上 下
1 / 1

part4 Return of the parrot

しおりを挟む
 

 
 はあっ、はあっ。

 真っ白い雪と青い空。

 吐く息が白う流れてく。



「だんさん、見てぇ」

「マーガレット、どこだ?」



 だんさんが、きょろきょろしてはる。

 うちは、深い雪に埋もれながらだんさんのほうに向かって手を振る。

 気づきはっただんさんが、にこっと笑うた。

 うちとは違って、だんさんは雪なんか大したことあらへん。

 颯爽と、うちの元までやって来はる。



「マーガレット、あんまり離れないでくれ。風景に同化して、君を見失ってしまう」

「すんまへん。うち、白やのうて、赤いコートを着てくればよかったどすなぁ」



 まただんさんが優しゅう笑うた。

 どっちも可愛いから好きや、思うてくれてはるみたいや。

 ふふっ。

 うちも、どっちのコートもお気に入りなんや。



「それで見せたいものとは?」

「今うち、野兎の子ぉらに誘われたんよ。見せたいものがあるんやて」

「ほう」

「ほな、みんな、案内してくれるん?」



 白い毛に生え変わった野兎たちが、待ってましたとばかりに雪原を進みだした。

 うちとだんさんはそのあとをついて行く。

 しばらく行くとさらに雪が深うなって、うちの足ではよう進まれへん。

 そやさかい、だんさんにだっこしてもろうて進んだ。



「ここ?」



 地盤が隆起してできた崖、みたいやなぁ。

 上に登るんは、ちょい難しそうや。

 野兎たちは崖の下に穴を掘ってたらしく、次々とそこへ入っていく。

 しばらく待っていると、今度は次々と穴から出てきた。

 その一匹が、口になんや咥えてる。



「え、これが何か、知りたいのん?」



 それを咥えた野兎がうちの側に来て、差し出した手の上に、欠片を置いた。

 なんやろう……。

 見た目は白い石……みたいやけど、なんやえらい軽いなぁ。



「それはなんなのだ?」

「うちにもわからしまへん。みんな、これがなんやわからへんさかい、見て欲しかったん?」



 野兎たちはバラバラに、こくんとうなづいた。

 そない言われると、なんやこの欠片、不思議な気ぃがするなぁ。

 なんや言いたいんやろうか。

 訴えてくるみたいな気ぃがする……。



「だんさん、これ、魔石とちゃうやろか」

「いや……。このような魔石は見たことがないし、デェマル山脈で採れる魔石は赤はんの力が影響しているから、全て火の力を持った赤い魔石のはずだが……」

「はな、赤はんに聞いてみよか」



 うちは両手を胸の前に重ねて、心の中の赤はんに呼び掛ける。

 しばらくすると、空のかなたから寒さをものともしない火の塊が飛んできた。



「うちを呼んだうちの次に可愛い子ぉはどちらさんや」

「赤はん、来てくれておおきに」

「マーガレット。どないや、元気しとったんか?」

「へえ」

「クリスチャンも元気そうやなぁ」

「赤はんも、代わりなさそうで安心した」

「うちはいつでもこの麗しの美貌え。美の源は元気やさかい、当然どすえ」

「赤はん、この子ぉらが、これを見つけたらしいんや。なんやわかるやろか?」



 ふわりと近くの枝に止まった赤はんのもとに、欠片を持って行く。

 うちの手を覗き込んだ赤はんが、すぐさま、ああ、とため息を吐かはった。



「……これは口ばしやなぁ。ここよりもっと南方の温かいところの鳥や。本人はコンジキオナガオウムや言うてるなぁ」

「赤はん、この口ばしの欠片と話せるん?」

「しかし、ここより南方といえば外国の鳥ということになるが……。どうしてこの地に口ばしが?」

