上 下
12 / 139
【シリーズ2】白獣の末裔 ~古のシャータの実 白銀に消えたノラの足跡とイサイアスに立ちはだかる白い民の秘されし術~

(8)

しおりを挟む
 エチカは打たれたように悲しげな目を上げた。黒く大きな瞳が濡れて光っている。
 黙ってやり取りを見ていたノラだったが、エチカから溢れるただならぬ気配に、思わず口走っていた。

「シェラ、お願い!」
「ノラ様、なにをおっしゃってるのかおわかりですか? 宿に戻って、応援を呼んだ方がいいに決まっています!」
「シェラこそわからないの? エチカ皇女様の目を見て! きっとひとりじゃないのよ、誰か助けたい人がそこにいるのよ!」
「し、しかしですね……!」

 ノラはたまらず馬車を降り、エチカの腕をつかむと、ぐいと箱馬車の席に押し込んだ。

「ノラ様!」
「お願いシェラ、行かせて! コーディ、馬車を出して! 本当に手に負えなかったら、すぐに引き返すわ。それならいいでしょう?」

 シェラとコーディは思わず目をしばたいた。
 普段は貴族令嬢としての振る舞いを覚えようとしているのでわかりづらいが、こういう時にこそ、ノラ本来の気質が現れる。困っている人をノラは放ってなど置けないのだ。
 もはや止めがたい勢いに、シェラも思わずうなづいてしまった。
 箱馬車にシェラが乗り込むと、コーディも身軽にさっと御者席に飛び乗った。

「急げ!」

 コーディの声で、馬が駆け出した。



 轍を追っていくと、その先に林に突っ込んだ状態の馬車が現れた。
 見る限りには、車輪が外れて、制御を失ったものらしい。
 コーディが念のために懐の拳銃を手に取って、馬車と周辺を検めた。
 エチカの馬車の御者は、激しく頭を打ったらしく、額から血を流して、その場に気を失って倒れていた。
 重ねてよくあたりを見わたし、怪しい人影やその形跡がないかを確認した後、コーディは振り返って声をかけた。

「シェラ、大丈夫そうだ。御者が頭を打って倒れているだけだ。そうだな、馬車は直さなけりゃ使えないが、大工道具が積んであるから、どれ、見てみよう。手持ちの道具で間に合うといいんだが……」

 コーディの呼びかけに応じて、三人の女たちが出てきた。
 コーディが馬車の面倒をみ、シェラが怪我人を見た。
 エチカは心配そうに御者の傍らで様子を見守っている。その姿は、厳しさと心細さと、それでも王族らしい凛としたたたずまいがあった。

(どことなく、イサイアスにまなざしが似ているわ……)

 ひそかにノラは思った。
 ノラは雪を掘り、枝を拾い、火打石で火をおこし、湯を沸かした。シェラはコーディに任せればいい、あるいは、コーディはこれが終わったら私がやりますから、と言っていたが、結局ノラの手が早かった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真
児童書・童話
アンジュは、途方に暮れていた。 画家のママは行方不明で、慣れない街に一人になってしまったのだ。 迷子になって助けてくれたのは騎士団のおじさんだった。 親切なおじさんに面倒を見てもらっているうちに、何故かこの国の公爵様の娘にされてしまった。 私、そんなの困ります!! アンジュの気持ちを取り残したまま、公爵家に引き取られ、そこで会ったのは超不機嫌で冷たく、意地悪な人だったのだ。 家にも帰れず、公爵様には嫌われて、泣きたいのをグッと我慢する。 そう、画家のママが戻って来るまでは、ここで頑張るしかない! アンジュは、なんとか公爵家で生きていけるのか? どうせなら楽しく過ごしたい! そんな元気でちゃっかりした女の子の物語が始まります。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

GREATEST BOONS+

丹斗大巴
児童書・童話
 幼なじみの2人がグレイテストブーンズ(偉大なる恩恵)を生み出しつつ、異世界の7つの秘密を解き明かしながらほのぼの旅をする物語。  異世界に飛ばされて、小学生の年齢まで退行してしまった幼なじみの銀河と美怜。とつじょ不思議な力に目覚め、Greatest Boons(グレイテストブーンズ:偉大なる恩恵)をもたらす新しい生き物たちBoons(ブーンズ)を生みだし、規格外のインベントリ&ものづくりスキルを使いこなす! ユニークスキルのおかげでサバイバルもトラブルもなんのその! クリエイト系の2人が旅する、ほのぼの異世界珍道中。  便利な「しおり」機能、「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です!

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

処理中です...