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【シリーズ2】白獣の末裔 ~古のシャータの実 白銀に消えたノラの足跡とイサイアスに立ちはだかる白い民の秘されし術~
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怪我人の頭の血は幸いにも、もう止まっており、しばらく安静にして様子を見ていると、御者の若者は目を覚ました。
エチカが黒い瞳を潤ませて寄り添っているところを見ると、やはり皇女にとって大事な腹心なのだろう。シタール語なのか、ビリンバ語なのかよくわからないが、ノラにもふたりが必死に互いの無事を確認しているのがわかった。
ノラは、状況の把握をシェラに任せ、ジンジャーシロップのお湯割りを全員に振舞った。一番いい服を着ているノラが使用人のようなふるまいをするので、エチカは不思議そうな顔をしてノラを見た。
御者の若者は三十前後という年恰好で、落ち着きを取り戻すと、ノラたちに深く頭を下げた。
「なんとお礼を申し上げたらよいか、本当に助かりました。ありがとうございます」
御者のユーフォニアム語は見事なものだった。
ただの御者とはいえ、身なりも振る舞いも、言葉遣いもきちんとしている。皇女の側近で、それなりの身分であろうことは明らかだった。
「私は、ツィン・バロムウードと申します。その……」
「ええ、わかっていますよ、バロムウード殿。この方がエチカ皇女様なのですね。それにしても、皇女の護衛はどこです? まさか、あなたおひとりではないでしょうね?」
「ええ……。実は、おっしゃる通りなのです。ところで、まだお名前をお伺いしておりませんでした」
「ああ、そうでしたわね。こちらはノラ・ジョイ・フィ・レノ侯爵令嬢。ベーストン女学園へ向かう途中でした。私は付添人のシェラ。こちらは御者のコーディ」
「レノ家といえば、ユーフォニアム国の名に聞く名家。そのようなご令嬢ご一行にお助けいただけるとは、なんたる幸運でしょう。なにを隠そう、エチカ皇女もベーストン女学園へ入学するためにやってきたのです」
「あらまあ。勘違いなさっては困ります。こうしてバロムウード殿のご無事もわかったことですし、馬車の不具合もコーディがとりあえずはどうにかしたようです。私たちはこれで来た道を引き返させていただきますよ」
「でも、今しがたベーストン女学園へ行く途中だと……」
「ええ、そのはずでしたが、予定を変えざるをえなくなったのです。こう言ってはなんですが、いつ命を狙われてもおかしくないエチカ皇女様と同じ学園へ、我がお嬢様を入学させるというのは賢明ではございませんね。ふん、まあ、行きがかり上しかたなく、……ノラ様が強引に皇女様を馬車に乗せてしまったので、今はここでこうしているわけですが。本当なら私たちは今すぐにでもこの場を立ち去らねばと考えているのです」
「それは……。残念ながら、シェラさんの考えを否定はできません。次の町で護衛の者たちと落ち合うことになっているのです。なんとか、もう少しだけ同行願えませんか?」
「いいえ! そういうわけにはいきません。私にも責任というものがあります。私たちはこれにて失礼いたします。皇女様の旅のご無事を心からお祈りいたしますわ」
シェラがさっと立ち上がるのを、まだ本調子ではないバロムウードが辛そうに見上げた。ノラは素早く言った。
エチカが黒い瞳を潤ませて寄り添っているところを見ると、やはり皇女にとって大事な腹心なのだろう。シタール語なのか、ビリンバ語なのかよくわからないが、ノラにもふたりが必死に互いの無事を確認しているのがわかった。
ノラは、状況の把握をシェラに任せ、ジンジャーシロップのお湯割りを全員に振舞った。一番いい服を着ているノラが使用人のようなふるまいをするので、エチカは不思議そうな顔をしてノラを見た。
御者の若者は三十前後という年恰好で、落ち着きを取り戻すと、ノラたちに深く頭を下げた。
「なんとお礼を申し上げたらよいか、本当に助かりました。ありがとうございます」
御者のユーフォニアム語は見事なものだった。
ただの御者とはいえ、身なりも振る舞いも、言葉遣いもきちんとしている。皇女の側近で、それなりの身分であろうことは明らかだった。
「私は、ツィン・バロムウードと申します。その……」
「ええ、わかっていますよ、バロムウード殿。この方がエチカ皇女様なのですね。それにしても、皇女の護衛はどこです? まさか、あなたおひとりではないでしょうね?」
「ええ……。実は、おっしゃる通りなのです。ところで、まだお名前をお伺いしておりませんでした」
「ああ、そうでしたわね。こちらはノラ・ジョイ・フィ・レノ侯爵令嬢。ベーストン女学園へ向かう途中でした。私は付添人のシェラ。こちらは御者のコーディ」
「レノ家といえば、ユーフォニアム国の名に聞く名家。そのようなご令嬢ご一行にお助けいただけるとは、なんたる幸運でしょう。なにを隠そう、エチカ皇女もベーストン女学園へ入学するためにやってきたのです」
「あらまあ。勘違いなさっては困ります。こうしてバロムウード殿のご無事もわかったことですし、馬車の不具合もコーディがとりあえずはどうにかしたようです。私たちはこれで来た道を引き返させていただきますよ」
「でも、今しがたベーストン女学園へ行く途中だと……」
「ええ、そのはずでしたが、予定を変えざるをえなくなったのです。こう言ってはなんですが、いつ命を狙われてもおかしくないエチカ皇女様と同じ学園へ、我がお嬢様を入学させるというのは賢明ではございませんね。ふん、まあ、行きがかり上しかたなく、……ノラ様が強引に皇女様を馬車に乗せてしまったので、今はここでこうしているわけですが。本当なら私たちは今すぐにでもこの場を立ち去らねばと考えているのです」
「それは……。残念ながら、シェラさんの考えを否定はできません。次の町で護衛の者たちと落ち合うことになっているのです。なんとか、もう少しだけ同行願えませんか?」
「いいえ! そういうわけにはいきません。私にも責任というものがあります。私たちはこれにて失礼いたします。皇女様の旅のご無事を心からお祈りいたしますわ」
シェラがさっと立ち上がるのを、まだ本調子ではないバロムウードが辛そうに見上げた。ノラは素早く言った。
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