「今、マーガレットとクリスチャンにも聞こえるようするさかい」



 赤はんが、口ばしでツンと白い欠片に触れはった。

 白い欠片から、薄い靄のように光が立ち上って、すぐに立派なオウムの形に変わった。

 それは一瞬だけで、あっという間に消えてしもうて、そのもやが再び欠片に吸い込まれて行く。

 うわぁ、こんなん初めてや……。

 だんさんと顔を見合わせて、不思議な現象を見守った。

 しばらくすると、欠片が震えるようにして、どこからともなく声が聞こえてきはった。



「……あ、ああ……。ああ……! 誰ぞ、わしの話を聞いて、聞いておくれなはれ……!」

「聞いとるえ、話してみぃ」

「お、おお……っ。その声、その力、さぞ名のあるお方とお見受けいたします。

 とはいえ、わしはもう目がのうなってしもうた。口ばししかあらへんよって、見ることはもう叶いまへんけど……」

「うちはこのデェマル山脈を守る聖獣フェニックスや。そんであんさんは?」

「わしはデェマル山脈を南に行った熱帯の森で育ったオウゴンオナガオウムです。

 いうても、人間がわしを捕まえて、勝手にそう呼んどったさかい、そういうらしいいうだけですけど。

 わしは、こっちに売られてきて、どこぞの貴族の子どもに飼われていたんですわ。

 その子ぉの名前は、カスケード。わしはカスケードに、ウォーリー、呼ばれてましたんや」

「ウォーリー。ほんで、なにがあったんや?」

「それが……」



 ウォーリーがいうには、こないなことやった。

 南方からセントライト王国へ売られてきたウォーリーは、人から人の手を渡って、とある貴族の屋敷に住む少年カスケードに与えられた。

 カスケードはウォーリーをいつも可愛がって大切に育てた。

 ウォーリーも愛情を注いでくれはる、カスケードのことが好きやったそうや。

 先の騒乱でその一家も国外へ難を逃れようということになり、ウォーリーはカスケードに連れられて屋敷を出たらしい。

 暴徒化した市民たちの間を縫って、なんとか町を出た。

 そのとき、ウォーリーは久しぶりに外の空気を吸って、故郷の南の国が急激に懐かしくなったそうや。

 籠から出たい、籠から出して。

 外が見たい、外の景色が見たい。

 言うて、カスケードにお願いしたそうや。

 そやけど、場所が悪かった。

 逃げ出す貴族たちを見張っていた市民たちの耳に、ウォーリーの声が届いてしもうた。

 カスケードを守る大人のひとりが慌ててこれ以上鳴かへんように、首を絞めて殺そうとした。

 そのときカスケードがそれだけはやめてくれと泣いて縋ったそうや。

 そやけど、そのせいで……。



「わしはそのときの混乱に紛れてなんとか逃げ出せたんですわ。

 自由の身になって、そのときは喜びにあふれて、これで故郷に帰れる思うたんです。

 渡り鳥でもないわしがなんとか元の森にたどり着けたんは奇跡でしたわ。

 森や仲間たちが昔のようにわしを迎えてくれて、そりゃあ嬉しかった。

 ほんでも、しばらくたって、カスケードのことがどうにも頭を離れんくなって……。

 カスケードは、どないなってしまったんやろうか、無事なんやろうかと……。

 そやから、つい、羽根がこっちにむいてしもうたんです。

 途中で力尽きて、わしはこの口ばしだけになってしもうたというわけです……。

 こないな姿になっても、どうにか、一目……、いやもう見ることは叶いまへん。

 カスケードが今どないなっとるんか、それだけが知りたい思うて……。

 フェニックス様、どうか、わしの最後の願いを聞き届けてもらわれへんでしょうか?

