上 下
13 / 59
【シリーズ2】白獣の末裔 ~古のシャータの実 白銀に消えたノラの足跡とイサイアスに立ちはだかる白い民の秘されし術~

(9)

しおりを挟む
 怪我人の頭の血は幸いにも、もう止まっており、しばらく安静にして様子を見ていると、御者の若者は目を覚ました。
 エチカが黒い瞳を潤ませて寄り添っているところを見ると、やはり皇女にとって大事な腹心なのだろう。シタール語なのか、ビリンバ語なのかよくわからないが、ノラにもふたりが必死に互いの無事を確認しているのがわかった。
 ノラは、状況の把握をシェラに任せ、ジンジャーシロップのお湯割りを全員に振舞った。一番いい服を着ているノラが使用人のようなふるまいをするので、エチカは不思議そうな顔をしてノラを見た。
 御者の若者は三十前後という年恰好で、落ち着きを取り戻すと、ノラたちに深く頭を下げた。

「なんとお礼を申し上げたらよいか、本当に助かりました。ありがとうございます」

 御者のユーフォニアム語は見事なものだった。
 ただの御者とはいえ、身なりも振る舞いも、言葉遣いもきちんとしている。皇女の側近で、それなりの身分であろうことは明らかだった。

「私は、ツィン・バロムウードと申します。その……」
「ええ、わかっていますよ、バロムウード殿。この方がエチカ皇女様なのですね。それにしても、皇女の護衛はどこです? まさか、あなたおひとりではないでしょうね?」
「ええ……。実は、おっしゃる通りなのです。ところで、まだお名前をお伺いしておりませんでした」
「ああ、そうでしたわね。こちらはノラ・ジョイ・フィ・レノ侯爵令嬢。ベーストン女学園へ向かう途中でした。私は付添人のシェラ。こちらは御者のコーディ」
「レノ家といえば、ユーフォニアム国の名に聞く名家。そのようなご令嬢ご一行にお助けいただけるとは、なんたる幸運でしょう。なにを隠そう、エチカ皇女もベーストン女学園へ入学するためにやってきたのです」
「あらまあ。勘違いなさっては困ります。こうしてバロムウード殿のご無事もわかったことですし、馬車の不具合もコーディがとりあえずはどうにかしたようです。私たちはこれで来た道を引き返させていただきますよ」
「でも、今しがたベーストン女学園へ行く途中だと……」
「ええ、そのはずでしたが、予定を変えざるをえなくなったのです。こう言ってはなんですが、いつ命を狙われてもおかしくないエチカ皇女様と同じ学園へ、我がお嬢様を入学させるというのは賢明ではございませんね。ふん、まあ、行きがかり上しかたなく、……ノラ様が強引に皇女様を馬車に乗せてしまったので、今はここでこうしているわけですが。本当なら私たちは今すぐにでもこの場を立ち去らねばと考えているのです」
「それは……。残念ながら、シェラさんの考えを否定はできません。次の町で護衛の者たちと落ち合うことになっているのです。なんとか、もう少しだけ同行願えませんか?」
「いいえ! そういうわけにはいきません。私にも責任というものがあります。私たちはこれにて失礼いたします。皇女様の旅のご無事を心からお祈りいたしますわ」

 シェラがさっと立ち上がるのを、まだ本調子ではないバロムウードが辛そうに見上げた。ノラは素早く言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした

星ふくろう
恋愛
 カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。  帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。  その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。  数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。    他の投稿サイトでも掲載しています。

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

処理中です...