんですの……」
「お恥ずかしい話でございます。たった少しのチップを渋ったばかりに、このありさまです」
「でも、馬車の修理はわたしから頼んでおいたから、もう大丈夫ですよ」
「ご厚意に感謝いたします、ノラ様。重ね重ね、恥を忍んで申し上げるのですが、今夜の宿賃をお借りできないでしょうか?」
さすがのノラもびっくりしてしまった。皇女たちがそこまで困窮していたとは夢にも思わなかったのだ。
「まあ、じゃあ、次の町でお仲間に合流できなければ……」
「ええ、もはや馬車を売るしかありません」
大雪になる前なら、馬に乗って次の町に向かうこともできるだろう。だが、危険は今以上に増すに違いない。
「わかりました。シェラに相談してみます。部屋で待っていてください」
しばらくして、ノラからの話を聞いたシェラが、エチカとバロムウードの部屋を訪ねた。
そこは三等室とは言わないが、二等室の中でも狭く安い、暗い部屋だった。シェラは目にするまで信じていなかったが、ノラの話が本当であり、一等室で一晩を過ごした自分たちが、昨日エチカたちとすれ違わなかった理由がそれで納得できた。
「ここに、宿代としばらくしのげるだけの金額が入っています。重ねて申し上げますが、私どもにできるのはここまでです」
「この御恩は忘れません」
バロムウードはエチカに代わって深々と頭を下げた。
エチカもうなずくようにして目線をむけたが、その態度はかたくなだった。シェラはかけられるだけの温情をかけてやったのだ、素直に感謝してほしいものだと思ったが、その一方で、彼女の置かれたの立場となれば、それも無理からぬことだとも理解ができた。
なぜなら、礼を失さない程度に見わたした部屋の中は、あまりにさびしすぎたからだった。トランクケースの中はほとんど空で、クローゼットの中の防寒着は、あの赤い羽根付き帽子と赤のコートしかなかったのだ。ドレスや貴金属らしきものも当然見当たらなかった。
皇女の着ているシタール風のドレスは、南国のつくりらしく薄での絹でできていた。ユーフォニアム国では夏のネグリジェかシフォンドレスに使うくらいの薄さだ。恐らく、雪の中駆けてきたときも、コートの下はあの薄いドレス一枚だったのだろう。靴はさすがに革靴だったが、靴下の替えもないようだった。
バロムウードに至っては、コートすら脱いでいない。ひょっとすると、あの下はもう下着しか着ていないのかもしれない。この様子を見て、さすがのシェラも、もう少し包んだ方が良かったかしら、と思わずにはいられなかった。
一等室の部屋に戻ってくると、シェラは思わずため息をついた。
「追われる身とはいえ、一国の皇女様があのような暮らしに置かれては……、さぞお辛いことでしょう」
「なにがあったの、シェラ?」
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