 こうして拾って頂けたのもなにかのご縁、ありがたい神様の思し召しや思います。

 平に、平に、お願い申し上げます、どうかなにとぞ……!」

「話はようわかったわ。ただ、人間の世界のことはうちより、マーガレットとクリスチャンに任せたほうが良さそうや。どないや?」

「へえ。ウォーリーはん。うちがマーガレットどす。こっちがうちのだんさんのクリスチャン様や」

「フェニックス様の他にも、誰ぞいてはるんですか?」

「ああ……。このように、すでに命潰えた者と話すのは初めてだが、私たちには君の口ばしが見えている。

 私たちのほうがカスケードの行方を捜すのに向いているだろう」

「おっ、おおきに……! おおきに、マーガレット、クリスチャン!」

「ほな、しばらくの間、うちの力をウォーリーに分けておくわ。

 力が続く限り、マーガレットとクリスチャンには、あんさんの言葉が聞こえるさかい。

 マーガレット、クリスチャン、ほな、頼んだえ」

「へえ」

「早速戻って、調べる手続きをしよう」

「おおきに、おおきに……!」



 それからうちとだんさんで、騒乱当時出国を試みた貴族たちのことを調べ始めた。

 あんまり気が向かへんかったけど、ヴィリーバ家のお父様に尋ねたら、比較的すぐにわかった。

 南方の珍しい鳥を飼っていたいう家はそない多くあらへん。

 その中からカスケードという少年がいる家を探し出すんは難しいことではなかったんや。

 お父様からの手紙が届いた。



「ほんで、なんと書いてあるんやろか?」

「ちょい待っとってな、ウォーリーはん」

「早う、早う」

「そう焦らずとも、すぐにわかるぞ、ウォーリー」

「え、そんな……」



 紙面に書かれた文字を読んで、うちは言葉を失ってしもうた。



「なんと、なんと書いてあるんや、マーガレット?」

「マーガレット……」

「はよ言うてくれなはれ! カスケードは今どこにおるんや? 元気しとるんか? 大きゅうなったやろな!」



 うちがなんも言えずにいたら、だんさんがそっと手紙を取って、読み上げはった。



「……シャル侯爵の御子、カスケード様は、齢十五歳でお亡くなりになったそうだ。

 亡命後すぐ、慣れない外国暮らしで体調を崩されたらしい。

 もともと体が弱く、友達も少なかったため、飼っていたオウムを大層大切にしていたそうだ……」

「……カ、カスケードが……、そんな……、そそないなこと……」

「ウォーリーはん……」

「カスケード、カスケードが……。……」



 そうつぶやくと、ウォーリーはんはそれ以降、ぴくりとも動かず、一言もしゃべらへんようなってしもうた。

 ウォーリーが心配になって、その後すぐに森に行って赤はんにそのことを話した。



「心配あらへん。カスケードがもうこの世にいない言うんを聞いて、カスケードの元へ飛び立っていったんや。

 今頃、あの世で再会しとるはずや」

「なんや、そうやったんかぁ……」

「そうか……。帰るべき場所に帰れたのだな」

「せや。見てみ、ウォーリーの心残りがなくなったさかい、口ばしの役目ももう終えたようや」

「あっ」



 見ると、手の中の口ばしがまるで砂のように崩れて、風に流れていった。

 そうやったんや……。

 あの最後の欠片をつなぎとめていた思いがのうなったさかい……。

 これが、命のあるべき姿なんやろな。

 思い残すことのう、命を使い切る。

 それが、この地上で生きる生命に許された最大の恩恵なんや。



「それにしても、世話になったくせに最後に礼もいわんといってしまうやなんて、礼儀知らずな鳥やなぁ」

「きっとそれだけカスケードに会いたかったんや。赤はん、かんにんしたって」

「ほな、まあそうしよか」

「赤はんが力を分けてくれたおかげで、ウォーリーは飼い主の元に帰れたのだ。

 それがなければきっと、ウォーリーはあのまま崖の下でただ朽ちるのを待つだけだったはずだ……。

 慈悲をかけてもらったこと、ウォーリーに代わって礼を……」

「なんでクリスチャンが礼をいうんや。けったいやなぁ」

「……あ、いや……。なぜか、そういう気持ちになって……」

「うちも今、そう思っとった。赤はん、この森の命に優しゅうしてくれて、ほんまおおきに」

「な、なんや、照れるなぁ。当たり前のことや。ここはうちの森やさかい。

 うちの目の届く限り、どの命も見守るんがうちの役目や」

「ありがとう、赤はん」

「その恩恵の傘の中に、私たちも生きているのだな。感謝する」

「なっ、なんや今日は。二人してうちを持ち上げて、どないするんや! ああこそばゆい!

 うちは帰るさかい、ほなな!」



 赤はんが珍しゅう照れくさそうにして帰っていく。

 うちとだんさんは同時に向かい合って、お互いに微笑んだ。

 うちも、この命、この人生で後悔せんよう使い切ろう思う。

 いつか来る終りの日まで。

 だんさんのそばでずっと、一緒に。

 だんさんの手を取ると、ぎゅっと握り返してくれはった。



「ぬくいなぁ……」

「ああ……」



 二人で晴れ渡った雪景色を無言で眺める。

 ああ……。

 ほんま、穏やかで安心できる。

 優しい時間や。

 そのとき、そっと、うちの頬にだんさんの指が触れた。



 「頬が冷たいな。そろそろ帰ろうか」

 「へえ」



 だんさんと一緒に帰る道。

 来た足跡が帰る屋敷まで続いている。

 これがうちと、だんさんの歩く道や。

 ずうっと、ずうっと。

 だんさんの、この心地いい隣側。

 それが、うちの道。






 ご愛読ありがとうございました。
 マーガレットとクリスチャンのほのぼのショートストーリー特別篇でした。動物が好きで動物に愛されるふたりだからこそ、オウムの最後の声を聞き届けることができました。お次は、季節が巡り、春のお話です。
 本編をまだ読んだことのない読者様は、ぜひ本編もお楽しみください!

 次回は、Part5です。「作者マイページのお気に入り登録」をして頂きますと、新作のお知らせが届いて便利ですので、ぜひご活用くださいませ! それでは、引き続き歳の差カップルのほのぼの物語を引き続きお楽しみください!公開は12/31です!

 読者の皆様の温かいエール(なんと動画再生1日に3回できます)、感想、お気に入り登録、シェア、10いいね(なんと各話10いいね押せます)でぜひ応援していただけると嬉しいです! 作品への反応があると、読者様の存在を感じられてとても嬉しいです! 
 こちらもぜひお楽しみください!
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。 誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。 でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。 このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。 そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語 執筆済みで完結確約です。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

姉の身代わりで冷酷な若公爵様に嫁ぐことになりましたが、初夜にも来ない彼なのに「このままでは妻に嫌われる……」と私に語りかけてきます。

恋愛
姉の身代わりとして冷酷な獣と蔑称される公爵に嫁いだラシェル。 初夜には顔を出さず、干渉は必要ないと公爵に言われてしまうが、ある晩の日「姿を変えた」ラシェルはばったり酔った彼に遭遇する。 「このままでは、妻に嫌われる……」 本人、目の前にいますけど!?

処理中です...